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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
203/256

3、勇者の輪郭

 実に難儀なことだ。

 そんな思いを心に抱えたまま、サリアは神の庭に降りていく。すでに"英傑神"はそこで待っており、歓待のために宴席が整えられていた。

 自分の背後には、昔からいたかのような顔で、青い竜蛇の女性と白い小竜が付き従っている。


「お出ましいただき、感謝いたします。サリア―シェ様」

「……その、シアルカ殿」


 席に付き、内心を抑えながら、本題を切り出した。


「歓待していただくのは、大変ありがたいのですが、その」

「これは僕の願いから発したものですので、このような座を整えるべきかと」

「"闘神"殿といい貴方といい、女性の扱いに、何か大変な誤解をお持ちのようだ」


 宴席はむせ返るような花の籠と、薄絹の幔幕で飾られ、世話役の伴神たちが侍る。座卓や肘置きなどの調度も、精緻な細工が施されていて、控えめでありながら贅を感じるものがあった。

 ただ、これらは大きな祭りや祝賀に用いられるもので、ただ二人のための席としては大仰にすぎる。


「私のような女神に、このような美々しい席は、身の丈に合いませぬ。"闘神"殿は、こうした贅ではなく、心映えを重んじるようにしつらえてくださったものです」

「なるほど……やはり、僕は未熟ですね」


 照れくさそうに笑うと、それらを片付けさせていく。その素直で潔い振る舞いに、彼もまた武を司る神だという実感が湧いた。


「亡き妻にも『貴方は女性の扱いがまるで分っていない』と言われておりまして、未だもって、直らないようです」

「直る直らない、というのではなく、通り一辺倒というか、気のないことを無理を押して行おうとしている、ように見受けられますが」

「知己の女神、"愛乱の君"に、なんどもご指導賜ったのですが、もうしわけない」


 それは確実に、師事する相手を間違っておられます。

 口から出かけた残酷な指摘を飲み込み、サリアは彼の対面に腰を下ろした。


「シェート達は、南へ移動を開始したそうです。フィアクゥルも斥候として、北方洋上を目指したと」

「ご協力、感謝します。今回の魔王、一筋縄ではいかない相手のようですね」


 歓待や饗応に関してはズレたところは多いが、こと戦に関して、青年神は冴え冴えとした知性を放つ。

 手早く現地の様子を投影し、これまでのケデナにおける魔王軍の動きを、こちらに解説していく。


「ケデナは魔王軍によって侵略を受け、頑強な抵抗によってそれを跳ね返してきました」

「そのような激戦区を中心に、貴方は勇者を降臨させておられるようですね」

「ご存じの通り、我が勇者の神規は【万民の祈り】ただひとつ。それを機能させるため、必要な事です」


 彼の勇者は、過酷な荒行をよしする聖職者のような試練にさらされる。

 他の神々が蝶よ花よと、己の手ごまを甘やかすのに対して、あまりにも苛烈だ。

 その神規こそがサリアの、彼に対する不信感の源だった。


「……その神規、私の目には、あまり良い物に映っておりません」

「理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「下賤な言い回しをお許しいただければ『お前たちを助けてやる、代わりにこちらへ信仰をよこせ』と、言っているようで」

「その通りです」


 彼は否定しなかった。

 それどころか、こちらの目を見つめて、微笑みさえした。


「崇敬と尊信を以て、神と民とは並び立つ。貴方の親神、"調停者"バルフィクード様の言葉でしたね」

「……貴方も、我が義父ちちと懇意であったとか」

「ですが、現実はそれほど単純でもありません。聖句だけ、供物だけ、儀式だけを捧げ、心を置き忘れたまま、加護だけを乞う。そういう信徒も少なくありません」


 確かに、それは事実だった。

 自分の星にもそのような者がいたし、それでも心を砕き、神として良くあろうと、自らを律していた。


「それを踏まえれば、私の神規も、それほど脅迫的ではないでしょう? 勇者に救われても、感謝も信仰も捧げない、そんな選択肢があるのですから」

「……つまり貴方は神規を通じて、勇者に神の現実を伝えている?」

「人は惑いやすいものです。そのいとし子の、惑いや愚かさをも飲み下し、救いと導きを与えていくこと。それこそが勇者という存在を送り出す、意義なのではないでしょうか」


 サリアは目を閉じ、彼の言葉を反芻した。

 彼の意義は理解した。実のところ、遊戯に対する怒りや憎しみで目がくらみ、彼に対する評価を不当に下げていたかもしれない。

 それでもなお、サリアは問いかけた。


「ですが、遊戯盤上の民草にとっては、その思いさえ独善でしょう」

「己が信念のため、いち早く救えるだけの加護を与えず、現地で救い主ごっこをさせている愚か者、ということですね」

「……申し訳ございませんが」

「ええ、それもまた正しい意見です」


 そこまで尋ねてようやく、サリアは自分の愚かしさに気が付いた。

 こんな問いかけは、それこそ私に言われるまでもなく、あらゆる神に、民草に言われ続けてきたことなのだと。


「では、その加護は、神器や奇跡を成す神規は、何から捻出されているのでしょうか?」

「……遊戯とは無縁の、市井の者たち」

「僕には、そんなこと許せなかった。それでも目の前に救うべき民がいる。なるほど遊戯は、悪しき機構です。でも、そんなことは関係なく、誰かが助けを求めているならば、嫌悪する仕組みに則っても、助けを行うべきと思います」


 それは彼の信念、そして彼の願いだった。

 何もかもを奪われ、泣き晴らし、世界を恨んだ自分。

 英傑として世界を救うべく、信念を捨てずに、苦しみながら世界を救わんとした彼。

 二つを引き比べれば、どちらが立ち勝るかは明らかだった。


「僕は、僕の過ちを誹る言葉を受け入れます。正しい言葉ですから。それは理想であり、理想とは掲げられるべき星です。でも、理想だけでは立ち行かぬこともある」


 彼は何かをつかむように、虚空に手を伸ばす。

 その掌には何もない。それでもなお、と。


「僕が理想を捨て、現実的な手段ばかりを追わないように、誹る声は必要なのです。その言葉に足を取られながらも、手を伸ばし、同時に目の前の苦しみを、少しでも減らしていくこと。それが僕の願いです」

「なるほど」


 その言葉はため息と同じ意味だった。

 まぶしかった、彼の信念とその力強い歩みが。そんな光り輝く彼の言葉は、過去の私にも、今のサリアにも、まぶしすぎた。

 だからこそ、今思う至誠と態度を表明する。


「"英傑神"シアルカ、貴方を信頼します」

「ありがとうございます」

「ですが、今しばらくは、貴方を見定めさせていただきたい」


 彼の言葉には、正当性がある。それでも、最後の最後で、決定的な決裂を見ることがあることも、思い知っている。

 卑屈でありながら、ある意味清廉でさえあった小さき神が、成果を手に入れた瞬間に、我欲に塗れて堕ちたように。


「その代わり、彼の魔王を除くため、あらゆる協力を惜しまぬつもりです」

「……そこでひとつ、問いたいことがあるのですが」


 酒杯を口に当てつつ、"英傑神"は当然とさえいえる疑念を問いかけてきた。


「彼の魔王と貴方の間に、何か因縁のようなものが、存在するのでしょうか?」


 地上に降りて、カードの遊戯に興じたとき、"魔王"と自分は相対した。

 その時に感じたのは、強烈な殺意と憎悪。まるで、こちらが自らの仇であるような、粘り付く、深い情念を感じていた。

 その上、シェートが魔王城で相対した際、彼が自分の勇者であると知った時、暴走とも言える激怒のほとばしりを見せたという。


「……申し訳ございません。彼の者が私を恨んでいるとは存じておりますが、なにゆえそのように感情をぶつけられるかは、一切、心当たりがなく」

「なるほど。もしやその謎こそが、魔王の正体を探るすべなのかもしれませんね」


 そもそも、自分にとって神と魔の争いは、千年以上にわたって『あずかり知らぬ』ことだった。遊戯が開催されてよりかなりの年月が経つが、自分が参加するのは、おそらくこれが最初で、最後になるだろう。


「ともあれ、今はそのことよりも、お願いしたいことが」

「……先だっては、シェートが"魔将"ベルガンダと盟を結んだところで、語り終えたのでしたね」

「よろしければ、その続きを」


 そう言えば、"闘神"ルシャーバと、"英傑神"シアルカには、決定的な違いがある。

 ルシャーバはシェートの今を見て良しとしたが、シアルカはシェートの過去と、その道程を知りたがっていた。

 勇者たちを打ち破る勲は元より、それ以外の日々の生活、人々との交流のありさまを事細かに聞きたがる。

 まるで、英雄物語をせがむ幼子のように。


「ずいぶんと、我がガナリのことを、気に入られたようですね」

「……ええ。恥ずかしながら、彼の道行は、とても興味深い。好もしい、と言えます。恐怖に打ち勝ち、知恵と機転で道を拓く……正直、嫉妬さえしそうでした」

「嫉妬、ですか?」


 彼はきまり悪そうに笑い、手の中の酒杯をもてあそんだ。


「僕はもともと、遊戯への参加者に、現地のものを徴用したかったのです。ですが……それは、現地に混乱と不和を撒くと分かった」

「神に約束された、勇者を産みし国。そういうものが、人の権力抗争を招くためですね」

「その点、"異世界の勇者"という存在は、遊戯における数少ない美点です。可能な限り特定の国に与せず、そのまま退去させることも、『神権を授かった王』として、独自に国を興すこともできますから」

「……なるほど。貴方のこだわり、感じ取れた気がいたします」


 彼の言葉を引き取り、その内に潜んだ答えを、サリアは指摘した。


「なんの支えもなく、己の意志で起ち、未来を切り拓く。そういう『自然じねんの英傑』を、愛でられるのですね」

「……お笑いください。結局、僕も、神の傲慢に囚われているのです」

「なるほど。それは、なかなかに難儀なことですね」


 サリアはため息をつき、それから背後の水竜に振りかえる。

 彼女は少し思案し、小さく頷いた。


「私はただ、事実を語るのみです。シェートの道行を、その振る舞いのみを。彼の心情や背景を語る気はない、それを承知いただければ」

「構いません」


 本来なら、"闘神"相手に敢行するはずだった、篭絡の作戦。シェートをだしにするのは気が引けたが、可能な限りの予防線を張って、交渉の材料に据える。

 この神を味方に付け、万が一敵になっても良いよう、必要な情報を仕入れるために。


「では、僭越ながら、我が語りにお付き合いください」


 

 水鏡の向こうで、悠里が炎を見つめているのが見えた。

 すでに御者は眠りにつき、同行の勇者は毛布にくるまって安らいでいる。その表情を確かめ、毛皮の下に隠れた傷の一筋に、目を留めた。

 最も弱き魔物に生まれ、一族を滅ぼされ、ただ一匹だけ生き延びた、コボルトの青年。

 見張りを勤めている勇者も、ときおりその顔を見つめ、何かを思っているようだ。


「眠くないかい?」

『――ああ。先に仮眠させてもらったから』


 悠里は、もてあそんでいた木切れを焚火に放り込み、新しい小枝を取った。

 その動作を一区切りにするように、呟く。


『シェートは、すごいな』

「僕も、女神に彼の話を聞かせてもらっていた。同じ思いだ」

『……勝てる気がしない』


 シアルカは笑った。

 その言葉は戦う者が、立ち向かうべき相手に対して、真っ先に思う感想だからだ。


「勝つ必要はないはずだよ。僕と彼らは、共に歩むことができるのだから」

『ごめん。でも、なんていうか、俺は』

「分かっているさ。ちょっとした意地悪だよ、気負いこんだ勇者ほど、揺さぶってあげないとね」


 そこで悠里はつくづくとため息をつき、手にした枝を足元に置き、刀を引き抜いた。

 頭上に振り上げ、構えを取り、呼吸を整え、そのまま身じろぎしなくなる。

 やがて、有るか無いかの動きで、じりじりと刃が振り降ろされていく。コマ送りの映像のような動作は、ちょうど中空に剣が掛かるまで続き、止まった。


『――父さんに叱られるな。雑念が多すぎるって』


 彼は自分を過小評価しすぎる。まだ二十に満たない歳で、自分の在り方を裁定し、道を定めていけることこそ、勇者として十分な資質だ。

 とはいえ、結局は彼の心の問題であり、こちらが請け負ったところで、気休めにもならないだろう。


「折を見て、シェート殿に手合いを申し込んでみるといい」

『……大丈夫かな。戦いは嫌いだって言ってたけど』

「彼を見極めるなら、必要なことだよ」


 刀を納め、勇者は眠るコボルトを見た。

 その目が突然、開いた。


『……起こしちゃった、かな』

『眠いか、悠里』


 体を起こし、コボルトは悠里の傍らに座る。焚火をならし、新たに薪をくべて、それから水袋を差しだした。


『俺、寝ずの番、できる。お前、寝とけ』

『大丈夫! それに、君はお客さんなんだし』

『違う。俺、同盟した。悠里、命令する奴。疲れる、ダメだ』


 コボルトの言葉はどこまでも端的で、理知的だった。

 自分の立場を考え、弁えて、どう動くべきかを心得ている。それはきっと、狩人の経験から来るものなのだろう。


「心遣い感謝しよう、ガナリ殿。それでも彼は一軍の将になるべき者。これは悠里の仕事であり、重要な経験だ」

『……"英傑神"か』

「シアルカと申します。君の話は聞いているよ」

『分かった。何かある、起せ』


 そのままシェートは毛布にくるまって、眠りにつく。これまでコボルトの生態に注目することはなかったから、その在り様は一層、興味を惹いた。

 だが、その寝顔を見る悠里の顔には、好意よりも深い決意があった。


『俺は、シェートの助けになりたい』

「並大抵のことではないよ。君が想像する以上の困難が伴う。それに、聡い仔竜にも諫められていたはずだ」

『分かってる。それでも』


 それは彼の信念であり、行動の原理だ。

 世の中にあってはならない排斥を、無くすために。それが自分と計画を結ぶ時に語られた、岩倉悠里の願いだ。


『彼の行動を、存在を、みんなが認めるようになってほしい。少なくとも、彼には誰かを助けたいって気持ちがあるんだから』

「やれやれ、我が勇者殿は、頑固なことだ」


 シアルカは頷き、助言を口にした。


「なら、まずは見張りを勤めよう。彼が安らいで眠れるように」


 できることをできる限りに行う。やるべきに集中し、それ以外をひととき忘れる。それこそが、数多の英雄がたどった道だ。


「そして、向き合うといい、彼を取り巻く世界の全てと」


 素直に頷く勇者に、"英傑神"は無言で微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 闘神といい、今回の英傑神といい、ゲーム感覚で転生してきた勇者とは扱いが全然違うな。 言ってみれば最近のなろう系チート勇者というより一昔のラノベ勇者の転生主人公みたい。とにかく困難にさらされ続…
[良い点] 前回もそうだったけど、こういった日常の、異文化同士をかけるの凄いと思う 尊敬 [一言] 加護に守られてないが故なのかどこかこれまでの勇者とは違った感じの岩崎悠里、彼はいったいリイルたちにど…
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