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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
237/256

37、世に遅かりき、ということは無し

 そこはどうやら、魔王城のガラクタ置き場だったらしい。使われなくなったゴミの類や資料を捨てる場所。

 その上に落ちたから、コスズ自身もグリフも無事だった。


「"若木を萌やし、尽くることなき喜びの春風。息吹と撚りてほつれし命を紡がん"」


 傷は派手だが深手ではない。おそらく魔王がこちらを慌てさせるためにやったのだ。

 砕けた体を治していくコスズの手を、グリフが掴んだ。


「やめ、ろ。すぐ、ユーリの、とこへ」

「黙れ」

「俺は、生きていたく、ない」


 無視して治療を続ける。グリフの掴む手など、気にしてやる気はなかった。


「やめてくれ! 俺なんて、生きていても仕方がねえんだ!」

「黙れ!」


 コスズは、泣いた。

 こぼれる涙を、隠す気も無かった。グリフの手から力が抜け、静かにすすり泣く。


「なんなんじゃ、このざまは! 儂はなんだ! お前はなんだ! あんないやらしい魔王に、いいように手玉に取られて!」

「お、お前は、悪くねえよ。悪いのは」

「当たり前じゃ! お前はクズじゃ! 油断して、鼻の下を伸ばして、女あさりとか抜かして、あの体たらくじゃ! だが!」


 本当に情けないのは、自分の性根だった。


「イフを疑い、お前をあざ笑い、挙句、その心を魔王に突かれた! お前の過去を知り、ほだされなんだら、お前を救うなど、考えんかったかもしれん!」

「え……あ、あれは、頼む。忘れてくれや」

「違う、違うのじゃ。儂は、ただ、恥ずかしい」


 自分は潔癖だと、潔癖であり、自分を辱めた者たちのようにはなるまいと思っていた。

 その果てにあったのは、自分も大差ない者であった事実。


「その上、ユーリを一人ぼっちにしてしまった。儂らは、仲間失格じゃ」

「……ちげーよ。失格なのは、俺だけで十分だ」


 ゆっくりと起き上がり、グリフは涙をぬぐう。

 それから、転がっていた斧を、取り上げた。


「ここから上へ戻れそうか?」

「無理じゃ。とはいえ、この辺りには妙な抵抗もない。聲で道を探ることは出来よう」


 身支度を整え、コスズも立ち上がる。

 グリフはこちらを見て、頭をさげた。


「へ? い、いやいや、何を」

「悪かった。俺は、おまえらを、仲間とは思ってなかった」

「……知っておるよ。お前は儂も、フランも、シャーナも、イフも『女』としてしか見ておらんかったからな」

「ああ、最低だ。口では偉そうな……って、イフ?」


 小石でも喉の奥に詰めたような顔のグリフに、思わず笑ってしまう。

 本当にこいつは、ろくでもない。


「行くぞ。儂らのバカさ加減は、魔王を倒したあと、酒場で愚痴り倒せばよい」

「あ、ああ。って、なあコスズ、イフって、マジで?」

「アホグリフ! 散々、ユーリに対するイフの姿を見てたじゃろうが!」

「いや、だってよお。時々、男でもそういうのが、って、待てよおい!」


 ガラクタを踏みしだき、歩き出す。

 まだ間に合う、まだユーリを救うことはできると、心を鼓舞しながら。



 ひどい体たらくだ、シャーナは呻いた。

 連中にしこたま、重く鋭い弾丸を叩きこまれ、全身から血がこぼれている。これほどまでに痛めつけられたことなど、生まれてより千年近く、無かったことだ。

 血が足りぬ、食い物が必要だ。

 なにより、この怒りを、吐き出す場がいる。


「全く、なんて生命力だ。あれだけウランの塊をくれてやったのに」


 この汚らしい小鬼どもが、したり顔で吾を語るのが腹立たしい。


「とはいえ、これだけの時間、ドラゴンを釘付けにできたのは僥倖だ。かがくのちからってすげー、って奴だな」


 笑い合い、成果を確かめ合っている、その顔が腹に据えかねる。


「油断するな。腐っても地竜の女王、動くそぶりがあれば、遠慮なくブチこんでやれ」


 今すぐ、こいつらを引き裂いてやりたい。だが、動けばあの『きかんじゅう』とやらで体を貫かれてしまう。

 さすがにあと千発ばかり喰らえば、無事では済まない。


「レールガンさえ残ってりゃなあ。確実に仕留められたのに」

「ここまでどうやって運ぶんだ。携行砲としての実用はまだだったろ」


 あの忌々しい、同胞を殺した兵器とやらは、ぜひ吾の手で粉砕したかったが、どうやら壊れてしまったらしい。

 残念でもあるが、愉快でもある。


「いや、むしろあれだけで済んでよかった。まさかあの仔竜が、あそこまでやるとは」


 いや待て。

 今、とても、とても、不愉快な単語を聞いた気がする。


「情報解析班の最後のデータ見たか? "ロンドンブリッジ"級のレールガンを、十秒足らずで構築、こっちの攻撃に合わせたそうだ」


 言っている意味は分からない。

 だが、ユーリの乗った『ろけっと』とやらのすぐそばで、すさまじい力の応酬があったことは知っている。

 それが、まさか。


「さすがは"魔王"様が、自ら二つ名を授けただけはある。軍師の件もそうだが、この戦いの趨勢を左右したのは、あの"青天の霹靂"だった、ってことだろうな」


 ああ、なんと、なんと不愉快な。

 混ざり者の仔竜、ヒトモドキ、性根の腐った畜生が、なぜこれほどまでに讃えられる。

 ゴブリン共の評価など、犬のクソ以下だ。だが、目の前にいる吾を差し置いて、あんなものを誉め祀るなど、とても正気ではいられそうもない。


「ああ……業腹だ。怒っても、怒り足りぬ」


 周囲のゴブリン共が驚き、逃げ散っていく。周囲で火焔を消去する聲が湧きたち、無粋な兵器が稼働準備に入る。

 心底、業腹だ。

 なぜ吾が、こんな聲を使わねばならんのか!


「総員! 自由しゃげ」


 それは、捻じ曲げられた大気の悲鳴。

 角を締め上げ、痛みを感じさせるような、強烈な圧縮のために起こった、反発だ。

 瞬く間に、シャーナは向かいの壁に移動し、後に残されたゴブリンたちが、頭や腹を破れさせて死んでいた。

 炎でもなく、大地を砕く波動でもなく、ただひたすら高速で直進するだけの聲。

 その力で、部屋中の大気が圧縮、破裂した結果、ドラゴン以外の脆い肉体は砕け散る。

 あの日、仔竜に浴びせられていなければ、使う事さえできなかったものだ。


「おのれ、おのれ、おのれええええええっ!」


 怒りがほとばしる。すべてが怒りに塗りつぶされそうになる。

 それでも吾が背のことだけを心に掲げ、叫ぶ。


「まずはこの忌々しき機械仕掛け! その後は貴様だ! きっと燃え散らしてやろうぞ、魔王めが!」


 荒れ狂う炎が、壁の向こうに設置された機械を、残らず燃え散らした。



 地面に這いつくばるようにして、イフは身構える。赤と青の刃を振るう参謀どうるいの、鮮やかな二刀がこちらを捕える瞬間。


「レギス――瞬駆グライス!」


 手足に宿った光が自分の体を押し出し、女の背後を取った。


「うああああああっ!」


 輝きを撒く蹴りを放ち、跳ね返された瞬間、反転。右の蹴り、左の拳、右の拳を叩きつける。

 同時に散る火花は四つ。

 三つは剣で防がれ、最後の一発は相手のこめかみを吹き飛ばした。


「貪れ、餓顎ががく!」


 よろめきながら、それでも中空に浮いたイフの体に、青い刃が迫る。それは魔法を喰らい力を封じる魔剣。


「させぬ!」


 横合いから襲ったフランの剣を赤い剣ではじきながら、参謀が大きく飛び退る。

 その顔に、最初の頃の余裕はない。

 イフは大きく息継ぎし、再び四つ足の姿勢を取った。


「大丈夫か、イフ殿! 無理はするな!」

「いいえ! 行けます!」


 これは忌まわしい姿だ。最も効率よく魔力を使い、効率よく命を狩る姿勢。人を殺し、命を狩るためだけの。

 それが、今は苦にならない。


「レギス――天駆サイズ!」


 四つの刻印が手足で輝く。本来は人の身に記すことのできない待機呪文、それらを埋め込むための異形の手足。

 それが虚空を蹴って、ヒトにはまねのできない軌道での動きを可能にさせる。


「またそれですか、しかし、甘い!」


 右脇の中空をすり抜けるイフ。その目の前に狙いすました赤い刃。

 両手両足を突っ張り、天井へ『飛び降りた』こちらに、蒼の剣が襲い来る。

 その寸前で、騎士の体が参謀へと殺到した。


「本当に、邪魔です!」


 剣を十字に構え、フランの一撃を受ける参謀。

 その脳天へ目掛け、イフが襲い掛かる。

 だが、


瞬転身フィエンス


 参謀が宣言し、幻のように、場をすり抜ける。

 フランの剣と鎧が砕け、一つになった赤と青の刃が、イフの体を無限に切り裂いた。


「うあああああああ!」


 その全身から薄く煙を上げ、苦し気に息を吐き、それでも参謀は気丈に告げた。


「貴方如き未完成な粗悪品に、私が負けることはありません。格の違いを、思い知りましたか?」


 ああ、とても痛い。でも、ちっとも痛くない。

 体を起し、立ち上がって、笑う。


「い、意外と、おしゃべりさん、なんですね」

「……本性を見せて、気分が高揚しているのですか? そのような慣れない挑発、するものではありませんよ」

「ちがい、ます。私、分かりました」


 あれほどの剣を受けても、自分の体には致命的な傷がない。忌まわしい鱗の体が、これほど頼もしく思える日がくるなんて。


「貴方は、いいえ、貴方と、魔王は――」


 告げた一言に、参謀は顔色を変えなかった。

 そして、あまりも冷めた声で、怒りを放った。


「不快だ。私のみならず、"魔王"様を、愚弄するとは。貴様は、万死に値する」

「なんとまあ、浅ましいものだな、参謀殿」


 折れた剣を構え、それでもフランは不敵に笑った。


「散々、我らをなみしておきながら、される側に回れば激昂か。よくよく、魔物というのは卑小な性をしているらしい」

「……貴方に、我らの何が分かるのです」

「ああ、そうだな。発言を撤回しよう」


 血を流し、よろめきながら、それでも騎士は、背筋を伸ばして言い放った。


「魔物の中にも、誇り高き者がある。貴様らと一緒くたにしては、彼に失礼だ」

「貴方たちの遺言、確かに受け取りました」


 そっと、こちらを盗み見るように、目をすがめ、


瞬転身・亢フィエンス・イニカ


 影を置き去りにした参謀が、フランに殺到した。


天駆サイズ!」


 参謀の一撃に割り込みを掛ける。

 叩きつけた右の蹴りに、赤い刃が深くめり込む。それでも、動きは、止めない。


瞬駆グライス!」


 加速した拳が参謀の肩を貫き、全身を覆う魔力の障壁を撃ち貫く。


「「瞬転身・亢フィエンス・イニカっ!」」


 同時に加速し、打撃をぶつけ合う。

 鮮血が虚空に飛び散り、肉が引き裂ける。それは一体どちらの血で、どちらの肉か。

 刃と拳が互いを削り、喰いあい、暴れ狂う。

 それでも、拮抗は破れる。


「あ、あっ、うぐっ」


 そうだ、生身は金属に敵わない。イフの体が動きを止め、参謀の一振りが命を狩るべく振るわれる。

 だから、イフは告げた。


「レギス――鎖よ、縛めを!」


 四方に散っていた血と肉の間に、埋めておいた銀の板から鎖が飛ぶ。それは参謀の全身を縛り、その場に縫い留めた。


「フランさん! 使って!」


 投げつけたミスリル片が剣に纏いつき、光の刃が生まれる。強い魔力によって延伸した仮構の刃。


「――報いを受けろ、魔の物よ!」


 その一刀は過たず、参謀の体を、斜めに斬り捨てた。



 目の前で参謀が膝を突き、倒れ伏す。

 フランは息をついて、同じように膝を突いた。


「フランさん! だ、大丈夫、ですか!」

「いやいや、私よりイフ殿、貴方のほう、が」


 あれほどの出血をしたにもかかわらず、その身に刻まれた傷は驚くほど少ない。いや、今この瞬間にも、傷が癒えているのだ。


「大丈夫です。私、バケモノ、ですから」

「イフ殿、貴方は」

「その通りです」


 参謀は薄目を開け、こちらを嗤う。立ち上がり、身構えたが、相手の体からは、とめどなく血が流れていた。


「試作の、十二体は、生存性と、攻撃性能の、限界値、検証用、でした。完成品は、その機能を、落とし、汎用性に、特化させたもの」

「つまり、純粋な能力では、イフ殿に及ばない、か」

「それで……貴方は、いいのですか。ヒトを殺し、強くあることしかできない、異形を、だれが、認めると」


 この期に及んでも、女は呪詛を吐き続けた。こちらの魂を侵し、腐らせる毒を。

 見ていられない。折れた剣でも、命を絶つぐらいはできるだろう。

 進み出たフランを、イフの手が止めた。


「私が、認めます」


 すでに血は止まり、傷は無い。

 竜の鱗と獣の手足、猫の如き異様な顔は、穏やかに笑っていた。


「それに、嫌だったら、逃げます。どこまでも」

「そして、飽きたら、歩く、ですか」

「はい。それでいいんだと、言ってもらえたんです」


 参謀は目を閉じ、心底悔しそうに、告げた。


「やはり、あれは、殺しておくべきでした。だから、我らが、申し上げましたのに」


 それきり、動かなくなった。


「行きましょう、イフ殿。ユーリ殿の下へ」

「はい」

「それと、貴方はバケモノではない」


 そっと抱き寄せ、その頭をゆっくりと撫でる。

 鎧が壊れていてよかった、さすがに冷たい鉄の塊では、親愛を示しきれない。


「ユーリ殿の仲間、私の友人です」

「……はい」


 残骸になった部屋を後にする。

 そして、目指すべき場所へ走った。仲間とともに。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここ数話の魔王の悪辣さ。 [気になる点] そう言えば魔王の悪辣さが全開の話だけど。 観ている天界の連中。審判、サリア、英傑神、竜の連中とオーディエンスが少ないのよな。 本来なら参加してない…
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