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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
228/256

28、ガラクタの王

 魔界に生きるとは、忌まわれる、という事と同じ意味だ。

 強きが故に忌まれ、貴きがゆえに忌まれ、穢れしゆえに忌まれ、弱きゆえに忌まれる。

 その中で、最も忌まれた存在が、"万能無益"と呼ばれたジョウ・ジョスだ。

 魔界の果ての果て、闇と泥土と腐敗とガラクタが積み上がった世界に、ねぐらを持つ存在。そこに行き着く者は、世に役立たずの烙印を押され、行き場を失ったものどもだ。

 魔界の数寄者、大ぼら吹き、ゴミ漁り。

 そして『決して手を出してはならぬ者』。


『煮売り、二百ガルテ。ミヤルキのウブツセ、十ヒッヒ。角肉ゼミの串焼き、三万ボリアイ。靴ミダナのステーキ、時価。カリーヴルスト、二ユーロ』


 それは、巨大な体躯を持つ存在だった。純白と真紅の翼を背に備え、おぞましくも黒く整った腕と、青く染まった熱い手を持つモノ。

 ジョウ・ジョスの『雑貨屋』。その門の側に打ち捨てられたそれは、惚けて感情を失った目で、異国異世界の食品の値段を、でたらめに言いつのっていた。

 それは魔界において、もっとも美しく残酷で、怜悧な存在と呼ばれた魔神、だった。

 天と地の狭間に置いて並ぶものなしと言われ、"調停者"バルフィクードと干戈を交えながら引き分けを重ねた剛の者。


『ツチツチ、無料。ふぐのてっちり、時価。マルゴウルの種、ニビテ払い。カンバナイ族のモゴロフ、七イーム』


 それは完全な『ガラクタ』だった。

 ある時、この館の主が欲した。この魔界で最も有用なものを『ガラクタ』にしたいと。

 その日から、これは『忌まわしきモノ』となった・・・

 されたのでもなく、貶められたのでもなく、そのようになったのだ。 

 ここに何かを求めに来る者はない。

 ここで何かを得られることもない。

 ガラクタを欲す主人と、ガラクタが集まる場所。力こそすべてという、魔界の約定が一切通じない、不条理の世界だ。


「主人に目通り願いたい」


 門番を務める、小さな生き物が、へらりと笑う。

 ここに来て何かを乞うという意味が、分かっているのかと。


「"万能無益"に、ガラクタを捧げに参った」


 小さな生き物は、門を開けた。

 そのまま、ゴミのたまった庭を歩き、屋敷へと入る。

 見るべきものはない。

 世界を百度滅ぼすほどの力を持つ兵器や、一日も休まず、世界の財宝のコピーを吐き出し続ける機械、十秒ごとに生老病死を続けるヒトなどがぶらついている程度の話だ。

 

「ご機嫌よう。"万能無益"殿」


 それは肉塊、のように見えた。

 輪郭は定かではない、色も分からない、そこにあるという圧力、気配だけだ。

 それは何かを弄んでいた。

 人、人形、あるいはそのように見える何か。

 かじり、舐め取り、眺めて、放り捨てる。それは命のない肉になり、部屋を汚した。


「毒、毒だ。やはりあれは効く。良いガラクタ、だが手に入らない」


 陶然としているようだった。先ほどの肉の残骸を、物惜し気に見つめる。

 珍しいことだ、ガラクタあさりが物惜しみとは。


「珍品なので?」

「ガラクタの産んだガラクタ。死に瀕している。珍味だ、珍奇だ。ガラクタだ。だが、手に入らぬ」

「私で手配できましょうか」

「無用。あれはもう、壊れている。壊れ、腐り、崩れ去る。熟れ過ぎて腐る実だ。神を見捨てた星、他のガラクタさえ壊す、神去し地のガラクタ」


 珍品マニアの思考はこのようなものだ。自分だけの価値観に従い、査定し、蒐集する。

 であれば、自分の価値は、どこまで貶めて差しだせるだろう。


「今日は、貴方に捧げものを持ってまいりました」

「無用」


 にべもない。だが、それはそうだ。

 この存在は俺などはなから相手にしていない。だからこそ、いい。


「貴方様の持っていない、新たなガラクタです」

「■はすべてを見た。存分に物語を見た。そして飽いた。成功も、失敗もだ。価値あるものなど、この世にはない。皆同じガラクタだ」

「私の願いを、ご存じなのですね」


 次の魔王になる。

 神々の遊戯と呼ばれる、忌まわしい儀式の生贄に。


「去れ。功名心に突き動かされたガラクタが、お前を新たな魔王ガラクタにするだろう」

「それでは足りない。私の願い、私の願望をかなえるためには」

「願いなどガラクタだ。それも見飽きた」

「では、それが全てをガラクタに変える、ガラクタであったとしたら?」


 興味関心、とは程遠い感覚が伝わった。

 対応を間違え得れば、自分も壁際の肉塊と同じになる。


「"神々の遊戯"、貴方に捧げるガラクタは、それです」

「あれはもう、壊れようがない。最初の一度、愚かな女神の悲嘆と崩壊を見た。ここに堕ちてくれば、■のガラクタに加えていただろう。見るべきところは、それだけだ」

「家の柱が朽ちた時、次に朽ちるのは何でしょうか」


 謎かけではない、相手にはこれで伝わるだろう。

 果たして、"万能無益"は、笑った。


「貴様はシロアリか、あるいはカビか、それとも夜盗ずれか?」

「魔王とはそのようなものでしょう。シロアリで、カビで、夜盗です」

「だが、そのどれもが、一つのガラクタしか作り得ぬ。貴様は、どうだ?」


 疑問に答える前に、俺は懐に入れておいたものを取り出した。

 それはこことは別の場所を見せる鏡。そこに映し出されたものを指し示す。


「まず、これを貴方に差し上げる」

「……これは『貴様』か」

「これらの『意味』と『価値』と『恩讐』を、ガラクタにして御覧に入れる」


 映し出されるのは、暗い部屋に陳列された自分そっくりの体。

 ガラスのシリンダーの中で、静かに息づく者。

 無限に続き、無限に死んでいく自分。

 その全てが『自分ではない』もの。


「ああ、ああ。そういう事か。遥か数千年前、最も輝く光の者、"万軍の主"にして"栄光の王"の、残念か」


 頷き、俺は指をはじく。

 途端に、映像の生き物たちは皆のたうち回り、死んだ。

 目の前の魔は、上機嫌になった。

 新しいガラクタを、見つけ出した喜びで。


「そのガラクタは、■のものとなった。では、貴様にもくれてやろう。"魔王"という名の役割ガラクタを」


 そして俺は、"魔王"となった。

 己に課せられたあらゆるものを、自己を示すものを、一切ガラクタに変えて。



 懐かしい夢を見た。

 目を覚まし、"魔王"は体を起こす。信じられないほど体が軽い、もしや、自分はもう死んでいて、肉体の束縛から解放されたのでは、とさえ思った。


「い、いきなり起き上がられて、お加減はいかがでしょうか」

「あ……あ、ぞう、だな」

 

 喉が干からびている、宛がわれたチューブを吸い、染み込んでくる液体を味わう。

 指令室のモニターが半分以上潰れている。オペレーターたちは対応している者と、休んでいる者の半々だ。

 

「勇者は、どの辺りだ」

「……最上層、庭園エリアは突破されました、現在、十四層までを迷宮機構にして、遅滞戦術を行っております」

「それでいい。よくやった」


 どうやら、自分の育成は間違っていなかったらしい。"秘書官"は立派に役目を果たし、俺が起きるまでの時間を稼いだ。


「地上部隊はどうなった」

「『神狩』との交戦で損耗しましたが、歩兵二百八十二名、戦車は三台残りました」

「城内近衛兵は」

「"英傑神"――"万民の王"の勇者と交戦、損耗率は一割に達するかと」

「城内スタッフは」

「魔王城主機と運行のための人員以外、退避壕で待機中です」


 すべて把握した。

 では、最後の後始末だ。 


「"魔王"の名において、城内に詰める、すべての非戦闘員に告げる」


 あえてアナウンスはマイクで行い、全域に音声で通達する。

 この放送を聞いて、勇者共はどんな顔をするだろうか。


「総員、直ちに魔王城より退去せよ。繰り返す、非戦闘員は全員退去。退去後は撤収地点Bへ向かえ!」


 初めからこうするつもりだった。この城が落ちる時までが、自分の計画だ。


「指令室、防空指揮所、並びに観測班は解体! 陸上部隊と共に撤収地点Aを目指せ! 途中の交戦は自衛と補給の略奪のみ許可し、侵略、報復を禁ずる!」


 魔王城の継戦能力は放棄された。残されるのは城内の親衛隊だけだ。


「皆よく尽くし、よく働いてくれた。これより俺は、"英傑神"の走狗、岩倉悠里を討つ。これが叶うのは、貴様らの奮励努力と、不惜身命の献身、その賜物である!」


 不思議なものだ。

 この言葉を聞いているゴブリンの顔が、歪んでいる。そういえば、こいつらには教育のために散々、アニメや漫画を摂取させたのだった。

 だから、あり得ない光景が生まれたのだろう。

 死出の戦に出向く主、そのことに涙するゴブリンなどを見るとは。


「最後の命令を伝える」


 柄にもない。ガラクタの俺が、口にするのもおこがましい。

 それでもこれは、俺だけの夢で、俺の城。そして俺の持ち物ガラクタだ。

 愛でて悪いわけが、どこにある。


「生きろ。死ぬことは許さん。生きて繋ぎ、先を見ろ。魔物だとてそれができる。貴様らがその証明だ。貴様らの強さを、怠惰な魔界の奴腹に、天の神の走狗に、見せつけてやるのだ!」


 指令室のスタッフが敬礼し、わき目もふらずに身支度を整えていく。

 資料を回収し、使用機器に爆薬を仕掛け、鮮やかに撤収していく。

 これができるなら、もう憂うことは何もない。


「"秘書官"、お前もここまでだ」

「……最後まで、お供させてはいただけないのですか」

「遺産相続人が死を選んでどうする。後は、"参謀"殿の仕事だ」


 名残惜しそうに、それでも敬礼を一つ残して"秘書官"が去っていく。その後を埋めるように、竜眼の"参謀"が寄り添った。


「では、行こうか。"魔王"としての、最後の仕事だ」

「かしこまりました」


 マントを羽織り、指令室を後にする。

 背後で隔壁が閉まり、完全にエリアが断絶し、壁越しに爆音が伝わる。

 今日を限りに、終わるのだ。

 勇者と魔王の織り成す、唾棄すべき茶番劇ガラクタ、そのすべてが。



 どこまでも続く真紅の絨毯を駆けながら、悠里は仲間たちの困惑を見た。

 魔王の城内放送、それはまるで、この城がもうすぐ陥落する、とでも言っているようなものだった。


「俺らが行く前に敗北宣言ってか? どうやら魔王さんも、とんだ腰抜けみてえだな!」


 こういう時、グリフの空元気はありがたい。空気を読まないというのも、時には強みになるものだ。


「ですが、地上に残った残党、城内詰めの近習は追う術がありません。再結集されて、新たな軍を結成されることも、考えなくては」

「今回の戦争で使われた兵器、どれ一つとっても、儂らには脅威じゃからな」


 人を率いる役目を背負ったコスズとフランバール。どちらも、魔王自身の残した痕跡を気にするのは、守るべき人がいるという使命感からだろう。


「そ、それより、こ、この城の、技術を、解析したい、です。きっと、この先、役立てると思います!」


 だいぶサンジャージに染まってきたイフ。その発言は微妙に危険なのだが、この城がもたらした害を、益に変えることも視野に入れていいかもしれない。


「くだらぬ。吾は吾が背と睦み合いたいだけぞ。この業腹な石くれを叩き落として、燃え散らしてやらねば気がすまぬ」


 シャーナは相変わらず不機嫌で、この一件が終わったら人間と関わるのは辞めると公言してはばからない。それでも、自分と一緒にはいたいというのが、複雑なところだ。


「どうした、ユーリ?」


 こちらの不振に気が付いたのか、グリフが足を止める。こちらの様子を気にしながら、仲間たちは油断なく、周囲を警戒した。


「なにかが、おかしい、気がする」

「なにかって、この代わり映えのしねえ景色か?」

「それもあるが、屋上で戦闘したあと、一向に敵の姿を見ないのも謎じゃ。こんな一本道なら、盾でも押し立てて、防衛線を組むぐらいはしてもよかろうな」


 それは確かにその通りだ。でも、そういう事だけじゃない。


「あの魔王は、なにかがおかしい」

「いやいやユーリよ、さすがにそれを今言うか?」


 あきれ顔のコスズに、他の仲間たちも同意したように頷く。言いたいことは分かる、あの魔王の何もかもがおかしいと。

 でも、それだけじゃない。


「うまく言えないんだけど、勝つ気が、無いように感じるんだ」

「勝つ気がない? ここまでの大戦を起こし、世界を向こうに回した相手じゃぞ?」

「気にすんなよ、ユーリ。ケンカを売ってきたのはアイツだ。だったら、遠慮なくぶちのめしてやればいいだろ」

『その通りだ』


 通路の奥、はるか先の地点に誰かが立っている。

 傍らに長身の部下――おそらく女性型の魔物――を従え、たたずんでいる。

 マントをはおり、悠然とこちらを見つめる青年。

 見た目には人間に近いが、肌の色や目の形が違う。竜洞から送られた、デュエル大会の映像てみた顔だ。


「魔王……っ」


 仲間たちが構えるが、迂闊に走り出したりはしない。

 相手との距離はかなり広く、途中で落とし穴が仕掛けられている可能性もあった。


『だが、俺に勝つ気がない、とは心外だ。そんなもの、常に持っているぞ。俺は万物に勝つという、信念をな』


 前衛に立つグリフとフランが軽く目配せする。戦いにおいて、この二人は勘所を外したことがない。

 だが、その前に魔王が動いた。

 笑いながら、両手を上げたのだ。降参でもするように。


『まあ待て、ムービーの最中に攻撃を仕掛けるのは、無粋に過ぎるぞ。別に、RTA中というわけでもないのだろう?』

「は、はぁ!?」

『現実とは、ままならんものだな。せめてイベントの間、互いの動きをロックできればいいのだが』


 仲間たちは目を白黒させたが、悠里は警戒を強くした。

 仔竜や竜洞の言っていた通りだ。こいつの世界に対する認識は『ゲーム』のそれだ。


「つまり、今はイベント会話中。攻撃も罠もない、ってことでいいのか?」

『さすがは地球出身の、異世界転移者。理解が早くて助かる』

「わ、吾が背よ? なにを言っておる?」


 おそらく、この会話自体が罠だ。魔王の城で、魔王本人からのメッセージなんてアクシデントのフラグに決まっている。


「でも、罠がない、ってのは嘘だな」

『ほう?』

「ムービーが終わった後に罠が発動して、俺と味方を分断。そんなとこだろ」


 自分以外の、すべての人物が驚きの声を上げた。

 仲間たちは周囲を厳しい目で見まわし、魔王は視線の険を強めた。


『少しはゲームのお約束を知っているか。剣術一本の体育会系と思ったが』

「別に、そんなことないさ。俺だって、ゲームくらいは――やる、からな」


 何気ない調子の雑談。だが、何かがおかしい。

 今あいつは、俺のことをなんて言った?


『まあいい。この程度の手の内、今更読まれたところで害にもならん。さて、そろそろムービーエンドなのだが、お前はイベントのスキップを選んでもいいし、もう少し会話イベントを進めてもいい』


 魔王の言葉が、急におかしな説明口調になる。

 うすら笑いを浮かべ、こちらに身の振り方を問うように告げた。


「好きなパラグラフに飛びたまえ。ただし、選択ミスは即、『十四』行きだがな」

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― 新着の感想 ―
[良い点] >勇者を魔王城ごと崩壊 この魔王ならやると思ってた。 てか、この魔王がやらないはずはないよなぁ…… [一言] 勇者らをゲームになぞらえて振り回すのは魔王なりの『意趣返し』なんだろうなあ今度…
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