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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
213/256

13、魔宴は酣(たけなわ)なりて

 指令室前面のスクリーンに投影された映像は、退屈そのものだった。

 ジェデイロ市の胸壁に据え付けられた、バリスタ群から射出される太矢が、断続的に着弾する。あるいは、爆発呪文を待機処理したミスリルの断片が、魔力によって誘導爆撃された。

 その全てが、無意味だ。

 城の外殻部分で機能している施設は存在せず、司令部を置いていた館も、すでに放棄済み。防御用の魔術障壁を展開する必要さえない。


「さて、十分経ったか」


 手元の懐中時計を閉じると、画面左隅に強調処理された赤い巨竜の飛行姿を見る。距離にしてあと約八キロ、ここに到着するのは、早くて五分後だろう。

 ああ、なんてつまらない連中だ。

 その程度の手しか、用意できないとは。


「いや、これは連中に失礼だな。凡庸な勇者に凡庸な仲間、凡庸な協力者で仕上げたにしては、まだましな方だ」


 一応、空飛ぶ敵を相手にし、迎撃する姿勢を取ったのは立派だ。騎士たちを防御障壁の奥に隠し、土嚢や防塁を置いて、侵攻に備えている。

 おそらくは竜洞の連中が助言したのだろうが、献策が中途半端にしか採用されていないのが見え見えだ。


「つまりそこが、貴様らの限界でもある。折角の切り札も、まともに確保できなかったことを、後に嘆くだろう」


 最大のジョーカーが、機能を停止したことは聞いている。

 敵の無能さで勝負が決まるのは不本意だが、これは戦争だ。趣味は脇に置いて、敵を撃滅することを優先しよう。


「『Wの悲嘆』作戦も大詰めだ。各員の奮起を期待する」


 静観していたオペレーターたちが一斉に動き出し、室内が活気づく。すべてに満足すると、魔王は令を下した。


「砲撃戦用意! 『ケーニヒスベルク』、起動せよ!」


 司令部を揺るがす振動が、床下から伝わる。

 前面のモニターが六つにブロック分けされ、それは映し出された。

 長大な金属の骨組みで造られた、橋のような構造体。その枠組みの中には、太く重厚な柱に、金属の太い線を巻き付けたものが収まっている。

 その周囲には作業着を付けたゴブリンたちが群がり、合図を担当する者が、それぞれ旗を上げていく。


「一号機『ハーバー』、通電開始!」

「二号機『アイアン』、通電開始!」

「三号機『ビスカヤ』、通電開始!」

「四号機『フォース』、通電開始!」

「五号機『ミヨー』 、通電開始!」

「六号機『ゴールデンゲート』、通電開始!」


 オペレーターの申告と共に、六つの画面の向こうが青白く輝きだす。褪せた色をしていた二本の金属柱が、周囲に電光を撒き散らしつつ発熱の色合いへと変化していく。

 それらの前方には、空に向けて開かれた開口部と、暗闇に浮かび上がるジェデイロ市の胸壁があった。


「攻城戦用破砕弾頭、各機、砲弾供給チャンバーに装填!」


 電光を放つ橋の入り口に、巨大な箱型が接続される。その機構を操作していたゴブリンたちも退避し、青白く染まる六つの空間に向けて、魔王は命令を下した。


「全機、絶縁解除――撃て!」


 そして、閃光と衝撃が、魔王城を揺さぶった。

 画面が一瞬ホワイトアウトし、即座に調光されて室内の光量が元に戻ったとき、画面の向こうの光景は、変わり果てていた。

 高さ十メートル超、厚さ三メートル強、この星の文明レベルでは最高峰の防御性能を持つ胸壁に、六つの虫食い跡のような痕跡が刻まれている。

 もちろん、その上に乗っていたバリスタなどは跡形もない。三十基あった攻城兵器は全滅していた。

 だが、その成果を見ても、誰一人感動を示すものはいなかった。


「観測班より入電。直撃弾が二、至近弾が四、敵、対空防衛バリスタ、全機沈黙を確認。誘導管制に従い、効力射を開始されたし」


 それは新たに画面へ割り込んだ、別の視界からもたらされた情報。高度二千メートル上空に待機させた、十騎の砲撃観測班が、連中に気づかれることもなく観測を続ける。

 巨大な質量をもつ城塞を眼前にぶら下げられ、それに注視しない者はいない。その上、夜空に舞う、高高度に存在する飛翔体を想定する人間などいないだろう。

 少なくとも『この世界の人間』には。


『さて、勇者軍の諸君、すでに十分が過ぎた。つまり、俺のターンになった、というわけだ。宣言し忘れていて申し訳ないが、勝手に始めさせてもらったぞ』


 再びのオープンチャンネルだが、答える者はない。それはそうだろう、そんなことをしている場合ではなく、なんとか被害を押さえ、反撃しなくてはならないからだ。

 そんな時にこそ、こちらが心身ともに攻め立てる。


『諸君らは『近代戦』という言葉をご存じか? おそらくは、我らが"英傑神"の勇者から伝え聞いたものがせいぜいだろう。だがそれは、聞きかじりの座学。学問とは本来、耳ではなく実地で学ぶもの』


 座席に体を預け、ゆったりと呼吸する。地上に這いずる蛆虫を睥睨し、頭上を飛び回る蠅の羽音など、意にも介さぬという風情で。


『この"魔王"が、近代戦の基礎を、諸君に教育して差し上げよう』


 画面の向こう側で、六基の『レールガン』が再充電され、新たな砲弾が装填される。

 その全てに満足し、"魔王"は告げた。


『頼むから、話の途中でくたばってくれるなよ、虫共』



 再び、魔王城の砲台が、砲声を吐き散らした。その弾頭を目で追うこともできず、悠里の目の前でジェデイロの胸壁が再び爆炎に染まる。

 地面に近い部分の石を残して、北面の護りは完全に粉砕されていた。

 余波を喰らって、騎士たちの陣地の後方も、焼け落ちてしまっている。

 その光景に悲鳴を上げたのは、後ろに乗っていたイフだった。


「あ、ありえ、ない! な、なんですか、あ、あれ!? サンジャージ師匠と、わ、わたしの、三重、結界が! ぼろ布、みたいに……」

「ありゃ何の魔法じゃ!? 魔法でさえないのか!?」

『取込み中の所失礼するよ。私は"竜洞"のヴィト、手短に現状を解説させていただきたいが、よろしいかな?』


 やけに平然とした声は、完全に危機感が抜け落ちている。それでも、悠里はその先を促した。


「あの攻撃はなんなんだ!? あんな威力をどうやって!」

『あれは『レールガン』だよ。"魔王"はね、この世界の魔法と、地球の科学技術をハイブリッドさせ、実用化したレールガンを兵器として運用しているのさ』

「れ……っ!?」


 レールガン、SFアニメでよく耳にする兵器。電磁気を利用して弾体を加速させるもので、地球では、二十一世紀初頭を越えても、実用化がなされていなかった。

 それが、こんな異世界で見ることになるなんて。


「ど、どうしたユーリ!? れーる、なんとかとは、なにかまずいのか!?」

「あれをまともに喰らったら、骨も残らない。魔法障壁があっても防ぐのは無理だ」

『今はその認識でいいでしょう。火薬を必要としない無限に近い加速性能や、燃料噴射のない、探知不可能性にも着目してほしかったんだが』


 三度、レールガンが火を吹く。今度は町の奥と、騎士たちの陣地が攻撃されていく。

 着弾した都市部に火の手が上がり、騎士の陣屋で炎と泥土が破裂した。


『近代戦における拠点攻略は、航空戦力による陣地への爆撃を端緒とする。この城は要塞にして戦闘空母、なにより爆撃機としての機能を果たすよう、設計させたものだ』


 空間に響き渡る、悠々とした魔王の語り。

 その間にも、街に砲火が上がって、見知った街並みが砕け散っていく。


「シャーナ! 急いでくれ! このままじゃ皆が!」

「分かっておるが、こんなかさばるものを持って、自由に飛ぶなど、吾でも――」

『気を付けてくれ勇者殿。どうやら拠点防衛の航空兵器がお出ましだ』


 ヴィトの声に前方を見れば、二十近い翼をもつ魔物が、こちらに迫っていた。

 一応それ用の備えはしてある。魔法を込めた杖やコスズの弓、イフの魔法による防御。

 だが、そんな想定を、敵は軽々と超えてきた。


「なんじゃ、あの妙な箱は!?」


 それは騎兵を乗せたグリフォンの、両脇腹に着いた四角い箱。その前面に空いた丸い穴を見て、悠里は絶望に息を飲んだ。


「ミサイル――っ!?」

『【ワークスO2】ブレイク! ダミー射出!』


 その途端、頭を殴られたような衝撃と共に、シャーナの体が横滑りに回転。同時に中空へ赤い輝きが振りまかれる。

 それは赤いドラゴンと同じ姿となり、すべての攻撃がそこに集中した。


「うわああああっ!?」


 爆圧が魔法障壁を貫いて腹を痺れさせ、仲間たちが悲鳴を上げる声がこだまする。

 回避行動を取ったシャーナが、虚空へ怒りと悲鳴が混じった絶叫を上げた。


「わ、吾に妙な曲芸をさせるな! あのバカ仔竜でもあるまいに!」

『見よう見まねながら、上出来でしたよ。さすがは地竜の女王、ですが……』


 飛行魔の数が増えていく。両脇に金属の箱を携えたグリフォンに、腹の下に明らかに機関銃としか思えない物体を下げたワイバーン。


『死にたくなければ、回避行動とダミーを忘れないように。もちろん、このまま逃げ帰ってもよろしいですがね』

「吾を誰だと思っておる! イフ、コスズ、貴様らは吾が背を守れ! 人の魔法など、この空では何の役にも立たぬ!」


 そう叫ぶや否や、シャーナの体が急速に上昇する。ドラゴンの聲にあおられた魔族たちがふらつき、その隙を狙って、まっしぐらに魔王城へと飛んだ。



 焼け落ちていく市街を背に、騎士たちはそれでも隊伍を組んで、整列していた。

 魔王の言葉は半分も分からなかったが、確実なこともある。あの岩塊中腹が光り輝くたび、世界が焼かれていくという絶望だ。


「勇敢なる騎士諸君、および志願した魔術師諸君! 端的に言おう!」


 居並んだ将兵の先頭に立ち、『青のモーニック卿』は成すべきことを叫んだ。


「これより我らは、魔王城へ攻撃を行う魔術師隊を、魔王城足下に送り届ける! つまりは囮だ! そして魔術師諸君、君らもまた、決死の攻撃をお願いしたい!」


 断続的な攻撃によって、こちらの陣地は完全に引きちぎられ、防衛網の態を成していない。であれば、自分たちが肉の壁となり、囮となって、遠距離攻撃の当たらないと思しき範囲へ、魔術師たちを送り届ける。

 それがモーニックと『赤のプフリア卿』、そして魔術師を統括していたサンジャージ師との協議の結果だった。


「現在、エルフとドワーフの混合軍は、街中に取り残された市民を救援、予備兵力と共に脱出を試みている! この作戦は、卑劣な魔王の一撃が、無辜の民に向けられぬようにする意味もある!」


 そして、魔王城の空で閃く、赤い爆炎の華を避けて飛ぶ竜の姿を見つめた。


「我らが勇者、ユーリ殿は、魔王城への侵入作戦を決行中だ! あの方の負担を少しでも減らすため、我らは命を捧げねばならん!」


 剣を掲げ、号令する。


「行け、駆けよ、一人でも多く魔王の牙城へと喰らい付け! 我らが勇者に勝利を!」


 馬に拍車を掛け、戦旗をひらめかせながらモーニックは駆けた。その後に続くのは、二千基余りの騎兵と荷馬車に載せられた魔術師たち、それに偽装した騎士たちだ。

 一騎でも、一人でも前線へ。

 祈るような気持ちで、いや祈りを込めて、突き進む。

 そんな彼らをあざ笑うように、魔王の声が降り注いだ。


『さて、航空爆撃によって敵の要所を破壊、拠点の抵抗力を漸減せしめた後は、地上からの遠距離砲撃へ移行する』


 目の前で、魔王城の底が抜けていく。尖った先端部分が剥落し、ちょうど丸鍋の底が抜けたような形状が現れた。

 そこから、何かが舞い落ちてくる。

 それは天幕で作った、鈴なりの花のようなもの。その下に、黒ずんだ巨大な箱型の塊が結び付けられ、土ぼこりを上げながら、次々と着地した。


「……き、貴殿ら!? 誰が止まっていいと言った!? 進め、進まねば勇者が!」


 だが、その異様な箱型は数を増やし、数えるだけで三十近くに膨れ上がっていた。おそらくは馬に乗った自分たちと同じ高さで、幅は三騎分ほどもある。

 何より異様なのは、箱型の前面に、ひょろりと伸びた筒のようなものだった。

 槍でもなく、剣でもないもの。それでも塊たちは、筒をこちらに向けだ。


「に……逃げよ!」


 理由は分からなかったが、モーニックは絶叫していた。そして轡を返し、全力でその場を逃れようとした。

 その判断が、命運を分けた。

 耳をつんざく轟音と、炸裂する大地。最前まで自分がいた場所に、黒々と空いたすり鉢状の穴。

 そして、立て続けに響く地鳴りと爆発が、騎士たちを喰らい始めた。


「だ、駄目だ! あの塊の前に立つな! 筒先に居れば殺される! 逃げろ!」


 その叫びは届かない。耳をつんざく騒音と共に、バラバラに引き裂かれた鎧兜と血肉が宙に舞い、無防備な魔術師たちが悲鳴も上げずに肉塊と化した。


『どうかな、騎士諸君。我が魔王軍が擁する『戦場の女神』の洗礼、堪能していただけたかな?』


 優雅な会釈さえ見えるかのような、魔王の悪辣な声音。モーニックは歯を食いしばり、生き残った者たちへ、必死に檄を飛ばす。


「あれから遠ざかれ! あの魔法を生む塊から――」

『戦車隊、前進』


 大地を噛みしめるようにして、唸りを上げた塊が前進を開始する。ゆっくりと、しかし確実に速度を増して。

 明らかに、何かの金属を使った巨大なそれは、馬のない馬車に似ていた。


『本来なら、砲兵隊による榴弾砲や迫撃砲を馳走したかったのだが、俺の軍隊は今や寡兵でな。歩兵戦闘車による砲撃とあいなった。略式の非礼を、許されよ』


「く、くそ! もっと早く! 早く!」


 馬に鞭を入れ、拍車を掛ける。それでも追いすがってくる鉄の『車』。その底の部分についている物体に視線が吸い寄せられる。

 それは鋭く伸びた無数の棘であり、馬防柵と同じ意味を持つと気付いた時、モーニックの脳は恐怖に支配されていた。

 馬よりも早く動く、馬殺しの棘。その上、少しでも距離を取ればあの筒から吐き出された火焔で、粉々に砕かれる。


「や、やめろ、来るな! や、やめ――」


 突然、世界が沈み視界が斜めに落ちていく。腰の下で、肉を引き裂かれた愛馬が悲鳴を上げ、末期の絶叫と共に体をわななかせた。

 弾き飛ばされ、舞いあがる体。その下には、列を成して突き進む黒い塊たち。

 いったい、これは、なんなんだ。

 その疑問を解消することもできず、青の騎士は、黒い波にのまれ、消えた。



 いっそのこと、こんな船の出来損ないなど放り捨ててやろうか。

 歯を食いしばり、敵の攻撃をかわしながら、シャーナはぼやいた。だが、自分の顎のすぐ下に大切なものがある。

 必死に船端に捕まりながら、それでも前を見るユーリの姿。


『【ファイヤーワークス02】、こうなれば強行着陸エアボーンに移行しよう。君の聲もだいぶ疲れが出ている』

「その綽名は止めいというに! そも、吾が聲に疲れなど――」


 言いかけ、敵の攻撃をかわすのに集中する振りをする。己の体を、熱と光の線がよぎって、鱗に細かい焦げ跡を残した。

 妙なドラゴンに弱みを見せたくはないが、体に負担がかかっているのは事実だ。ワイバーンのたちが浴びせてくる鉄の塊を受けて、鱗の守りがだいぶ弱まってしまった。

 しかも、あの『みさいる』とかいう武器は、回転しながら分身を撒くまでしないとかわす事ができない。吾はともかく、ユーリに当たれば無事では済まない。


「で、そのえあぼーんとは?」

『魔王城上部、館付近に急降下、着陸するんだ。そうすれば』

「後は言わずともよい!」


 幸い、ワイバーンもグリフォンも、こちらの飛翔速度と高度には付いてこれていない。

 ゴブリンの乗り手に、妙な武器を持たされているのだから当然だが。


「皆、振り落とされるな! 一気にあの城へ行く!」


 鼻面を空に向け、一息で加速。その速度を生んだ聲の使い方は、あの仔竜のものを真似したものだ。それでも、あれほどに早く飛ぶことはできなかった。


(考えるな! あれはもう死んだも同然よ! 人と竜種の融合だと!? おそましい!)


 みるみる引きはがされた敵影を足下に見て、急降下の姿勢を取る。心持ち船に掛ける守りの聲を強め、シャーナは吼えた。


「行くぞ、あの石くれに吶喊せん!」


 大気を割って、赤い姿が降下する。肌に感じる大気が凍るように冷たく、視界に霜が降りていく。白くかすんだ視界の向こう、緑成す庭園の草地から、何かがせり上がった。

 それは長い旗竿のような形の、長大な鉄の塊。

 その先端から、無数の火花が弾けた。


『対空防衛用の高射砲!? どれだけ周到なんだ!?』


 目をつぶり、肺が破れるほどの聲を、守りと飛翔に回す。破裂音が叩きつけられ、守りの甘かった船の胴体が砕け散った。


「ユ……ーリっ!」

『作戦中止! 敵制空権より離脱せよ!』


 こちらの右手が砕け、気絶した悠里の顔にも、彼自身の血がほとばしっていた。意識のあるものが少年に近づき、必死に呼びかけている。

 何と不甲斐ないことか、吾が付いていながら。

 追いすがる連中を引きはがし、シャーナは魔王の城に背を向けて飛んだ。


「後悔させてやろうぞ、吾と吾が背を、傷つけたことを!」


 その言葉を聞いていたかのように、魔王の声が大気に満ちわたった。



「さて諸君、ここで大変残念なお知らせがある」

 

 別に残念でも何でもない知らせを、芝居っけたっぷりに語る。これこそが"魔王"らしい振る舞い。世界を蹂躙し、人心を荒廃させ、希望を摘む者のムーブだ。


「先ほど、諸君らの頼みにしていた勇者殿が、我が航空部隊に撃退され、墜落された。生存は絶望的。『なんてことだ、もう助からないぞ』とでも、言ってやればいいかな?」

 

 実のところは、制空権から離脱し、北の山中に消えたようだ。すぐに手も追っ手を仕掛けたいが、今はそれどころではない。


「さて、諸君らはこう思っているかもしれん。ここにいる勢力は確かに撃退された。だが魔王に対抗しうる唯一無二の切り札は、まだ残っていると」


 そうだ、これは嘘偽りない所信表明。連中だけは絶対に、この楽しい戦争に参加させるわけにはいかない。


「ここよりはるか南方、竜たちの住む峰、そこに住むドラゴンの援軍が、まだ残っているだろう、とな」


 実のところ、魔王城周辺の航空部隊は、先ほどの戦闘で半数近くが溶けた。

 地竜の女王アマトシャーナの力は、急ごしらえの部隊では対処できない。できればジェット戦闘機で追い回し、どこぞの電波塔にでも縫い留めてやりたかったが、まあ、いいだろう。


「だが、貴様らは気づいていたか? 地竜の女王の招集に応じない連中の腰の重さ、その理由を」


 魔王は片手をあげ、オペレーターたちに指示を送る。これから始まる、最高のショーの準備を行わせるために。


「俺は"繰魔将"に命じた。命に代えても、成し遂げるべき作戦を。竜の巣より、卵を盗み出せと。それさえ終われば、お前は『用済み』だと。その理由が、分かるか?」


 すでに、戦場でまともに立っている者はいない。戦車は粛々と大地を進み、生き残った者を搭載した機関銃でなぎ倒している。虚しい光景、つまらぬ場面だ。

 だが、これから起こる一大スペクタクルの前振りと思えば、問題ない。


「尊大で傲慢でありながら、自らの財宝を奪われることを極度に恐れる。そんな竜種が、特に盗まれることを嫌う宝が、自分たちの『卵』だ。その盗難こそ、竜種の貪欲と恐怖、決して巣穴から離れたくないという本能を、最高に刺激する!」


 指令室前面のモニターは、一か所の情景を映していた。先ほど赤き巨竜が突撃し、撃退された草原。自分の居館があった後ろにある、鋼鉄のハッチに変化が起こる。


「城上面、主砲ハッチ解放!」 

「進路クリア、砲塔上昇!」


 報告と同時に、ハッチが開き、下から何かがせり上がる。

 それは高射砲をはるかにしのぐ、巨大な円筒形の装置。形状は城中腹に設置されたレールガンに酷似していたが、長さも大きさも倍以上はあった。


「七号機、戦域殲滅用レールガン"ロンドンブリッジ"リフトアップ!」


 それはそそり立つ巨大な鋼鉄の支柱。見せかけだけ、こけおどしの尖塔の代わりに生み出された、命を狩るための巨大な魔杖だ。

 他の六基と違い、スタッフも倍以上、発射機構の管制にも細心の注意を要する。

 だが、その威力と効能は、比べ物にならない。


「発電用魔術士官、雷撃注入開始!」


 本来なら巨大な発電機を必要とするところを、魔術師の魔力で補い、直接電力を抽出することで機能させる。

 まさか、あの仔竜が同じ機構を再現しているとは思わなかった。

 万が一、この戦いに『フィアクゥル』が参加していたなら、魔王軍は確実に敗北していた・・・・・・・・・だろう。

 奴が健在だったなら、この城の仕掛けトリックは、すべて無効化されていた。

 すべては、人の善性を信じた、愚かな勇者の、愚行の結果だ。


「戦域殲滅弾頭『トキジク』、供給チャンバーに装填!」


 宣言を受けて、皆が遮光グラスを掛ける。儀礼的なものだが、こういう振る舞いをするのも、魔王のたしなみだ。


「魔王様」

「ああ」


 目の前のテーブルが開き、そこから独特な形の機械が現れる。銃器の握りの部分と、照準器を合わせたような代物。

 それを両手で握り、魔王はトリガーを引いた。


「主砲"ロンドンブリッジ"――発射!」


 それは背中を駆け上るような振動。

 城内の照明が暗くなり、すぐに回復する。

 屹立した巨大レールガンは白煙を立ち昇らせ、そのはるか上空に光点が流れていく。


「"天に輝く、かぐわしき、時知らずの木の実よ"」


 画像が観測班のからのものに切り替わり、夜空を駆ける光が、竜たちの住む柱のような弧峰へと突き進む。


「"その恵みの一滴ひとしずく、今こそ大地にしろしめさん"」


 言葉の結びと共に、光が、はじけた。



 その日、ジェデイロに集った誰もが、それを見た。

 ケデナ大陸南方、大森林と大山脈の向こう側、世界の果てと呼ばれる大地に突き立つ、竜のたちの故郷が。

 太陽の如き輝きと共に、蒸発していくのを。

 その跡地に、不吉と絶望を刻みつけたような、異様な形の雲が立ち昇る姿を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっとこの魔王、神去りの地に毒されすぎであるw [気になる点] その1:確か神々と魔族の争いの発端って、資源の奪い合いだったと思うけど一体、どんな詐術でここまでのリソース、用意したんだろ…
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