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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
209/256

9、望みの潰える日

 宛がわれた居館の一室で、仔竜は呆然としていた。

 対面に三人が座り、自分がそれを受け止める形で席に沈んでいた。

 元の仲間たちを含め、見ておけと言われた"平和の女神"との会談、そこで明かされた竜神の計画と、自分という存在の意味を。

 人工的な神の創造を、ドラゴンが計画するなんて。


「ふふ……はは、ははは、なんだ、そりゃ」


 萎れていた三つの顔が、気味の悪いものを見つめるように、こちらへ向けられる。笑い顔のまま、仔竜は吐き捨てた。


「そりゃ人工、じゃなくて竜工、じゃんか。バカみてえ」

『適した用語がないのです、そこは大目に見なさい』

「……あの時の言葉は、そういう意味かよ、おっさん」


 荒野での再契約を、思い出す。

 あれは『逸見浩二』という素材と、『フィアクゥル』という実験データを、安全に保持するための手順だったわけだ。


「つまり、俺は最初から、利用されて騙されてたってわけか」

『判断材料を絞り、意図を隠したという点では、その感想は適切ですね。それが詐欺師というものです』

「つまり、アンタのその考えも、竜神とやらにいじられた結果、ってことかい?」


 赤毛の女性の言葉に、仔竜は声を詰まらせた。

 仔竜になったのは、確かに竜神の力によるものだ。でも、契約を結んだのも、現地で真実を見極めたいと言ったのも、自分の意志だ。


「やらされた、わけじゃない。俺の意志も、あったと思う」

「詐欺師ってのは、そう思わせるのが上手なんだ。アンタの行動も、考えも、アタシに言わせればメチャクチャのでたらめだ!」

「違う!」


 騙されていたというなら、発端はもっと前の話だ。"神々の遊戯"という欺瞞が、すべての元凶だ。


「シ……コボルトたちは、戦いなんて望んでない! 少なくとも、俺が最初に、殺したあいつらは違ったはずだ!」

「それをどうやって、見分けろっていうんだい」

「それは、話し合って……」

「お話し合いをした結果、騙し討ち、なんてのは人間だってやることだ。なら、魔物のコボルトなんて、余計に分からないじゃないか」


 それは憐れみと怒りと、苦悩のないまぜだった。

 吐き出す息も、しかめた顔も、絞り出す声も、何もわかっていないこっちを、なんとか分からせようとする意志だった。

 だが、


「コボルトの方が信じられて、人間が信じられないことだって、あるだろ」

「……そんな理屈が」

「だったら! なんでシェートが、決闘で罠に掛けたお前らを、殺さなかったんだよ!」


 言葉が、刃の嵐になって吹き荒れた。

 何の力も込めていない、聲ですらない声で、三人の肩に絶望がのしかかるのが、見えるようだった。


「なんでも、なんでも、いっしょくたにするのが、駄目なんだろ。だから、俺は、それが知りたくて、ホントのことが知りたくて、戻ってきたのに」

「それは、私たちの所では、駄目だったのですか」


 尋ねてくるリィルの顔は、虚脱しきっていた。すがるように、そこに居るこちらを嫌悪するように、ずさんに扱われた人形のように、椅子に座っていた。


「せめて、私に、そのことを伝えようとは、思わなかったのですか」

「……俺のこの姿は、ズルにズルを重ねた結果だ。それに、俺が消えた後、みんながどうするかなんて、考えてもみなかった」

「ええ、そうでしょうとも! だから、そのようなお姿で、あのコボルトと、親しくなさっておられたのですから!」


 突然、命を与えられたかのように、人形のような彼女が立ち上がる。その目からは無造作に涙が流れ、留めようともしなかった。隣で控える二人が身構えたが、結局、座り込んで頭を抱え込んでしまう。


「ねぇ、勇者さま、コウジさま、教えてください」


 困惑を絞り出す顔から、目をそむけたくなる。それでも、目を見開いて、何もかもを心に刻んでいく。それが、ドラゴンというものだから。


「何が間違っていたのですか? どこから間違っていたのですか? 神のご意志に従ったことですか? 害を撒く魔物を滅ぼそうとしたことですか? それとも」


 顔を上げて、リィルは悲しみをぶちまけた。


「貴方を守れなかった、私が間違っていたのですか!?」


 そうじゃない、そうじゃないんだ。

 なにも彼女は間違っていない。間違っているのは。


「間違ったのは、俺の方だ。君に、こんなことをさせたのも、俺なんだ!」


 俺がもう少し、物を考えていたら。与えられた力に酔っていなかったら。


「責められるのは俺の方なんだよ。みんなのことも、シェートのことも、遊戯のことも、俺が悪いんだ! ごめんっ、みんなを悲しませて、こんなことまでさせちゃって、ごめん……なさ……っ」


 そこまで言い切って、涙が止まらなくなっていた。

 何かがうまくやれていると思っていた。間違いを正して、良いことを探していられると思っていた。

 でも、自分がシェートの大切なものをぶち壊した事実も、神の力に酔って、仲間たちを無視して傷つけた事実も、変わらなかった。


「俺は、バカだ! ドラゴンになったからって、何も変わってない! 考えも無くて、行き当たりばったりで、誰かを傷つけることしかやってない!」


 思いをぶちまけたところで、何一つ変わることもなかった。リィルはすすり泣き、エルカは沈黙し、その全てをアクスルが静かに見つめている。

 その時、誰かが扉をノックした。


「失礼、ただいま取り込み中にて、入室はご遠慮願いたいのだが」

「申し訳ありません。勇者殿がお見えです、早急にお伺いしたいことがあると」


 勇者という言葉にそれぞれが顔をこわばらせる。仔竜は投げやりな気持ちで、外に声を投げた。


「いいよ、入ってもらってくれ」

「感謝します。少々お待ちください」


 間を置かず、勇者が入ってきた。その顔が幾らか疲れて見えるのは、昨日の決闘の事とは無縁でもなさそうだ。その後ろには、ローブや布切れで全身を追い隠した、性別不明の人影だ。


「えっと……その、昨日は、大変だったね」

「ご機嫌伺いはいいよ。お前は勇者の仕事で大変だろ」

「あ、ああ。じゃあ、手短に。イフ、頼む」


 イフと呼ばれた存在はこちらに近づき、それからおずおずと声を掛けた。


「あ、あの、なんと、お呼びすれば、いい、ですか」

「……俺は……俺のことは、気にするな。アンタの用事を、済ませてくれ」

「は、はい。その、せ、斥候に行かれた、ときのこと、知りたく、て」

『でしたら、こちらにご連絡くだされば、必要な情報をお送りします』


 突然の虚空の声に驚きながら、それでもローブ姿は勇者に振り返る。何か微妙な顔をした悠里は、それでも笑顔で頷いた。


「今は、その方がいいか。それじゃ、俺たちはこれで。屋敷の人にお願いして、お昼を用意してもらうよ」

「……気遣い上手だな。それが恵まれた勇者サマの、余裕って奴か」


 知らずのうちに、言葉が棘になっていた。単なる当てこすり、のはずだった。

 だが、一瞬だけ浮かんだ表情に、後悔が湧いた。

 まるで、生傷に爪を立てられたように、悠里の顔は痛みにまみれていた。


「あ――」

「ゆっくり休んでくれ。また来るよ」


 それでも笑顔を残して、彼は去っていく。

 なんでこんなに、惨めな気分になるんだろう。自分よりも優れたもの、光り輝くものに向き合うのは、こんなにつらいのか。


『ところで、一つ確認したいことがあります』

「……なんだよ」

『勇者に同行していたを、貴方はどう思いましたか?』


 娘、という指摘に、胸が騒いだ。

 どうして娘なんて分かった。いや、どうして俺は、それに気づかなかった。

 そういえば、世界が異様に静かだった。朝起きてからここに来るまで、自分は一切、空を飛んでいない。


「え――あ――う――あ――わ――は――あ――」


 聲が出ない。あんなにすらすらと紡げたはずの韻が、きれいさっぱり抜けている。

 手足をこすって鱗目を逆立てても、何の抵抗もなく、しおれて元に戻ってしまう。


「ま、まさか!」


 スマホを手に、"竜樹"を確認する。

 映し出されたのは、角や尻尾どころか、鱗の一枚も生えていない、人の姿。

 その侵蝕率は。


「侵蝕率――……ゼロ!?」

「正確には0.0001%。それが、貴方の今の魂の姿です」


 残酷な断言に、手の中のスマホを取り落とす。

 そして、理解した。

 今の自分は何の力もない、非力な仔竜に戻ってしまったことを。



 豪華な寝床に体を預けながら、シェートは降ってくるサリアの言葉を、聞くとはなしに聞いていた。

 噛み砕き、難しい所を省いての説明だったが、分かったことは『自分にはわからない』という事実だけだった。


『私とて、半分も理解しておらぬがな。だが、分かったこともある』

「なにがだ」

『……仔竜は、別に我らを、傷つけるつもりはなかったということだ』


 静まっていた嵐が、胸の中で荒れ狂う。

 憎い仇、焼け落ちていく村、死んだ恋人と家族の姿、ただ一人で行った弔い。記憶をたどれば、あの少年に感じた憎しみは、生々しく思い出せた。

 その前に、青い笑顔がちらつく。

 戸惑いながら近づく姿、林の野営地で暮らした日々、共に戦場を駆け抜け、己の命を懸けて、自分を守ると誓ってくれた声。暖かい湯に浸かって見上げた夜空。

 そして、自分をかばって凶刃を防いだときの、絶望に満ちた表情。


「……助けて、くれ」

『シェート?』

「俺、苦しい」


 息が苦しい。考えがまとまらない。憎い相手、仇、大事な仲間、友達、その言葉の何もかもが意味を反転させて、頭の中で膨れあがる。

 思えば思うほど、意味が溶け合い、自分を押しつぶす。

 仔竜の笑顔を思うたびに、勇者の嘲笑へと反転する。

 勇者を憎もうとすれば、仔竜の必死の覚悟を思い出してしまう。


「俺、分からない! なにも、なにも、わからない!」

『シェート! ダメだ、考えるな!』

「助けて、こんな、無理」


 息が上がる、喉が締め付けられる、手足が震えて逃げ出すことさえできない。どうして自分が、こんな。


「シェート!」


 誰かが近づき、自分を抱き留める。その声が力強く、こちらを励ました。


「今から十数える。それに従って、ゆっくり息を吐き出すんだ」

「あ、う……」

「いくぞ。いち、に、さん……」


 無我夢中で言葉に従い、息を吐いていく。それから、背中がさすられ、力を抜くように言われ、また十回、ゆっくりと吐き出す。

 

「う、ぐ……は、はぁ……っく……はぁ……」

「うん。もう大丈夫、息は、楽になったか?」

「すまん。ありがと、な」


 気が付けば、悠里がそばにいた。少し離れたところに、ローブを着た姿がある。臭いは雌のようだが何かが違う気もした。


「部屋の中から、苦しそうな声がするって聞いて、様子を見に来た」

「お、俺……は」

「それと、グート君が会いたそうにしてたから、連れてきたよ」


 鼻を鳴らし、こちらに顔を擦りつけてくる毛皮。その香りを嗅ぐと、混乱していた気持ちが落ち着くようだった。


「グート君は出入り自由になってるから、好きなだけ一緒に居るといいよ」

「……うん」

「さっきみたいに苦しくなったら、何も考えず、ゆっくり、呼吸するのを忘れないで」

『お気遣い、感謝します。まさか医術の心得もあるとは』


 悠里は背中を向けたまま、部屋の机に置いた籠を指さした。


「食事、食べられそうだったら食べてくれ。俺は、これから会議があるから。それじゃ」

「ゆ、悠里!」


 上ずった声を恥ずかしく思いながら、シェートは去っていく少年に、問いかけた。


「勇者、みんな、お前、同じか?」

「……分からない。ただ、俺は信じてる。勇者をやろうとする人は、善の価値を知ってるものだって」


 残された言葉を思い返しながら、静かにグートの毛皮に顔をうずめる。この臭いと暖かさだけが、今の自分に信じられること。


『貴様は、破滅する』


 締め出していたはずの記憶が、蘇る。


『戦いの果て、全てものに、叛かれる。信じたもの、願ったもの、仲間、すべてを失いながら』


 あいつはどこまで知っていたのだろう。もしかすると、魔王はすべて見透かしていたから、コモスを送り付けてきたのかもしれない。


『最も弱き叛逆者、勇者殺しの魔物ゆうしゃ、己の毒で最後に破滅するのは――お前だ』


 ああ、その通りだ。

 疲れ果てて、シェートは狼にもたれかかる。眠気が覆いかぶさり、深い闇の底に突き落とす。二度と立ち上がれないほどの、重い疲労にさいなまれながら。

 

「サリア」


 眠りにつく寸前、シェートはその言葉を告げた。


「俺、勇者、辞める」

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― 新着の感想 ―
[良い点] これはキツい(すき) [一言] シェートが受け止めきれないのは無理もない…… にしてもフィーは実利まで戦力外通告か チートで下駄はかせてもらってた部分がもがれてもドラゴン自体は強者だけど…
[一言] ユウリの言うように勇者はみんな善なるものを持っているんだとして。 そしてその上で。コウジのようにコボルトに相対する奴もいる。 差別によるイジメに近い認識なのか。だからそこまで残酷に振る舞えた…
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