30、迷宮の囚人たち
金属臭のする狭い廊下を、シェートは走り続ける。
貰った地図によれば、この辺りは城の外殻に当たるらしい。前方から強めの風が吹いてきて、次第に先が明るくなる。
「……っ」
そこは、すでに崩落した部分だった。
城の下部を覆っていた岩塊が崩れ落ちて、続いていたはずの通路も無くなっている。
こんな感じの行き止まりを回避しながら走ってきたが、そろそろどこかで内側に入っておきたい。
「サリア、聞こえるか」
『……ートか、き……る。状況……』
どうにもうまく伝わってこない。魔王城の中ではうまく使えないようだ。
通信を諦め、元来た道を戻ろうとした。
「こちらにおいででしたか」
素早く弓を構え、引き絞る。視線の先にいた者は、慌てて両手を頭の後ろに回し、その場でひざまずいた。
「とりあえず、ここまでやればよろしいでしょうか。それとも、地面に額を擦りつけ、武装も抵抗もない意思をしめした方が、よろしいでしょうか」
「……お前、"執事"か?」
黒い毛皮と黒い顔の羊は、ふわりと笑った。
弓の構えを解くと、"執事"は立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。
「お目に掛かれて光栄です。"平和の女神"の勇者、コボルトのガナリ、シェート様」
「う、うん。お前、知ってる。聞いてた」
「早速ですが、ここはそろそろ崩れ去ります。内に入る道へご案内しますので。同行願えましょうか?」
罠、かもしれないが、こいつを差し向けてきたということは、とりあえず敵対の意志はないだろう。
実際、中に入るための手段は欲しかったところだ。
「分かった。行く」
「ありがとうございます。では」
"執事"の手が壁に触れると、そのまま内向きの扉が開く。おそらく、自分のような侵入者には反応しない仕掛けだ。
そのまま中に入ると、目の前に広がっていたのは、からっぽの広場だった。
「ここは本来、"魔王"様の技術研究所であったところです。戦車、自動小銃、手榴弾、高射砲やそれらに使う砲弾なども、ここで制作されていました」
「ないな。なにも」
「必要がなくなりましたので、処分いたしました」
床をよく見れば、何かが存在していた痕跡、油汚れやこすれ跡がある。本当にきれいさっぱり、取り除けてしまったのだ。
「ここから直通のエレベーターがございます。まずは我が屋敷で、ごゆるりと」
「……できない。俺、魔王、倒す」
「なるほど」
羊は足を止めた。
それから、顔を曇らせた。
「ここまでの戦いで、消耗しておられるはずです。魔王様と相対されるのであれば、なおの事、休息を取っていかれては?」
「悠里、戦ってる。俺、助け、行く」
「やはり……そうなりますか」
息を吐く羊、その身体がするりと伸びていく。
身頃に合わせて服が大きくなり、体つきが筋骨たくましい、人型へと変わる。
そして、両の拳を握り、前で構える姿勢を取った。
「どけ。俺、お前、戦う、意味ない」
「いいえ。私にはございます。シェート様を『おもてなしせよ』と、仰せつかりました。主の命には、従わなければならない」
すでにその顔は柔和さを失っていた。
角が鋭く伸び、目はきつくすがめられ、口元に鋭い牙が生えている。黒い毛皮は失われて、体は赤銅色に染まった。
「私は、"悪魔"で、"執事"ですので」
そして赤い疾風が、踊りかかってきた。
異様な鏡の空間で、誰一人動けずにいた。
叫び出したユーリを、止めることもできなかった。アイツは何を言った? こちらには理解できない言葉。もしかしたら、何かの呪いだったのか?
だが、そんなことは、どうでもいい。
「ユーリっ! テメエ、ユーリに何をした!」
「"参謀"、後は任せた。手はず通りに遊んでやれ」
振り向きもせず、魔王は去っていく。こちらなど見向きもせずに。
「ザケんじゃねえぞコラァ! 戻ってきやがれ、腰抜けのクソ魔王が!」
だが、魔王は振り返りもせず、姿を消す。
最初からそんなもの、いなかったとでも言うように。
「おのれ! 我が背をいずこに隠した! こうなればこの城ごと、すべて燃え散らして」
「それはお勧めしません、"撃壌せし烈火"。城ごと、貴方の勇者が灰となるだけです」
かっちりとした服を身に着けた、浅黒い肌の女。
シャーナのような煽情的な体型ではない、幼過ぎるコスズや、筋肉の方が勝っているフランバールとも違う。
鍛え上げられてなお、本来の魅力を失わない、体の豊満さだ。
「またも混ざり者か! 貴様といい、仔竜といい、竜種に憧れ、ぶざまなまがい物を造ることが、よほど好きと見える!」
「私は最適解を望まれた者です。"参謀"として、これが正着であっただけ」
「あ、あいつも、ドラゴンだってのか?」
「戯け虫! 貴様、今すぐ燃え散らすか!?」
目の前の美人は、腰に下げた二本の剣を引き抜き、柄の所を繋ぎわせた。
まるで棒か、槍のような形状のそれを、体に添わせてやすやすと振る。
「足止めってわけか。確かにお前は強そうだが、俺たち四人に勝てると思ってんのか?」
「北の浜の元漁師、傭兵グリフ」
名前を呼ばれた瞬間、グリフは体に走る悪寒を止められなかった。
こんな『いい女』に呼ばれたってのに、首筋に氷でも押し付けられたような、不快しか感じない。
「ヴィルメロザ騎士団、総領代理。フランバール・ミルザーヌ」
「何のつもりだ。我らの名など、呼びつけて」
「大森林の大母、ミー・ヒーリーの娘、コスズ」
コスズは眉を上げたが、返事はしない。それでも、自分が感じているのと、同じものを味わっているのは分かった。
「そして、イフ」
まるで網に絡んだ海藻を投げ捨てるような、ぞんざいさ。その扱いこそが、イフを傷つける方法であると、知っているように。
「あなた方は、適格です」
「は、はぁ? ま、魔王みてえに、テメエも俺たちを言葉で煙に巻こうってのか!?」
「いいえ。これは事実です。勇者の仲間として適格、そう評価されました」
本当にこいつらは、よくわからない。
敵になった相手に向かって、俺たちは勇者にふさわしいなんて言うとは。
「ですので『既定路線』で、対応させていただきます」
ダメだ、こいつらに話なんか通じない。そもそも、最初から最後まで、訳の分からないことばっかりやってきやがったんだ。
「もういい。オマエをぶっ殺して、ユーリと合流する」
「ご随意に。ですが、なるべくお早く。"魔王"様は、彼を殺すつもりですので」
大斧を構え、相手との間合いを慎重に測る。
この旅の間、ユーリに散々鍛えてもらってきた。騎士団の連中さえ教われなかった『イワクラ流』のおかげで、そんじょそこらの敵なんて目じゃなくなった。
その俺が、打ち込む隙を伺えない。
相手はただ、長い剣を肩に立てかけるようにしている、それだけなのに。
「どうされました。岩倉悠里、一の仲間、切り込み隊長のグリフ殿」
「う、うるせえっ!」
その瞬間、相手の剣の先が、わずかに引いた。
行けるか、いや、行く。
「おおおおおおおっ!」
斧の柄を肩に乗せ、相手に向けて飛び込む。それを両腕で引き込むようにして、目の前の敵に叩きつける。
あの細い剣じゃ受けきれるわけがない。避けるか、さばくか、脇に退くか。
俺の動きを察知していたフランが、逃げ場を塞ぐように追走してくる。俺の背中を回り込むように、コスズが弓を構えて、更に動きを封じる。
頑丈な俺を囮に、素早い二人が逃げ道を塞ぐ。
この一撃、避けられるもんなら。
「伏せろ痴れ者ども!」
背後でシャーナが絶叫する。思わず振り返った先にあった物。
それは、黒くて長い鉄の塊を置いた、ゴブリンたちの群れ。
「各員、自由射撃、斉射!」
耳に痛い咳き込むような音が鳴り響き、それとは別の、湿ってねばつくような音が、耳にねじ込まれた。
閉じかけた目を開けば、そこには赤くて巨大なドラゴンが、割り込んでいた。
「さ、さすがに、この近さでは、聲でも完璧には、ゆかぬか」
「シャーナ、お前!」
ギリギリと歯ぎしりを漏らし、それでも赤いドラゴンは参謀女を指さした。
「早う、その女を締め上げろ! 吾が背の居場所を吐かせるのだ!」
「だが、いくらお主の体でも!」
「たわけぇ! この城、どうやら聲を攪乱する仕掛けを施しておる! 食い破るはたやすいが、それをすれば、吾が背もろとも灰燼と帰す!」
再び咳き込むような音と、肉がえぐられる衝撃。そんなこちらをあざ笑うように、参謀女は悠々と歩き去ろうとしている。
「すぐに探し出してくる! それまで」
「言うな痴れ虫! そのような事、万が一にも起こらぬわ!」
足を踏み鳴らし、ドラゴンがゴブリン連中に火を吐きかける。そいつらが焼け朽ちるのと合わせて、さらに奥から増援が湧いて出てきた。
「行くぞ、テメエら!」
「は、はいっ」
いつの間にか、鏡の壁が綺麗になくなっている。そして地面には、十字に刻まれた絨毯が見渡す限りに広がっていた。
「なんじゃこの絨毯は……まさか、先ほどまでの回廊は!?」
「壁を、自由に、出せる城、だったんです! 出口のない、迷路だって、造れます!」
「おいコスズ! こういう時、お前かシャーナが気づくもんだろうが!?」
怒りに顔をしかめ、同時に絶望に眉根を寄せて、コスズは首を振った。
「悔しいが儂も、シャーナさえ欺かれた! この城は聲を知っている。聲を如何に御すかを知っている! しかしなぜじゃ、ドラゴンの聲など、そうそう聞けるものでもあるまいに!」
そんな疑問に誰も答えられるわけもなく、だだっ広い部屋の端の階段へ駆け込む。
「いや、ちょっとまて!」
ある程度降りたところで、コスズは不安げにこちらを振り返った。
「どうされた、コスズ殿」
「どう考えても、これは罠じゃ。いや、分かっておろうが、明らかに魔王は儂らを分断しにかかっておる」
「だろうな。で、何かいい手でもあるってか?」
この感じは"繰魔将"の時と似ている。ユーリと俺たちは分断され、散々面倒な仕掛けを解いたり、敵の化けた味方を見破る羽目になった。
「良い手というより、覚悟してほしいのじゃ。ここから先、儂ら自身のことより、ユーリを救うことを、前提とせねばならんとな」
「……つまり、ユーリのために、誰かを見捨てろ、ってか」
「見捨てるかもしれん、じゃ。必ず見捨てろとは言わぬ。なによりユーリが怒るだろう」
コスズの言葉は、グリフにとって意外でもなかった。自分は最初からユーリのことしか眼中にないし、他の連中だって心情に大差はない。
つるんで信頼できる相手だから、ユーリを守るという目的で仲間になっただけだ。
「心がけの方は分かったぜ。で、具体的にどうユーリを探す?」
「こうなればイフの光韻が頼りなんじゃが、何とかなりそうか?」
「……そう、ですね」
フードの奥にすべてを押し込めて、イフは首を振った。そういや、こいつの顔を俺はまともに見たことがない。なんとなく人間とは違うようだが、俺と目を合わせることだってほとんどなかった。
「無理なら無理って言えよ。別に期待しちゃいねえ」
「グリフ殿」
「あー、違ぇよ。ドラゴンの目を欺く城で、普通の魔法使いにできる事なんざ、なにもねえだろって話だよ」
「……はい、そのとおり、です」
こいつらはイフを甘やかしすぎる。仲間に入ったくせに、こそこそ隠し事する時点で、癇に障るんだよ。
「こうなったら、一階づつ、シラミ潰しにするしかねえな。上でシャーナが暴れ続けてりゃ、俺たちは自由に動ける」
「我々が戻っても足手まといでしょう。それしかないかと」
「遠くは無理でも、周囲の索敵なら問題なかろう。イフ、お前も警戒を頼むぞ」
「は、はい!」
再び、俺たちは階段を駆け下りる。
余計な時間を取った、一刻も早くユーリと合流しなくては。
その時、階段の上の方で、なにか重いものが落ちる音がした。
「あれは!?」
「おそらく扉が閉まった音じゃ! 気にするな!」
別にあっちが出口というわけじゃない。そこに居るのは世界最強のドラゴンだ。
それでも、この胸に湧き上がる感覚はなんなんだ。
「い、いかん! 階段の出口が閉まってしまう!」
急き立てるように、金属の扉らしいものが出口に降りていく。おそらく上の音もこれが立てたものだ。
「走れ! 閉じ込められるぞ!」
俺たちは必死で、新たな階層に転がり込む。
背後で巨大な扉が、嫌な音を立てて閉じた。
いったい何なのだ、これは。
全身に差し込まれる激痛に、アマトシャーナは歯を食いしばった。
それまで雲霞のように押し寄せてきた敵が、外壁に張り付いたまま動こうとしない。
それどころか、一部の射手は地面に寝転がって、例の『銃』とやらで、こちらに攻撃を仕掛けてくる。
「この下郎めがぁっ!」
吐き出した火球が途中でせり上がった壁に遮られる。忌々しいことに、その壁自体が放っているのは明らかに『聲』だった。
粗雑で、低劣で、無様な模造品。それでもそれは『竜の聲』だ。
面倒だと近づけば、銃を持つ連中は引っ込み、別の場所から新たな奴らが現れる。
しかも、この銃はさっきまでのものと違う。
爆音、重い衝撃が、太い筋肉の層に突き刺さる。
「っぐぅうっ!」
鱗目に聲を通しても抗しきれない。連中が使っていた『じどうしょうじゅう』よりもはるかに強く、『こうしゃほう』には劣るが、貫徹力がすさまじい。
敵兵の数は一度に十人程度。だが、一発でも当たれば、骨にさえ届く威力だ。
『弾着、効果アリ!』
『対竜狙撃銃隊、続けて劣化ウラン弾による攻撃を試みる!』
このままではまずい。炎は吹き散らされ、近づけば逃げる。いつの間にか天井も高く広くなり、中途半端に飛べるようになっているのが厄介だ。
こうなれば、地面を砕いて進むほかない。
(森人の聲など使おうなどとは、吾も焼きが回ったか!)
喉の奥で聲を練り、両手に集約、すべて砕けよと渾身の力を込めて振り降ろす。
両手の筋肉が敷石を砕き、聲が広がり進む、はずだった。
その効力に反発する力が、地面の内側から広がってくる。
「じ、地面にまで聲だとぉっ!?」
こちらの聲に合わせるように『振動と掘削を防ぐ聲』が放射されてくる。もちろん、こんなものをかき乱すのはたやすい。
だが、そんな暇を許す連中でもなかった。
部屋の隅から、凶悪な火箭の牙が、腕に、つま先に、首筋に突き刺さる。
「ぐああああああううっ!?」
たまらずよろめき、その場から身を引く。
同時に、その行為こそが、地竜の女王の心を、傷つけた。
「き、貴様ら如き下郎が、吾を、下がらせるかぁっ!」
もうなにも構わぬ。何がどうなろうと、これ以上は知らぬ。
ここまでの屈辱を与えられ、怒りを収めることなどできようか。
この城ごと、何もかも燃え散らしてくれる。
喉を逸らして、赤き竜は渾身の聲を練り上げた。
《星の腕に抱かれし、万古不易の灼鐵よ。其は真紅を超ゆるもの》
翼に炎が宿り、紅蓮の威力が、敵から浴びせかけられた弾丸を喰らう。
絨毯が燃え散り、防火を成そうとせり上がった鏡の壁が溶け崩れる。
背負った炎は太陽の黄に染まり、やがて熱せられた鉄の、白々とした輝きに染まる。
足元の敷石が燃え崩れ、含まれていた金属が、ねばつく泥のようにしみ出す。
《吾が意、吾が聲、吾が令に服し、白へと染まれ》
それはこの星の中心。長きにわたり燃え続ける命そのもの。
一度地上に吹き上がれば、すべてを溶かし尽くす暴力だ。
本当に――いいのか?
「知ったことか、吾が怒りに燃え散れ――《星拓く原初の白!》」
心に残った何かさえ怒りにくべて、赤き竜は白光を解き放った。
それは、薄暗い空間に花開いた、原初の熱だ。
星に命を灯す始まりの謳。それは地上を温め、新たな竜種を育む揺籃の熱。
同時に、あらゆるものを焼き滅ぼし、原初の形に戻す力だ。
そう、なにもかもを。
事実に行き着いた瞬間、忘却を知らぬドラゴンの記憶が、何かを掘り起こす。
『愚かな人間よ。貴様、なぜ吾を試した』
『試したんじゃ、ないさ』
それは初めての日。すべてが有象無象でしかなかった吾に、初めて芽生えたもの。
『言っただろ。俺は約束を守る。だから君にも、そうしてもらうって』
『竜種に契約など、まことに成り立つと思っておったのか?』
『成り立つかどうかは問題じゃない』
あの小さな、吹けば飛ぶような命は、それでも吾に張り合おうとした。
『どんな相手だって、試す前から諦めない。それに、君は誇り高い、ドラゴンの女王なんだろ?』
吾に誇りなどなかった。周囲が押し付けただけで、うっとおしいとさえ思っていた。
『だったら、その誇りに掛けて、約束は守ってくれると、信じただけさ』
ああ、そうだ。
あの瞳の輝きこそ、吾はたぐいまれなる宝石と見たはずなのに。
(やめよ)
石が燃えていく、壁が消えていく、この脆弱な城が、自分の暴威で跡形もなく焼き尽くされていく。
城はいい、魔王など知らぬ、下に逃がした有象無象も、どうでもよかった。
だが、たった一つだけ。
(とまれ!)
解き放った聲は止まらない。
星を産み、星を焼き尽くす白き輝きは、一切を壊し、一切を無に帰する。
守りたかった宝石。たった一人の愛しい『吾が背』さえも。
「ユゥリィイイイイイイイイッ!」
叫び、手を伸ばしたシャーナは、呆然としていた。
己の内からほとばしった、強烈な欲求に気が付いた、からではない。
広がって破壊するはずの炎が、完全に、打ち消されていた。
確かに壁は燃えた、天井は焼け落ち、地面は己を中心にすり鉢のように沈んでいる。
ただ、それだけだった。
「な――な、なぜだ!? なぜこの城が残っておる!? わ、吾は確かに」
「地竜の女王、アマトシャーナ」
驚愕したシャーナの目の前に、女が進み出てきた。参謀を名乗る女、そいつのいやらしい紛い物の竜眼が、冷めた色でこちらをなぶる。
「貴方の聲、見事でした。もしも、我々に貴方以上の聲を知る機会が無ければ、防ぐことも、かなわなかったでしょう」
「は……?」
何を言っている、こいつは。
吾を越える火を使うものなど、この世界にいるわけがない。
「共振消力装置。あなた方の聲と同位相の干渉波を発生、打ち消すものです。無論、"竜の聲"は複雑で、サンプリングからの再現も、不完全なものですが」
「わ、吾の聲を、この一瞬で?」
「一瞬ではありません。半年の開発期間がありましたので。容易ではありませんが、困難でもなかった」
半年前、その頃の吾はユーリと契った頃だ。この聲も、知り得てはいたが、使う機会は今までなかった。
ならば、これ以上の聲を、いったい誰が。
「ま……まさか! あの、紛い物めが、やったというのか!?」
「貴方のブレスは焦点温度にして五千度。彼の仔竜が解き放った星辰の炎は、約七千度」
馬鹿げた作り話だ。
混ざり者のドラゴンに、その上ただの仔竜に、そんな聲を知りうる術などないはず。
「ありえぬ! わ、吾を謀るか!?」
「……貴方に"魔王"様から、最後の言葉をお贈りします」
こちらの狼狽など、涼しい顔でやり過ごし。
目の前の忌々しい雌は、魔王の生き写しのような顔で、嗤った。
「『所詮、地竜などその程度。驕り昂りのツケだ、無様に討たれて死ぬがいい』」
「お、おのれらがぁあああああああっ!」
絶叫と共に肺を炎で満たす。もう一度、一切を焼き尽くしてやる。
それが女に届く、寸前。
「対竜種用重機関銃、斉射」
太く、硬く、重く、速く、飛翔する無慈悲な金属の礫が。
堅牢だったはずの地竜の女王の鱗ごと、全身を引き裂いていった。




