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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
241/256

41、二人の勇者

 勇者を讃える祭り『天槌の祝祭』は、祈りの火を掲げる真夜中の儀式に収束する。

 魔王の城を模した構築物を前に、人々が篝を焚き、持ち寄った松明を掲げ、祈りを上げるのだ。

 吟遊詩人たちは、一番の見せ場を、熱を込めて語る。

 かの魔王、天を突く憎悪と炎の巨人と成りて、勇者を打つ。

 されど見よ、その手にされし、蒼雷を。

 偉大なる神の加護の下、焼灼の天槌は降されん、と。



 魔王城を見上げる人の群れは、途切れなかった。疲れ果てて眠り込む者も、酒を持ち込む者もいたが、戦いの場から立ち去る者はいなかった。

 そんな集団を眺めつつ、エルカとアクスルは口元を緩めていた。


「ダメだね。逃げろっつっても、どんどん集まってくる。あんだけ魔王にやられたのに、懲りない連中だよ」

「すでに、現実感を喪失しておるのでしょう。私も、正直我がこととさえ思えません」

「おお、軍師殿よ。ようやく見つけたぞ」


 見た目が一層悲惨になったプフリアと、元気そうなモーニックの二人がやってきて、誇らしげに空を見上げる。


「もう、我々にできることは、なにもないなぁ」

「まさしく天上の戦い。だが彼らを押し上げたことは、生涯の誇りだ」


 呑気なことを、と言いたいが、自分も結局は同じ立場だ。

 無数に湧いて出るベルガンダの兵士たち。おそらく、"知見者"との戦の後、『狂乱』の聲を浴びて死んだ連中が、紐づけられて連鎖召喚されている。

 見知った顔が、いくつかある。もちろん、いない顔もあったが。


「で、どうなんじゃい、チビ助。ユーリ殿は、勝てるか?」


 サンジャージが、一杯ひっかけながら尋ねてくる。

 砕け散る泥の兵士を、掻き分けるようにして戦い続けるシェートと悠里。その息が次第に合っていく。


「"魔王"次第だ。アイツがどこまで、我慢できるか」

「我慢?」

「あいつの体は無数の怨念でできてる。それを御しきりながら、力に変えてるんだ。おそらく今は、城の魔力も全部吸いあげて」


 だが、それは常に本人をむしばみ、暴走を始めかねない力だ。あとは、それを勇者たちがどこまで凌げるか。


『あー、そういや、折角の情報忘れるとこだった。"魔王"の正体の話。聞くだろ?』


 突然のグラウムの言葉に、戦場の出来事が頭から離れる。そのリアクションに満足したのか、黒い小竜は笑って続けた。


『ジョウ・ジョスの爺様から聞いた。あいつ、バラルの残滓・・・・・・な』

「バラルって、元地球のカミサマの?」

『神々との戦に破れた後、あいつの魂魄の一部が魔界に堕ちて、根付いた。そいつを、天に返り咲かせるため創り上げられた、神の器の一体なんだよ』


 だが、どういう訳か、あの"魔王"は自分の定めを否定し、魔界の実力者と契約する代わりに、自分の分体クローンとバラルの核を廃棄したらしい。


『ただなー、あの変わり者で数寄者の"万能無益"が力を貸した理由は、分かんなかったんだわ。でも、あいつの発言で納得がいったよ』

『"神々の遊戯"に関わる神と魔を、泥沼の戦争に堕とし、勝利も敗北もない『ガラクタ』に変える……なるほど、確かにそれなら、という訳か』

『ちなみに、あいつの体は『世界喰い』の一族がベースでね。サリアの星の虐殺で死んでいった連中の恨みが、あいつの力の源なんだってさ』


 秘密を打ち明けられたサリアは、痛切な溜息をついて、小さな祈りを上げた。

 

『では、これも私の愚かさが、招いたことなのですね』

『こんなもんまで背負うなよー。俺より重たくなって、潰れちまうぞ?』

『それでもなお、です』


 生真面目な返事にグラウムが笑い、■■は城に視線を定め直す。

 "魔王"の映像は投影されたまま。つまり、まだ見せつけるべき何かを残している。

 それを、どう使ってくるのか。


「グラウム、ソール」

『思わせぶりは止めろって! 段々、お前の声が主様みてーに思えてきたぞ?』

『いざとなったら、頼む』

『ではその前に、やれることをやりなさい』


 どういう感情のから来るものか、赤い小竜は、為すべきことを告げた。


『勇者が勝利し、世界が平和になることを、祈るのです』


 祈り、それは頼りない言葉、ではなかった。

 今この場においては、何よりも強い意味を持つ、戦う者への力添えだ。

 かがり火の下に座る人々も、誰もがそうしていた。

 勇者が勝ち、魔王を下すことを、祈る。

 だから、■■もそうした。

 勇者が勝ち、魔王を下す未来を、祈った。



 突然、乱戦に放り込まれたような状況になった。

 大規模な戦闘は、悠里にとってはこれが初めてだ。そう考えると、いかに自分が甘やかされていたか分かる。

 さすがに、師匠ちち兄弟子おじさんも戦働きは教えてくれなかった。

 だが、今は一人じゃない。


「悠里! ベルガンダ、任せるぞ!」


 群がる雑兵を弾き飛ばし、シェートが叫ぶ。

 殲滅力、範囲の広さ、それに、心強さ。それらを背に、目の前の巨大な敵に挑む。


「そうやって誰かのフォローが無きゃ、まともに戦えないって? なっさけねー、お前らの『オリジン』は、たった一人で、お姫様さえ救ったってのに」


 巨大な魔物の隣に進み出る、痩躯の魔王。二体一、それでも臆することはない。

 

『多対一になったら、一体ずつ戦えばいい。机上の空論に近い話だ。でも考え方としちゃ悪くない』


 剣を背中に隠す『影の構え』。そのまま突進。

 意識を極限までシャープに、シンプルに変えていく。


『相手の意図とか気にするな。『お前を殺したくてしょうがない』って思わせれば、相手の行動は、勝手に単純になる』


 全身を晒した、完全な無防備。

 目の前の魔人は腰だめに構えるが、魔王の反応が、ほんの僅かに、遅れた。


『で、迷った奴から、バッサリ』


 両足を蹴って、ほぼ直角にサイドステップ。雷の切っ先が鋭い弧を描いて、正面を向いたまま、脇に立つ魔王を斜めに斬って落とした。

 驚愕し、嗤い、揺らめいて後退する魔王の影。

 を、追いかけた悠里の横一文字が薙いで、首を断つ。


「ちょ、ま……っ」


 さらに揺らめいた影に、三段の突きを入れ、


「おおおおっ!」


 地面を踏み割るような唐竹割りの片手打ちで、頭から股間までを切り裂く。今度こそ塵になって消えた魔王。その影を踏み越えて迫る、魔人の斧。


「シェート、雷頼む!」


 背中に迫った斧を転がって避け、飛び退りながら輝きを受け取る。

 正面に構えて隙を消し、一歩、互いの間合いを削る。


『まあ、そうなろうな! 我が主は王、戦士ではない故に!』


 驚くほど軽いステップイン、しかしその勢いはすさまじい。

 自分の流儀では『飛行』と呼ばれる歩法。滑るように飛ぶように、あっという間に間合いが詰まる。


『刀とは、肉体を損なうことを主眼とする武器だ。殺すのは結果でしかない。一刀の下に斬り屠すという、幻想から離れろ』


 兄弟だけあって、父と叔父の言葉はどこか似通っていた。

 剣術とは、相手のあらゆる要素を殺ぐことであると。


「せぇいっ!」


 刀を振る、もちろん肉体には届かない。

 だが、斧を握る指と手は、すでに『殺傷圏内』だ。

 体に引き寄せるように相手の左の甲を打ち、外へ払うように右の指を斬る。


『ぬぐっ!』


 魔物の指が千切れ、手の甲が割かれ、黒い影が散る。斧の保持が一瞬、外れる。

 血は流れない、再生する。だが、遅い。

 

「せぁっ!」


 掬いあげるようにして相手のすねを斬りつつ、脇に進んで無防備な背中を打つ。

 その一撃を斧頭で受けて、ミノタウロス瞠目した。


『よもや、ここまでとはな。貴様も沸くのが遅い性質か』

「勝負を時化らせたのは、そっちの王様だろ! 文句は」


 斧と切っ先の迫り合い。

 あえて力を抜き、質量の塊がこちらに向かって押し出すのを、誘う。


「お前のクソ上司に言え!」


 槍のように突きだされたそれをひねり落し、肩へ渾身の斬撃を放つ。

 血の代わりに黒い影が散り、本来なら腕が千切れ飛ぶ負傷、それでも再生し、こちらをのけぞらせる大振りを放った。


「……くそっ」


 戦えている、まったく恐れもなく。ひたすらに、相手を超すことを考えられる。

 それでも、遠い。


「ぬあああああっ!」


 再度、コボルトの雷が閃き、兵士の影が吹き飛ぶ。

 それでも、シェートの背中に疲労の陰りが見える。手助けに行きたいが、目の前の敵には隙が無く、うかつに動けばシェートを危険にさらす。

 ここで自分が、足止めを継続するしかない。


『悲しいかな。それが人の限界だ』


 思い出したように、魔王が語り出す。再び赤黒い兵士たちが補充され、ベルガンダが構えを取り直す。


『加護で疲労を打ち消そうが、すでに限界は近い。さすがに勇者二人、いや、勇者モドキと狩人が、よくやったと褒めてやろう』


 その時、悠里は違和感に気づいた。

 なにかが違う。これまでの魔王の語りと。いや、魔王の語りには『癖』がある。

 ゆっくりを視線を走らせ、勇者は、笑った。


「ああ、分かったよ」

『そうか。どうやら自分の無力』

「違う。これも、お前の『ペテン』だ」


 ないものをあるように見せ、あるものをないように見せる。

 それが魔王のやり口だと軍師は言った。では、この場にないものとは。


「なら、もっとお前を出せよ。ベルガンダとお前のコンビ、強いからな」

『今はベルガンダの兵がいる。わざわざ俺が手を下すまでもない』

「違う」

 

 こちらの声を遮るように、魔人の斧が振るわれる。完全に回避といなしに集中し、すれ違いざま、ゴブリンの影を背中側から断ち切っていく。


「シェート、魔王は『小さくなった』か?」

「……分からん。でも、そうだな」


 背中を合わせ、立場を入れ替える。今度はシェートがベルガンダを、自分は雑魚を。

 走り出し、突き出される槍の穂先を斬り捨て、敵が飛ばしてくる短剣を払い、当たるを幸いに斬って捌く。


「敵、同じ、なった! 知ってる奴、少ない!」

「やっぱりか!」


 最初は多彩だった敵が、シェートの奮戦で明らかに数だけの存在になりつつある。つまり敵は無尽蔵でもなければ、魔王も無敵でもない。


「お前の軍隊と同じだ! 見かけは良くても、内容は薄い! お前ひとりの魔力に依存しているから、数と種類を同時に充実はさせられないんだ!」

『そういう台詞は、これを見てからでも言えるか!』


 黒い敵の中に混じる、明らかに個性のある者たち。

 でも、そうじゃない。


「うおおおおっ!」


 取り囲む敵の利き手を飛ばし、顔を斬り裂き、短剣を構えた敵に肉薄。

 一呼吸で、袈裟、切り上げ、逆袈裟を叩き込む。

 反応できず砕け散る影。ハッタリの見せかけだけの代物だ。


「悠里!」


 取り囲んだ雑兵が雷の雨で吹き飛び、開けた空間を抜けて、ベルガンダの肩口目掛けて斬りつけるべく『飛行』する。

 一撃は受けられたが、無言で魔人は下がり、こちらから距離を取った。

 二体一、それでも魔王は出てこない。


「たぶん、完全に壊すと、もう一度出すのに時間がかかるんだ。さっき、お前の分身を斬った時、なんとなくわかった。斬っても死なないなら、逃げ続ける意味もないからな」

『なるほど』

「何よりその巨人、さっきから動いてないだろ」

 

 そうだ、威勢よく出た割には、火の槍も腕の攻撃もしてきていない。そこに居て、こちらを睨み据えるだけ。

 最初に十分力を見せてから、いつでも繰り出せるようにという姿勢を取っていただけ。


「確かに俺は、紛い物で踊らされた存在かもしれない。でも、それはお前も同じだ!」


 巨人には顔がない、目がない、ただ口があるだけだった。

 言葉で騙し、あやつり、見ただけはいい、虚構の存在。


「俺の世界の力を真似て、魔王を真似て、外に綺羅を纏うだけ!」


 表情は分からない、でも、こちらの言葉に反応している。

 怒り、憎んでいる気持ちが伝わってくる。


「中身のない空っぽの魔王、それがお前だ!」


 当てて来い、そう言わんばかりに悠里は全身を突きだし、巨人へ向けて突進。

 その前方を赤黒い牛頭魔人が遮る。

 同時に、槍と剣を構える雑兵が林立し、切っ先を突きつけてくる。その一切を、ただかわして走り、力を溜める。

 その全ての邪魔を、雷が吹きとばし、刃に炎が宿った。

 こちらに合わせるように、魔人が体をねじり、斧を溜める。


『「ぬううわあああああああああっ」』


 何度目かの交錯。振りかぶった炎と影、斧と刀が互いを喰いあう。

 その拮抗の、刹那。

 

「俺を越えてけ! シェートぉっ!」


 力を張った背中を、力強い足が蹴り、ベルガンダの背さえ越えて高く舞い上がる。

 その先にあるのは、巨人の暗い、虚ろな口の空いた顔。


「スコル――ハティ――雷喰、九つ!」


 闇夜を、青く輝く流星が駆ける。

 それは黒く灼熱する巨人の出足を引き裂き、顔を砕き、胴を貫きえぐる、九重ここのえの光。

 自分の主が貫かれ、わずかに気がそれたベルガンダの、斧を弾き飛ばし。


「ちぃぇええええええっ!」 


 紅蓮の抜き胴打ちが、魔人の鎧と仮初の肉体を、上下に両断した。



 力を解き放ってから、シェートは少し焦った。

 飛び過ぎている、このまま硬い石の上に着地しては、ただでは済まない。


「任せろ! 受け止める!」

「悠里! 頼む!」


 走り寄って手を伸ばし、こっちを掴み、そのまま自分の体を滑り込ませるようにして、悠里が衝撃を殺してくれる。

 鎧が少し痛かったが、それでも、どうということはなかった。


「ご、ごめん、いきなり、あんなこと言って」

「いい。同じこと、前、やった。背中、ありがとな」

「……ほんと、君はすごいな」


 そのまま体をどけると、悠里に手を貸し、立ち上がらせる。

 煮えたぎるような音を立てていた、魔王の体は消え去って、無数の敵も消滅していた。


「ベルガンダ、どうした」

「……斬ったら、消えた。頭蓋骨らしいものが、そこらに転がってたと思う」

「そうか」


 こんな形で、再会するとは思わなかった。途中で呼び出されていた者たちの中にも、懐かしい顔があった。

 それも、これで終わりだ。


「帰ろう、悠里」

「……できれば、みんなの遺品を、探したい」


 その切実な願いを、無下には出来なかった。とりあえず、行けそうなら、さっき使った階段を探すぐらいは。


「シェート!」


 目の前に魔人が立ちはだかっていた。

 顔の半分の影が剥がれ落ち、白い頭蓋骨が見えている。その片手持った巨大な斧を振りかぶり、地面に一撃を入れる。

 亀裂が一気に広がり、体が崩落する。


「あ……!?」


 下は真っ暗で、何も見えない。

 同時に、ベルガンダがこちらにつかみかかり、そのままもみ合いながら、暗い穴を落ちていく。


『このまま、俺と付き合ってもらうぞ!』

「放せ! このっ!」


 だが、この空間はどれだけの高さがある。音の広がりから、下の丸い部屋まで続いている気がした。

 そして、墜落の途中で、すれ違う人影。

 

「"魔王"!」


 そいつは笑い、昇っていく。

 最後の最後で、あいつの手が上を行った。

 あそこには悠里しかいない。誰も助けになってやれない。


「ゆううりいいっ!」


 その叫びは、シェートの体と一緒に暗い底に飲み込まれていった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔王がホムンクスなら造った奴が居るわけだ。 魔族側、魔王以外には出てこないが……もしや魔王のうしろにさえ黒幕がいるのか? [一言] サラッとサリアへの魔王の憎悪の説明と魔王の根源が説明…
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