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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
230/256

30、迷宮の囚人たち

 金属臭のする狭い廊下を、シェートは走り続ける。

 貰った地図によれば、この辺りは城の外殻に当たるらしい。前方から強めの風が吹いてきて、次第に先が明るくなる。


「……っ」


 そこは、すでに崩落した部分だった。

 城の下部を覆っていた岩塊が崩れ落ちて、続いていたはずの通路も無くなっている。

 こんな感じの行き止まりを回避しながら走ってきたが、そろそろどこかで内側に入っておきたい。


「サリア、聞こえるか」

『……ートか、き……る。状況……』


 どうにもうまく伝わってこない。魔王城の中ではうまく使えないようだ。

 通信を諦め、元来た道を戻ろうとした。


「こちらにおいででしたか」


 素早く弓を構え、引き絞る。視線の先にいた者は、慌てて両手を頭の後ろに回し、その場でひざまずいた。


「とりあえず、ここまでやればよろしいでしょうか。それとも、地面に額を擦りつけ、武装も抵抗もない意思をしめした方が、よろしいでしょうか」

「……お前、"執事"か?」


 黒い毛皮と黒い顔の羊は、ふわりと笑った。

 弓の構えを解くと、"執事"は立ち上がり、胸に手を当てて一礼する。


「お目に掛かれて光栄です。"平和の女神"の勇者、コボルトのガナリ、シェート様」

「う、うん。お前、知ってる。聞いてた」

「早速ですが、ここはそろそろ崩れ去ります。内に入る道へご案内しますので。同行願えましょうか?」


 罠、かもしれないが、こいつを差し向けてきたということは、とりあえず敵対の意志はないだろう。

 実際、中に入るための手段は欲しかったところだ。


「分かった。行く」

「ありがとうございます。では」


 "執事"の手が壁に触れると、そのまま内向きの扉が開く。おそらく、自分のような侵入者には反応しない仕掛けだ。

 そのまま中に入ると、目の前に広がっていたのは、からっぽの広場だった。


「ここは本来、"魔王"様の技術研究所であったところです。戦車、自動小銃、手榴弾、高射砲やそれらに使う砲弾なども、ここで制作されていました」

「ないな。なにも」

「必要がなくなりましたので、処分いたしました」


 床をよく見れば、何かが存在していた痕跡、油汚れやこすれ跡がある。本当にきれいさっぱり、取り除けてしまったのだ。


「ここから直通のエレベーターがございます。まずは我が屋敷で、ごゆるりと」

「……できない。俺、魔王、倒す」

「なるほど」


 羊は足を止めた。

 それから、顔を曇らせた。


「ここまでの戦いで、消耗しておられるはずです。魔王様と相対されるのであれば、なおの事、休息を取っていかれては?」

「悠里、戦ってる。俺、助け、行く」

「やはり……そうなりますか」


 息を吐く羊、その身体がするりと伸びていく。

 身頃に合わせて服が大きくなり、体つきが筋骨たくましい、人型へと変わる。

 そして、両の拳を握り、前で構える姿勢を取った。


「どけ。俺、お前、戦う、意味ない」

「いいえ。私にはございます。シェート様を『おもてなしせよ』と、仰せつかりました。主の命には、従わなければならない」


 すでにその顔は柔和さを失っていた。

 角が鋭く伸び、目はきつくすがめられ、口元に鋭い牙が生えている。黒い毛皮は失われて、体は赤銅色に染まった。


「私は、"悪魔"で、"執事"ですので」


 そして赤い疾風が、踊りかかってきた。



 異様な鏡の空間で、誰一人動けずにいた。

 叫び出したユーリを、止めることもできなかった。アイツは何を言った? こちらには理解できない言葉。もしかしたら、何かの呪いだったのか?

 だが、そんなことは、どうでもいい。


「ユーリっ! テメエ、ユーリに何をした!」

「"参謀"、後は任せた。手はず通りに遊んでやれ」


 振り向きもせず、魔王は去っていく。こちらなど見向きもせずに。


「ザケんじゃねえぞコラァ! 戻ってきやがれ、腰抜けのクソ魔王が!」


 だが、魔王は振り返りもせず、姿を消す。

 最初からそんなもの、いなかったとでも言うように。


「おのれ! 我が背をいずこに隠した! こうなればこの城ごと、すべて燃え散らして」

「それはお勧めしません、"撃壌せし烈火アマトシャーナ"。城ごと、貴方の勇者が灰となるだけです」


 かっちりとした服を身に着けた、浅黒い肌の女。

 シャーナのような煽情的な体型ではない、幼過ぎるコスズや、筋肉の方が勝っているフランバールとも違う。

 鍛え上げられてなお、本来の魅力を失わない、体の豊満さだ。


「またも混ざり者か! 貴様といい、仔竜といい、竜種に憧れ、ぶざまなまがい物を造ることが、よほど好きと見える!」

「私は最適解を望まれた者です。"参謀"として、これが正着であっただけ」

「あ、あいつも、ドラゴンだってのか?」

たわけ虫! 貴様、今すぐ燃え散らすか!?」


 目の前の美人は、腰に下げた二本の剣を引き抜き、柄の所を繋ぎわせた。

 まるで棒か、槍のような形状のそれを、体に添わせてやすやすと振る。


「足止めってわけか。確かにお前は強そうだが、俺たち四人に勝てると思ってんのか?」

「北の浜の元漁師、傭兵グリフ」


 名前を呼ばれた瞬間、グリフは体に走る悪寒を止められなかった。

 こんな『いい女』に呼ばれたってのに、首筋に氷でも押し付けられたような、不快しか感じない。


「ヴィルメロザ騎士団、総領代理。フランバール・ミルザーヌ」

「何のつもりだ。我らの名など、呼びつけて」

「大森林の大母、ミー・ヒーリーの娘、コスズ」


 コスズは眉を上げたが、返事はしない。それでも、自分が感じているのと、同じものを味わっているのは分かった。


「そして、イフ」


 まるで網に絡んだ海藻を投げ捨てるような、ぞんざいさ。その扱いこそが、イフを傷つける方法であると、知っているように。


「あなた方は、適格・・です」

「は、はぁ? ま、魔王みてえに、テメエも俺たちを言葉で煙に巻こうってのか!?」

「いいえ。これは事実です。勇者の仲間として適格、そう評価されました」


 本当にこいつらは、よくわからない。

 敵になった相手に向かって、俺たちは勇者にふさわしいなんて言うとは。


「ですので『既定路線』で、対応させていただきます」


 ダメだ、こいつらに話なんか通じない。そもそも、最初から最後まで、訳の分からないことばっかりやってきやがったんだ。


「もういい。オマエをぶっ殺して、ユーリと合流する」

「ご随意に。ですが、なるべくお早く。"魔王"様は、彼を殺すつもりですので」


 大斧を構え、相手との間合いを慎重に測る。

 この旅の間、ユーリに散々鍛えてもらってきた。騎士団の連中さえ教われなかった『イワクラ流』のおかげで、そんじょそこらの敵なんて目じゃなくなった。

 その俺が、打ち込む隙を伺えない。

 相手はただ、長い剣を肩に立てかけるようにしている、それだけなのに。


「どうされました。岩倉悠里、一の仲間、切り込み隊長のグリフ殿」

「う、うるせえっ!」


 その瞬間、相手の剣の先が、わずかに引いた。

 行けるか、いや、行く。


「おおおおおおおっ!」


 斧の柄を肩に乗せ、相手に向けて飛び込む。それを両腕で引き込むようにして、目の前の敵に叩きつける。

 あの細い剣じゃ受けきれるわけがない。避けるか、さばくか、脇に退くか。

 俺の動きを察知していたフランが、逃げ場を塞ぐように追走してくる。俺の背中を回り込むように、コスズが弓を構えて、更に動きを封じる。

 頑丈な俺を囮に、素早い二人が逃げ道を塞ぐ。

 この一撃、避けられるもんなら。


「伏せろ痴れ者ども!」


 背後でシャーナが絶叫する。思わず振り返った先にあった物。

 それは、黒くて長い鉄の塊を置いた、ゴブリンたちの群れ。


「各員、自由射撃、斉射!」


 耳に痛い咳き込むような音が鳴り響き、それとは別の、湿ってねばつくような音が、耳にねじ込まれた。

 閉じかけた目を開けば、そこには赤くて巨大なドラゴンが、割り込んでいた。


「さ、さすがに、この近さでは、聲でも完璧には、ゆかぬか」

「シャーナ、お前!」


 ギリギリと歯ぎしりを漏らし、それでも赤いドラゴンは参謀女を指さした。


「早う、その女を締め上げろ! 吾が背の居場所を吐かせるのだ!」

「だが、いくらお主の体でも!」

「たわけぇ! この城、どうやら聲を攪乱する仕掛けを施しておる! 食い破るはたやすいが、それをすれば、吾が背もろとも灰燼と帰す!」


 再び咳き込むような音と、肉がえぐられる衝撃。そんなこちらをあざ笑うように、参謀女は悠々と歩き去ろうとしている。


「すぐに探し出してくる! それまで」

「言うな痴れ虫! そのような事、万が一にも起こらぬわ!」


 足を踏み鳴らし、ドラゴンがゴブリン連中に火を吐きかける。そいつらが焼け朽ちるのと合わせて、さらに奥から増援が湧いて出てきた。


「行くぞ、テメエら!」

「は、はいっ」


 いつの間にか、鏡の壁が綺麗になくなっている。そして地面には、十字に刻まれた絨毯が見渡す限りに広がっていた。


「なんじゃこの絨毯は……まさか、先ほどまでの回廊は!?」

「壁を、自由に、出せる城、だったんです! 出口のない、迷路だって、造れます!」

「おいコスズ! こういう時、お前かシャーナが気づくもんだろうが!?」


 怒りに顔をしかめ、同時に絶望に眉根を寄せて、コスズは首を振った。


「悔しいが儂も、シャーナさえ欺かれた! この城は聲を知っている。聲を如何に御すかを知っている! しかしなぜじゃ、ドラゴンの聲など、そうそう聞けるものでもあるまいに!」


 そんな疑問に誰も答えられるわけもなく、だだっ広い部屋の端の階段へ駆け込む。

 

「いや、ちょっとまて!」


 ある程度降りたところで、コスズは不安げにこちらを振り返った。


「どうされた、コスズ殿」

「どう考えても、これは罠じゃ。いや、分かっておろうが、明らかに魔王は儂らを分断しにかかっておる」

「だろうな。で、何かいい手でもあるってか?」


 この感じは"繰魔将"の時と似ている。ユーリと俺たちは分断され、散々面倒な仕掛けを解いたり、敵の化けた味方を見破る羽目になった。


「良い手というより、覚悟してほしいのじゃ。ここから先、儂ら自身のことより、ユーリを救うことを、前提とせねばならんとな」

「……つまり、ユーリのために、誰かを見捨てろ、ってか」

「見捨てるかもしれん、じゃ。必ず見捨てろとは言わぬ。なによりユーリが怒るだろう」


 コスズの言葉は、グリフにとって意外でもなかった。自分は最初からユーリのことしか眼中にないし、他の連中だって心情に大差はない。

 つるんで信頼できる相手だから、ユーリを守るという目的で仲間になっただけだ。


「心がけの方は分かったぜ。で、具体的にどうユーリを探す?」

「こうなればイフの光韻が頼りなんじゃが、何とかなりそうか?」

「……そう、ですね」

 

 フードの奥にすべてを押し込めて、イフは首を振った。そういや、こいつの顔を俺はまともに見たことがない。なんとなく人間とは違うようだが、俺と目を合わせることだってほとんどなかった。


「無理なら無理って言えよ。別に期待しちゃいねえ」

「グリフ殿」

「あー、違ぇよ。ドラゴンの目を欺く城で、普通の魔法使いにできる事なんざ、なにもねえだろって話だよ」

「……はい、そのとおり、です」


 こいつらはイフを甘やかしすぎる。仲間に入ったくせに、こそこそ隠し事する時点で、癇に障るんだよ。


「こうなったら、一階づつ、シラミ潰しにするしかねえな。上でシャーナが暴れ続けてりゃ、俺たちは自由に動ける」

「我々が戻っても足手まといでしょう。それしかないかと」

「遠くは無理でも、周囲の索敵なら問題なかろう。イフ、お前も警戒を頼むぞ」

「は、はい!」


 再び、俺たちは階段を駆け下りる。

 余計な時間を取った、一刻も早くユーリと合流しなくては。

 その時、階段の上の方で、なにか重いものが落ちる音がした。


「あれは!?」

「おそらく扉が閉まった音じゃ! 気にするな!」


 別にあっちが出口というわけじゃない。そこに居るのは世界最強のドラゴンだ。

 それでも、この胸に湧き上がる感覚はなんなんだ。


「い、いかん! 階段の出口が閉まってしまう!」


 急き立てるように、金属の扉らしいものが出口に降りていく。おそらく上の音もこれが立てたものだ。



「走れ! 閉じ込められるぞ!」


 俺たちは必死で、新たな階層に転がり込む。

 背後で巨大な扉が、嫌な音を立てて閉じた。



 いったい何なのだ、これは。

 全身に差し込まれる激痛に、アマトシャーナは歯を食いしばった。

 それまで雲霞のように押し寄せてきた敵が、外壁に張り付いたまま動こうとしない。

 それどころか、一部の射手は地面に寝転がって、例の『銃』とやらで、こちらに攻撃を仕掛けてくる。


「この下郎めがぁっ!」


 吐き出した火球が途中でせり上がった壁に遮られる。忌々しいことに、その壁自体が放っているのは明らかに『聲』だった。

 粗雑で、低劣で、無様な模造品。それでもそれは『竜の聲ドラゴンブレス』だ。

 面倒だと近づけば、銃を持つ連中は引っ込み、別の場所から新たな奴らが現れる。

 しかも、この銃はさっきまでのものと違う。

 

 爆音、重い衝撃が、太い筋肉の層に突き刺さる。


「っぐぅうっ!」


 鱗目に聲を通しても抗しきれない。連中が使っていた『じどうしょうじゅう』よりもはるかに強く、『こうしゃほう』には劣るが、貫徹力がすさまじい。

 敵兵の数は一度に十人程度。だが、一発でも当たれば、骨にさえ届く威力だ。


『弾着、効果アリ!』

対竜狙撃銃隊アンチドラグーンスナイパー、続けて劣化ウラン弾による攻撃を試みる!』


 このままではまずい。炎は吹き散らされ、近づけば逃げる。いつの間にか天井も高く広くなり、中途半端に飛べるようになっているのが厄介だ。

 こうなれば、地面を砕いて進むほかない。


森人ざっそうの聲など使おうなどとは、吾も焼きが回ったか!)


 喉の奥で聲を練り、両手に集約、すべて砕けよと渾身の力を込めて振り降ろす。

 両手の筋肉が敷石を砕き、聲が広がり進む、はずだった。

 その効力に反発する力が、地面の内側から広がってくる。


「じ、地面にまで聲だとぉっ!?」


 こちらの聲に合わせるように『振動と掘削を防ぐ聲』が放射されてくる。もちろん、こんなものをかき乱すのはたやすい。

 だが、そんな暇を許す連中でもなかった。

 部屋の隅から、凶悪な火箭の牙が、腕に、つま先に、首筋に突き刺さる。


「ぐああああああううっ!?」


 たまらずよろめき、その場から身を引く。

 同時に、その行為こそが、地竜の女王の心を、傷つけた。


「き、貴様ら如き下郎が、吾を、下がらせるかぁっ!」


 もうなにも構わぬ。何がどうなろうと、これ以上は知らぬ。

 ここまでの屈辱を与えられ、怒りを収めることなどできようか。

 この城ごと、何もかも燃え散らしてくれる。

 喉を逸らして、赤き竜は渾身の聲を練り上げた。


《星のかいなに抱かれし、万古不易の灼鐵よ。其は真紅を超ゆるもの》


 翼に炎が宿り、紅蓮の威力が、敵から浴びせかけられた弾丸を喰らう。

 絨毯が燃え散り、防火を成そうとせり上がった鏡の壁が溶け崩れる。

 背負った炎は太陽の黄に染まり、やがて熱せられた鉄の、白々とした輝きに染まる。

 足元の敷石が燃え崩れ、含まれていた金属が、ねばつく泥のようにしみ出す。

 

《吾が意、吾が聲、吾が令に服し、白へと染まれ》


 それはこの星の中心。長きにわたり燃え続ける命そのもの。

 一度地上に吹き上がれば、すべてを溶かし尽くす暴力だ。

 本当に――いいのか?


「知ったことか、吾が怒りに燃え散れ――《星拓く原初の白アマトシャーナ!》」


 心に残った何かさえ怒りにくべて、赤き竜は白光を解き放った。

 それは、薄暗い空間に花開いた、原初の熱だ。

 星に命を灯す始まりのうた。それは地上を温め、新たな竜種を育む揺籃のいのち

 同時に、あらゆるものを焼き滅ぼし、原初の形に戻す力だ。

 そう、なにもかも・・・・を。

 事実に行き着いた瞬間、忘却を知らぬドラゴンの記憶が、何かを掘り起こす。

 

『愚かな人間よ。貴様、なぜ吾を試した』

『試したんじゃ、ないさ』


 それは初めての日。すべてが有象無象でしかなかった吾に、初めて芽生えたもの。

 

『言っただろ。俺は約束を守る。だから君にも、そうしてもらうって』

『竜種に契約など、まことに成り立つと思っておったのか?』

『成り立つかどうかは問題じゃない』


 あの小さな、吹けば飛ぶような命は、それでも吾に張り合おうとした。


『どんな相手だって、試す前から諦めない。それに、君は誇り高い、ドラゴンの女王なんだろ?』


 吾に誇りなどなかった。周囲が押し付けただけで、うっとおしいとさえ思っていた。


『だったら、その誇りに掛けて、約束は守ってくれると、信じただけさ』

 

 ああ、そうだ。

 あの瞳の輝きこそ、吾はたぐいまれなる宝石と見たはずなのに。


(やめよ)


 石が燃えていく、壁が消えていく、この脆弱な城が、自分の暴威で跡形もなく焼き尽くされていく。

 城はいい、魔王など知らぬ、下に逃がした有象無象も、どうでもよかった。

 だが、たった一つだけ。


(とまれ!)


 解き放った聲は止まらない。

 星を産み、星を焼き尽くす白き輝きは、一切を壊し、一切を無に帰する。

 守りたかった宝石。たった一人の愛しい『吾が背』さえも。


「ユゥリィイイイイイイイイッ!」


 叫び、手を伸ばしたシャーナは、呆然としていた。

 己の内からほとばしった、強烈な欲求に気が付いた、からではない。

 広がって破壊するはずの炎が、完全に、打ち消されていた。

 確かに壁は燃えた、天井は焼け落ち、地面は己を中心にすり鉢のように沈んでいる。

 ただ、それだけだった。


「な――な、なぜだ!? なぜこの城が残っておる!? わ、吾は確かに」

「地竜の女王、アマトシャーナ」


 驚愕したシャーナの目の前に、女が進み出てきた。参謀を名乗る女、そいつのいやらしい紛い物の竜眼が、冷めた色でこちらをなぶる。


「貴方の聲、見事でした。もしも、我々に貴方以上の聲を知る機会が無ければ、防ぐことも、かなわなかったでしょう」

「は……?」


 何を言っている、こいつは。

 吾を越える火を使うものなど、この世界にいるわけがない。


「共振消力装置。あなた方の聲と同位相の干渉波を発生、打ち消すものです。無論、"竜の聲ドラゴンブレス"は複雑で、サンプリングからの再現も、不完全なものですが」

「わ、吾の聲を、この一瞬で?」

「一瞬ではありません。半年の開発期間がありましたので。容易ではありませんが、困難でもなかった」


 半年前、その頃の吾はユーリと契った頃だ。この聲も、知り得てはいたが、使う機会は今までなかった。

 ならば、これ以上の聲を、いったい誰が。


「ま……まさか! あの、紛い物めが、やったというのか!?」

「貴方のブレスは焦点温度にして五千度。彼の仔竜が解き放った星辰の炎は、約七千度」


 馬鹿げた作り話だ。

 混ざり者のドラゴンに、その上ただの仔竜に、そんな聲を知りうる術などないはず。


「ありえぬ! わ、吾を謀るか!?」

「……貴方に"魔王"様から、最後の言葉をお贈りします」


 こちらの狼狽など、涼しい顔でやり過ごし。

 目の前の忌々しい雌は、魔王の生き写しのような顔で、嗤った。


「『所詮、地竜などその程度。驕り昂りのツケだ、無様に討たれて死ぬがいい』」

「お、おのれらがぁあああああああっ!」


 絶叫と共に肺を炎で満たす。もう一度、一切を焼き尽くしてやる。

 それが女に届く、寸前。


「対竜種用重機関銃、斉射」


 太く、硬く、重く、速く、飛翔する無慈悲な金属の礫が。

 堅牢だったはずの地竜の女王の鱗ごと、全身を引き裂いていった。


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