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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
221/256

21、目覚める、歩き出す

 魔王が、世界を相手に大規模攻勢を開始して、二十日余りが過ぎた。

 被害を受けた国、町村の悲惨は果てしなく、日ごとにその陰鬱さが世界を、薄闇で覆うように思えた。

 投影される映像は昼夜を問わず、天を焦がす炎や病菌、毒の霧に包まれる世界を、繰り返し誇示し、結びに魔王の言葉が飾られた。

 曰く、人類総じて、滅すべしと。

 安らかな眠りを奪われ、恐怖した人々は、勇者に救いを求めた。

 そんな彼らを、魔王は容赦なく、打ちのめした。


『諸君、よく考えてみろ。お前たちを救うはずの勇者は、何をした?』


 魔王は嗤う、そして囀る。

 勇者の所業はなんであったか。


『神の代理同士は互いに争い、権勢を奪い合うことに執心した。奴らにとって、世界などは遊戯の盤面。諸君ら虫の営みなど、気を払う価値などなかったのだ!』


 その言葉が流れるころには、魔王軍の脅威は消えていた。

 いつの間にか兵士は姿を消し、残されたのは病に滅んだ集落と、毒で穢された田畑だけだった。

 しかし、それは平穏とは程遠い、不安を醸成する沈黙。

 

『無知な諸君らに、教えてやろう。諸君らの巻き込まれたのは"神々の遊戯"、魔王を狩りの獲物と定め、どの神の勇者が先に狩り込めるかを競い合う。ただの『遊び』である』

 

 遊び、という言葉が人々の心をやすりで削る。

 神々の遊び、自分たちを無視して、どうでもよいことに興じる、神という存在。


『だが喜べ、諸君。この"魔王"が、くだらぬ神の戯事を永遠に絶息させてやろう。その対価は、諸君らの命だ!』


 その叫びに、魔王の宣言に、世界を揺るがす快哉が響き渡る。

 魔物たちがこぶしを上げ、恐ろしい武器を空に向けて撃ち放つ。

 耳を聾する火の叫び、天空に鎮座する巨大な岩塊が、無数の輝きを空に撒き、大地を埋め尽くす鉄の車の大波が、目前に迫る。


『最後の征服地、ケデナ。そこを諸君らの血で染め抜いた時、この世は魔の物となる!』



「はいはい、終末戦争乙あぽかりぷすなう、っと」


 ジョッキにたっぷり注がれたビールを飲み、カリーヴルストを貪って、グラウムは小バカにしたように、流れる映像へ感想を述べた。

 真新しい専用の端末へ適当にテータ入力し、盛大なおくびを漏らす。


「おーい、ソール。魔王様のプロパガンダも、とうとう末期症状に入ったぜー。過剰な演出にねつ造の映像、いわゆる『大本営発表』だ」

「だろうな。攻勢限界予測とも合致する」


 すでに、竜洞では魔王軍の分析が終了していた。

 現地の地竜に、被爆した卵の放射線除去や治療を条件に協力を取り付け、モラニア、エファレアの情報収集も終えている。

 魔王軍は、すでに戦線をケデナへ縮小していることが裏付けられていた。


「まさか、世界を相手取った『電撃戦』とはなー。恐れ入ったぜ」

「敵主力を鮮やかに撃滅し、局地戦で勝てない相手であるという認識を植え付け、絶対の支配者という虚像をプロパガンダで刷り込む。理想的な世界征服のムーブだな」

「二次元の戦争も発展途上な世界で『そら』を押さえてんだ。できて当然だろ」


 だが、世界をかすめ取った手も、その重さに耐えられなくなる時が来た。

 圧倒的な戦力不足。占領地域に裂く人員が足りないのだ。


「侵略は楽でも、占領は厄介。古今東西汎世界、戦の常識ってねー」

「とはいえ、連中は恐ろしく悪辣だ。去り際に『焦土作戦』を敢行している」

「病原菌に寄生虫、水源や穀倉地帯への環境汚染物質投下。徹底しすぎて、さすがの魔竜オレでも引くわー」

「そうだ、徹底しすぎている・・・・・・・・


 ソールの指摘はもっともだ。

 確かに魔界の連中は『多少の汚れ』程度は気にしない。そういう点が、魔物と呼ばれる要因の一つでもある。

 だが、一部の上位種を除いて、魔族も定命の生命体だ。

 ここまで徹底した汚染、病毒に耐えうる存在は、限られてしまう。


「このまま勇者を倒し、支配者になっても、何の価値もないクズ星を手に入れて終いだ」

「破滅願望持ちなんだろー。セカイ系でよくあったじゃん。自分と一緒に世界が滅ぶのが見たい的な? 欲のうっすい、草食系ラスボス」

「無論、冗談なんだろう?」

「そんな奴なら、ここまで警戒しねーって」


 つまりあの"魔王"は、この展開さえも予想、いや織り込み済みで計画を実行したといことになる。

 グラウムはビールとヴルストを腹の中に片付け、おくびを漏らした。


「なんか、見えてきたかもだ、こいつの考え」

「珍しいな、同郷のよしみか?」

「デュエル大会の時に聞いたろ、アイツの『雇い主』。そのことで、ちょっとな?」


 万能無益のジョウ・ジョス。あらゆることを可能にする、全く無能の存在。

 魔界のガラクタ収集家。そいつが奴を"魔王"にしたという。

 その崇拝に必要なものは――。


「あ……マジか、そういうことか!? いやでも、規模が小さすぎるし、あいつはそんなもん持ってる・・・・だろ?」

「グラウム?」

「わりい。ちょっと美味そう・・・・かもだ」


 ぞろりと舌なめずりする。自分にとって刺激とは食欲、そして味覚のぜいたくだ。

 竜としての輪郭を消して、昔なじみの姿に変わる。そのまま床へと、溶けるように沈み込んだ。


「どこに行く!?」

『里帰り、リサーチ、晩飯までには帰るぜ。あと、例のアレ・・、メインフレームはあがったから、お前らでブラッシュアップしとけ』


 ため息をつくソールを笑い、『天』の澄んだ領域から、『地』の澱んだ世界を目指す。

 自らの欲望を満たすため、あるいは餓えさせるために。

 グラウマグリュスという名の魔竜は、魔の世界へ跳んだ。



 朝が来た。

 勇者専用として宛がわれた部屋は、広さはあったが簡素だった。それは悠里自身が望んだ事であり、父親の教えに従った結果でもある。


『姿に綺羅を纏おうとすれば、内は自ずと空疎となる』


 ベッドに敷物、鎧掛けに刀置き、ナイトテーブルと水差しにカップ。きっと、ここまで粗末な部屋に住む勇者は他にはいないだろう。


「いや……シェート達がいたか」


 彼らは自分よりももっと、質素にやってきたと聞いている。とはいえ、形ばかり真似ても意味はない。ただ、一度は体験してみたい、かもしれない。

 そんな想像をベッドに残して、調息と調心を行い、掛けられた刀に向かって二礼二拍手一礼する。

 今は"英傑神"という神の勇者のはずが、こうして神道式の儀礼をやっているのも、考えてみればおかしな話ではある。

 しかし、シアルカは一切気にしていなかった。


『神去では難しいけど、ここでなら君の刀もいずれ神格を得るだろうね。その時は、どちらが上かを、はっきりさせることになるけど』


 ドワーフ製の打刀『一蓮・真打』と、一緒に打ってもらった脇差『忍草』。それが自分の勇者としての武器だ。

 どちらもミスリル製で、硬銀と軟銀を利用した、折り返し鍛造で造られていた。その刃紋は独特で、直刃すぐはでありながら、見る角度や光の当て方で変化する。

 振っている時の感情でも変わっているらしいが、戦っているときはそこまで気にしている余裕もない。


「……そういえば、すっかり斬り合いにも慣れたな」


 鎧を身に着けながら、呟く。命のやり取りを前提に剣の修業をしていたけど、それは心構えの話で、現実に命を奪うという行為には、慣れそうもない。

 それでもこの世界では、そうしなければ生き残れない。

 命を斬ることを畏れながら、それでも斬るため技術を磨く意味とは。


『ようは入れる箱を間違えんなって話だ。弁当箱にうんこを入れる奴はいないだろ。剣の道ってのは、取捨選択の物差しの一つなのさ』


 そんなことを言っていたのは、悠里の父親から一時期、絶縁状を叩きつけられていた叔父さんだった。

 海外の戦場で、人を斬ったから絶縁された、というのは本当だったんだろうか。

 その絶縁関係が修復された、直接の理由は――。


『悠里、手が止まっているよ』


 シアルカの声に苦笑しつつ、素早く鎧と籠手を着け、ブーツを履く。砦に来てからは手足の防具までしかつけてなかったから、完全武装も久しぶりだ。

 そのまま刀を腰に、脇差を腹の前に差して、準備は整った。


「シアルカ」

『なんだい?』

「勝てるかな」


 わずかな間をおいて、彼は明快に告げた。


『君はまだ生きている。だから、勝つよ』

「やっぱり、そう言うと思った」


 シアルカは勝つよりも命を大事にする。生きていれば、生きてさえいれば先はある、そうやって自分は神になったのだからと。


『行こうか、みんなが待っている』

「ああ」


 そして扉を開け、悠里は部屋を後にした。



 体が揺さぶられている、誰かが、俺を起こそうとしている。

 ああ、眠い。そういえば昨日は遅くまで、作業していて、もう少し眠っていたい。

 だけど、だめだ。


「――――」


 声がする、呼ぶ声がする。

 起こされたら、すぐ起きる。

 ■■■の言うことはちゃんと聞く、だよな。


「分かってる、いま起きるよ■■■■」


 寝ぼけ眼をこすって机から体を起こすと、手に湯気の立つカップを持ったリィルが立っていた。

 

「もしかして、みんな出発した?」

「き、昨日、何があっても、起こしてほしいって、いってまし、たよね。だから、まだ大丈夫です」

「軍師が将軍と一緒にいないとか、しまらないしな」


 それから受け取ったスープを飲んで、小さなパンをひとかじりする。ここで出来る仕事は昨日のうちに全部片づけた。

 もし万が一、自軍が負けた時のための準備。物資の手配や避難場所、軍事的な再編成、そして『本当に駄目だった』場合の対処法。

 縁起でもないが、何が起こるか分からないから準備する、それが軍師だ。


「その……楽しかった、ですね」

「その言葉、グリフにでも聞かれたら、面倒だぞ」

「ごめんなさい。でも私、コウジと一緒に、旅をして、生活して、ここで働いて……」


 リィルは泣いていた。

 彼女は戦闘に参加しない。この後、ここで受け入れた避難民と一緒に、どこかの村へ避難する。

 剣の腕は素人レベルで、魔法に関しても神の加護がない限り、エルカに劣る。"英傑神"の巫女になる道は、本人が断っていた。

 だから、これでお別れかもしれない。


「私、貴方が好きでした。大好きで、一緒に冒険して、どこまでも、行きたかった」

「俺も、また会えてうれしかったよ。待たせちゃって、辛い思いさせて、ごめん」

「はい……ありがとう、ございました」


 すべては過去形。やり直しのように見えるこの出会いも、勇者としての旅とはまるで違っている。

 それでも意味は、きっとあったはずだ。


「祈っててくれ、俺たちが、やり抜けるように」

「はい。それじゃ、行きましょうか」


 彼女の両腕に抱かれ、地下を出る。

 この穴倉にも、戻ってくることはないだろう。

 悠里とその仲間たちと、笑いあったり協力したり、あるいは角を突き合せた日々。

 失ったものがある。消せない罪も犯した。

 それでも、その全てが妙に愛おしく思うのは、どうしてだろうか。


「じゃあな」


 浩二は何かに別れを告げ、前を向く。

 そして、二度と振り返らなかった。



 そういえば、砦を去るのは二度目だ。

 何もなくなった塔の部屋を見回して、シェートは隅に転がった何かを見つけた。

 蔦で出来た縄。不格好な結び目が、三つばかりできている。

 カーヤは二日前に旅立った。別れを嫌がってぐずったために、自分だけではなくモーニックまで一緒に、村まで付き合う羽目になった。


『きっと迎えにこよう。だから、ここで待つがいい』


 面倒見のいい騎士に諭され、泣きながら手を振るカーヤを思い出す。


『しぇーとも、むかえきて』


 黙って頷くしかなかった。

 勝つにせよ負けるにせよ、カーヤとは二度と会えない。きかん坊で、泣き虫で、仕事の時には、決まって遊びをせがんだ、幼い子供とも、お別れだ。

 まるで、弟や妹がいた頃のような時間が、愛おしかった。


『我らは勝たねばならん、守るべき者のために』


 巡回の時は、モーニックと顔を合わせることが多かった。

 他の騎士たちが相変わらずの扱いをする中、彼とフランバールは屈託なく付き合ってくれた。


『生きろ、モーニック。カーヤ、守ってくれ。俺、できないから』

『誓おう。我が剣は力無き者のためにある』


 そういえば、あいつは出会った時から、こちらに対する態度が違っていた。

 なぜ、そう問いかけられた青の騎士は目を細め、笑った。


『カーヤの足ごしらえだ』

『え?』

『初めて会った時、それを見た。それで十分だ』


 それは動き回るカーヤの足を痛めないように、蔓と獲物の皮で造った粗末な代物。

 そして、彼は小さく付け加えた。


『私は庶子でな。モーニックを継ぐ前は、母が同じようにしてくれた』


 語る顔はさっぱりとして、普段の冷たい印象はどこにもなかった。

 村からの帰り道、自然と互いの母親の話になり、次の日の朝早く、モーニックは先行組として出発した。


「し、シェート、さん! あの、おはよう、ございます!」

「うん。おはよう」


 そういえば、イフが呼びに来て下に降りるという日課も、これが最後だ。

 その手に抱えられているのは、ワイバーン皮のマント。サンジャージと彼女が飛行の魔法を付与するといって、持って行った。

 受け取り、つけてみる。

 見た感じ変わったところはないが、胸の留め金に小さな宝石が付いていた。


「……これ、変だ」

「え!? だ、だいじょうぶ、です! 私と、サンジャージ師匠、の自信作、です!」

「そうか」


 あのおかしな魔法使いのことだから、もっとごちゃごちゃと、宝石や鉱石を付けてくると思ったが、思ったよりすっきりしている。

 そういえば、飛行マントに関しては、散々苦労させられた。


「これ、落ちないか?」

「さ、最後の、実験、成功しましたよ、ね? だから、大丈夫です」

「……俺、一杯、落ちたぞ」

「ご、ごめんなさい。でも、今回のは絶対に、大丈夫、ですから」


 妙な確信を込めたイフの言葉。師匠の方はいつも自信満々だが、弟子の方がこんな風に言うのは珍しかった。

 だとすれば、まあ、信用してもいいだろう。


「イフ、お前、どこ行く?」

「い、言え、ないです。極秘、なので」

「そうか。俺、前線、行く。もう、会わないな」

「ちょ……ちょっと、まってくだ、さい!!」


 袖口を掴まれ、身動きが取れなくなる。その手が、ローブからはみ出て、鉤爪の生えた指がほぼ出てしまっていた。

 そういえば、飛行の実験中、こいつのローブの中味を見てしまっていた。

 人間ではないが、コボルトのような異種族でもない。

 明らかにいびつな『造られた』体だった。


「シェート、さん。最後に、おしえて、ください」

「うん」

「どうやったら、あなたみたいに、歩けますか」


 別に、見た目が変わっているだけで、イフ自身は普通に歩けている。おそらくそういう意味ではなく、態度のことを言っているのだろう。


「私、歩きたい、です。ユーリさんと、夜だけじゃなく、昼も、です」


 その手が、身にまとっていたローブを解く。

 顔は猫に似ていたが、体にはドラゴンのような鱗。体つきは女のそれだが、この世の中に、こんな姿をした者がいるとは、シェートは知らなかった。


「でも怖い。ユーリさんがいて、サンジャージ師匠がいて、神様も、だい、じょうぶだって。それでも、怖くて」


 怖い。

 それはコボルトに、常に付きまとう言葉だ。生まれ故郷から遠く離れた世界に来ても、怖いものはいっぱいあった。


「知りたい、です。シェートさんは、どうやったんですか。怖く、なかったんですか」


 もし、イフの言う『怖い』が、自分の感じてきたものと、同じであるとすれば。

 答えはこれしかない。


「怖い。でも、歩く。それだけ」

「それでも、足がすくんだら?」

「それでもだ。それだけ」


 猫のような目から、涙があふれた。首を振って、歯を食いしばり、叫ぶ。


「むりですっ! 必死に隠して、みんなのために役にたてたらって! でも、戦うのも、人と話すのも、怖くて! これ以上、勇気なんて……そんな風に、できません!」

「そうだな。だから、俺、おかしい、言われた」


 あるコボルト青年の、怯えた顔を思い出す。

 もう自分は、コボルトのふりをした何か、なのだろう。だから本当には、怖いということも、忘れてしまったのかもしれない。

 そしてシェートは、忘れていたことを思い出して、告げた。


「コボルト、やり方、もう一つ、ある」

「え……?」

「怖い事、逃げる」


 自分にはもうできなくなった・・・・・・・、コボルトの生き方を告げる。

 今だって本当なら、逃げてもいいはずだ。

 そうできなくなったのは、きっと――。


「逃げて、逃げる、嫌だ、思う。そしたら、歩く」

「そんなこと、できるの、かな」

「わからない。俺、そうした」


 イフは涙をぬぐうと、ローブを纏って、頭を下げた。


「変な事、聞いて、ごめんなさい。行きましょう」

「うん」


 思えば、不思議な娘だった。

 姿かたちも、考え方も、今まで出会った人たちの中でも、類を見ないほどの。


「そうだ」

「どう、しました?」

「逃げない。時々、楽しい事、ある」


 石段を下りながら、シェートはイフに優しく告げた。


「ここ、楽しかった。カーヤ、モーニック、サンジャージ、イフ、好きだ」

「ひ……ひゃいっ!? わ、わた、す、す、す!?」


 ああ、またこの反応か。

 おかしな動きになった彼女に、やんわりと訂正を入れる。


「コボルト、恋人、コボルトだけ。わかるか?」

「あ、わ、私もっ、そういう好きは、ユーリさん、だ、だけですっ!」


 知っている。そんなのはもう、この砦にいた誰もが知っていることだ。

 そして、悠里だけが、この強い思いを知らないのだろう。


「お前、ユーリ、番い、なれるといいな」

「つ……? ……つ……つ、つ、つが、あっ、あっ、うひゃあぅっ!?」


 そうだ、折角好きなら、そうなれたらいい。

 そうなれないより、何倍もいい。

 胸元の石に触れると、シェートは歩き出す。本人の願いとは裏腹に、うまく歩けなくなってしまった、イフを気遣いながら。



 旧ジェデイロ市の東南方、二十余キロに連なる岩石山地、その麓。

 ケデナ屈指の大都市『ユーリギ・アディア』の基となった史跡、英雄の砦メルフォ・アディアはあった。

 毎年、五月の最終週に掛け、『ユーリギ・アディア』では、異世界の勇者、岩倉悠里を讃える祭りが、史跡となった砦で行われている。

 その名は『天槌の祝祭』。

 世界を脅かす魔王を撃滅した勇者の物語。その掉尾とうびを偲ぶものだ。

 祭りに奏上する吟遊詩人の歌は、こんな出だしで始まる。

 快晴の早暁そうぎょう、勇者再び起つ、と。

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― 新着の感想 ―
[良い点] シェートの善性を青の騎士が知ってたこと。見てる人は見てるって描写はいい 決戦前夜的な雰囲気がピリピリ伝わって来た
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