表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
202/256

2、南への旅

 シェートが港街について、二日ほど経った。

 最初の一日は休憩、次の日はちょっとした歓迎会、そして今日から南へと出発することになっていた。


「おはよ、そろそろ飯だってさ」

「ああ」


 珍しく、フィーは別室を選択したから、ここでの宿泊は個別に寝床を使っていた。

 自分は窓のない奥まった部屋、フィーは屋根裏の窓付き、グートは馬小屋、悠里の方は大通りに面した部屋で、それぞれの性格がうかがえる区分けと言えた。


「おはよう、待たせて悪かったけど、今日から南に移動だ」

「ああ」


 悠里は飾り気のない平服姿で、こちらに笑いかける。

 くつろいだ表情も、今まで相対した勇者とは違っている。

 その上、こいつは――。


「フィーに聞いたんだけど、シェートは歌も歌えるんだって?」

「え……あ、うん」


 またこれか、内心うんざりしつつ、それでも答えるべき言葉をひねり出す。


「仕事歌、機織り歌、知ってるの、それだけ」

「あとで聞かせてくれないか?」

「し、仕事歌! 仕事の時! 何もない、歌えない!」

「そっか……ごめん」


 こいつは何でも知りたがる、着ているものに始まって、食事や狩り、それ以外のことについても。

 そういう仕草のことは、良く知っていた。背が伸びて、ちょろちょろと動き出す時期の子供がよくやる奴だ。

 でも、こいつはどう考えても弟たちよりも年上に見える。

 なにより、何でも聞いてくるこの態度は。


「お前、"魔王"、同じ」

「な、なんでそこで魔王!? そんなに俺と似てたのか?」

「顔とか姿とかのことじゃないよ。その質問癖」


 先を飛ぶフィーが、振り返りつつにやにやと笑う。そのまま、頭を両手で支えた姿勢を取って、滑るように階段を下っていく。


「魔王城にいる間に、散々やられたんだってさ。家族構成から日常生活、狩りの仕方に勇者に対する心理調査まで」

「そ……そうだったのか」

「で? "英傑神"の勇者さまも、シェートのプロファイリングやって、攻略法でも編み出すつもりかい?」


 きまりが悪そうに黙り込んだ悠里は、頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜて、頭を下げた。


「その、ただ、知りたかっただけ、なんだ」

「……なんでだ?」

「俺たち同盟関係になったんだし、君のいろんな面を知りたいんだ。それをみんなにも、理解して貰えたらって思ってさ」

「ふぅん?」


 最近のフィーは、自分以外と喋る時、こういう顔をする。相手を品定めして、どこか小馬鹿にしたような顔を。

 この態度も知っている、一番上の弟が、チビ連中にやっていたからだ。


「フィー、悪い顔、駄目だ。悪い心、なる。怒るぞ」

「……分かったよ。でもさ、こいつの言葉が、気にくわなくて」


 降りた先の広間に先回りすると、テーブルの上から、仔竜は匙で悠里を指し示した。


「『異種族を受け入れるということはな、そなたら異世界の者が考える以上に、根深い抵抗を受けるのだ』」

「え……っ、なんだ、その声!?」

「俺の生みの親だよ。もう一年以上まえか、この言葉を聞いたのも」


 驚いたことに、フィーは竜神の声を完璧に真似ていた。それどころか、その表情さえも黄金の巨竜を思わせる容になっていた。


「モラニアで、俺たちに協力してくれた勇者がいた。そいつは村を守ってて、シェートと仲間になろうとしてくれた。でも、村の連中は、そうじゃなかった」

「……そうか、君たちは」

「お前の個人的な好意はいいさ。でも、迂闊なことは考えないでくれ」


 シェートは食卓に近づき、フィーの肩をそっと叩く。それから抱き上げて、自分の席の隣に座らせた。


「だいじょぶだ、フィー。悠里、悪い奴、違う」

「分かってるよ。でも、お前を傷つけることは、見過ごせない」

「うん。それも、だいじょぶだ」


 それから少し考えて、シェートは妥協案を出した。


「俺、聞かれる、苦手だ。話す、むつかしい」

「それじゃ、これからはもう、聞かないことにするよ」

「違う。だめな時、だめ、言う。それでいいか?」


 勇士の安堵した了承を受けると、そのまま食事の時間になる。

 出された料理はこちらの好みに合わせ、簡単な煮込みや果物、パンが用意されていた。

 こういう心遣いひとつとっても、悠里の心情は明らかだ。

 

「悠里、お前、俺、好きか」

「「……えっ!?」」


 食卓に着いた顔が、こちらを驚愕と複雑な感情で見つめてくる。自分の言葉を思い返して、人間にとっての『好き』が、ときどき、妙な含意を持つことを思い出す。


「違う。お前、変な事、考えたか?」

「あ、うん。その、ちょっとびっくりして」

「そ……そうだよ! 唐突過ぎんだよ! マジで、そういう意味かと思ったぜ……」

「人間、ドラゴン、考えすぎ。俺、恋人した、一人だけ」


 そこで二人の顔に影が差すのを見て、シェートは笑った。

 本当に、みんな考えすぎだ。


「俺、コボルト。好き、コボルト以外、友達。恋人、コボルトだけ」

「その、俺の場合は事情が、ちょっと複雑で……」

「ドラゴンの年増だけじゃないのか。もしかしてエルフやドワーフからも告白された?」

「さすがに、ドワーフの方は『肉と髭が足りない』って、振られたけどさ」


 先を促すと、少年は照れくさそうに、自分の仲間のことを語った。


「俺は基本、みんな友達でいたいと思ってる。けど、シャーナとイフは、そうじゃない方で、付き合いたいって」

「マジかよー、異世界の勇者さま、ハーレム作りがちかー」

「そんなことする気ないって! 選ばなきゃいけないとしたら……真剣に考えるつもり、だけど」

「で、具体的には?」


 身を乗り出したフィーを引っ張り戻し、軽く頭を小突くと、その話はそこで終わりになった。

 それから、幾分まじめな顔に戻り、悠里は今後の予定を話し出した。


「港町を出たら、ちょっと寄り道させてもらう。魔王との戦いのために、いろんな人たちの協力を取り付けてるところなんだ」

「騎士団領があるんだっけ? まずはそいつらからだな」

「最初にいくつか村を回って、その後にヴィルメロザ、最後にジェデイロ市に入る」

「とはいえ、数を揃えたところで、アイツには無意味かもな」


 食事を終えたフィーは、首の道具を取り外し、悠里に手渡す。慣れた手つきで内容を確認した悠里は、表情をこわばらせた。


「パソコンにスマホ……それに、この施設は……!」

「悠里はゲームとかやってたか?」

「一応、ソシャゲやコンシュマー系なら」

「あの魔王は、そういうゲームに出てくるタイプ、しかも『メタ』な奴だ」


 自分は肌身で知っているが、あの魔王の脅威は、この世界の住人にとって異質すぎる存在だ。想像するどころか、理解さえも拒んでくる。

 むしろ、悠里のような異世界出身者の方が、正確に理解できるだろう。


「竜洞からも警告を貰ったんだけど、かなり難しい相手だな」

「ああ……たぶん、俺らが想像するか、想像以上のネタを隠し持ってると見た」

「対抗手段を考えないと。しかも、なるべく早く」


 そこで勇者は姿勢を正して、軽く頭を下げた。


「お願いがあるんだ。フィーに力を借りたい」

「偵察か。"魔王"の城は近いのか?」

「北部の海岸線に向かった偵察隊が、洋上で確認したらしい。これまでの巡回空路なら、ジェデイロに到着するのは二週間後くらいって聞いてる」

「あいつのことだ、俺らがお前といるのも、とっくに承知だろうな」


 軍師の顔になったフィーは、聲を使ってテーブルの上にケデナの大陸を描き出す。それから悠里の指示で、これから行く街や村を書き入れた。


「そういう事なら、さっき言った見回り旅行なんて、やってる暇じゃないだろ?」

「"英傑神"に言われたんだ。勇者は現場の士気を上げるのも仕事だって。緊急事態だからこそ余裕を見せて、住民の避難誘導や兵士を鼓舞する」

「その辺りはおっさんも言ってたな。ベルガンダも似たようなことやってたっけ」


 懐かしいとも言える名前を聞き、シェートは目を細めた。

 あの大きな魔将と戦った記憶は、不思議な輝きを持って胸に残っている。

 ふと目を上げると、悠里の顔に視線が吸い寄せられる。こいつから感じる気配は、"魔将"や"闘神"の勇者のそれと似ていた。


「悠里、お前、なにかやるか?」

「……なにかって?」

「戦う奴、武術」

「後で、詳しく言うつもりだったんだけど、それも竜洞から?」

「なんとなくだ」


 言葉にはしなかったが、少年は目を細めてこちらを称賛していた。当てずっぽうだったが、向こうの心証にもつながる質問になったようだ。

 やはり、この勇者は今までの者たちと、違っている。


「状況は理解した。そっちが仕事してんだ。こっちもサボるわけにはいかないな。同盟関係になったんだろ、俺たち」

「そちらの女神様と"英傑神"は、正式に同盟になった。あとは、現場判断に任せるって言われたよ」

「ガナリ、どうする?」


 これまでたくさんの関係を結んできた。

 薄氷を渡るようなだまし合い、魔を友とし神を敵とする同盟、決闘で育んだ友情。

 であれば、これもまた一つの道だろう。


「分かった。悠里、よろしく頼む。フィー?」

「任せろ。竜洞仕込みの索敵術、見せてやるよ」

「ありがとう、二人とも」


 喜んだ悠里は、それからとてもとても、微妙な苦笑を浮かべた。


「えっと、それで、フィーには、すごく申し訳ないんだけど」

「なんだよ?」

「君にも、現地協力者をつけるつもりなんだ……飲んでくれないか?」


 仔竜はとてもとても察しがよかった。

 にっこりと笑い、手元のカップから中身を飲み干すと、言った。


「絶対に、嫌だ」



 港町を出て十分ほどたったあたりで、馬車が止まった。

 鼻息も荒くフィーが外に出ると、とんでもなく大きな黒い影が見下ろしていた。


「マジで、でけえな」


 たぶん全高は十メートルを超えるだろう。竜神は目の前のドラゴンより大きかったが、実在の肉量から来る威圧は、同等くらいに思える。


「話した通りだ、シャーナ。後はフィーと協力」

「い・や・だ」


 この前よりも一層ひどくなった嫌悪感が、こっちを容赦なく焙る。

 今の姿になったことで理解したが、こいつはソールと同じ火の属性だ。しかも、自分が扱う『天狼の炎セイリオス』クラスの炎を操れるだろう。


「たとえ吾が背の請願といえども、斯様な気持ち悪い仔竜と、よりにもよって斥候などという賤業せんぎょうに付かされるなど、御免被る!」

「シャーナ、いい加減に」

「いいよ、悠里。俺、一竜ひとりで行くから」


 ドラゴンは傲慢で自分勝手、であればこちらもその流儀に従おう。そもそも、こんなでかい図体を引き連れていては偵察もクソもない。

 腰の小物入れを漁り、道具を確認。特に用意せずこのまま行けるだろう。後は、"闘神"の時に教えられた指示を思い返していく。


「さすがにフィーだけじゃ駄目だ。斥候は可能な限り、複数人で動く必要があるんだよ」

「"英傑神"ってすげーんだな。そんなことまで仕込んでくれんのか」

「あらゆる戦いにおいて中心になる存在、それが『英傑』だから、必要なことはすべて知っておくように、だってさ」


 こちらが和やかに会話するほど、赤い雌竜の機嫌が悪くなっていく。

 どうやら、話題で置いて行かれたことが気にくわないらしい。硫黄の臭いのする鼻息が蒸気になって、大気に漂っていく。

 なるほど。そういう事なら、竜神仕込みの篭絡術の出番だ。


「あんまり無理いうなよ、悠里。斥候ってのは、才能と経験がなきゃ、できない仕事だ」

「そ、そうかもしれないけど、あんまり刺激……」

「高貴なご身分の地竜の女王さまには、絶対にできない・・・・・・・仕事だし、俺がこいつの分まで……いや、こいつの百匹分は働いて」

「吾を舐めるのも大概にせよ、仔竜」


 さすがに、大人のドラゴンの威圧は腹の奥に響く。不機嫌を全身にみなぎらせて、赤い巨竜が翼を広げる。


「魔王が浮かべた石くれに気づかれず、その秘密を暴けばよいのであろう? 造作もない仕事に決まっておるわ、戯けが!」


 その瞬間、フィーはちらりと勇者に視線を送り、うっすらと笑った。


「そうだよな! シャーナなら絶対できるっ! すごいなー、あこがれちゃうな―!」

「うむ! 我が背よ、よう申した! 斯様な仔竜など及びもつかぬ、成果と吉報を待つがよい!」


 そして、まるで大気そのものを持ち上げるような、強烈な聲が湧き上がり、赤いドラゴンが軽々と飛び上がる。

 本格的な大人の竜の聲ドラゴンブレスを浴びて、腹の底が冷える思いがした。


(なんてバカ出力だよ。まともにぶつかったら、地力の差で負けるな)


「それじゃ、道案内頼む。あと、そのデカイ聲、ちょっと抑えてくれ。星の裏からでも聞き取れそうだ」

「まったく、隠密など、吾の趣味ではないと言うに。だが、致し方ない」


 相手の聲に干渉されない小さな圏内で、大気を集める。竜の聲ドラゴンブレスのぶつかり合いなど考えたこともなかったが、現実にはこういう事も起こりうるということだ。

 万が一、その時のために、強く心に刻みつける。


「それじゃ、行ってくる」

「気、つけてな」


 シェートの激励に頷き、聲を放つ。

 大気という流体を操り、自分の前方に小さな真空を生み出す。その圧の変化で体を宙に舞わせると、フィアクゥルはケデナの空へ飛んだ。



 馬車の旅は、想像以上にのどかなものだった。

 出発の時にあったひと悶着が嘘のように、馬蹄の響きと、車輪が轍を噛む、ごとごとという音だけが流れる。


「それにしても、あんなにうまくいくなんて……」


 悠里は手にした指先ほどの小刀を、革と油で手入れをしている。こちらも新しい弓弦ににかわを塗って、仕上げに掛っていた。


「シャーナの説得、毎回苦労するんだよ。かんしゃく持ちで、俺のことが好きっていう割には、こっちの都合なんて全部無視するし」

「ドラゴン、わがまま。フィー、ねぼすけだった。あと、無茶する」

「フィーの場合は、あんまりドラゴンって感じがしないな。なんか雰囲気が、学校の友達みたいで」


 手仕事をする勇者、というのはなかなか珍しい。

 圭太は畑仕事もしていたようだが、こっちの手は武器を使う者の固さと器用さがある。

 しかも、身に着けた鎧や腰に下げた奇妙な形の剣も、神器特有の光沢がない。

 地味で厳つく、地に足のついた構造をしていた。


「悠里、お前、神器ないか?」

「あるよ。今も付けてる鎧と、この刀がそうだ」

「そうなのか」

「……ああ。正確には、ちょっと違うんだけど」


 彼は狭い車内の中で、手早く長い武器を抜いた。こちらにも触れず、床どころか天井さえ傷つけないまま。

 その動きに、こちらの身が引き締まる思いがした。


「銘は【一蓮】、こっちに来て、打ってもらった」

「その剣、名前、あるか」

「日本、俺の出身地だと、有名な刀には銘が付くんだ。それに、うちの流派は代々当主が一の字を名前に入れてて……って、分かりにくいだろうから、この話はいいか」

「いい。話せ、聞く」


 悠里は故郷の話や、刀と呼ばれる武器にまつわることを語ってくれた。

 彼は剣を使った武術を伝える家に生まれ、その技を習得していると。

 そして、彼の神器、正確には『神規』の秘密も。


「願い、力、変える?」

「"英傑神"の勇者が使う『神規』は、【万民の祈り】。その星に生きる人々の信仰と願いを、勇者に集約させるんだ」


 そのために、"英傑神"の勇者は人々を救い続け、その先にある勝利を目指す。事前に掛ける加護は無く、神器さえ持たせないという。

 その仕組みを思いつつ、シェートはふと、疑問が湧いた。


「それ、だいじょぶか?」

「なにが?」

「救った奴、感謝しない。そしたら、信仰、ない。違うか?」

「それでもだよ。それでもなお、そう言える奴だけが、本当の勇者になれるんだ」


 悠里の顔には、真剣な表情が浮かんでいた。手にした刀を鞘に収め、ほんの少し、遠い目をした。


「だから、"英傑神"の勇者は、いつでも絶対に勝てるわけじゃない。裏切られて、死ぬこともある」

「……ひどいな」

「でも、それでいいんだよ。だって、救いたい気持ちは、本当のことだったから」


 ごとごとと、車輪が鳴っている。

 揺られながら、悠里の顔は身じろぎもしなかった。言葉には強い思いが、決意が感じられた。そうあるのが当然で、そうしたいと思っていると。


「お前、すごいな」

「……そんなことない。俺なんて、未熟だ」

「俺、昔、村人助けた」


 思い出す。

 ゴブリンに襲われていた村人の顔を。

 その顔が、自分に向けてはなった言葉の数々を。


『この化物め! クソッタレの魔物め! 誰がお前のものなんかになるか!』


『力がいらねぇってんなら、俺が貰ってやるよ。お前をこの場でぶち殺してなぁっ!』


 涙を流してナイフを突き出す姿。鎧兜に身を固め、こちらに罵声を浴びせる顔。

 そして、力を失い、怯えながら魔物の狂気に翻弄されていった。


「俺、魔物、言われた。そいつ、"知見者"、仲間、なった。俺、経験値、する、言った」

「……そんなの、いくら何でも、ひどすぎる」

「コボルト、魔物だ。しかたない」

「仕方なくなんて、ない!」


 短く吐き出した悠里は、こちらを食い入るように見つめてきた。

 その声から、まるで血を流すような、思いを込めて。


「君がやったことは立派なことだ! それが、そんな風に否定されていいわけがない!」

「ゆ、悠里、落ち付け! そいつ、多分……死んだ」

「え……」

「魔王、部下、命じた。全員、殺せ。"知見者"の軍、勇者、消えた。力、無くなった。あいつ……村人、戻った。だから」


 それまでの激昂が嘘のように、少年は席に落ち付いてため息を吐いた。それから、痛みをこらえるように目を細める。

 ごとごとと、車輪が回っていく。

 外の景色は移り変わり、昼時の陽光を浴びて、まばらな草地が続く荒野になっていた。


「ごめん、シェート。勝手に熱くなって」

「お前、いい奴。ありがとな」

「……違う。俺は、いい奴なんかじゃなくて……」


 その時、御者台の方から、背板を叩いて合図が届いた。


「そろそろ昼飯にしたいんですが、いいですかね?」

「あ……はい! 俺も手伝います!」


 気まずい雰囲気を払うように悠里は外に飛び出し、シェートも後に続く。二人いる御者は鍋を下ろして、煮焚きの準備を始めるようだった。

 馬車に追随していたグートがやってきて、咥えていたウサギを目の前に落とす。


「ありがとな。俺、飯ある。お前、食え」


 だが、グートの方は興味なさそうに歩み去っていってしまう。残された獲物は、ほとんど牙の跡がなく、首の骨が綺麗に噛み折られていた。

 これでも食って仲直りしろ、そういう事なのだろう。


「悠里、昼飯、肉あるか?」

「次の村まで一日だから、干し肉と野草のスープにするってさ」

「これ、使え」


 ウサギを受け取り、喜んで頷くと、少年は御者たちの煮炊きに参加しつつ、貰った獲物を自分でさばき始めた。

 本当に、何もかもが違う。

 シェートはふと、思い出したくもない声を、思い出した。


『お前は優れた魔物だが、その考えだけは、改めたほうが良いぞ』


 皮肉なことに、魔王の助言は本物だった。

 勇者には様々な者たちがいる。最初に当たった例が、絶望的に最悪であったと身にしみてわかった。

 もし、自分の村に来たのが、忌まわしい青い鎧の少年でなく、悠里だったら。

 運命はもう少し、違った形になっていたかもしれない。

 そして今頃、自分の大好きな和毛にこげと――。


「シェート、どうかしたのか?」


 心配そうにこちらをうかがう悠里に、シェートは笑って首を振った。


「なんでもない、だいじょぶだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 前回についで今回の勇者も「イイ奴」……この世界観からしてあとの展開がうっすらコワイ
[気になる点] 最初の、最悪さんがどうなってしまうのか [一言] 対して岩崎悠里、ゲームというより神話のような、というこっちが元来の神規なんだろうな それでここまで来れるのは何とも幸運、うまくやってる…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ