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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
223/256

23、我らは死地に立つ

 荷車の一つに乗り込んで、浩二はその先を見つめていた。

 次第に大きくなる魔王の城と、脇を過ぎる崩れた都市の残骸を。

 最後の決戦に選んだのは、廃都ジェデイロとその北部に広がる、荒れ果てた地だ。


『第二次ジェデイロ北部戦、ってか。まあ、戦争ってのは、こういうもんなんだよ』


 グラウムの、皮肉気な言葉を思い出す。

 戦争とは互いの都合の押し付け合いであり、欲のせめぎ合いだ。

 兵士の数、武器や兵器の数、自軍に有利となる地理的条件の選定。それぞれが『勝てる手札』を貪欲に求め、状況が収束していく。

 結果として『どこか似たような戦場』が出現するのだと。


『空を行くという"魔王"の思想は、そういう地勢の条件を無視したいという現れです。頭上からの攻撃に、大抵の生物は対応できない。そして、一方的に蹂躙できる』

『各国の王都を焼き払って回るってのも、構想としてはあったろうなー』

『ですが、人は国になり得ますが、国は人にはなり得ない。あの鈍重な城では、パラダイムシフトを起こすことは、できないのです』


 航空爆撃、あるいは空挺強襲エアボーンの意義とは、国そのものではなく、国の中枢・・・・を破壊することだ。

 つまり、王や統治者、国そのものを管理する官庁、生体で言う『脳』を壊すこと。


『我々が予測した通り、あの城の『空の軍隊』は貧弱です。十年という『開発期間』を、魔王は陸戦の『戦術兵器』に全振りした』

『戦略兵器、つまり航空戦力は、空飛ぶ魔物しか用意してない。航空機ってのは、造るのも維持するのも、使い手の育成にも時間がかかるからなー』

『片手落ちの近代戦。そこに付け入るスキがあります』


 竜洞の提案した作戦は、そうした相手の事情と、こちらの戦力を踏まえたものだ。

 内容を聞いた時、浩二は献策をためらった。


「これは、俺らが出していい作戦じゃないだろ。誰が出してもダメだけど」

『だからこそ、お前が出すのです。それを超える策が、勇者やその仲間から出るかもしれませんので』

『軍師の役目ってのは、現状把握を下敷きにした、可能性の提示だ。残酷なほど客観的に事実を見せつけてやれ。それで目が覚めないようなら、その軍には最初ハナから、勝ち目なんてなかったんだよ』


 多少の手直しをして、策は勇者軍に提出され、可決された。

 もちろん、ごく一部からたっぷりと、嫌味や皮肉を浴びせられたが、意外なことに大多数はこれを受け入れた。


『仕事ができる奴の言葉だ。聞かん手はないだろ』


 中間管理職は現場の信頼を大事にしなさい。結果を聞いたソールは、そう言っていた。


「軍師イツミ! 見えました! 我が方と敵戦車隊です!」


 物思いから覚め、浩二は彼方で巻きあがる土ぼこりに目を凝らす。

 交差する肉と鉄の競り合い、戦車の機銃が騎馬に浴びせられ、騎馬から放たれた魔法の効果を、戦車が紙一重でかわす。

 近代兵器と魔法の、異様な攻防だ。


「戦ってる場所と、距離はどうだ!?」

「『予定通り』かと! こっちもいつでも行けます!」


 伝令係の声に頷くと、積み上がった荷物の上によじ登り、声を張り上げた。


「全員、班分けされた隊列に分かれろ! 作戦通り陣を張るんだ! 一秒でも早く仕上げろ、先行部隊を無駄死にさせるな!」


 荷台から次々と飛び降りる兵士、その中でも最も早いエルフたちが、大地に手を当てて聲を放つ。


『揺るがしがたき基よ、約定に従い、刻まれた印を辿りて退け!』


 一瞬、地震のように大地が揺れて、彼らの目の前の大地に、枝分かれする堀のようなものが刻まれていく。

 それを追うように、背中に資材を担いだドワーフが深い穴に飛び込んでいく。


「よーし! ここが俺たちの死に場所だ! テメエら命がけで掘れ! モグラも腰抜かす速さで掘りまくれ!」


 長の号令に、ドワーフたちが斧をスコップ代わりに穴をさらに深く掘り、手持ちの資材で壁として補強していく。その手伝いをするべく、エルフや魔術師たちが土質を軟らかくし、瞬く間に巨大な構造物が現出した。

 即席の塹壕、その深さは二メートル近くなり、左右どころか前へと広がり進んでいく。


『いや、マジでスゲーな。神去の連中、これ見たら腰抜かすぜ? 南北総延長、三キロ近い塹壕線が、魔法を使えば一時間もしないでできるんだからよ』

『それを可能にしたのも、先行した部隊のおかげだがな。とはいえ、この速度は脅威だ』

「モーニックのおっさんは、まだ無事か。みんな急げ! 今回の功労者を死なせるな!」


 先行した部隊には、大きく分けて三つの役割があった。

 その一、決戦場の策定。

 本来なら、空を行く魔王城に固定の戦場は存在しない。ただ空から死を振りまき、地上を焼けばいい。

 そんな相手の有利を、たった一手で封じる方法。


『聞け! 魔王を名乗る柔弱な小鬼! 卑劣にも天の巣にこもり、こそこそ逃げ隠れる、臆病者の道化師よ!』


 それは悠里の世界放送前、その回線を利用した"魔王"への挑発だった。


『我は青のモーニック! 貴様を天より叩き落とす神の使徒、イワクラユーリが一番槍! もしも貴様に、我らを臆さぬ心があれば、今や廃都となったジェデイロの、北平原まで来るがいい。そこで我らの将、勇者ユーリともども、相手になってやろう!』


 受ける義理はない、と突っぱねることはできない。

 当事者同士での挑発ならいざ知らず、世界に流されたのだ『魔王へ挑戦する勇者軍』という構図が。


『アイツの恐怖政治が薄まれば、その分"英傑神"の力が増す。まさに、プロパガンダの真骨頂ってな』

『先進技術や新規戦術が、ゲームチェンジャーになり得るのは、相手が同じ手札を握るまでの話。しょせん、一炊の夢に過ぎないのです』


 そして、モーニック率いる騎士団は盛んに魔王の城を挑発し、その間に別動隊がジェデイロの北平原に塹壕の『輪郭』を刻んでおいた。

 促成の孟宗竹によって整備された壁面。土を掘るためのガイドライン、場所によっては完成された区画まで存在した。

 必要な人員が集まれば、ただ土を掘り返すだけで完成する、いわばプレハブ工法の塹壕線だ。


「小僧! ざんごーはあらかた掘り終わった! 後はどうする、あの城の下まで掘り抜くか!?」

「A、B、Cの区画先端から枝分かれするように、北へ掘ってくれ! 手の入ってない区画だからやりにくいだろうけど、頼めるか!」

「舐めるな! こんな柔い土、岩山に比べりゃ屁でもねえ!」


 さすがに坑道掘削の経験者は違う。部下に命令をすると、本人も生き生きと走り去っていく。ドワーフの小さくて頑丈な体は、塹壕戦に向いていると言えるだろう。

 各部署に散っていく兵士たちを見送る間もなく、恐ろしい衝撃の連打が角に響く。


「撃ってきたぞ! 穴にもぐれ! 頭下げろ!」

 

 一部の戦車が囮部隊からターゲットを切り替え、塹壕に突き進んでくる。車上から振りまかれた弾丸が、鉄の華を咲かせ、地面をしたたかに叩いた。

 それでも、こちら側に被害は皆無だ。


『戦車隊とは"魔王"の『拳』です。侵略のために用意させた、圧倒的な暴力。砲弾の破壊力、機関銃の制圧力。それらを使わずに騎士を轢殺できる、速度と質量』

『だが、手品の種は割れた。騎士のおっさんにゃ悪いが、あれを潰すのは陰湿な、ゲリラのお仕事さ』


 突き進んでくる戦車の轟音。本来ならけん制のための銃列や迫撃砲が必要だが、勇者軍に、そんな準備は無い。

 だから、別の手で叩く。


「新しき友、異邦の汝、この地に根差し、我らが槍と成れ!」


 塹壕の先端部に立つエルフが聲を震わせる。それは孟宗竹の束となって、戦車の、いや歩兵戦闘車・・・・・の、タイヤとサスペンションの間にねじ込まれた。

 自分自身の進撃力ベクトルを乱され、戦車が横倒しになって吹き飛ぶ。


「やったぜ! センシャ野郎めが、ざまあみろ!」


 誰かが叫び、みんなが快哉を上げる。

 整備性と速度、そして兵員を輸送できる利点を優先したためだろう。魔王軍の使っているのは、装甲も車重も軽い歩兵戦闘車。もし、あれが履帯を使った重戦車であれば、こんな作戦はそもそも成立しなかった。


『思ったより塹壕に来る数が少ないな。騎士のおっさんたち、だいぶはっちゃけたか』

『こちらから確認できるだけで、戦車は十台以下、期待以上の働きです』


 先行部隊の役割、その二。魔王側戦力の削減。

 魔王城の周囲、一キロメートル圏内に、土ぼこりが立っている。軽い鎧を着けた連中を追い回す、戦車の群れ。

 その数は、開戦時の三十台から、大幅に数を減らしていた。


「イツミ殿、今よろしいですか?」

「ああ、どうした?」


 上を通り過ぎる無粋な音に顔をしかめながら、エルフの長は淡々と状況を説明する。


「同胞の配置が完了しましたのでご報告を。それと、ジェデイロ東門に資材が届いたと」

「そっか。それじゃこっちも、本格的に作戦指揮に移るか。例の物は持ってるよな?」

「ええ。そちらの声を取りこぼしはしません」


 ドワーフの親方が鉄火場でテンションを上げるなら、こちらは磨かれた氷のように冷徹になっていくようだ。


「ありがとう。そろそろ後方に下がってくれ。何かあった時は、アンタがみんなをまとめるんだ」

「承知しました。しかし、今更ですが、このざんごう、というものが、なぜ必要だったのですか?」


 本番にならないと実感が湧かないだろうと、あえて説明していなかったのだ。

 その実例を、浩二は指さした。


「連中の弾、当たってないだろ?」

「そのためにわざわざ地面を?」

「それだけじゃない。戦車砲も、レールガンも、効果が激減する。そして、俺たちはある程度安全に、自由に動けるんだ」


 塹壕線とは、いわば迷宮と防衛陣地の折衷であり、機関銃や迫撃砲という新時代の武器に対抗する方法でもあった。

 投石や弓、銃などの投射兵器は確かに強力だが、共通する弱点が存在する。

『発射位置よりも下を攻撃するのが苦手』ということだ。

 戦車より、兵士より低い位置に存在し、絶えず移動し、どこにいるかを悟らせない。道であり安全地帯である塹壕線は、その特性ゆえに、ながらくその有用性を保ってきた。

 なにより、魔王軍のレールガンはいわば『艦砲射撃』だ。距離を取って曲射するならいざ知らず、城の土台より下に向けて、撃つことはできない。


「最初のジェデイロ攻略の時、アイツが言ってたろ『ちゃんとした砲兵がいない』って。角度を付けて撃てる兵器も、せいぜい戦車だけなんだ」

「そしてそれさえ、距離や間合いが限られている、ですね?」


 浩二はその指摘に驚き、笑った。数学的な素養ではなく、弓を撃つ種族として、戦車の有効射程距離を把握したのだ。


「やっぱり、その頭脳は失えないな。ジェデイロ東壁組と合流して指示を待っててくれ。勇者軍軍師として、絶対の生存を命じる」

「その使命、きっと果たしましょう。祖先の木の年輪に掛けて」


 これで下ごしらえは終わった。

 浩二はスマホを手に取り、通信を開始する。


「本部――こちらジェデイロコントロール、塹壕線、区画A-11に到着。これより、無線通信・・・・を利用した、前線指揮任務に移行する」

『本部了解。さーて、楽しい戦争の始まりだ。なるべく死ぬなよ兵士共。あと、うちの仔竜殺しやがったら、死ぬまで後悔させてやる』

「士気が下がるから、そう言うのやめろって! 

 ――各員、事前の指示通りに所定位置に移動! 全通信兵はチャンネルをオープンに! 観測班、何かあったら報告を入れろ!」

 

 今回の作戦に当たり、各部隊長には通信用のアイテムを持たせている。自分のスマホを中継基地にした、短波による双方向通信だ。

 それぞれにミスリルの振動板をベースにした、即席の通信機を持たせてある。あれを作れと言われたサンジャージは目を丸くし、竜洞の知識に愕然としていた。

 とはいえ、敵もいずれは短波通信に気づくだろう。妨害を出されるまでの機能と割り切っていた。


「こちらジェデイロコントロール、【ブルーシールド03】、聞こえるか!」

『こちら【ブルーシールド03】、聞こえている。この魔法道具は素晴らしいな。本隊から直接指示を受けられるとは』


 先行した青の騎士は、こちらの通信に声を弾ませていた。

 普段の応答とは違う感覚、あまりよくない兆候だ。


「先行部隊の損耗は?」

『さすがに無傷とは。ここに来て二両撃破したが、五名死亡、三名重傷だ。疲労のため、落馬した者も六名ほどいる』

「アンタも休んでないだろ。無理が声に出てるぞ」

『問題ない。まだいける』


 先行部隊の役割、その三。

 塹壕の兵士と共同して、戦車部隊と兵士を挟撃する、はずだった。

 囮であり、決死隊でもあるが、すりつぶしていい戦力など、今の勇者軍にはない。

 

「後退しろ【03】、【レッドランス04】に引き継ぐ」

『しかし、彼らの兵は勇者殿の』

「後退しろ! これは命令だ! アンタの出番はまだある!」

『……【ブルーシールド03】、了解した』


 無念そうな通信の余韻を振り払い、通信兵に抱きかかえられながら、浩二は素早く別動隊に繋いだ。


「こちらジェデイロコントロール、【レッドランス04】、応答せよ」

『お、あ、ああ? これでいいのか!? よし軍師殿、ちゃんと聞こえてるぞ! 赤のプフリアに何か用か!』

「コールバックは簡潔につったろ! ……モーニックの部隊が下がった。大至急、前線を支えてくれ」

『委細承知』


 あまりに極端すぎる返答。とはいえ、こちらの意図を汲んでくれたのには間違いない。

 塹壕線の彼方で、土ぼこりを上げて騎馬が戦車の群れへ突っ込んでいくのが見える。

 そして、仔竜は異常に気が付いた。

 敵の攻撃が散発的で圧が少ない。歩兵の姿もなかった。


「【ブルーシールド03】。開戦前の小競り合い、敵歩兵の出現はあったか?」

『ほとんどないか、あってもわずかなものだ。敵輜重を襲撃したとき、百名単位の護衛を見たが、それ以降は会敵することもなかった』

「敵の補給は?」

『指示通り、すべて焼いた。おそらく連中は『はらぺこ』だ』


 始めの作戦会議でモーニック自身が言ったように、戦車を運用するためには補給が重要になる。燃料、弾薬、運用する兵士たちの食事。

 魔王城は、特定のポイントに物資を投下することで、それをまかなっていた。

 それをこの決戦前に、どれだけ叩けるかが勝負の分かれ道だったのだが、青の騎士は心底有能だったらしい。


「オーケー。戦車が単独で動いてるのは、歩兵を温存、別の作戦に使うためだ。ずいぶん高価な撒き餌だけどな」

『では、我々の隊はどうする』

「戦闘区域から離脱後、補給所で最低一時間の休憩を命じる。おそらく敵の増援がある。エファレアの奴がこっちに来るはずだ。緊張を切らすなよ」

『了解した』


 ケデナ以外に進出した"魔王"の部隊が戦線を放棄した、というのは憶測交じりの予測だが、こちらの戦車に対する妨害がはまっている以上、ここに戦力を集中させてくるのは間違いない。


『作戦司令部よりジェデイロコントロールへ。作戦開始より三十分経過。敵軍の動きに注意されたし。そろそろ仕掛けてくるぞ』

「ジェデイロ了解。観測班、連中の動きは!?」

『敵戦車、直接の交戦を避け、守勢を堅持。魔王城の下へ移動しつつあります』


 天界の水鏡による俯瞰図と、地上の観測班からの情報。魔王軍も飛行魔による観測をしているが、精度と確度はこちらの方が上だ。

 開始早々鳴り響いていた砲声は打ち止めになり、四輪駆動のタイヤが大地を刻む音と、散発的な機関銃の発砲音、それから騎士たちの掛け声だけになる。

 ここから見える様子では、戦車が二台ほど破壊されているようだった。

 何かが肌に染みる。聲さえ聞こえなくなった自分だが、戦場の空気はこれが初めてじゃない。相手が何かする前に、下準備をしておくべきだ。


「こちらジェデイロコントロール、【ファイヤーワークス02】応答せよ」 

『…………』

「聲で沈黙送ってくる暇で、返事しやがれ! 脳無しバカ地竜!」

『ああ、聞こえておるわ! 胸糞悪いヒトモドキめが!』


 今回の通信は以前と違い、天界を通してこっちへ音声を転送している。

 直のブレスでなくてよかった。今の自分では耐えられそうもないから。


「この作戦前に契約したはずだ。竜洞は全面的に、この星の地竜に協力。天の神々の意向に関わらず、この星にドラゴンの不可侵領域を約束するって。いつもの気分屋を続けるなら、分かってんだろうな?」

『契約を盾に屈従を強いるか……性根の腐った畜生め』

「無報酬で卵と仔竜の治療した相手に、その言い草か。あのままだったら、生まれてくる仔竜が悲惨な状態だったんだからな」


 正直、この会話は悪手でしかない。

 恩を着せるような脅迫は最後の手段どころか、選択肢にさえ入れてはいけない。だが、こんなバカにかかずらっているほど、暇でもない状況だ。


「三回だ。こっちから三回だけ、お前に指令を出す。それを遂行すれば、二度とこんなことはしない」

『三回!? 三回もだと!? おのれごときが……』

「そのわがまま、勇者に告げ口してやろうか?」


 間接的であっても殺しきれないような怒気が、スマホの向こうから伝わってくる。

 これで、たとえ何があっても、地上の軍が瓦解して魔王に負けたとしても、この赤い地竜はこちらに協力する可能性は無くなった。

 それでも、食いしばるような、返事があった。


『……承知した。その命令とやらを』

「じゃあ早速、一回目だ」


 敵の戦車の動きが変わる。速度と機関銃の斉射で騎士たちを捌いていた連中が、隊列を組んで下がっていく。

 おそらく、ここからが本番だ。

 ここに来るまで、必死に知恵を絞り、竜洞のブレーンと角を突き合せた。聲による思考加速は出来なかったが、それを抜きにしても、なんとか作戦は形になった。


「作戦区域外で待機中の『フロック』に物資を受け取らせてくれ。後は俺の指定した場所に、それを使わせてくれればいい」

『二回目』

「あ?」

『呼ぶので一回、物資の受け取りで二回目じゃ』


 浩二は顔を凍らせた。

 驚愕ではなく、冷たく冴えた怒りで。


「ジェデイロコントロール了解。【02】、指示があるまで待機だ」

『それを、三回目と数えてくれようか?』


 兵士の一人に頼んで、さらに場所を移動する。今回は指揮所を後方ではなく、塹壕の中に置くのが鍵だ。

 あらゆる場所から投げつけられる状況を、完全に掌握するために。

 そして、完璧な判断とタイミングで、すべてをこなすために。

 冴え冴えと、毒に塗れた笑顔で、青い仔竜は指揮を飛ばした。


「お前の勇者から、死ぬほど憎まれたいなら、好きにしろ」



 目の前の画面に映し出された光景に、"魔王"は笑った。

 心地よい笑み、快哉、そして好敵手を見付けた者の、獰猛な口の歪みだ。


「勇者主力部隊、塹壕にて反撃を継続。敵塹壕線、北に延伸しつつあります」

「塹壕後方、ジェデイロ旧市街、東門に物資の集積を確認。観測班を向かわせます」

「ケデナ方面軍戦車隊、魔王城下エリアへ後退を完了しました」


 目の前で展開された作戦は、明らかに勇者軍の常識的な動きからは外れている。

 いや、相手はとっくに、"英傑神"でも、岩倉悠里でもなくなっていた。

 連中の後ろで、とぐろを巻くドラゴンたちを見るように、"魔王"は戦場を誰何する。


「残っている戦車は」

「七台、いえ、六台です。一台が先ほど、駆動系のダメージにより擱座。敵兵士を巻き込みつつ自壊したと」

「なるほど。ここまでやられると、いっそすがすがしいな。敵部隊の動きはどうだ」


 モニターに戦場の様々な状況が映し出される。戦車を追うことをやめた騎士たちは、今度はこの城をなぞるように、ぐるぐると動き始めている。

 挑発、それとも的を絞らせないための機動戦か。


「前線の『ブルー』が後退、新たに『レッド』が投入されました。やはり、エルフを同乗させています」

「致命的損耗を避けて、待機所に下げたか。戦車用の攻撃部隊は、エルフと騎士のツーマンセルだ。馬にかかる負担も大きいだろうからな」


 実際、連中の『戦車狩り』は見事なものだった。

 確かに機銃による掃射は騎馬に有効だが、多数の動体に囲まれれば、的が増えて効力が激減する。

 しかも、エルフたちは孟宗竹を自在に生やす聲を編み出しており、駆動系を中心に攻める遊撃を繰り返していた。

 その上、輜重を焼かれてしまっては、戦車とて戦力になるはずもない。


「開戦時、ケデナに展開した三十台の内、残ったのはその五分の一。やはり、兵員輸送車トランスポーターを兵力に数えるのは、世界を舐めすぎだったか」

「せめて、地上に軍事拠点を造れていれば、あるいは」

「今回の計画は、奇襲性と情報隠匿が鍵だった。ない物ねだりは無意味だ」


 とはいえ"補佐官"の言葉はすべて正しい。

 もし本気で世界を獲るつもりなら、橋頭保は必ず造らねばならない。見た目はいいが根のない浮草、それがこの城の本質。

 だからこそ、ああやって『地に足のついた』連中に、喰らいつかれているわけだ。


「観測班より入電。ジェデイロ市跡地にて、敵の集結を確認。物資の搬入と、何かを組み立てている動きがあると」

「スクリーンに回せ」


 ジェデイロ跡地では、ドワーフやエルフたちが何かを運び入れている。そこには、奇妙に大きな箱型のなにかが、組み上がろうとしていた。


「クローズアップしろ……あれは、まさか」

「おそらく、戦車・・かと」


 それは確かに、戦車のような外観をしていた、箱型の胴体に車輪、上には砲塔が据え付けてある。

 それを見たオペレーターたちは、笑った。


「ははは、なんだありゃ! 木造、しかも車輪は馬車のじゃないか!」

「図体はでかそうだが、引っ張るのは馬ときた。どちらかっていうと移動大砲だぜ!」

「現地の魔法技術じゃ、射角をどれだけとっても、この城に届くものか。所詮は猿真似に過ぎん!」


 湧きたち、嘲弄する部下たち。

 それは確かにその通りだ。自走できる駆動系を持たず、明らかに砲も機能するようには見えない。近代戦車タンクの前身である、古代戦車チャリオットに近い。

 だが、


「なにがおかしい」


 奥の席から立ち上がり、"魔王"は士官たちを冷たく見下ろした。

 途端に、すべての者たちに緊張が走る。魔族の青年は画面を見据え、再び、問うた。


「なにがおかしい。言ってみろ」

「いえ、その」

「俺は、質問しているんだ」


 親に叱られ、答えに窮した子供のように、誰も顔を背け、あるいは仕事に没頭しているふりをした。

 その間も、画面の向こうで敵の配置が進んでいく。塹壕線の奥、こちらを睨み据えるようにそそり立つ、木製の戦車もどきが、四台整列する。


「敵の動きを前に、あざ笑う馬鹿がどこにいる。文明の力で、命を欲しいままにできるのは、分別なき動物までだ。敵を侮るな、無慈悲に、死力を尽くせ」


 まるで、その発言を聞いたように、あるいは『戦車』の整列が合図だったのか、城の外周を回っていた騎士たちが、角笛を吹き鳴らし始めた。

 それぞれが勇者の旗を翻し、大声で叫びかわす。


「なんと言ってる、連中は」

「収音中です。音声補整完了、スピーカーに流します」


 途端に、室内を騒音が満たした。

 それは腹に響くような男共の声で、こう歌っていた。


『神の御業は偉大なり。天に叛きし悪逆は、我らが勇者に敗れ去る! 聞け、七たび鳴り渡る角笛を! 聖なる櫃の加護の下、我らが叫びは天へと届き、魔王の城は崩れ去る!』


 そして、戦車部隊を下げたこちら目指して、四台の『木造戦車』が馬に引かれ、進撃を開始した。


「く……ははは、そうか、そういう話か! つくづく貴様らは、俺の流儀に合わせるのが好きだと見える! いいとも、そういうつもりなら、遊んでやろうではないか!」

「"魔王"さま、あれがなにか、お分かりなのですか?」


 その問いに答える前、オペレーターの誰かが、ぼそりと答えを口にした。


「まさか、『ジェリコの角笛ラッパ』……?」

「だろうな」


 それは神去ちきゅう神話伝承おとぎばなしだ。

 神に導かれし民を認めない、悪徳の都。その高き壁を撃ち滅ぼすため、聖なる櫃を掲げながら、角笛をならして都の周囲を回ること、七日。

 最後に、民の上げた鬨の声とともに、堅牢な壁は脆くも崩れ去り、都は征服された。


「意趣返しか。自分たちの都市をジェリコのようにされたから、次は自分たちがやり返そうというわけだ」

「では、聖櫃にあたるのが、あの戦車もどき?」

「ただの箱では芸がないからな。『神の戦車メルカバ』とでも、名付けているだろうよ」


 そんな会話に割り込むように、自軍の黒い戦車が映し出される。エファレアから、ようやく到着した後続だ。


「エファレア方面軍、戦車大隊、到着しました!」

「ようやく、こちらも駒がそろったか。ケデナの残存兵力に通達、以後はエファレア方面軍と合流、指揮下に入れ。戦闘前に補給はらごしらえを忘れるな。さすがにシャワーとベッドは、おあずけだがな」


 指令を受けた向こうの連中が、苦境を笑い飛ばす声が聞こえる。

 彼方の土ぼこりを見て、さすがに角笛の騎士たちも周回行動をやめた。砲声と地鳴りが止み、馬蹄の響きが止まる。

 そして、モニターには、盤上遊戯のような光景が広がっていた。


「兵士共がうごめく塹壕を背景に、遊撃の騎士、奇妙な『神の戦車メルカバ』、未だ姿を見せぬ地竜の女王か」


 対するこちらは、城の後部に下げた戦車、その数、三十六台。

 もちろん、こんなものでは勝てない。ここからは大盤振る舞いする気で行く。


「では、やろうか。仔竜よ、ここが俺たちの死地だ」


 執務卓に前のめりで座ると、"魔王"は、最初の一手を繰り出した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王側、表向きは無敵だったのに裏舞台はカツカツでギリギリだった! そして人間側はしっかり弱味を付いていた。 [気になる点] 航空戦力は用意できなかったとのことだけど 飛行型魔物の育成はしな…
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