25、巨人を討つ礫
魔術師サンジャージは、目の前の光景に震えた。
目の前で屹立していく金属の塊を、目を見開いて魂に焼き付ける。
遠くで響く砲撃も、立ち込める毒の霧も、どうでもよくなっていた。同時に、初めてこれの存在を知らされた時を、思い出していた。
『金属でできたでかい筒を、空へ飛ばすぅ!?』
いくらドラゴンとは言え、正気の沙汰ではない提案だ。自分も勇者をドラゴンに括りつけて空を飛ばす試みをしたが、天の竜とやらはドラゴンの手助けさえ必要としなかった。
『大急ぎで、このリストにある資材を集めてくれ』
『……正気か!? 他の物はさておくとして、ミスリルが硬軟合わせて二百ドルドン(1200kg)だと!? 大陸中からかき集めにゃならんぞ!』
『多ければ多いほどいい。出来れば二千ドルドンくらい欲しかったんだけど、作業量的にもこのぐらいが妥当かなって』
自分も大概気が狂っていると言われるが、連中の狂気は底なしだ。しかも、そこで使ったミスリルは、回収さえできないという。
『冒険者ギルドの連中からも供出させてくれ。魔王に征服された世界で、財宝もクソもないからな。足らない分は、ドラゴンの山の跡地からも回収する手はずになってる』
『で、そんなもん集めて、何をする気だ』
『魔王の城に、一発かます力を造る』
それから先のことは夢、あるいは悪夢かもしれないものだった。
コボルトを空に飛ばすマントなど、あれに比べれば児戯とさえ呼べない。ミスリルの圧延と成形、表面加工、構造の設計、何もかもが天の竜から提出された。
あとはひたすら、指示通りに造るばかりだった。
『言っておきますが、これの設計図は完成次第、破棄します。転用しようなどとは、思わないように』
連中の長らしい赤い小竜は、そんなことを言っていたが、余計な心配だ。
高すぎる材料費、高度な材料加工の技術、絶妙なバランスで設計された飛翔体の形状。
おそらく、全世界の人間が知恵と金と時間を出し合っても、同じものは作れまい。
それを、五機もとは。
『できたデカブツを塹壕の地中に埋めろ!? 儂らの墓の副葬品にでもする気か!』
『"魔王"にバレないためだよ。本当はサイロ型の方がいいけど、誘導装置は無理だから、曲射でやれってさ。天井を割って、斜めに立てかけるようにしてくれ』
豪勢な兵器は一度解体され、塹壕の更に地下に造られた『格納庫』で組み立てられた。
あの無茶な代物は、関係者の頭痛と胃痛と寝不足の結晶だ。それも、単なるけん制に使うための道具だという。
『そもそも、こいつはなんなんだ?』
『ミサイルと言います。遠距離の敵を滅ぼすための兵器です』
『これも神去とやらのか。れーるがんといい、これといい、お前さんの世界はよくよく、大げさな殺戮兵器が好きなようだ』
『アンタだってあるだろ『うっかりやりすぎた』ってのが。そう言うことだよ』
仔竜の一言で、サンジャージは連中に関して考えることをやめた。
ドラゴンとはそういうものだ。あの色にボケた地竜の女王でさえ、人ではない行動原理を主軸とする。
であればこんな狂った連中と、自分を引き比べても無意味だ。
「つまり儂も、まだまだ狂気が足らんということだ」
そんな自嘲を締めくくるように、四基のミサイルが整列する。すべての台座が固定されたのを確認し、サンジャージは怒鳴った。
「魔術師ギルド並びに冒険者連合、準備できたぞ、チビ竜よ!」
『よっしゃ、何とか間に合ったか!』
本当に、何とか間に合った。実際の所、最後の一基は今朝がた完成したのだ。手伝いに来た魔術師や冒険者の何人かは、疲労と睡眠不足で倒れ伏している。
だが、ここからが本番だ。
『見えるか? そして、聞いてんだろ、"魔王"』
仔竜が煽る声が風に流れる、その間に、サンジャージは台座の下にいる『砲兵』に命令を飛ばした。
「計算尺、最終照準合わせ! 目標、魔王城土台中央部、れーるがん発射口!」
魔術師たちが手にした計算尺と角度計で彼我の距離を測る。どの程度飛ぶかは聞かされていたが、実際に撃つのは、これが初めてだ。
『今度は俺らのサプライズ、味わって貰うぜ』
台座に刻まれた目盛りを指針に、ハンドルと綱で角度を調整する。元々地下で大まかな角度は合わせてきたから、微調整するだけですべては完了だ。
「軸合わせ完了! いつでも行けるぞい!」
サンジャージは叫び、発射装置に手を添える。
『『ゴライアス・パニッシャー』――発射っ!』
合図を受けて、老魔術師は渾身の魔力を込めて、叫んだ。
「レギス――連鎖反応術式、点火!」
意志の力が、発射装置から魔力の火花を飛ばし、ロケットの下に潜り込んだ。
その次の瞬間。
「うおおおっ!?」
視界を閃光が白く染め、はらわたを根こそぎ奪い去るような振動が、吹き上がった。
底部から太く強力な炎を噴き上げ、ミサイルが空を切って突き進む。
やけにゆっくり見えるその動きが、狙いを過たずに城の開口部に吸い込まれた。
そして、天を焼き尽くすような大爆炎が、花開いた。
如何なる魔法でも、実験の失敗でも聞いたことがないような、耳から音を聞く能力を奪い去るような、爆発音。
敵のれーるがん開口部が一つ、砕けて潰れている。それ以外はまだ無事なようだが、城が白煙を上げて、揺さぶられているように見えた。
「お……おお……」
連鎖反応術式、それは自分が生涯を掛けて造りだした、術式の結晶だ。
待機呪文を組み合わせ、一つの術をきっかけに、他の術を連動させる命令式。これがあれば、本来は不可能な魔法の連射、あるいは異なる能力の連携を可能するものだった。
だが、その術式は複雑で、扱えるものも少ない。そして、ジェデイロに張った三重結界は、れーるがんによって粉砕された。
だが、今回組み上げたのは、単純極まりない機構だ。
爆炎の術式を密閉空間の中で発動させ、その魔法を筒状にした障壁で、下向きに噴出するようにしただけ。
その単純さが、あれだけの効果を生むとは。
『爺さん、次弾準備! 次が本命だ、外すなよ!』
「残り三発、うまく当てられればいいがな!」
『絶対当てるって約束してくれ! それもまずは、敵の出方次第だけど――来た!』
もちろん、予想されていたことだ。こんなものを突き付けられて、黙っていられる奴はいない。
魔王の城から、まるで蚊柱の如く、飛行魔が湧きだしてきた。
『ミサイルを全力で死守! 頼んだぞ!』
「やれやれ、了解だ」
護衛に呼んでいた冒険者や技術者として使っている魔法使いたちが、それぞれの獲物を手に空を見る。
空飛ぶ魔物たちの腹には、四角い箱。あそこからミサイルの子供のようなものが飛びだしてくるのは聞いていた。
「みな、飛行魔には目もくれるな。乗り手を叩き落とすんじゃ! ミサイルに指一本触れさせるなよ!」
こんなつまらない魔法を使うのは、いつぶりだろう。
サンジャージは虚空に手をかざし、
「舞い踊れ"凍月驟雨"」
眼前に生まれた百の魔法弾越しに、敵を見上げる。
「老い先短い儂に、くだらん真似をさせるな、雑魚どもが!」
怒りと共に解き放つ銀の輝きが、群がる敵の乗り手たちを、正確に撃ち貫いた。
「だ……第一飛行中隊、敵、魔法攻撃により被害甚大……っ。なんなんだ、あれは!」
思わず感情的になるオペレータに、魔王は苦笑する。
ミサイル発射台を破壊させに行った飛行魔の集団が、たった一撃で半壊した。
自軍のダメージレポートは、あの老魔術師の力が見掛け倒しでないことを示している。
「在野の魔法使いに時々いる『達人』か。まさか、ここまで実力を隠していたとはな」
「調査部でも、『サンジャージ』の経歴は空白が多く、特に光韻律法に対する習熟は、付与魔法を中心とだけしか」
「おそらく、俺たちが侵略する前に活動を控えるようになったのだろう。今更悔やんでも仕方ない」
達人の魔法使いが本気で実力を隠せば、魔物や影以達でもその身辺を洗うのは難しい。
とはいえ、あの手の隠者がこうした大舞台に出るとは、勇者の人徳もそうだが、やはり仔竜の存在が鍵になったのだろう。
「攻撃されたレールガンと他への影響は」
「三号機『ビスカヤ』大破。ブロックごと閉鎖しました」
「二号機『アイアン』、四号機『フォース』、ともに発射機構に異常発生、現在修理中。他の三機、並びに主砲は問題なく稼働できます」
この戦いでは、最初からレールガンは使用できなかった。
レールガンはより遠くの、水平方向かそれ以上の敵に向けるものであり、直下への攻撃は想定していない。そもそも下向きに打てば、自軍の地上部隊まですりつぶしてしまう。
「――そうだ、なぜ連中はこの城のレールガンを潰した?」
「脅威、だからでは?」
「そうだ。だが、連中の脅威にはならない、今この場であれば」
だからこそ、魔王城の足下では騎士と戦車と歩兵たちが、互いにもつれ合いながら戦い続けている。
こちらにとっても敵にとっても、レールガンを意識する必要はないはずだ。
「残りの飛行魔をすべて上げろ! 後詰が無くても構わん!」
「早速、ミサイル破壊に」
「違う! 連中が来るぞ!」
『――こちらジェデイロコントロール』
傍受していた通信から、自信に満ちた声が響く。
それは伏兵として、待機させていた存在への呼びかけ。
『最後の命令だ! 【ファイヤーワークス02】、航空支援要請!』
"魔王"は無言でスクリーンの表示を魔王城のいる上空、その四方に切り替える。オペレーターがレーダーを睨み、絶叫した。
「ジェデイロ方面より接近する機影を確認! 数は五! うち一体は『レッドマジェスティ』です!」
それは楔型編隊を組んだ、竜の群れだった。
楔型に飛翔するなど、群れて行動などしないドラゴンにはあり得ない。だからこそ怖ろしくも、美々しい光景だ。
魔王城の高度は一千メートル付近。そのはるか上空を、赤の女王竜を先頭に、五頭のドラゴンが行き過ぎていく。
「て、敵影、本城の上空、高度三千メートル地点を通過……離脱、していきます」
航空支援と仔竜は言ったはずだ。
だが、連中はこちらの城に攻撃することも、爆撃のような行動もしなかった。
上空を行き過ぎて、こちらを驚かせただけだとでもいうのか。
「例の仔竜と赤の女王は不仲であるとか。支援要請を曲解し、ただ飛び去るだけにした、ということは?」
「戦場で敵の愚かさに期待するのは、凡将のすることだ」
"秘書官"の言葉を切って捨て、考える。
何かがあるはずだ、何かが。ここまでやって、ただのこけおどしなど。
「――応答せよ、こちらコマンドポスト! 大隊各位、連絡を絶やすな!」
その異変は、見えない毒のようにすでに染み込んでいた。
オペレーターたちが絶叫するが、地上部隊からの連絡が不自然に途絶えている。伝わってくるのは不明瞭な空電と、雑音交じりの断片的な言葉。
しかも、地上を写すはずの画面が、完全にブラックアウトしている。
「誰か! 城外を目視で確認しろ! おそらくこれは――」
「"魔王"様!」
指令室の扉を開けて、"参謀"が顔色を変えて飛び込んでくる。その指先に摘ままれているのは、小さな銀色の断片。
「先ほどから、城の周辺大気に、これが!」
「チャフ――むしろ電子機器への干渉か!」
それは小さな呪文が書きつけられた、軟銀の欠片。大気とこすれることで、微弱な電気を放つ、ただそれだけだ。
だが、電子の城とも言える魔王城にとって、これほどの大敵は無い。
ミサイルで意表を突き、電子戦でこちらの目を潰した。
最後に敵が狙うのは、この城への突入。
その方法に、連中が使う手は。
「――先ほどのミサイル、現在の魔王城に装備された対空防御で、迎撃は可能か?」
「不可能です」
傍らに立つ"秘書官"は、感情の消えた声で告げた。
「高射砲、並びに飛行魔による迎撃では間に合いません。おそらく、魔法によるミサイルの完全再現、電子的な目が潰された我々では、予測迎撃も困難かと」
「分かった」
どうやら、次の一手が最後になるようだ。
敵は最初から、平押しでの勝利など考えていない。すべては、ここに魔王の城を釘付けにし、勇者を送り届けるための布石。
「魔王城内部の電子機器は」
「異常はありません。潰れているのは目だけです」
「城の全機能を、俺に繋げ」
指令席につくと、全身に無数のコードが接続される。自分の魔力を城全体に伝え、魔力タンクから吸収するために。
「魔王城総員、対ショック姿勢、振り落とされるなよ」
テーブルが消えうせ、操縦棹が立ち上がる。本来なら外を写すはずのモニターも、今はブラックアウトしている。
それでも"魔王"は、力強く号した。
「魔王城、起動!」
空から降ってくる銀片を見つめて、浩二は安堵と快哉でいっぱいになった。
最後の最後で裏切られるかもしれない、ドラゴンにとって世界の趨勢などはどうでもいいものに過ぎないからだ。
それでも、シャーナはやってくれた。
はるか遠くに見える戦場の様子が聞けないのはもどかしいが、それでも目のいい連中が状況を見取って伝えてくる。
「軍師、どうやら騎士たち、ドワーフたちも離脱したみたい。あの調子ならヘマしなければ逃げられると思う」
「そっか。サンジャージの爺さんたちは?」
「あっちも平気。最後の飛行魔が潰れて静かになったよ。んで、これからどうすんの?」
青い仔竜は魔王城を見上げ、顔を引き締めた。
「こっちは後一手、通さないとならない。城の上にあるデカブツを潰す」
それが、こちらの最終作戦になる。
レールガンを潰したのは牽制と、きちんとミサイルが使えるかの試しだ。
本当に壊さなければならないのは、一番上の超巨大レールガンの方。
「爺さんに連絡。残りのミサイルを全弾、上のデカブツにぶち込め。それが終わったら全員退避だ」
「あいよ」
遠く彼方で、戦車が塹壕を乗り越えようとしている。それでも、後ろのミサイル発射台には届かないだろう。
あとは、アレが発射されれば――
『って、おいおいおい!? ちょっと待て、マジかぁっ!?』
グラウムの焦りが空から降る。何があったのか、それを問いかける間もなく、ソールが悲鳴のように叫ぶ。
『ジェデイロコントロール! そこから離脱しろ! 今すぐ!』
それが何を意味しているのかが、一瞬分からなかった。
遠くから伝わる、地響きとも違う鳴動の音。
目の前にある魔王の城に、変化が起きていた。
城上部を飾っていた、緑の庭園。その端が地上から垣間見えている。そこから、白い石像や庭園のベンチが転がり落ちていく。
そして、水平だった『レールガンの発射口』、その凶悪な穴が、こちらに突きつけられていた。
「魔王城が、こっちに傾いてる!?」
『全員伏せろ! 対ショックしせ――』
誰かが、小竜の誰かが叫んだ。
その意味を認識するよりも早く、それは来た。
残ったレールガンの砲台、すべての発射口から解き放たれた、破壊の爆圧。
音でさえない音が、浩二の世界を、根こそぎ刈り取った。