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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
227/256

27、しろがねの咆哮

 それは、魔王城攻略の前に、各部隊の首脳だけを集めた作戦会議の時。

 ジェデイロ市長の裏切りを省みて、それぞれの精神を探査し、問題ないと判断された者だけが参加できた。

 納得のいかない、それでも必要な措置。

 だが、その後に告げられた作戦は、それ以上に苦痛だった。


『本当に、そこまでしなきゃならないのか!?』

『そうだ。俺たちには時間がない。時間を掛ければ、"魔王"の勝利は揺るがなくなる』


 極めて冷徹で現実的な、仔竜の指摘。


『あのヤマウニが問題だ。あれだけは魔王軍のイレギュラーで、本格的に使われたら、俺たちには、どうしようもない』


 病原菌と寄生虫による侵略。しかも、あらゆる病気の中間宿主となり、繁殖力も旺盛な魔物による媒介だ。

 魔王軍がそれを率先して世界中に撒かなかったのは、本当に『世界が終わる』から。


『《ペイルライダー》とは吹いてくれたもんだ。でも、その名に違わない凶悪さだぜ』

『確かに、魔王軍の地上戦力を壊滅することはできます。その方法を取った場合、連中はためらいなく、世界を病魔で責め滅ぼすでしょうね』

『奴らにしても最終手段だけどな。ゴブリンだって風邪もひけば、ペストでも死ぬ』


 その前に魔王を倒し、侵略を止める。

 分かってはいるが、改めて言われるのはきつかった。 


『魔王城との決戦は、旧ジェデイロの北平原だ。騎士団は魔王を挑発、そこまでおびき寄せてくれ』


 そこに当てられた者たちは、当然戦車と歩兵の矢面に晒される。今までは遊撃でやってきたが、正面から当たれば必ず被害は出る。

 ほぼ生きては帰れない決死行。


『エルフ、ドワーフ、冒険者、魔術師の連合は塹壕線を形成。出来上がったら、塹壕を移動しながら防衛戦に移行する』


 塹壕とは守りの要であり、同時に『そこから下がってはいけない』という、戦場のガイドラインを引く行為だ。

 そこに配置される兵士もまた、塹壕線の『防衛機能』として組み込まれる。


『魔王城が塹壕線に食い付いたら、できる限り、時間を稼いでくれ。その間に、最後の準備を進める』


 仔竜の手で地図上に置かれる、五つの筒のような物。竜洞の発案で実現化した、魔法で駆動するミサイルだ。


『これがほんとの『魔法の矢マジックミサイル』ってな。連中も同じもん使ってるから、半分はパクリみてーなもんだけど』

『同じ?』

『彼らの銃も、兵器も、魔法を使って地球の兵器を模造したものなのです』


 彼らの銃は火薬を使っていない。代わりに魔法の効果で弾丸を飛ばしているという。残された薬きょうを回収した結果、分かったことだ。


『ミサイルによる攻撃は、四発までとする。城側面のレールガンを一基以上破壊。その後城上部の超巨大レールガンを破壊する』

『成功したら、地上から――伏兵を送り、城内への侵入を開始。そして、それも囮だ』


 最後に残された一発、そこに乗るのが自分たちだ。

 その安全を、最大限に確保するために、城の危険を排除する。自分たち以外の命を使い尽くして。


『ミサイルだったら、もっと遠くから飛ばせるんじゃないのか? どうしてこんな』

『誘導技術、飛距離、製造時間、それらを加味した結果です。他にご質問は?』


 悠里は暗い気持ちで地図を見つめた。

 自分たちは戦場から遠く離れ、ただ待たねばならない。しかも、刻一刻と奪われていく命を黙認しながら。


『不満でしたら、対案を出してください。我々は現状を見て、最良の作戦を立案しただけです。状況に変化を与えるイレギュラーでもあれば、ご自由に』


 そんなものはない。

 この世界には、魔王を倒す伝説の武器もなければ、実現するべき平和への予言もない。

 なぜなら、それを打ち立てるのが、勇者じぶんだからだ。

 前人未到の偉業を成すもの。困難の打破者、世界の救い主。


『分かった。採択する』


 その決断を経て、自分は今、暗い箱の中にいた。



『聞こえるかい、悠里』


 顔を上げ、シアルカの言葉に耳を澄ます。


『準備が、整った。これから、打ち上げを開始する』

「シ――」

『質問は無しだ。君たちは声を出すな』


 自分と一緒にいる仲間たちも、誰一人声を発さない。グリフでさえ、うめき声のような物を上げはするが、言葉は発しなかった。

 ここに入る時、あらゆる関係者に言われたことだ。

 会話をするな。ここにいないように振る舞えと。


「これより離床準備に入ります。射出前には対ショック姿勢を取ってください」


 ごとん、と揺れが届き、足元できりきりと、巻き上げ機の作動する振動が伝わる。

 足の裏に圧力を感じ、体が傾いて、座席の背もたれに沈み込んた。


『ゴライアス・パニッシャー五号機、離床準備に移行。魔術師各位、最終計測開始』


 薄いミスリルの壁を通して、無数の人々の動く気配がある。行動の総括は赤い竜がやっているらしい。

 これが、この世界における初めての『有人ロケット発射』になるだろう、黒い小竜は皮肉気に笑いながら告げた。


『"魔王"のせいで、この星の文明レベルはめちゃくちゃだな。この事実を知ったら、歴史家が首をひねりまくって、陰謀論者がお祭り騒ぎだぜ』


 細かい角度調整が行われ、台座が回転して方向を合わせ、その動きが止まる。


『光韻律法式仮構ジェットエンジン、同期点火のため、最終チェックにはいる。魔術師は点火索を接続。同期点火開始まで、あと五分』


 魔法をエンチャントしたミスリル片を正確に連動させるため、正確に魔力を送る必要があると聞いた。少しでも点火がズレれば、このロケットはへし折れて砕け散る。


『あの爺さん、まさか点火作業を一人でできるとは思わなかったよ。おかげでこっちは、凡人共のケツをひっぱたく羽目になったけどな』

『仮構ジェットエンジン、最終点検終了。発射三分前、これよりカウントダウンに入る。搭乗各位、ショック吸収ハーネス、およびベルトを装着』


 仲間たちが安全装具を身に着け、カウントダウンが始まる。

 刻々と時間が読み上げられ、その背景で、無数の打ち上げ作業が同時進行していく。


『離床直後、無線封鎖を解除。魔王城上空に到達した時点でカーゴ部分を分離、魔王城着底後は、すべて現場に任せます』

『あーっと、乗組員の皆さんにお知らせ。ちょいと出発が早くなるぜ・・・・・。カウントダウンチェックリスト、最終シークエンスを残して破棄だ』

「い、いったい、何が!?」


 思わず出してしまった声に、小竜はなんでもない、という風で告げた。


『ちょっとした手違いさ。なんでお客さん、シートベルトを確認して、シートにへばりついてくれ』

「なにか、できることは?」

『祈れ、なにかにな。離床二分前! 偽装解除!』


 ロケットの周囲に施した、ジェデイロ市街のがれきの一部という見せかけが、一斉に解体される音。

 何が起こっているのかは分からない。分かるのは、今の自分に何も出来ないことだけ。

 

『離床三十秒前! エンジン点火準備!』


 悠里は目を閉じ、震える気持ちを抑えて、祈った。

 皆が無事で、この作戦が成功することを。


 

 魔王城作戦指令室。

 すべてのオペレーターが血眼になり、それを探していた。


「塹壕は無視しろ! 音波探査機でも結果は出てる!」

「西の山岳地帯、該当施設発見できず! 範囲を広げます!」

「東森林区域、敵残存部隊と接敵。探索は困難と判断、高高度からの目視に切り替え!」

「ジェデイロ市跡地、発見できず! 音波探査を継続!」


 確実にそれはある、"魔王"は理解していた。

 敵はご丁寧にも、自分の兵器に『巨人を討つものゴライアス・パニッシャー』などと付けたのだ。

 ゴライアス――巨人ゴリアテ。神に選ばれた勇者に倒される、神の敵。

 勇者は五つの石を拾い、そのうち一つで巨人の眉間を貫き殺した。

 つまり、先ほどまで場になかった『五機目のロケット』こそが、連中の本命。


「発見しました! 廃都ジェデイロ、東胸壁残骸!」


 カメラが収束し、それを映し出す。

 砲撃に晒されながら、原形をとどめていた胸壁が崩れ去り、その下から長躯の物体がせり上がってくる。

 打ち捨てられるばかりになった壁の内側を、ミサイル格納庫に仕立て上げていた。

 連中は守れなかった都市の残骸さえ、反撃に利用したのだ。


「主砲、ロンドンブリッジ! 最大稼働速度で軸合わせ! 急げ!」


 それは、神去ちきゅうにある有人ロケットと比べれば、はるかに小さな代物だ。

 ミスリルの軽さと剛性、エンチャントによる空力の補整、魔法を利用した推進機関。

 すべて知っている。何故なら、自分たちも造ろうとしていたからだ。


「兵器開発部、敵ミサイルの推定スペックは!」

『先行研究した『V-イミテーション』と、造形が類似しています。おそらく、この城に着弾させることは可能かと』


 であれば、撃ち出されてしまえば、迎撃は間に合わない。

 離床する前に潰す、それが勝利の鍵だ。


『ロンドンブリッジ、水平固定完了! しかし、照準がまだ』

「雑で構わん! 広域殲滅弾頭を時限信管で装填! 魔術士官、雷撃充填開始!」


 主砲の発射トリガーが目の前に立ちあがってくる。これを使うのもこれで最後だ。

 だが、充電ゲージが必要量に満ちていない。


「雷撃充填まだか!」

『無理です! これ以上は士官の魔力が!』


 魔王の背中から無数の影が湧きだし、地面を貫いて城の奥深くへ突き進む。

 それはロンドンブリッジの機関部、重点を担当する魔術師たちにもぐりこみ、全身を支配した。


「絞り出せ、限界まで!」


 発射に関わる全てのゴブリンたちが、絶叫と共に雷撃を放ち、命と引き換えに充填を完了させる。

 トリガーを握り締める。

 その向こう側に映る、外の景色に目を凝らす。

 

「"魔王"様!」


 言われるまでもなかった。

 敵勇者のロケット発射台、その中途の地点でこちらを睨む、仔竜の姿が見えた。


「やってみろ」


 凶暴な笑みを浮かべて、"魔王"は引き金を絞った。


「この一撃、止められるものなら!」



 ■■の目の前で、絶望が広がっていた。

 悠里たちが乗ったロケットは発射シークエンスの途中。

 魔王の砲台は充填を完了した。

 さっきの無茶な地上への砲撃は、悠里たちの迎撃を可能にするため。あと少し早ければ上のデカブツを破壊できていたのに。

 分かってしまう、正確に。

 間に合わない、ほんの数秒の差で、"魔王"の方が早い。

 聞こえていたから。魔王城の中で叫び交わされる指令も、必死に発射準備を進めるソールたちの声も。


「なにをボーっと突っ立っとる! さっさと逃げるぞ!」


 嫌だ、何か俺に、できることが。


『あるわけねーだろ! 射線上にいるお前もヤベーんだよ! 早く逃げろ!』


 違う、そんなことない。

 だって、俺は。


「俺は■■■■、なんだから」


 呆然と、足元の土を掴む。

 拾い上げる、一枚の銀片。そこから感じる、ひりつく刺激。

 懐かしい、雷の■。


「補整アプリケーション、"シルバーバレット"、起動」


 スマホを握り締め、告げる。そこにある抵抗感を、心で握りつぶす。

 どいてろ、お前は邪魔だ。


『■■■!? お前、■■にハッキ――』


 頭痛が遠のく。するべきことが分かる。

 あの時と同じだ。それどころか、もっと簡単だ。

 手を差しのべて、■う。

 体が、腕が、鱗が、尻尾が、翼が、震えていく。


「砲身形成」


 それは意識を持っているかのように、残骸散らばる戦場から集まってくる。

 銀色の欠片が、目の前に集積し、形を成していく。

 それは白銀ミスリルを素材にした巨大な砲身。

 

「電力充填開始。集え、雷の欠片」


 銀の欠片が、自分の翼にも集まってくる。

 それは大きく広がり、身の丈に合わないほどの、青白く輝く銀の翼を形成した。


「弾体精製、装填、完了」


 ■を力に変え、力に形を与える。

 この大地にあった元素、その中で最も硬く、最も導電性が高いものが、撃ち出されるべき暴力となって収まった。

 それは、瞬きの間のできごと。

 十秒にも満たない時間に創り上げられた、悪意を打ち払う意志の結晶。


『やってみろ――この一撃、止められるものなら!』


 言われなくても、やってやる。 


「"■き■■の■■"っ!」


 白銀の内側で蒼く輝きながら、仔竜は力の限りに、吼えた。



 その瞬間、世界には二つの意志しかなかった。

 すべてを焼き滅ぼし、地に叩き落とそうとする者。

 暴威にあらがい、その先に進もうとする者。


「魔王城主砲、"ロンドンブリッジ"!」

蒼き雷霆の咆哮ボルト・フロム・ザ・ブルー――赫々たる銀竜の銃レイディアント・シルバーガン!」


 互いの意志と、意地と、意気を込めて、

 この世でただ一人/一竜しかいない、異形の者たちは、力を解き放った。


「砕け散れっ!」

「叩き落とせっ!」


 大気が割けた。

 虚空を駆ける二つの力が、あらゆるものを引き裂いて飛翔する。

 断末魔を上げて分子が引き裂かれ、プラズマの噴流と雷の嵐を撒き散らす。

 目で追うことも、意志で知ることも、電子的な感知機器でさえ捉えることのできない、超高速度の一撃。

 だが、"魔王"は知っていた。

 仔竜は疑わなかった。

 それは交錯する。いや、必ず『激突』すると。

 そして爆発が、中空に破壊と灼熱の花を生み出した。


『ゴライアス・パニッシャー、リフトオフ!』


 絶叫、点火、そして白煙を上げてロケットが飛び立つ。

 ついで空に生まれた赤熱の爆圧が、取り残された発射台とスタッフをなぎ倒す。

 突如発生した猛烈な風圧に、巨大な金属の筒が激しく煽られた。


『やっぱ無茶だったか! 爆風で軌道が狂った! これじゃ城までたどり着けねえぞ!』

『外部コントロールで燃焼を加速する! 少しでも高度を稼げ!』


 小竜たちが聲を降らせ、ロケットの噴流がその威力を増す。無理やり加速を掛けられたロケットが、斜めにかしぎながら、それでも魔王城の上へと上昇していく。


『魔王城、対空防御起動! 上空で着陸ブロックを切り離すはずだ! 自由落下になったところを狙え!』


 巨大レールガンは今や、熱と無理な挙動のせいで鉄塊と化していた。その周囲を囲うように高射砲が乱れ咲き、天へと昇っていくロケットへ狙いを定めた。


『このまま切り離したら鴨撃ちだぞ!?』

『切り離さなくても終わりだ! エンジン部分をパージ! "英傑神"の勇者! あとは貴方の運次第です!』


 外層がはがれ、噴射口部分が切り離され、悠里たちの乗ったカーゴスペースがむき出しになる。

 落下傘が解放されたそれは、重力に引かれて落ちるだけの的と化した。


『今だ! 勇者を蜂の巣にして――』

『――ああ、あいも変わらず、不快で無礼な奴腹よ』


 それはすべてを侮蔑し、嘲る傲慢な女王の言葉。

 誰も知り得なかった、遠いかなたの空から、まっしぐらに赤い影が降ってくる。

 その全身がわななき、まるで戦の始まりと終わりを告げる、破滅の角笛ジェリコのラッパのように鳴り響いた。

 空に撒かれた徹甲の一撃などものともせず、撃壌せし烈火アマトシャーナは、愛しいおっとを抱き留め、魔王城に舞い降りた。


『レ……『レッドマジェスティ』だ! 敵が、勇者が魔王城に!』

『黙れ』


 炎が、緑に覆われた広場を焼き尽くした。逃げ遅れた兵士たちが焼け朽ち、熱にあおられた高射砲が、残らず砕け散る。

 その光景の中、彼女は金属の筒を切り破り、意識のない少年を抱え上げた。


『起きよ、我が背よ』

『…………シャー、ナ?』

『着いたぞ』


 心躍るような劫火の立ち昇る世界で、彼女はうっとりと笑った。


「さあ、我らが狩りの始まりだ。往こう、我が背よ」

ここまで読了ありがとうございます。感想を書いていただいた方に感謝を。内容にかかわる部分などもあり返信が差し上げられないのですが、非常にありがたく読ませていただいています。明日から後半戦となります。最後までお付き合いいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 熱いな。交差するレールガンはヤシマ作戦を彷彿としたな
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