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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
217/256

17、同じ船に乗る者たち

「ひどい姿になっちまったな、青よ」


 赤のプフリアことユーゼイア・プフリアは、同僚のモーニックに笑いかけた。

 モーニックの左腕は無い。端正だった顔の左側には、槍のようなもので付けられた傷跡がある。

 それが『せんしゃ』と呼ばれる、鉄の魔獣によるものだと聞いていた。


「お互い様、と言いたいところだが、貴殿の方は、いささか日焼けした程度か」

「よく言った! その通り、ちっとばかり焦げた程度で、ぴんぴんしとるわ!」


 自慢だった髭は焼けてちぢれたので、さっぱり剃ってしまった。それところか、髪の幾らかは皮膚ごと焼け、禿頭のようになっている。

 ついでに言うと、左足が黒焦げになり指も全部焼け潰れていたが、つま先自体は残っているので、特製の義足でごまかしていた。


「だが、こんな傷よりも、あれの方が胸に来るぞ」

「同感だ」


 自分たちは、崩壊をまぬかれたジェデイロの東門前に立っていた。すでに門扉は焼け落ちて、その向こうに広がる景色が見える。

 ほんの一週間前、ここには壮麗な大都市があった。

 市庁舎の高楼、商取引の声が響き渡る市場、魔法の品を扱う術士たちの塔に、日々を営む市民たちの家々が、並んでいたはずだ。

 だが、それらはすべて、なくなった。

 大小さまざまなすり鉢状の穴は、爆発する砲弾によるもの。そこにあった物も命も、分け隔てなく粉砕していた。

 いくつかの太い柱、石壁だけが、寄る辺なく並んでいる。それはさながら墓標、その間を残された財貨や、愛しい者の遺骸を求めてさまよう、幽鬼のような影が見えるばかり。

 ジェデイロは、完全に死んでいた。


「そう言えば、ミルザーヌ代理は?」

「代理代理と面倒な! いっそのことあれを団長にすればいいだろうが!」

「そうはいかん。団長という称号に込められた歴史の重み、貴殿もわかっているはず」

「その歴史ごと、騎士領本部が吹き飛んだんだぞ!」


 その途端、モーニックは薄い顔を怒りに染めた。


「お、おい、モーニックよ……貴様が、そんな顔をするとは」

「悔しいのだ。こんな時、何も出来ぬ自分が!」

「はは、『千年氷のモーニック』が、沸騰しておるわ! これは珍しい!」

「……貴殿の方はどうした。『ふいごのプフリア』は返上されたか?」

「ふん。貴様も神に言われたのだろう? 『死ぬのは今ではない、生きて部下を導き、勝利の後に死に絶えよ』と」


 最初は、名誉のために死にたかった。

 降ってくる鉄と炎の雨の中、それでも神は言った。『生きろ』と。


「『英傑とは、決してあきらめず、手を止めず、歩みを止めぬ者』」

「『死にて終わらず、終わりて後に死す者なり』」


 互いの口に、笑いが浮かぶ。

 そして、盛大に、声高らかに、笑い合った。


「なるほど、あれこそが英傑の神! あらゆる世界にその神ありと言われる者か!」

「勝つまで死ぬな、勝って死ね、とは手厳しい。我らが奉ずるにふさわしい神だ」


 そして、互いの胸を拳で小突き、行くべき場所を振り返る。

 ジェデイロの南方、打ち捨てられた砦跡に集うべし。それが生き残った者たちに告げられた指示だった。

 ただし、兵士は各地に身を潜め、指揮官のみが行くことを許されていた。


「では、そろそろ行くか?」

「いや、ここでもう一人、落ちあう者がいると聞いている」

「味方か? しかし、エルフの長老殿やドワーフの親方は、すでに到着しておるはず」

「それが……」


 その姿は、日差しの中からおぼろに歩み出てきたように見えた。

 子供ほどの背丈にマント姿、隣には子供を乗せた狼を連れた、一匹のコボルト。

 思わず剣に掛けた手を、素早く制された。


「よせ、プフリア卿」

「……ああ、これが例の、変わり種とやらか」

『赤の騎士団、プフリア卿。青の騎士団、モーニック卿ですね』


 女性の声、もちろん目の前のコボルトでも、薄汚い少女のものでもない。このコボルトを守護するという、女神の声だ。


『我が名はサリア―シェ。我が勇者の案内を、よろしくお願いいたします』

「狩りには猟犬がつきものだが、こんな雑魚を使役する神と共闘とは」


 そんな揶揄など知らぬ風で、隣の子供をあやしながら、コボルトはそっけなく告げた。


「時間、無い。悠里、待ってる。つれてけ」

「この……っ!」

「プフリア卿、この魔物の言う通りだ。我らが神の言葉もある」

「だが、その子供はさすがに連れていけんぞ!」

「やだ! カーヤ、しぇーとといっしょ!」


 その発言に、初めてコボルトは、ひどくげんなりした顔をした。なにをどうしたのか、避難民の子供の面倒を見ているらしい。

 食うためなら、こんなきかん坊の子供を連れ歩くこともあるまい。

 なるほど、変わり種とは本当のようだ。


「道中泣かすなよ。泣き声で魔王軍に嗅ぎつけられてはかなわん」

「カーヤ、泣くな。できるか?」

「うん! カーヤなかない!」


 おかしな協力者とお荷物を増やしながら、同僚が引いてきてくれた馬にまたがる。

 

「その狼、お前と子供を乗せて走れるのか?」

「長いの、無理。途中、俺、走る」

「それでは集合に遅れるだろう! 子供、俺の馬に乗れ!」

「……やだ! おじちゃんこわい!」


 さすがに面倒な、そう思っていると、


「カーヤと言ったか。長い旅をしてきたようだが、実に偉いな」

「しぇーとといっしょ、でも、カーヤ、えらいよ」

「カーヤよ、我の馬に乗ってみぬか? そうすれば、狼を疲れさせることもあるまい」

「……ん。わかった」


 青の騎士はあっという間に子供の同意を得ていた。


「よし。いい子だ。干した果物があるが、食べるか?」

「食べる!」


 どうやら隻腕になろうと、多少顔に傷があろうと、モーニックの女たらしぶりはかわらないらしい。

 ああいうところが、実にいけ好かないのだが。


「ありがとな。お前、子供、好きか?」

「……そのような質問に、答える時ではないな。貴様、名前は」

「シェート」

「では行くぞ、シェート。プフリア卿も遅れるな!」

「勝手に仕切るな! だから貴様のそういうところが、ええい、待てと言うに!」


 文句を言いながらも、片手で、驚くほどの手綱さばきを見せる同僚に、口元を緩める。

 最後になるであろう戦いに、好敵手と轡を並べて進めることを、心ひそかに喜んだ。

 


 その顔を見たとき、シャーナは炎でも吐き掛けてやろうかと思った。

 青い仔竜の体に収まった、人間の魂。今はその違和感がくっきり分かるほどで、あれほど自在だった聲など、見る影もなく消えていた。


「吾が背の隠れ屋に来た、最初の客が貴様とは。見ていて吐き気がするわ、おぞましい混ざり者めが」

「まあ、全部バレてるんだもんな。好きに言ってくれよ、アマトシャーナ女王陛下」

「人共の称号などで呼ぶとは、吾を侮辱するか! この」

「シャーナ! やめるんだ!」


 ユーリはそれでも、目の前の有象無象に親し気に歩み寄った。こんなおぞましい会談を見る羽目になろうとは。


「来てくれたんだね、その……」

「逸見浩二、元勇者のね。浩二でいいよ。なんの力も無くなったけど、魔王のことなら、この世界で一番目ぐらいに知ってる。力になるぜ」

「はっ、なんとまあ、無力を誇らかに語るとは、聲と共に、ドラゴンの矜持さえも消え失せたか」


 例の雌の胸に抱かれた仔竜は、穏やかに笑う。

 あれほどの力を振るいながら、それを失ったことになんの痛痒も感じていない。その意味不明さに、無意識に口が罵言を吐き出していた。


「なるほど。借り物の力で、竜の真似事をし続けたことを恥じたか。所詮は自らの愚かしさを糊塗するしかない、無能なニンゲン。今のその姿こそ、分相応な」

「シャーナ」


 その時、シャーナの鼻が、異常を嗅ぎつけていた。

 これまで何度も、自分のわがままに困惑しながらも、最後には親しみのこもっていたユーリの感情に、こちらに対する強烈な嫌悪と怒りが、煮えたぎっていた。


「わ、吾が、背よ? い、いかがした?」

「猛き大地の基、錬鉄の頂、揺蕩う真紅の鳴動、撃壌せし烈火アマトシャーナよ」


 奉銘を口にし、言葉を荒げ、目の前の宝石はいまや、こちらを敵視せんばかりに、気勢を解き放っていた。


「我が友への侮辱の言、その一切を許さじ。この約定破りし時、我はなれの背にあらず、なれは我がいもにあらずと知れ」

「あ、あっ、お、おお、おおおおおおおおぉぉおおっ!?」


 なぜだ、なぜユーリはここまで怒り狂う。こんな卑小な、混ざり者の命などに、吾らが契りを打ち捨てんとまで言うのだ。

 分からない、分からないが、それでも仕方ない。


「わ、吾が背の……お、おお、お、仰せの、まま、に」

「……うん。お願いだから、今後はこういうことは、無しにしてくれ」

「う……っ! ううううううう~っ! 吾が背のいけず! しれもの! もう知らぬ! うわああああああああん!」


 こういう時は何もかも忘れてふて寝するしかない。そうすれば、吾が背も折れて、閨に慰めに来る。

 それまでは一切、何の頼みも聞いてなどやらぬからな。

 シャーナは本能に従って、この砦の寝床へ、走り込んでいった。



「本当にごめん。身内の失礼は、勇者の恥だ」


 生真面目に謝る悠里に、浩二は笑って首を振った。


「むしろ悠里はよくやってるよ。俺よりも立派だって」

「今は、そういうのはやめとこう。少なくとも、俺と君は対等だと思ってる」

「期待値上げられっと、やりにくいなあ。せいぜい励むとしますか」


 口うるさい赤竜から解放され、ようやく砦の中に入れたが、実際ここは、砦とは名ばかりの残骸だ。

 一応、小さいながらも城壁は存在するが、高さも厚みもジェデイロのそれとは比べ物にならない。

 居館代わりの石の家はあったが、それも屋根が抜けていて、馬小屋代わりに使われているだけ。シャーナが逃げていったのは、小屋の下にある食糧倉庫らしい。


「ところで、他の連中の姿が見えないけど?」

「コスズは郷に帰って、可能な限りの人員を集めてくれてる。グリフとフランは交代で避難民誘導と騎士団の再集結、イフは……下にいる」

「下って、もっと下があるのか?」

「なるほど『抜け道』ですな」


 意外な一言に注目を集め、照れくさそうにアクスルは笑った。


「砦の背後には小高い岩山が連なり、深めの川が、北の壁下に接する形で流れている。おそらくは、砦の地下まで続いた岩盤をくりぬき、石材を砦に使い、空いた空間を抜け道にしたのでは?」

「すごい、よくわかりましたね」

「城とはそういうものだからですよ」

 

 そう言えばアクスルは元々騎士身分だ。城や砦の構造にも詳しいだろう、浩二はここに来るまでに考えていたことを口にした。


「悠里、お願いがあるんだ」

「こっちで聞けることなら」

「アクスルとエルカを、そっちの部隊に入れてほしい」


 二人は表情を動かしたが、それでも意見は口にしなかった。自分を抱きかかえるリィルは、少しだけ緊張している。


「俺と一緒にいても、できるのはこの辺りの警戒だけ。今は人手が足りないんだろ、交代要員も、ろくにいないんじゃないか?」

「……ありがとう。お二人は大丈夫ですか?」

「構わないよ。っていうか、急に頭が回るようになったね、何か悪い物でも食った?」

「私も問題ありません。詰め所があれば、そちらに」


 そのまま二人が去っていき、こちらを抱くリィルの力が心持ち強くなる。聲は聞こえなくても考えていることぐらいは分かった。

 安心させるように手を叩き、それから悠里に問いかける。


「こっちの砦に参謀役は?」

「そういうのは、もっぱらフランにお願いしてる。うちの神様は期待しないでくれ。ほとんどの場合、俺たちに一任だから」

「……その参謀役、俺にやらせてほしい」


 さすがに悠里は頷かなかった。当然だろう、こいつは今や、いくつもの部族や騎士団、傭兵や兵士たちをまとめるトップだ。

 それがぽっと出の、魔物か何か分からないような仔竜に任せるなんて、周りの反発も含めれば、言い出すことさえバカバカしい。


「ごめん、いくら君の頼みでも、いきなりは難しい」

「そうだよな。命を掛けて戦って、抵抗してるのはお前の仲間だ。何の実績もない、聲も使えない仔竜なんて、お呼びじゃないよな」

「俺だけならいいんだ。でも」

「なら、献策させてくれ」


 力がないなら頭を使え、兵家軍師に徹し、冷静にすべてを見渡せ。

 ドラゴンの本質は、聲じゃない。

 その聲を生み出す源、あらゆるものを貪欲に、見つくし、聞きつくし、嗅いで、味わって、触れて覚え、理を感得することだ。

 竜の六識から切り離された今でも、自分には蓄えた知識と、死線を潜り抜けてきた経験がある。


「お前たちの見えないものでも、俺なら見えるかもしれない。損はさせない。勝つために使え、俺の人脈、俺の知識、俺の経験、俺の全てを」

「――奇貨居くべし、か」

「え?」

「分かった。"英傑神"の勇者、岩倉悠里の名において、逸見浩二を勇者連合軍、参謀に命じる」


 一瞬、意味が分からなかった。

 だって、こいつには対面や面目があって、人との意見調整とか、そういうアレが。

 そんな想いを軽々と飛び越えて、悠里は笑顔で片手を差しだした。


「力を貸してくれ、浩二。俺たちに必要なのは、魔王に勝つ知略だ」


 浩二は理解した。自分は勇者だったが、こいつには決して及ばないことを。

 ともすればワンマンになりそうな採決を、自分の勘と信念に基づいて行い、ためらいなく誰かを信頼できる者。

 素直さと傲慢さ、そのないまぜから生まれる心の輝き。

 それを持つ者こそが、本当の英傑ゆうしゃなのだと。

 悔しさと照れくささを乗せて、手を握り返す。


「人たらしって、言われたことないか?」

「……そんなつもりは、ないんだけどな。受けてくれるか?」

「言い出したのは俺だから。うまく使いこなせよ」


 軽口を叩いて笑い合い、意見調整の完了を確かめる。

 これで一歩進んだ。次になすべきことは。


「勇者ユーリ殿! 赤騎士、青騎士両名がお着きになられました! それと――」

「分かりました。全員・・丁重に・・・下の会議室へ案内してください」


 兵士が砦の外にいる者を呼びに行っている間、浩二は小声でささやいた。


「リィル」

「はい」

「頼むから、祈っててくれ。俺が最後まで、うまくできるように」


 そして、あらゆる感情を胸の奥底に押し込めて、やってたものを見た。

 白い狼を引き連れた、コボルトの姿を。

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