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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
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6、恩讐の果ての果て

 柵の外に設けられた席に座り、コスズはため息を吐いた。

 異国の貴族を名乗る娘と、神の加護を受けたというコボルトの決闘。それ自体は単なる見世物だが、問題はユーリが巻き込まれたことだ。

 審判役の少年は、心なしか疲れた顔をしている。大方、双方から面倒な調停を持ち込まれたに違いない。


「ときどき思うのじゃが、ユーリは真正のバカなのではないか?」

「言ってやるなよ、それがあいつの性分さ」


 馴れ馴れしく隣に座る、無精髭の男をさり気なく無視して、こちらを挟むように座った騎士の女に水を向けた。


「おぬしからも言ってやれなんだか? こんなくだらん話に、ユーリを巻き込むなと」

「……すまぬ、コスズ殿。だが、私はリィル殿の決意に、同情してしまった」


 生真面目な顔と振る舞いは、女版の悠里と言っても差し支えない。剣に生きる者は、どうも道義やら、信念やらに気持ちを引きずられるらしい。


「万が一、ユーリ殿が、同じ目にあったなら、とな」

「くっだらねえ、あのユーリが、コボルトに殺されるなんて、あり得ねえよ」

「無論、そこは心配していない。だが、"繰魔将"の城で、我らは幾度となく、卑劣な罠を仕掛けられ、ユーリ殿を危機にさらした。勇者とて絶対ではないのだ」


 確かに、彼女の言うことはもっともだ。"繰魔将"エメユギルの城では、毒や呪詛、あるいは幻惑による分断で、幾度も命の危機にあった。

 その都度、皆の機転で乗り越えてきたが、薄氷を踏む思いをしたのも事実。


「とはいえ、それとこれとは話が別じゃろ。聞けばあの女の勇者、"わたぬすみ"とやらで死んだと聞いたぞ」

「わた……ぬすみ、とは?」

「簡単に言えば、コボルトに干殺ひごろしされたのじゃ」


 勇者同士の決闘は、特殊な結界によって、外部からの邪魔を排除して行われる。あのコボルトは、仇と狙う勇者と仲間を分断し、封鎖された森の奥へ誘い込んで、勇者に対して兵糧攻めをしたという。


「なんでも、そのコージとかいう奴、森の中で食い物を取る方法も知らず、火起こしもできず、生水を飲んで腹痛まで起こしたそうな。そして弱ったところを、首を取られた」

「はぁ、なんだそりゃ。それじゃ、あの連中が間抜けだっただけじゃねぇかよ」

「ずいぶんと詳しいようだが。そんな話をどこから?」


 そこで、コスズは隣の無精髭男を、じろりと睨みつけた。


「どこぞの色ボケが、色街を漁り歩いているのを、探しに行った折じゃ。なかなか見つからぬから、適当な酒場で暇をつぶしているとき、行商人からな」

「あー、えっへへ、いや、済まねえ」

「グリフ殿……もう少し、貴方はユーリ殿の仲間であるという自覚を」

「わ、分かったって……おい、始まるみてえだぞ」


 悠里の号令に従って、双方が向かい合う。

 リィルという娘は剣を構え、その隣に鎧騎士が付き、エルカは距離を置いて構えを取っていた。


「しかし、エルカの奴、またぞろ面倒なことに首を突っ込みおって」

「そういや、あのエルカとかって姉ちゃんと知り合いなのか?」

「……昔、ちと世話になってな」


 実のところ、少しどころではない恩義が、エルカにはある。自分があの忌々しい森を出て、自由を満喫できたのは、彼女の助けがあってこそ。

 金にはうるさいが、仕事はきっちりする。女の身でありながら、才覚と実力とハッタリで世を渡る姿に、憧れていたものだ。


「別にリィルとかはどうでもいいが、おぬしは無事に切り抜けてくれよ」


 そんなこちらの思いも知らぬまま、悠里が手にした旗を掲げ――


『――試合開始!』


 三対一の戦いが、始まった。



 悠里の宣言と同時に、相手はそれぞれに構えを取る。騎士が前に立ち、その後ろに剣を構えた女、更に離れて赤毛の女が立つ。

 シェートは何しないまま、自然体で状況を見ていた。

 殺傷能力のない魔法以外は使用できる、とは聞いている。おそらく騎士を前に、魔法の準備をさせるつもりだろう。

 復讐に逸っている女の実力は、無いに等しい。構えと動きは仕込んだが、そこで止まっているのが見え見えだ。弱いのではなく『至っていない』。

 最初に動いたのは、予想通り鎧騎士だった。

 盾と剣を構え、よどみない動きで間合いを詰め、


「ふんっ!」


 上から突き込む動作で、こちらの芯を捉えてきた。騎士の間合いから、素早く距離を取る。兜越しに見える右目はこちらを睨み、潰れた左目さえ意志に燃えているようだ。

 

「……ぬうっ!」


 今度は斜めに振り降ろす一撃、素早く切り降ろした方と反対に抜けた瞬間。


「はっ!」


 返しの切っ先が下から跳ね上がる。顎先の毛が吹き散れて、相手は素早く、肩に担ぐようにして剣を構え直した。

 動きはどれも洗練されていて、攻撃する手を、必ず盾で守るように連動していた。

 ベルガンダや悠里の時は、一本の武器を見ていればよかったし、こちらの動きに合わせて態勢が変化したが、この男の場合は違う。

 必ず半身にした体を、盾と剣という『二枚の壁』を仕立て、常に正対しながら、こちらから打ち込む隙を消している。

 

『騎士共の戦いは、堅守を旨とする。特に盾を使いこなす奴は、貴様のような小兵では常に不利だ』


 懐かしい声、血と汗と、ぶつかり合う鋼の練兵場。"魔将"の指南の中に、現状を打ち破る方法を求めて、心が回帰する。


『連中の基本は『体の前に武器を出す』ことだ。そのことで決定的な負傷を避けつつ、自在に武器を使いこなす』


 慎重に進み出てくる騎士の男。しっかりとした下半身に支えられた両腕の武装が、こちらの強烈な重圧を放ってくる。

 

「来い――双剣!」


 命令に従って、両手に双剣が握られる。その途端、鎧男の圧がわずかに薄れ、侵攻が止まった。

 その機を逃さず、一歩踏み出す。


「せいっ!」


 こちらの動きに反応し、右斜めから振り降ろされる騎士の剣。それに合わせるように左の剣を差し上げ、斬撃の軌道を遮る。

 ぶつかり合う剣が火花を散らし、跳ね飛んだはずの相手の剣が、突きの握りに変わってこちらに襲い掛かった。


「しっ!」


 シェートの右足が一歩前に進み、左側面に立てた二本の剣が、敵の攻撃を背後へと受け流す。

 一瞬、騎士の体がこちら側に引き寄せられ、それを嫌って後ろに下がった瞬間。


「しいっ!」


 体を回転させたシェートが騎士の脇をすり抜け、二刀を同時に、相手の盾を殴るように叩きつけた。


「うぐっ!?」


 回転の勢いを殺さず、相手の背後に進み出て、再び二刀を構え直す。強烈な打ち込みを喰らった騎士の盾は、こちらの剣の痕跡が、くっきりと残っていた。


『騎士の持つ盾というのは、平らな面の部分で受けるのではない。縁の金属で張った箇所を点として使い、相手の攻撃を『迎え撃つ』ものなのだ』


 実際、この騎士もこちらの一撃に対応するときは、常に盾の縁を使ってこちらの攻撃を遮っていた。

 だが、自分程度の体格でも、渾身の一撃で『広い面』を殴り抜けたことで、相手をよろめかせることができた。


『盾の広い面を殴ることで態勢を崩せる。その時、相手の内側に押し込むようにやってやれ。剣と盾がかち合って、動きが止まるだろう』


 こちらの動きを見たことで、騎士の方は一層、慎重にこちらを伺ってくる。その背後でしびれを切らしたように、女が一歩前に進み出た。


「まだです。貴方の出番は、今しばらく」

「……っ!」


 歯噛みし、こちらを睨む女。それでも、気持ちを押さえて後ろに下がる。背後の魔法使いは遠くを見るような表情で、唇を動かし続ける。


「ぬああっ!」


 再び騎士の一撃。今度は下がりながらかわし、二つの剣を一列に並べるように構える。

 前の一本を盾、奥の一本を剣に見立て、相手の動きを見極める。

 剣を持った女は動かない、ではもう一人の赤毛の女は。


「――よし、行ける! アクスル!」

「リィル殿!」

「はい!」


 呆然と立っていたように見えた赤毛の女の声に、二人が同時に動く。右手に騎士、左手には勇者の剣を持った女。

 そして、こちらと相対する、赤毛の魔法使いは、苦い笑みを浮かべた。


「悪いが、取らせて・・・・もらうよ、"レギス"――織光網縛!」


 突きつけられる指に思わず身構える。だが、飛来した魔法の威力は、背後・・からシェートの首に絡みついた。


「ぐあっ!? ぐっ!」

「今だ、行け! 二人とも!」


 首に絡みついた金色の鎖。それに手を当て、破術を起動させる。だが、それに合わせるように、女の魔法は左右から、そして地面から襲い掛かった。

 決闘場のあちこちに、あらかじめ仕掛けられていたのだ。

 途端に両手が戒められて、シェートの体が無理矢理、無防備にさせられる。


「"レギス"――励鋭刃!」


 叩き下ろされた女の剣が魔法の力に輝く。

 不自由な左手で受けるが、守りの加護を突き抜けてシェートの腕を深く切り裂いた。


「ふんっ!」


 振りかぶった騎士の盾が、シェートの体を吹き飛ばす。破術で残りの鎖を散らすが、赤毛の女は懐からいくつもの金属片を、虚空に撒き散らした。

 見覚えがある。それはあの山に残してきた、ミスリルゴーレムの残骸。


「レギス・ストーレ――舞い踊れ、縛鎖よ!」


 その銀片すべてが、輝く金の蛇になってシェートに襲い掛かった。こちらの破術は魔法自体を無効化するのではなく、赤い光に触れたものを打ち消すだけだ。

 絡みつく鎖が体に巻き付き、振り払うたびに新たな鎖が動きを縛り付ける。


「我が恨みを受けて、死ね!」


 剣を振りかぶった女が、視界いっぱいに広がった。

 憎悪に歪み切り、こちらを殺すという願いで塗りつぶされた顔を見つめ、シェートはその一言を口にした。


「【コボルトの布告】!」



 何が起こったのか、分からなかった。

 コボルトを戒めていた鎖が、一瞬で消えた。振り降ろした剣をかわし、下がっていくケモノの胸で輝く青い光、それが収まるのと同時に、片手をかざした。


「"魔狼双牙フェンライ・トゥース"」


 突然現れた銀色の弓を引き絞り、コボルトが叫ぶ。


「ハティ――雷喰らいはみっ!」


 叫びと共に閃光が弓全体を覆い、弦鳴りに従って、八つに分かれた雷の矢と化す。

 その威力は過たず、背後で支援していたエルカの全身を焼いた。


「うがああああああっ!?」

「エルカァッ!」

「それ以上させぬっ!」


 盾を前面に押し立て、突進でコボルトを吹き飛ばそうとする鎧の猛攻。

 だが、コボルトは静かに弓を双剣に割り、冷酷に告げた。


「スコル――火奔ほばしり!」


 振りかぶった炎の双剣が剣と盾を粉砕し、身に着けた鎧を断ち切る。その衝撃に吹き飛ばされ、声も上げずにアクスルが地面に転がった。

 たった一瞬で、状況は激変していた。


「……うそ、だ」


 こんなはずはない、こんなはずがない、こんなことがあってはならない。

 復讐のため、今日まで積み上げてきたのだ。

 奴の足取りを調べ、身に着けた能力を調べ、その弱点を想定し、今回の決闘を計画したはずだ。

 神の加護と破術、魔法の弓から生み出される二つの魔法。双剣を使う技。

 アクスルの攻撃はコボルトに拮抗していた。エルカの魔法はコボルトを足止めした。

 その上、決闘の会場を設営する役夫を買収して、会場のあちこちに『魔法の罠』を仕掛けて、相手の不意も突いた。

 何より私の剣は、こいつの体を傷つけ、あと一歩で、殺せるはずだった。


「……どうして」


 コボルトの目が、完全に冷えていた。

 こちらと距離を取りながら、黙って見つめるばかりだった。


「どうして、そんな顔をする! 構えを取れ! まだ私がいるんだ!」

「お前、俺、殺すか」

「あ、当たりまえだ! お前を殺す、お前を殺すために、お前を殺して、勇者さまに報いるために! わた、し、は……っ」


 叫んで、構える。構えて、そして気づいた。

 震えている。切っ先が、膝が、唇が、全身が。目の前にいるコボルトに、怯えていた。

 だからこいつは、もう私を敵ではないと――。


「ちがうっ! こんなの、ちがうっ! わた、わたしは、お、おまえが、にくくて、うあああっ!」


 片手で必死に膝を叩き、歯を食いしばり、剣を向ける。


「殺すんだ! お前を殺すんだ! そのために、私は!」

「もう、やめな」


 地面に倒れたエルカが、必死にこちらへ手を伸ばす。炎で黒ずんだアクスルの鎧が、震えながら起き上がる。


「これ以上は、無理だよ」

「そんなことない! だってこいつは!」

「勇者、なんだよ。リィル」


 嫌だ、どうして、そんなこと言うの。

 

「神の勇者、なんだ。アタシらじゃ、どうにも、ならない」

「嘘だ! こいつはコボルトで、敵で、殺されるべき、弱い魔物なんだ!」

「リィル殿!」


 隠し持った最後のミスリル片を、柄と一緒に握り込む。こんな奴が、勇者などであるものか、あってたまるものか。


「レギス! 勇者の剣に、力をぉおおおっ!」


 振りかぶる、渾身の一撃。

 コボルトの眉間を断ち割った、はずのそれは。


「あ――」


 振り上げられた一撃によって、澄んだ音色と共に、粉々に砕け散っていた。

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[一言] 当時の実力差からは考えられないよな……
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