35、the cake is a lie
差し出された紅茶は、覚えのある香りがした。
魔王城に来て、"魔王"が出してきたのと同じなのだろう。シェートは舌を付け、ゆっくりと味わった。
「そう言えば、そろそろ夕食の支度を、申し付けようと思っていたのですが」
「お前、やめろ。そういうの」
「ふふふ、申し訳ございません」
本当に"執事"は嬉しそうだ。自分たちを、城に来た勇者をもてなすことを喜びとするという、おかしな魔物だ。
「しかし、誠に残念です。あの方とも、もう一度お会いしたかった」
「……そうか」
「私の仕事を、褒めてくださいました。心映えの優しい、とても良き方です」
いつの間にか、夕方になっていた。
ここは城の中のはずだったが、まるで本物の空のように茜色に染まり、大きな机も椅子も、物寂し気な影が落ちていた。
「ああ……あいつ、やさしい」
そうだ、あいつはずっと、優しかった。
小さな弟のようで、頼りになる仲間で、大好きな友達、だった。
「俺、わからない」
考えるたびに、そこに戻ってしまう。
「どうして、あいつ、みんな、殺した……」
姿かたちだけではない、そこだけがどうしても、ちぐはぐだった。
あの青い鎧の少年と、青い仔竜の、そこだけが食い違っていた。
「分かりません」
「……そう、だな」
「いいえ、分からないのです。おそらく、ご本人でさえ」
冗談を言っている、わけではないようだった。"執事"は物憂げに、自分の腕を示す。
そこには、さっきシェートが切り落した跡が残っていた。
「貴方は今、私と語らっておられます。ですが、ほんの数刻前、私たちは殺し合った」
「……うん」
「もし、貴方の村を襲った青い鎧の少年が、あなた方への憐憫を、ほんの少しでも働かせていたとしたら、どうでしょうか」
そんなことは、あり得ない。そう言いたかった。
でも、もう、そんなことは思えない。
いろんな連中に会って、話をして、経験をしてきた。
否定、排斥、蔑視、嘲笑。それが当たり前だと思っていた。
しかし、世界はそんなに浅くなかった。違う者も、確かに存在していた。
「確かに、生まれついての嗜虐者、という方もおられます。ですが、もう貴方様は、すべてがそうではないと、お気づきになられました」
「……ああ」
「置かれた状況や立場、偏った情報、生理的な嫌悪、そういう蒙昧で、ヒトは容易く、目の前の者を、見誤るのです」
つまり、"執事"は言いたいのだ。
「……あの勇者――コウジ、知らなかった?」
「その通りです。コボルトがなんであるか、貴方が何であるかを、ご存じなかった」
ああ、そうか。
知らないからこそ、それを容易く踏み折れた。
そして、知ってしまったから、それを救いあげたいと、願ったのだ。
「後悔。それが、あの方に芽生えた最初の悟性、なのでしょう。故に、探すものと成ったのだと、愚考いたします」
「探す?」
「大悟とは煩悩を越えた境地。状況、立場、生得の好悪を越えて、物事を正しく識ろうとすることです」
そこで、"執事"は笑った。
「あの方は、貴方を傷つけたことを恥じ、二度と同じ過ちを繰り返さぬよう、探す者となったのではないか、そう私は思います」
シェートは器の中味を飲み干した。
それから、席を立ち、歩き出す。
「うまかった。ありがとな」
「只今、館から直通の移動手段は使用不能です。ですので、あちらの玄関から通じる、昇降口をお使いください」
そして、黒い羊の"執事"は、深深と頭を下げた。
「ご来館、ありがとうございました。おさらばでございます」
コボルトは走り出す。口の中に残る、ほろ苦く、爽やかな香りを噛みしめつつ。
夕焼けの中へ、すべての重荷を置き去りにするように。
それはひどく狭くて、気持ち悪いぐらいに既視感のある空間だった。
六畳のフローリングにカーペットが敷かれ、壁際に置かれたパソコンデスクとその隣にはガラス戸の棚。中にはフィギュアやプラモが陳列されている。
本棚に並んだラノベや漫画、自分もやったことのあるゲームの攻略本。
部屋の隅には、古いゲーム機の繋がれた薄型テレビ。
「何飲む? ジュースはこの炭酸しかないし、後は麦茶だけだけど」
お盆に載せられたのは、確かに缶入りの炭酸飲料と、麦茶の入った二リットルの容器にグラスが二つだ。
気が付けば、魔王の姿は完全に変わっていた。
白いワイシャツに、学生服のズボン、顔立ちも幼くなっており、ちょうど今、自分の部屋に帰ってきて、冷蔵庫から持ってきた飲み物を勧める少年の姿だった。
「え、あ、う」
「変なカッコと思った? むしろお前のほうが変だぜ?」
言葉遣いがもっと幼くなっている。高校生というより中学生に近い。からかうように、こちらの鎧を小突いた。
「この部屋だと、マジで浮いてんのな。ウケる」
急に恥ずかしくなって、脱いでしまいたくなる。でも、ここは日本でも、友達の家でもない。魔王の城のはず、だ。
『ただいま、六時になりました。良い子の皆さん、気を付けておうちに帰りましょう』
ぎょっとした。
窓から差し込む夕日の景色から、聞こえてくる町内へのアナウンス。どこからか車が排気音を立てて去っていく音さえする。
「なんで立ってんの。座りなよ、悠里」
少年が、不思議そうに問いかける。
そのまま立ち尽くす悠里に肩をすくめると、少年は自分の麦茶を注ぎ、もう一杯をこちらの近くに置いた。
仕方なく、その場に座るが、麦茶には触れる気が起きなかった。
「毒とかは入ってないよ。つまんねーじゃん、そんなことしても。あ、でも、ドリンクバーでマズジュー作んのはいいかも。晩飯はファミレスでも行く?」
あまりに違いすぎて、めまいがする。さっきまで暴君のように振る舞っていたくせに、今は気楽な同級生のように、親し気な態度だ。
「ほんと、勇者って変だよなー。だって、見ろよこれ」
ゲーム機のスイッチを入れ、古めかしいドットのキャラを操作し始める。
主人公の名前は、『シェート』だ。
「世界の危機だーって言っても、絶対にクリアできるように決まってる。レベルアップやフラグ立てを間違えなきゃ、エンディングにはたどり着くんだよな。クソゲーなら、別だけどさ」
「でも、この世界はゲームなんかじゃない」
「ははっ、しょーもなー! それなんのネタ? 誰のセリフ?」
白けた笑いを浮かべて、少年は嘯いた。
「"神々の遊戯"ってゲームもそうだぜ。神が勝つように決まってる。もちろん、フラグ立てを失敗すれば、ゲームオーバーだけどさ」
そうこうしているうちに、ゲーム画面の『勇者』は、禍々しい城へ入っていく。
少年は操作し続け、最深部のラスボスの前にたどり着かせていた。
「ほら、これがお前の言う『魔王』だよ。生まれてから死ぬまで、ひたすら勇者を待ち続けて、殺されるためだけにいる生贄だ」
画面の中の『魔王』は問いかける。
自分の仲間になれ、その代わり世界の半分をやろう、と。
「例えば、こいつがふらふらうろついて、レベル一の勇者を殺すなんてことはない。あったとしても、それはただのイベントか、そういうゲームってだけだ。魔王は勇者に殺される。それが絶対のルール」
カーソルが『はい』と『いいえ』の間で揺れ動く。
結局、少年は『いいえ』を選んだ。
戦闘BGMとともに、戦いが始まっていく。
「『はい』なんて選択肢、無意味なんだよ。それじゃゲームクリアにならないからな。答えは最初から、『いいえ』しかない。魔王殺すべし、慈悲は無い。イヤーッ!」
悠里は少年に向き直り、ぎょっとした。
口元を覆う禍々しい面頬。両側に一文字ずつ、荒々しい『魔』と『殺』の漢字が刻まれていた。
「でもさ、つっまんねーじゃん。そんなんばっかじゃ。竜退治だけじゃなく、魔王退治も飽きてくれよ、って話」
仮面を部屋のごみ箱に放り捨て、ゲームに最後の攻撃コマンドを与える。
巨大な竜がゲーム画面で打ち倒され、城に帰還した『勇者』を、華やかなファンファーレが祝福する。
無造作にスイッチを切ると、少年はパソコンの方へ立った。
「俺、考えたんだ。どうやったら、このつまんねーゲームを、めっちゃくちゃにできるかって」
モニターが光を取り戻し、認証パスワードを入れると、一つのフォルダを呼び出した。
フォルダ名は『神々の遊戯ミナゴロシ計画』。
「"神々の遊戯"って、チーターしかいないんだよな。いや、チーターって言うか、廃課金者しか勝てない非対称ゲーム。キラーばっかナーフするクソ運営、マジで萎えるわ」
「……だから、"英傑神"は、そういうのを嫌って」
「ゲーム自体無くす? 改善もせずサ終とか。ありえねー、カス運営だなマジで」
フォルダ名のバカバカしさとは裏腹に、フォルダの中味は、すさまじい量のサブフォルダとデータが詰まっていた。
表計算シート、論文や報告書、動画や何かのアプリケーションまで。
「勇者の使ってる加護とか神器、神規って、真面目にやんのが馬鹿らしい能力でさ。調べるほど、うんざりした」
「……この動画って、前の勇者たちの」
「ああ。時々こういうの撮っといてくれる魔王がいた。おかげで助かったよ」
そして、その動画全てに、攻略のための対処法が、ギガバイトクラスのドキュメントとして添付されている。
その中に『英傑神』と書かれたフォルダを見て、悠里は息を飲んだ。
「びっくりした? あるよ、お前の攻略法も」
飛び退り、刀を抜こうとして、がしゃん、とグラスが倒れた。
「あーあ、狭いんだからやめろよな。勇者ごっこなんて、いまさら無駄だって」
抜き放った刀なんて目に入らないように、割れたグラスを集め、ティッシュや雑巾で綺麗に水分を取っていく。
いちいち、行動が所帯じみていて、握った端から闘志が萎えていってしまう。
「なあ、悠里。もうわかっただろ?」
少年の姿をした魔王は、笑顔だった。
屈託のない、毒気のない笑顔だった。
「お前、ゲームオーバーなんだって」
「な、なんで、そんな」
「理由その一。お前の仲間、どこいった?」
答えられない。
「ていうか、あいつらを今でも、仲間だって思える?」
誰もいなくなってしまった。
分断されただけではない、気持ちまで、バラバラにされてしまった。
「お前、グリフの恋人のこと、知らなかったよな。コスズの本名もだ。さっき磔にしてた時見せたけど、シャーナの奴、お前のことを忘れて、すげーブレス吐いてたじゃん」
「それは……」
「あ、そういやこれ、お前も見てみろよ。面白いぜ?」
こっちの返事も聞かず、少年は動画を流し始める。
それはイフという名を贈った少女の、過去の事実だった。
「もしも(If-than)、ねぇ。もしも、もしも、もしも。でもさ、お前以外の奴に、あいつがまともに素顔を見せたこと、あったっけ?」
「彼女は傷ついてた! 怖がってた! だから無理には」
「代わりにシェートでいろいろ試して、大やけどしたんだろ? お前、サイテーだな!」
赤面する感情が抑えられなかった。シェートのことは心配していたが、それ以上にイフのためになると、思ったからだ。
一緒に明るい場所を、町を、素顔のまま歩きたいと願った彼女のために。
「騎士団領の園遊会の時、フランの奴、鎧着てきたろ。あれ、ホントはちゃんと、ドレスもあったんだぜ?」
「な……!?」
「イワクラユーリに捧げたこの身だ。花で飾るのではなく、鋼でよろおう。だってさ。騎士様かっけー。ホントは、一緒に踊りたかったくせに」
驚くよりも恐ろしさが、胸にこみ上げた。
なんでこいつは、ここまで知り尽くしている。自分の仲間の、自分が知りもしないことまでも。
「で? お前はあいつらの、何を知ってんの?」
「う……」
「お前ら、嘘とごまかしばっかじゃん。本心も語らない、悩みも打ち明けない。形ばっか馴れ合って、その癖、いざとなれば」
新たな動画が再生される。
そこに映っているのは、仲間たちの姿。
『お前……魔王の、手下だった、のか?』
研究所らしい廊下の途中で、仲間たちが、割れていく姿だ。
『いったい、どういうことだ! 説明しろ!』
『グリフ、止めろ! ここで仲間割れしては、奴の思うつぼじゃ!』
『知るかよ! コイツはここで生まれたバケモノなんだぞ!』
「あっはははははははは、マジでウケる! なにこれ、これが勇者さまの仲間!?」
「やめろぉっ」
思わずモニターに突き入れた刀を、黒い壁が遮る。
少年の顔が、白けた無表情になった。
「やめようよ。人のもの、勝手に壊そうとするの。いや、それが勇者の作法なんだっけ。人の家で、勝手に盗んだり、ツボ壊したりしてさ」
「……っ」
「あー、やだやだ。やっぱガキに勇者やらせるとか、駄目だね。ニポンジン、ティーンのキャラばっか出す、幼稚臭いデース」
深呼吸し、改めて刀を突きつける。怯えた態度で壁際に下がると、魔王は手にしたリモコンで、テレビモニターに映像を流し始めた。
「ゲームオーバーの理由、その二。もう、勝負ついてるから」
それは、何かを運び出す様子だった。
加工用の機械、設計図、部品のサンプル。あるいは試験管、薬品、バイオハザードマークの張られたシリンダー。
それから、指令室らしい場所から退避していくゴブリンたち。その手には、無数の報告書や作戦指示書が握られている。
最後に、放射能標識の貼られた容器を、物々しい防護服で運び出す姿があった。
「これ、なーんだ?」
「この城で使った兵器を、運び出してる!?」
「放送、聞いてただろ? 退避命令のさ」
確かに、この戦争で魔王の兵器は破壊して来た。
だが、その中核となる部分は、一切手出しできていない。つまり、いつまたどこかで、同じことができるということ。
「もちろん、これだけじゃないよ。俺がやってきた十年分の活動記録。魔王としてのノウハウもまとめてあるんだ。それが、どういう意味を持つか、わかる?」
魔王が侵略を始めて十年でこんな兵器を作りだし、世界を追い詰めた。そして、それを下敷きにした次の魔王は、もっと恐ろしいことを可能にするだろう。
「次の遊戯は、最初からエクストリームモードだ。自動小銃に戦車、病原菌と寄生虫、毒ガスに核兵器がいっぱいの、荒れ果てた異世界。その上、今回は開発できなかった航空部隊も配備されてるだろうな」
「……そ、そんなことになったら!」
「もう、小神なんて手出しできない。大神だって、放射線防護に毒ガス除去、病原菌への対処にパークを取られて、チートどころじゃなくなる」
そうでなくても、こんな技術を別の世界に流出させたら、とんでもないことになる。
「そんなこと、させるか! 俺たちが食い止める!」
「させない?」
少年の顔が、魔王の嗤いに歪んだ。
「もしかして、俺をヒーローコミックのヴィランと勘違いしてる? 何のために、こんなくだらない茶番を続けたと思ってるの?」
映像は、終わりに近づいていた。
輸送部隊が物々しいストーンサークルに入っていき、転送されていく。
行く先である、魔界を目指して。
「三十五分前に、すべて完了したよ」
映像が止まり、白い砂嵐のような光景が映し出される。
魔王はモニターの電源を切り、誇らしげに胸を逸らした。
「名付けて『ゴブリンでもできる世界の壊し方』。今更俺を殺しても、世界を腐らせる毒はとまらない。つまり、お前は俺に『最初から』負けてたんだ」
「でも、遊戯だけは、止めて見せる。そうすれば」
「勝手にしなよ。意味ないけど」
魔王は窓の外を指さす。
いつの間にか夕暮れだったそれが、赤黒く毒々しい空に変わっていた。
広がる景色は異様で、腐敗と絶望と狂気が渦巻くような、荒野が広がっている。
「これまで散々、魔界の連中は煮え湯を飲まされてきた。チート使い放題の勇者にね。で、質問なんだけど。チートを無効にできるようになったのに、いきなりサービス終了を納得できる魔王なんて、いると思う?」
「そ、それは……」
「いいよ。こっちはサ終でも。その代わり、返金は受け付けてもらうけど」
窓の外の魔界では、無数の魔物たち、あるいは強大な怪物たちが立ち上がって、武器を振り上げていた。
これまで遊戯という不平等で保たれてきた、大戦争回避の道筋が、一気に瓦解する。
「久しぶりの大規模レイド戦だ。みんな、はっちゃけるだろうな。それこそ、この星の戦いなんて目じゃない。あらゆる星を巻き込んだ、大・大・大虐殺の始まりだ!」
両手を上げて魔王が快哉を叫ぶ。
その無邪気な顔に、何も言うことができなかった。
最初から、こいつは『自分たち』に勝つ気などなかった。遊戯の盤面など目もくれず、世界全体を相手に、根幹の部分を破壊するために暗躍を続けていた。
もし、このまま遊戯を続けても、神側はこれまでのように勝つことはできない。たとえ勝てたとしても、ボロボロになった世界が手に入るだけだ。
遊戯を破棄すれば、遠からず世界を巻き込んだ大戦に発展する。大量の人が死に、無数の星が壊れていくだろう。
「ってことで、種明かしとネタ晴らしのターンでした。どう、理解できた?」
軽快さ、あっけらかんとした態度。
全てが勝利者の余裕から来るものだった。自分の勝利を疑っていない、いや確信しているからこそできることだった。
「じゃあ、そういうことで。俺はもう行くよ。友達を待たせてるんだ」
「ま、待て!」
「まだ何か用?」
引き留めたが、悠里の頭は真っ白になっていた。
目の前にいるのは魔王だ。倒すべき相手だ。
でも、こいつを倒して、なんになる?
「お前は、ここで倒す。でないと、別の世界でも、同じことを」
「しないって。いや、できないんだ。言ったろ、俺はもうすぐ死ぬって」
そもそもこいつ自身に、戦う意志がない。こちらの攻撃はのらりくらりとかわされ、目の前にいる存在が、本物なのかさえ定かではない。
そこいるはずなのに、掴むことができない。
「ああ、それなら悠里の現住所を教えてよ。俺が死んだら、体は着払いで送るから」
「ふざけるな!」
「ふざけてなんかないよ。大まじめだ」
少年の顔が困惑し、大げさな溜息を一つついた。
「何度も言わせんなよ。仕事は終わった。勇者気取りの子供に、割く時間はないんだ」
「お、俺にはある! お前を倒さないと、ここでの遊戯が終わらない!」
そうだ。少なくとも魔王を生かしておけば、遊戯は継続される。それを明確な形で終わらせるためには、こいつを倒すしかない。
無理筋の因縁に近い言葉に、それでも魔王は、ぽんと手を打って頷いた。
「確かに、それもそうか。ルールを守って楽しくデュエル、無意味な遅延行為はマナー違反だもんな。でも」
ガードできたのは、ほぼ奇跡だった。
かざした刀と鎧の堅さ、とっさに背後へ飛んだおかげ。
そんなあがきの一切をあざ笑う、真っ黒な影の超重量の槍が、悠里の体を部屋の壁に叩きつけた。
「っがぁ……っ!?」
案外、壁は脆かった。
ダンプカーと正面衝突したような一撃で、壁を破って外に吹き飛び、意識が薄れて地面にたたきつけられる。受け身も取れずに転がったせいで、左肩がへし折れた感覚がした。
「あ……っか、あああああああああっ!」
「ゲームオーバーの理由、その三。単純に、実力の差」
それはもう、少年ではなかった。
漆黒の鎧に身を包んだ魔王は、巨大な剣を一振りし、冷たく見下ろした。
「お前、まだ俺に勝てる気でいるのか?」