10、決戦前夜(前編)
その日も、ジェデイロ市はとんでもない混雑の中にあった。
東西南北の道を、列を成してやってくる荷馬車の群れ、それを護衛する者たち、あるいは戦力として集う騎馬兵。
種族も人間ばかりではなく、エルフやドワーフを中心とした異種族が見えて、その密度は都市自体の許容範囲を越えつつあった。
「物資を運んできたものは、西の胸壁前へ移動してくれ! 赤い旗の下にいる役人から、取引の許可証と引き換えに、取引会場への入場が許可されるぞ!」
ジェデイロの胸壁、北面の大路に立ち、フランバールは人々の交通を整理をするべく、声を張り上げていた。そんな彼女の周りに手伝いの騎士たちが駆け寄る。
「プフリア卿と、モーニック卿が到着されました! これで、騎士団領の主力はすべて出そろったことになりますね!」
「隊長と副隊長以外は、外の天幕で寝泊まりしてもらうことになる。さすがに、全員分の部屋は用意できぬからな。その代わり宴席では上物が振る舞われると伝えておいてくれ」
「了解しました。連中、喜びますよ」
去っていく騎士たちを見送りつつ、フランバールは北門前にひるがえる無数の軍旗に、胸を熱くしていた。
赤と青の騎士団が反目し、崩壊寸前だったことなど、まるで嘘のようだ。道を守るように両脇に陣を構え、対面した騎士たちが和やかに笑い合っている。
「フラン! こっちはどうなってる?」
「ユーリ殿、陣回りご苦労様。こちらは問題ありません。当初の予定よりも、少しばかり兵数が膨れ上がってしまいましたが」
「すごいな、総数は?」
「五万六千、敵数にもよるが、予備兵を一万は取っておけます。頼もしいことですよ」
だが、ユーリの顔は、こちらの言葉に明るいものを見ていない様子だった。そのまま別のものに整理を任せ、城壁の影に連れていく。
「何か懸念が?」
「竜洞の情報提供で、もしかすると今回の戦いは、近代戦になるかもしれないって」
「近代、戦? 申し訳ない、それも勇者の世界の言葉で?」
「簡単に言えば、騎士や戦士が、使われなくなった世界の戦いだ」
騎士や戦士が必要ないとはどういう意味だろう。戦う者がいないのに、戦いなどが成立するのだろうか。
「つまり、ユーリ殿の世界では、民兵が中心になる? あるいは、噂に聞いた"知見者"の軍のような、魔法兵中心の運用と?」
「少なくとも、魔王の城へ攻め上るには、近代戦に対抗できる方法が必要だ」
「まさか、騎士団の者らに、用済みだから帰れとは、申されませんよね?」
青年は悩み、言葉を選ぼうとしていたが、諦めて結論を口にした。
「騎士団は敵の迎撃を中心に拠点防衛、街や人々を守ってもらうことにする。ただ、魔王軍の侵攻が開始されるまで、兵士たちには伏せるように、言われた」
「あの竜洞を名乗る、ドラゴンたちの献策ですか……いささか、不安ですね」
「ごめん。でも、俺も従った方がいと思う」
「それも近代戦とやらですか。ですが、むしろ守るための戦いを成すのが、我らの本懐」
フランバールは笑い、彼の肩を叩いた。この若い双肩に、世界の命運がかかっているのだ。せめて自分たちぐらいは、心置きなく使える道具に徹するべきだろう。
「そも、相手は空飛ぶ魔城。徒歩の我らが、戦場の中心にならぬのは当然のこと。我らは貴方の剣です。存分に使いこなしてください」
「ありがとう、フラン」
そのままユーリは東門の方へ歩み去っていく。あちらは岩人や鉱山関係者たちが数多く詰めているところだ。
あちらに配属された騎士たちも手を焼いているらしいが、彼の存在が助けになるかどうか。
しかし、近代戦とはどういう意味なのだろう。なにより、それを語る顔に浮かんだ表情の意味は。
「待て待て! 市内への無断立ち入りは禁止だ! 商人なら西門、志願兵なら南に回ってくれ!」
そんな懸念を心に押し込め、彼女はひたすらに、自分の仕事に没頭した。
「勇者悠里に、乾杯っ! 我らが山の頂に、勇者の剣の輝きは照り映えん!」
そのだみ声を聞いて、コスズはどっとため息を吐いた。
ここは南門の中央付近だというのに、ドワーフのやかましい声がはっきりと聞こえる。
領土問題が一段落ついたとはいえ、やはり連中のがさつさは耐えられない。自分はまだエルカについて世界を回っていたが、森から出たばかりの若い連中などは。
「また叫んでるぞ、ドワーフうるさー!」
「ちょっと見たけど、すごいよな、毛むくじゃらでごつごつだ」
「岩だ岩、しかも酒臭い岩だ!」
無駄な心配だった。自分よりも歳若の連中だけでなく、刺激の少ない森に棲んでいたエルフたちは、好奇心を刺激されて不満どころではない。
ここに来てから興奮しっぱなしで、羽目を外すなと命令することが多くなった。
「お前たち。何を油を売っておるのじゃ。石弓部隊と弩砲の整備は終わったのか?」
「うわ、次期お母様!」
「すみません、今行きます!」
駆け去っていく明るい顔を見て、コスズも笑う。
森閑とした木々の奥、森を駆け抜ける時以外はひたすら、儀式と聲を詠じるだけの日々は、娯楽などほとんどない。
その閉鎖的な世界も、既に開かれつつあった。
未だに森の奥から出てこようとしない他の大母や、長老連の問題もあるが、種として行き詰っていた我らに、新たな道が示されたのだ。
「志願兵は南門西側に集合せよ! 集団の戦が苦手なものは東側の遊撃兵! 名前か自分を示すものを係に告げるのじゃ! もたもたするなよ!」
続々とやってくるのは、騎士以外の戦力。傭兵団や狩人、あるいは村の自警団など。予備兵力に回されるか、市内の護衛になるかは分からないが、こちらも貴重な戦力だ。
「うぅ、お、おつかれ、さま。コスズー」
「おおユーリ、大丈夫か……って酒くさっ!?」
「の、飲んでないよ、なんとか。でも、思いきり体に掛けられて……うぐぅ」
コスズは喉を軽く膨らませ、舌と頬袋を使って韻律を唱える。聲に従って腰の革袋から水がほとばしり、ユーリのべたついた体を洗い流し、湿り気を取り去った。
「ありがと。屋敷に戻る羽目になるかと思った」
「酒浸りの岩人どもめ。儂のユーリを、焼き入れ前の剣か何かと勘違いしておるのか」
「さすがに、それは誤解だよ。ウングドウッサ匠頭に言ったら、ものすごい勢いで怒鳴られるぞ?」
「分かっておるわ。こと鉄いじりに関しては、連中酒を抜いて構えるようだしの」
実のところ、長い間没交渉であったドワーフは、世間にその生活を知られることがなかった。物好きな人間やエルフも、連中の集落に入ったまま出てこようとしない。
それは金属の精錬や鍛造の技術を秘匿するため、ということらしいが、閉鎖性といえばエルフと変わりはなかった。
それを、どううまくやってのけたのか、取りまとめたのがユーリだった。しかも、腰に下げた『カタナ』も、連中に造らせてしまった。
「……儂は思うのじゃが」
「なに?」
「ユーリは、すごい男じゃ。むしろ、すごい男じゃから、勇者などやれるのだろう」
「別に、俺は」
「儂らの仲に謙遜は無し。約束をもう忘れたか?」
この青年は、自分の行動を過小評価しすぎる。人品は元より、武術の腕、戦いに対する心構え、どれをとっても、どんな種族でも類を見ない逸材だ。
いや、こんな言い方はあのトカゲ女に任せればよい。
「ユーリよ」
「うん」
「もしも儂が、お主と共に――」
「おお、吾が背よ!」
こちらの都合など顧みず、ずかずかと近づいてくるでかい影。そいつから距離を取りつつ、小柄なローブがやってくる。
「やはりここか。ん、ちと酒臭いな。またぞろ無礼な岩共か。よし、戦の景気づけに吾が燃え散らして」
「何か伝令!? イフも一緒なら、魔法関係かな!」
「は、はい! 町の、結界、障壁を、更新したので。あと、石弓と、弩砲の、付術を、確認、お、お願いします!」
あっという間に、二人はユーリの両脇を挟んで、西門へと引きずっていく。隠しもしない、あからさまな恋のさや当ては、あの勇者を知る者の間では有名な情景だ。
「ご、ごめん! さっき言いかけたこと!」
「なんでもない! お主は自分の仕事に専念しろ!」
「あ、後で聞くから! それじゃ!」
勇者たちが去り、コスズは小さくため息を吐く。
異形の者たちだからこそ、世の中に居場所がないからこそ、勇者という身分も実績も気にすることなく、積極的になれるのだろうか。
だとすれば、私は。
「……くだらぬ気の迷いじゃ」
コスズは振り返らなかった。
胸に秘めた、小さな棘のような思いも。
「こ、これが、新開発の、魔法障壁、で、ですっ。これは、『レギス』、つまり、待機呪文の応用で、三層の、じゅ、じゅつしき、を」
のどがカラカラだ。喋るのは苦手だ。でも、目の前にユーリさんがいる。
がんばりたい、がんばらないと。
「イフ殿、魔力の充填に関しては、どのようにすれば」
「そ、それは、集積、ほ、宝珠を利用した『結節点』から、で、伝達式文で――」
なんとか、外部から来た魔法使いには説明し終わった。ここには毎日、ひっきりなしにいろんな人が来る。そのたびに、心臓がどきどきして、うまく喋れなくなる。
それでも、それでもがんばれる。
「おつかれさま、ご飯は食べた?」
「は、はひ! ひ、あ、た、たべ、たべまひた!」
まだ仕事は終わっていない。残りの北面に同じ障壁を仕掛けないとならない。陣地守護の術と一緒に制作する予定だったけど、騎士たちの数が分からなかったから後回しになっていたのだ。
そんな私に薄く笑いながら、巨竜はユーリさんに抱き着きながら告げた。
「であれば、吾と背は昼餉としよう。貴様は仕事に」
「ま、まだ、ですっ! 朝、食べた後、食べてません!」
「そういうことなら、あっちで食べようか」
それから私たちは、資材置き場近くの休憩場所で、お昼を食べることになった。はっきり言って、シャーナは苦手だけど、それでも隣にユーリさんが居るなら気にならない。
「しかし、人共はマメなものよ。魔術魔法を防ぐのに、斯様な手間をかけるとは」
「……ド、ドラゴンの、聲は、特別、です。エルフや精霊とも、違います、から」
「さもありなん。この世に、吾らを凌ぐ力など――」
いつもなら、こちらの『おべっか』に機嫌をよくする竜が、今日は違っていた。見かけのごまかしが薄れ、本来の姿が表出していく。
「ユーリよ、吾は巣に戻る。集合の日取りを、改めて申し伝えてくる故」
「大丈夫? 今から竜の峰まで行ったら、帰りは」
「案ずるな。瞬く間に帰参してくれよう。造作もない」
そのまま、巨大な竜の姿に変わると、空を突き抜けるような轟音とともに、赤い巨体が飛び去って行った。
私の『目』でもようやく捉えられるほどの、ドラゴンだけが可能にする飛翔は、実像が『音』を追い越していた。
「……やっぱり、敵わない、です。ドラゴンは、違いすぎる」
「でも、イフにできてシャーナにできないこともあるよ」
「な、なにか、ありますか?」
「この障壁を組み立てたのは、イフだろ?」
確かに、あのドラゴンにはこんな細かい作業はできないだろう。だが、ドラゴンの聲を打ち破れる力など、この世の中にはない。彼女の言う通り、ちまちました人の魔法など、比べることもおこがましい。
でも、彼は私の長所だと、言ってくれた。
「俺も行くよ。これから、魔王城攻略に参加する人たちの、代表者会議があるんだ」
「……あの」
「なに?」
「散歩、夜の」
このところ、ずっと忙しくてできていなかったことを、切り出す。少し前は、何かと時間を見つけられたけど、魔将討伐の後は、ずっとご無沙汰だった。
「そうだね。久しぶりに……今晩とか、どうかな」
「は、はいっ!」
「それじゃ」
約束を取り付けて、イフは立ち上がる。
お昼も食べた、夜の楽しみもある、これで元気にならない方がおかしい。
「き、北側の、作業に、移ります! き、騎士の皆さん、の、陣地を守ります!」
もっとがんばろう、そしてユーリさんの力になるんだ。
手に魔法の道具を両手に抱え、イフは騎士たちが群れ集まる場所へと向かった。
ジェデイロ市庁舎の会議室に悠里がついた時、すでに代表者たちが席に着いていた。
立ち上がり、それぞれの礼を取る人々へ、片手を上げて姿勢を崩すように勧める。
こういう振る舞いは慣れていなかったが、シアルカの指導で、なんとかとちらずに済んでいた。
「さっきは若いのが悪かったな。ユーリよ」
席に着き、腕組みしながら鼻息を漏らすドワーフ。ケデナのドワーフの代表であり、鍛冶師連合の長でもあるウングドウッサ匠頭は、その黄色い目にわずかな険を含んでいた。
「とはいえ、酒も肉もない会議には、正直気乗りがせん。さっさと決めてさっさと宴に移ろうではないか」
「岩人の長よ。汝は騒動と会議を、取り違えておられるようですね。静謐と沈思こそ、英知を導くに必要だと心得ませ」
あえて、その向かいに座ったのは、枯れ木のような銀髪のエルフ。それが大森林を治める『大母』の一人であり、コスズの母でもある、ミー・ヒーリー。
エルフとドワーフの和合に尽力した二人であり、出会えば角を突き合わせる、犬猿の仲でもあった。
「ちんしちんしと、エルフのばあさまは、口から湯玉も吐いとるのか? 会議なんぞは宴会と同じ、騒いで声を上げたもんが勝ちだ」
「相変わらず話になりません。勇者殿、この岩人の方々、投石機に括りつけ、魔王の城への嚆矢として、送り届ける策はいかがでしょう」
「おやめください、お母さま。勇者殿に恥をかかせませぬよう」
母親の隣に座っていたコスズがたしなめ、ドワーフの隣に座っていた商人の男が、のんびりとした声をかける。
「まんず親方、ここはひとつ、おらの顔さ免じて、腹立ち引っ込めて欲しいでらす。宴会さエファレア渡りの上酒、たっぷり用意してらすけ」
「よかろう、あの透き通った奴は最高だからな、醸造所の方はどうだ?」
「モラニアから技師と杜氏が来たらすけ、来年から創れるはずでらす。エルフさぁの森から、リンゴさ持ってきて、『かるばどす』たらいうのも、造れるでらすけ」
どこの訛りか知らないが、不思議な喋りをするこの商人のおかげで、ドワーフたちの懐柔もすんなり済んだ。"知見者"の勇者の輜重部隊や、"愛乱の君"のデュエル大会にも顔を出していたらしく、地球産の文化をいろいろ広めていた。
「では、僭越ながら、会議の司会は、わたくしジェデイロ市長、フルムルウが務めさせていただきます」
白髪壮年の市長は席を立ち、その場にいる人々をゆっくりと見まわした。そして、席の一つが開いているところに気が付き、悠里に視線を送ってきた。
「竜の峰の女王、アマトシャーナは、巣に戻り、協力を取り付けた竜たちと打ち合わせ中です。今日中には帰還すると約束してくれました」
「……此度の戦、竜どもの力が借りられるかで、趨勢が変わるだろうからな」
それまで黙っていた、赤い服の男が発言する。背は低いが肩幅の広い、濃いあご髭の騎士『赤のプフリア卿』だ。
「そう言えば、イワクラ卿にお尋ねしたいことがあります。発言宜しいか?」
「どうぞ、モーニック卿」
市長に許可をもらい、立ち上がる青い服の男。
『赤のプフリア卿』と対を成す『青のモーニック卿』、背が高く、細面の美男子だが、神経質そうな、色の薄い肌をしていた。
「聞けば、我がヴィルメロザは後衛に徹し、前線への進発は許されぬ、とか」
「……はい。現状ではそうなっています」
「それは、彼の魔王めが天空に在り、我らでは手出しできぬ故、と?」
言葉を区切り、鋭く威圧する姿勢は、何度相対しても厳しさを感じる。それでも、その姿勢自体は騎士団の名誉と存続を考えてのことで、悪人でないのも理解している。
「表向きはそうです。しかし、実際のところは、少し違います」
「お聞かせ願いたい」
「確かに魔王は、天空にあって地上からは手が出しにくい。ですが、ずっと天空に在り続けるわけでも、地上に派兵しないわけでもありません。陸戦は必ずあります」
竜洞のドラゴンたちも、そのことを指摘していた。ただ、その前置きとして伝えられていた情報が、最悪だった。
『オレらの予想だと、十中八九、ありゃ飛行要塞だ。むしろ飛行空母かもなー』
『斥候に出た者の報告で分かりましたが、飛行魔に、ロケットランチャーやミサイルポッドを模した武装を搭載した者がいました』
『最低でも、航空爆撃辺りは想定しといたほうがいいぜ。つまり――』
「近代戦。それが、今回俺たちが立ち向かう敵の戦術の中核です」
「きんだい、近々の戦、奇妙な言葉ですね。それは、もしや勇者殿の?」
「はい。俺の生まれた時代の、現代から数えて五十年から七十年前に起こった、技術や戦術の革新、それを踏まえた戦争のことです」
フィーやシェートが体験した魔王城内の設備から、竜洞は魔王が、近代的な戦争をこの世界で起こすことを予想していた。
ただ、この世界にはミサイルも戦車も、航空機もない。それを前提とした、魔法世界で再現可能な、戦術としてだが。
「飛行する魔物に、魔法の道具による攻撃を地上に振りまき、抵抗力を弱めたところで地上軍を投入、制圧する」
「なるほど……確かにそれは、我らの出番は、少なくなるか」
「騎士団や傭兵の皆さんは、北胸壁を中心にした陣地で待機してもらいます」
急ごしらえであったが、城壁前にいくつも防塁を築き、イフや魔法使いたちの結界を展開、さらに城壁に強固な防御障壁を施した。
『まずは防衛陣地を造るとこからだよな。欲を言えば塹壕線? いや、さすがに無理か』
『現地の人間には塹壕の意味が理解できないでしょうから、土塁で防衛陣地を造らせてください。今回の主力は、地竜の航空部隊と、エルフとドワーフの生み出した弩砲、とやらになるでしょうね』
「親方、大母様、弩砲の数はどのくらいできましたか?」
「弩の部分は三十基だな。弾の方は――」
「――現在二千発ほど。さすがにこれ以上の増産は無理ですが」
「ありがとう。城壁に設置して、迎撃に使います」
それは巨大なクレーンで引き絞るタイプの弩弓であり、打ち出す弾は、魔法を施した巨大な太矢だ。重量二百キロ超のそれは、魔王の城があるという高度まで届くように術式が組み込まれていた。
「そして、魔王の城と交戦に入り、戦端が開いた後は」
「吾と竜たちが、かの忌々しい石城を、大地に叩き落とす」
扉を開けて入ってきたシャーナは、誰一人省みることなく、悠里の背後に立った。
「いじましい人共が地べたを這いずって囮を勤め、吾と背とが力を合わせ、獲物を狩るというわけだ。実に痛快」
「シャーナ、首尾は?」
「ごねた者もいたが、吾が分からせてやった故、おっつけやってくるであろう。そうでなくとも、聲で縛っておいたからな。呼べばすぐ来る手はずだ」
シャーナの発言にムッとした顔をした者も多かったが、ドラゴンの協力なんて、少し前は考えられなかったことだ。
魔王に対する切り札として、みんなが期待していた。
「あとは、細かい陣の割り当てと、街の者たちの避難状況ですな」
「避難勧告に応じなかったものも多い。せめて、戦の間は南門の方へ移動させよう」
「魔術師たちの編成はどのようにするのがいいか」
活発に取り交わされる意見を見つめ、そっと心の中で、悠里は天へと呼びかける。
『これでようやく、魔王と戦えるんだな』
『とはいえ、ここにいる者たちが、全員欠けずに勝利を迎えられるわけじゃないよ。何より『あの作戦』は、伏せておかなければならないしね』
『分かってる』
ここにいるみんなを信頼していないわけじゃない。でも、情報は知っている人間が多いほど、漏洩する危険性が高まるものだ。
『できれば、シェートたちに、手伝ってもらいたかったんだけどな』
『彼らは――無理だろうね。サリア―シェ殿から、正式に、遊戯辞退の打診が来た』
『……そうか』
「では、今回の会議は、ここで閉会といたします。みなさま、ご協力感謝いたします」
その言葉と同時に、それぞれが席から立ち上がって会議場から出ていく。皆を送り出した市長がお辞儀をして出ていくと、入れ替わるように仲間たちが席についていた。
「それじゃ、最後の打ち合わせをしよう」
悠里は立ち上がり、みんなの顔を見回す。誰も緊張していない、怯えてもいない、この後の提案を、待っている。
「魔王城への突入作戦、その計画と概要を、説明する」
そして勇者は、宣言した。
世界を滅ぼす魔を、一撃で打ち倒す作戦を。