18、咎を背負う者
「ふざけるな!」
開口一番、当然の罵声が飛んだのを、青い仔竜は目をつぶって受け止めた。
ユーゼイア・プフリア。『赤のプフリア卿』。やけどで禿げた頭を真っ赤にして、指を突きつける姿は、いかにも直情径行型だ。
「いきなり我が軍に参画したと思えば、自分を参謀に雇えだと!? いくらイワクラ卿の言葉でも、こればかりは受け入れられん!」
「同じく、エルフ方の代表としても、信用なりません。そも、この仔竜の如き姿、あからさまな見せかけと見えます」
エルフの森、その代表であるミー・ヒーリー。いかにもな感じのお堅い人物。しかも聲でこちらを精査しているようで、目の色に不信がありありだ。
「そのちっこい体で、戦の何が分かる? 刃の下を潜り抜けたこともない奴に、俺たちの斧を預ける気にゃなれんな!」
ドワーフ鉱床の総括にして、鍛冶ギルドの長、ウングドウッサ。実力主義、現場主義、明らかにこっちを舐めてかかってる。
「……ユーリ殿の命令には、基本従います。ですが、今回の作戦に関しては、これ以上の策が入る余地は、無いかと愚考いたします」
フランバール・ミルザーヌ。悠里の古なじみでり、この場で最も発言権のある現場指揮官。彼女の言葉なら、赤と青の騎士団も言うことを聞くし、ドワーフ、エルフ両方の信用もある。
「そもそも献策と言っても、実行できるだけの兵力がないのだ。詳しい兵数は省かせてもらうが、集結させたところで、ジェデイロ北門の戦いを、はるかに下回るだろうな」
ガリルゲイル・モーニック。『青のモーニック卿』。極めて冷静で、計算高い。感情ではなく理論的に、相手を否定してくるペシミストと見た。
これで、この場にいる代表者は、ほぼ発言を終えた。
司会役の悠里は、浩二のことを紹介した後、一切口を開いていない。
(さすがは"英傑神"の勇者。大した胆力ですよ、賞賛に値します)
(テメエの推した軍師がフルボッコになると、つい感情的に擁護しちゃうのが、凡庸な大将だからなー。それこそ逆効果だって、知ってるんだろうぜ)
今回、ソールとグラウムは必要があるまで、一切発言しないことになっている。天の声で強引に推し進めても、この癖の強い連中は納得しないだろうから。
あと一人残っているが、一言も発していない。そちらは紹介の時も、一同から冷ややかに無視された。
気が狂いそうだ。でも今は、自分の仕事を全うしろ。
まずは、切り崩しやすい所から行く。
「まず、この場を借りて、俺の――存在について知ってもらいたい。こんな姿はしてるけど、元は"審美の断剣"の勇者、竜洞の力によって、この世界に転生して来た」
「……なるほど、その異様な魂はそのためですか。転生の目的は?」
「ひとつは個人的な理由。もう一つは元勇者として、"魔王"の悪辣さをいち早く知った者として、この世界の行く末を案じた結果であると、理解してほしい」
嘘は言っていない。"魔王"のことも、この世界にいる仲間のことを守りたいのも、本心だからだ。エルフのばあさんは不審そうにしたが、それでも少しは態度を和らげたようだった。
「殊勝なことだな。だが、聞けば貴様、そこなコボルトに無様に殺されたと聞く。そんな体たらくで、今更何の助けになるというのだ?」
禿オヤジの発言は、あからさまな挑発だ。直情的な割には腹芸を心得てる。ここで声を荒げて反論すれば、こっちの格が落ちるだけ。
でも、お前の言い方は気に入らない。ちょっと踊ってもらおうか。
「なるほど。さすがは栄光の赤の騎士。貴方の武威があれば、魔王の城などたちまち地に落とせたでしょう。それで、現状はどうなりました?」
「……貴様、俺を愚弄する気かぁっ!」
「違います。少なくとも俺は、負けて死んで、自分の愚かしさと至らなさを知った。そして、同じ轍を踏まないことを学んだ。貴方はどうですか『赤のプフリア卿』」
「む……無論っ、俺も、次こそは負けぬ! 決まっておろうが!」
はいお疲れ、そしてナイスアシスト感謝。
俺の反論と態度で、こちらを見る目が変わる。そもそも。この場に負けを経験してない奴なんていない。そんな非難中傷、ブーメランになるかカウンターに利用させてもらうに決まってるだろ。
「しかし、意地や覚悟ではあの城は落とせぬ。コボルトの知恵と魔王の姦計では、規模も状況も違うであろう。それを自信と考えているなら、過信に過ぎる」
相棒よりはぐっと温度の低い、青の騎士の発言。
そう言えばこの色男、こっちに向ける感情と言葉に、同僚と明らかな差がある。赤のおっさんより、当たりが柔らかい。
もしかして、ここに来るまでにあいつと、なにか――。
「――――っ」
「どうされた、イツミ殿」
「貴方の鋭い指摘に自分を戒めただけです、モーニック卿。では、そろそろ皆さんには、俺と竜洞の持っている『魔王の情報』を提供させてもらいます」
ざわめく連中を確認し、その感情を拾い上げる。魔王については、奴に押し付けられた印象操作しか持ち合わせていないだろう。
だからこそ、その悪辣さと空虚さを、理解して貰う。
「まず魔王の手口について」
「今更、そんなことを聞いて――」
「プフリア卿、彼は俺の軍師です。献策を最後まで聞いてから、反論をお願いします」
ほんとに悠里の勘所は優れてるな。こうやってめんどくさくごねるのを、適度にいなしてしてくれるのは助かる。
「簡単に言えば、あいつは詐欺師です。ないものをあるように見せ、あるものを無いように見せ、相手を幻惑する」
「幻惑なものか! 現にジェデイロは滅び、騎士団領も滅んだ!」
「……で、その後どうなりました? あいつの言葉通り、ケデナすべての大都市が死に絶え、エルフの大森林やドワーフの山が根絶やしの目にあいましたか?」
俺の言葉に、それぞれが胡乱な視線をかわし合う。実のところ、正確な被害を調べられてないから、こっちの言葉もハッタリに近い。
でも、はっきりしていることもある。
「そもそも、竜の峰とヘデギアスの港に打ち込んだ後、核兵器は放たれましたか?」
「……確かに。この一週間、あれ以外で使われたという話は聞かぬな」
「それに、あいつは言ったはずだ。『手作業で人を滅ぼすのは飽きた』と。その後すぐに……エファレアの、都市が、落ちた映像が流された」
思い出すだけで、胸糞の悪くなる映像が脳裏によぎって、言葉が続けにくい。
アイツだって、あの町では生き生きとカードゲームしてやがったくせに。あれも仮面だったとすれば、大した役者だよ。クソッタレ。
「『飽きた』発言は虚言、本心は『今ある兵力が全て』と考えます」
「いや、意味が分からん! そもそもあの戦車とやらは」
「ケデナに三十台、エファレアの映像に約三十台、合計して六十台弱。おそらくあれが、魔王軍の持ってる、最大戦車保有数です」
俺の発言に、みんなぽかんとしている。あんだけ戦車の威力を見せつけられちゃ、六十台って数字でも十分多く感じるだろう。
でも、そんなことはないんだ。
俺はスマホに記録させていた魔王城の内部構造を、壁に映し出す。
「これは、俺た……ち、が、魔王城に入った時に撮影した映像。あの時は意味が分からなかったけど、今なら分かる。これは格納庫、戦車が置かれていた場所だ」
「……なるほど。つまりイツミ殿、貴殿はこう言いたいわけだ」
この中で、一番計算早そうなモーニックが、話を拾ってくれる。コイツはだいぶ俺寄りになってきたっぽいな。今後はそこを使わせてもらう。
「魔王の城の規模でしまって置ける戦車の台数には限りがあり、内部の規模と、実際の台数からみても、六十台以上は存在しない、と」
「その通りです、モーニック卿」
「だがな小僧、そりゃ見当違いかもしれんぜ?」
今度は技術屋の視点か、受けて立つ。
ドワーフは顎髭をしごきながら、重要な指摘をする。
「戦車は外に出してある。しかも、もう一度引き上げる気もなさそうだ。であれば」
「開いたハンガーで、新しい戦車が造られるかもしれない。あの城には工房があるだろうから、ってことですね」
「魔王だって、そのぐらいのことは考えてあるんじゃねえか?」
実際の所、そうなったら終わりなんだけどな。空飛ぶ近代兵器工場なんて、ファンタジー世界を千回は焼き尽くせるだろう。
でも、そうはならない理由がある。
「それがない理由は、レールガンだ」
「れーる、ってのはあの、ぴかっと光る厄介な武器か」
「ハンガーの大きさ、レールガン発射口の面積、そして魔王城上部にある、巨大レールガン。それに、機関部や居住区なんかを含めた時、あの岩の中にはほとんどスペースがないんだ」
この辺りは安心して映像を投影できる。ヴィトが水鏡で見ていた魔王城の構造と、悠里たちがエアボーンをした時の映像を補助線に、城自体の構造と容積は解析済みだ。
「整備工場はあるだろうし、一台づつ組み上げることくらいはできるかも。でも戦車一台作るのに、半年はかかる。そのための資材やエネルギーを溜めるスペースもない」
そこまで考えれば、あの城は兵器工場としては小さすぎる。
つまりだ。
「あれは移動して砲撃するだけ、一度おろした戦車を回収もできない。いわば空の軍船みたいなものなんだ」
「なるほど、非常に楽天的な見解ですね。気に入りました」
おっと、黙ってたから寝たのかと思ったよ。今度はエルブのばあちゃんか、となればツッコミどころは、あれかな。
「ですが、貴方は見落としています。魔法による、資材の転送、供給です。そもそも、あの城の中にない物なら、外部から入れればいいではありませんか」
「確かにね。ちなみに、戦車一台ってどのぐらい重いか、知ってるか?」
「……いかほどで?」
「ウングドウッサ匠頭、作った中で、一番重かった武器の重量は?」
ドワーフは腕組みし、鼻で笑った。
「俺の甥っ子が使うって言って作らせた大斧だな。確か三ドルドンぐらい、だったか」
俺は手早くスマホで計算を入れる。一ドルドンが約六キロか、それなら。
「それをだいたい一万本」
「はぁ!?」
「比較的軽い奴で、そのぐらいの重さなんだよ。戦車って」
エルフの眉が上がり、ドワーフの指がテーブルを叩く。二人の間で言葉が交わされて、こちらを試すような表情が浮かんだ。
「読めたぜ。そんだけの鉄を上げるなら、恐ろしく労力が掛る。城の規模も併せて、現実的じゃねえってわけだ」
「では、最初の戦車はどこから?」
「たぶん、になるけど、兵器工廠が別のところにある。それも、閉鎖されてるだろうな。事前の情報漏洩を避けるためにも」
あいつのことだ、俺たちには舞台裏も、種も仕掛けも絶対に見せない。魔王城が飛び立つ前か、侵攻が始まって最初の何年かで造り終えた後、工場も破棄してるはず。
あれだけ強力な兵器をここまで出してこなかったのは、奴の狙いが徹底した奇襲にあるからだ。自分の手を知られないよう、俺たちの手の届く範囲に情報は置かない。
"魔王"の作戦は徹底した『電撃戦』。確か、ソールたちはそんな言い方をしていたっけ。
「確かに戦車は脅威だ。でも、数は限られてる。ついでに言えば、兵士もおそらく二個大隊、最大で二千人ぐらいが、魔王軍の総兵力だと思う」
「に、二千だと!? 我らはその二十倍いたのだぞ!?」
「しかも、ジェデイロ攻略に使ったのは一個大隊、多くて一千かな」
赤のおっさんは愕然としているが、その中でいち早く瞳を輝かせた奴がいた。
避難民誘導をしていた、フランバールだ。
「その指摘、当たっているやもしれません」
「ミルザーヌ卿、その根拠は?」
「避難誘導の際に遭遇した戦車は、基本三台で一塊でした。最初は我らをなぶるためと思っていたのですが、威嚇ばかりで『きかんじゅう』の攻撃も散発的。随伴の兵士たちもごく僅かでした」
「そういえば――イツミ殿、あの戦車とやら、補給はどうしているのだろうな?」
サンキューモーニック卿、その質問、イエスだぜ。
この騎士は本当に頭がいい。ただ、勇者の仲間であるフランバールさんの顔を立てて、献策も控えてたんじゃないかな。
まあ、さっきの意見が出せるから、フランバールさんも悪いわけじゃないけど、騎士たちは上下関係がガチガチすぎて、報連相が滞りがちなんだろう。
「実は、戦車の補給に関することが逆転の一手になるんだけど、それは置いとくとして」
「焦らすな小僧。その口ぶり、お前も詐欺師と見たぞ?」
「じゃあ親方には、俺の出すカードに、しっかり目を光らせてもらおうか」
一同がそれぞれ笑い、緊張が程よく解ける。
敬語がすっかり抜けちゃったけど、もう誰も気にしていない。俺の出す意見と情報に目を輝かせて、無言のうちに先をせがんでいる。
なるほど、軍師ってのはこういう一瞬が好きな奴らが、やるもんなんだろうな。
「こっからは具体的に行く。今後の対策と、魔王打倒の作戦についてだ!」
俺は心持ち、声を大きくした。
この先の、大一番に負けないように。
自分の犯す、最悪の罪に、押しつぶされないために。
久しぶりに、仲間たちが生き生きしているのを、悠里は見た。
最前線に立っているフランを始めとする騎士たち、不満を隠して協力してくれているエルフやドワーフの二人も、いつになく明るい顔をしている。
その中心で、すべてをまとめ上げている、青い仔竜の姿に、目を細めた。
「……俺なんて、まだまだか」
(彼と自分を引き比べるのは、かえって失礼だよ)
この場でも裏方に徹するシアルカは、いくらか厳しい声でたしなめてきた。
(天界屈指の知恵者、"斯界の彷徨者"、竜神エルム・オゥドの薫陶を受け、側近の四竜に鍛え上げられた、肝煎りの俊英だ。おそらく軍事軍略では、君どころかこの場にいる誰も勝てないだろうね)
「過去の英雄や王様も、こんな気持ちだったのかなぁ。優秀過ぎる配下のプレッシャーがすごくて」
そんなぼやきに、シアルカは吐息のような笑いを漏らす。
この場にいる人々は、みんなその道のプロだ。神の力を背景にした、多少剣の腕があるだけの自分では、軍事や戦略に口を出すことは難しい。
他人に任せるにしても、それぞれがそれぞれの分野で有能だから、言っていることが食い違っても、その可否を判断をするのが厄介だった。
だが、目の前の、竜の姿をした少年は違う。
「硬さは気にしなくていい。むしろ柔らかくてのろに近い鉄がいいんだ」
「そんなもんで良けりゃ、ズリ山にたんと転がっとるぞ。すぐ若いのに造らせる」
「騎士団から、足の速い馬と乗り手を集めます。奴らの巡回路も、だいたい把握していますので」
防衛と迎撃の計画をまとめながら、それぞれの役割を自然に引き出していく。これまで完全に遊んでいたドワーフたちの助力が、息を吹き返してきた。
「あいつらに対しては、目の幻惑に意味はない。草や木、地形の隆起で物理的に妨害するのが効果的だ。足回りも履帯じゃなくてタイヤだから、壊すのはそんなに難しくないよ」
「なるほど。では連中が勝手に植えた植物を、使わせていただきましょう。我が森を荒らした罪、償わせなければ」
「きっとアイツ、泣いて悔しがるぜ。あんなもん送らなきゃよかったって」
ドワーフ以上に使いどころを失っていたエルフの助力も、彼の献策で活躍の場ができたらしい。ミー・ヒーリーの声にも、どことなく張りがあるように感じた。
「それで結局、俺たちは、しゃにむに突進するだけか?」
「いやいやプフリア卿、今回はただの突進じゃないんですよ」
「というと?」
「正々堂々開戦の名乗りを上げ、魔王城に背を向けて、ダッシュで逃げるんだ!」
赤の騎士は怒り、青の騎士は笑う。その二人を適度に刺激しながら、最終決戦への向けての動きを確認していく。
「全ての作戦が、最終段階まで進んだら、あとは悠里の番だ。決戦前には、たっぷり地竜の女王様のご機嫌取っといてくれよ?」
「分かってる。実はそれが、この作戦で一番の泣き所なんだけどね」
再び一同が湧きたち、すっかり打ち解けた空気が流れる。
だが、それまで饒舌だった仔竜の動きが、電源が落ちたように、止まった。
一同は不思議そうに、有能な軍師からの献策を待っている。
その目によぎった影に、悠里は思わず叫んでいた。
「献策ありがとう、浩二! まずはこれまでの指示を実行して」
「時間の無駄だ。すぐ済むから、待ってろ」
そこに居たのは、さっきまでの陽気で人好きのするような、仔竜ではなかった。
冷たくすべてを切り捨てる、軍師の顔。
「ここまでやっても、悠里たちには兵力が足りない。最後の一手に、囮の部隊が必要だ」
「囮なら我が騎士団で」
「違う。魔王が絶対に無視できない、打撃力と機動力を有した、独立ユニット。そして可能であれば、魔王城底部の戦車投下口から、単騎で侵攻できる存在だ」
誰もが息を飲んで、仔竜の顔を見る。その顔は冷たく凍って、部屋の奥にいる存在を、睨み据えていた。
「飛行の方法は、手配する。"平和の女神"の勇者、コボルトの、シェート」
ああ、これが軍師という立場の残酷なのか。
これはきっと、俺にはできない。
将軍や勇者はやりとげられても、自分には無理だ。
「"英傑神"、岩倉悠里の軍師、逸見浩二として、お願いする。機動遊撃部隊として、協力してほしい」
そして、シェートは答えた。
「分かった」
もういい、こんなことは、見ていたくない。
あふれ出る気持ちを抑えて、悠里は宣言した。
「みんな、ありがとう。これで最後だ、必ず魔王を倒そう。みんなの力で!」
仲間たちが快哉を上げる、小さな軍師がドワーフの手によって抱き上げられ、人々がほめそやす。
その騒ぎに紛れて、コボルトは姿を消していた。
反抗作戦が始まる。
一人の軍師の大罪を、いけにえにして。