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かみがみ〜最も弱き反逆者〜  作者: 真上犬太
かみがみ~最終章~
201/256

1、港の出会い

 潮の香りが、濃くなっていた。

 それが本来は潮の香りではなく、潮流が遮られたことで、目に見えない虫のようなものが出す、排せつ物の臭いであると聞いてから、あまりいい気分ではなくなっていたが。


「ようやく船旅も終わりかよ。まったく」


 それを教えてくれた青い仔竜は、舳先に飛び乗ると、大きくなっていく港町の光景を観察した。


「出迎えの人間と兵士、あと野次馬か。ご丁寧に柵が作られてるから、群衆に囲まれたりすることもなさそうだぜ」

「ああ」


 狩人であるシェートにとって、遠方の見分けは得意とするところだったが、ドラゴンの力を自在に操る、フィアクゥルの目には敵わない。

 こうして分かるのは、柵らしい形と、蠢く人波程度だ。


「おい、チビ助。悪いんだが」

「俺は一応客だぞ? 便利に使おうとすんなよ」

「そう言うな。飛び切りの酒をおごってやっから」

「それも俺が造った奴だろ!? ったく……ちょっと行ってくる」


 ぶつくさと文句を言いながらも、フィーは船長と一緒に下の船倉に入っていく。

 ヘデギアスの港を出てからこれまで、仔竜は船を見てまわり、補修すべき個所や食事を改善し続けていた。

 

『おおかた、コボルトを乗せるならこの程度でいいと思ったんだろうな。寝床は虱だらけで船は穴だらけ。飯だって、薄いお粥に酸っぱい水割りのワインだ。例の奴らに会ったら直接文句言ってやろうぜ』


 別にシェートは気にならなかったが、扱いの悪さに怒ったフィーが、小竜たちと共謀して『改善』を断行した。

 その結果、船は見違えるほどの上等さになり、聲を付与した浄水装置で海水からでも真水を作り出し、魚寄せと保存食の考案で食糧事情が改善された。

 結果としてフィーは引っ張りだこになり、舵や帆のさらなる改善、挙句には強い透明な酒さえ醸造させられていた。


『業務改善者が報われず、高等技能者が便利屋として酷使されるのは、どこの世界でも同じですね』


 珍しく、赤い小竜の言葉が降ってきた。

 苦笑して頷くと、シェートは船端で羽を休める海鳥を眺めた。


「サリア、"英傑神"、話か」

『実務者会議、というよりは、主に貴方の冒険譚の聴取ですね。かなり熱心に、根掘り葉掘り聞いていますよ』

『魔王の次は最高神からのラブコールか。先の知れたチート勇者より、レベル一の雑魚からスタートする奴のが、おもしれーのは分かるけどよ』


 皮肉気な太い黒竜の言葉が続き、何かを感じた海鳥たちが飛び立っていく。抜け落ちた翼がデッキに落ち、拾い上げて軸や質を調べる。


『海鳥の矢羽根は、普段使いには向きませんよ?』

「うん。質違う、矢の速さ、落ちる」

『けっこー身の肥えた鳥だったな。港が平穏な証拠だ』


 こんな何気ない小竜との会話も、船に乗ってから起こるようになった。フィーを介してではなく個別で、遠慮なくだ。

 大抵はグラウムからだったが、ソールもそれなりに親し気に声を掛けてくる。


「お前ら、暇か」

『失礼な。お前の観察や状況把握も、業務の内です』

『実のところ、すっげー暇。正確には、忙しくなるから休暇前借した、かな』


 船旅は一週間かかった。

 前回の戦闘で負った負傷や消耗を、ヘデギアスで癒すのに一月余り。日数を足し合わせた結果、モラニアを出て一年が過ぎていたと知った。


「……年、明けてたな」

『こっちにクリスマスが無くてよかったなぁ。死亡フラグ事前回避おめでとー。って、お前には手紙を送る相手も――』

『グラウム』

わりぃ、ちょっとブラック過ぎたか。なにしろオレ、黒竜で魔竜だからさー』


 勝手に口喧嘩へ移行していく小竜たちの喧騒を聞き流し、手元の羽をくるくるともてあそぶ。そして思いつき、腰の小物入れに丁寧にしまった。

 

「野郎共! 接岸の準備だ! 働け働け!」


 船長が戻り、船員たちがそれぞれの仕事に付く。遅れてフィーが、白い狼と共に近づいてきた。


「グートが、檻はもう飽きたってさ。船長にも許可貰って来た」

「よかったな」


 片手を差し伸べ、グートの頬を撫でて、耳を掻いてやる。ついでに、張り付いていたダニをつまみ取ると、小さく悲鳴を漏らして恨めしそうにこちらを睨んだ。

 素晴らしい船足のおかげで、見る見るうちに港の光景が大きくなっていく。

 帆が畳まれて、減速し、錨が準備される。

 桟橋に群れる水夫たちから、少し離れた場所に、異質な二人が立っていた。


「あれか」

「ああ」


 三つの視線が、こちらを見返す二人の視線と絡み合う。

 背の高い人型の女は、目に険がある。明らかな侮蔑と嫌悪。

 その手間に立つ黒髪の青年は、反対に好奇と好意の輝きを宿していた。



「ヤバいな」


 軽く呼吸を整え、岩倉悠里は船から降りてくる者たちを見つめた。


「どうした、我が背よ。心が乱れておるぞ?」

「緊張してる、正直」

「ふん、なんと肝の小さい事」


 背後に立つシャーナは、腰に手を当てて不満の鼻息を漏らした。それから、豊満な胸をこちらの頭に乗せて、やってくる客人に罵倒を浴びせた。


「貧相な魔道具を着けただけの魔物と、痩せ狼に、見るだけで不愉快になる妙な仔竜。どこに恐れる要素があろう。我が背に比ぶること自体、不敬で不遜で不相応極まりない」

「聞こえてんだよ、年増ババア。それが客を迎える態度か?」


 青い仔竜の侮辱に、背後のシャーナが炭が燃えるような音を立てる。肌で感じられるほど、気温が上昇した。

 途端に、周囲の人間たちが異様な気配に凍り付き、やってきた三人も身構えた。

 体を引きはがし、悠里は決然と戒めを吐いた。


「我がいもよ、客人への無礼の一切、これを禁ずると、厳令したはずだが?」

「……おお、我が背よ。その言葉が、その目が見たかった。許せ、ただの余興ぞ」


 シャーナはうっとりと笑うと、侮蔑よりは無関心に近い顔になり、視線をそらして言葉を継いだ。


「放言許せ、口が滑った」

「謝ってねえんだよ、全然。ペットのしつけは飼い主の責任だぞ、勇者さんよ」

「……チッ、分かった分かった、相すまぬ」

「そんなにケンカ売りたいなら買うが? このクソ地竜」


 結局、悠里はシャーナを下がらせ、コボルトの方も仔竜を狼の背中に乗せて下がらせることで事なきを得た。

 それから、互いに苦笑しつつ、握手を交わす。


「"英傑神"の勇者、岩倉悠里。悠里でいいよ」

「シェート、サリアの"ガナリ"」

「……ガナリって、狩りの長、って意味だっけ?」


 問いかけを受けて、シェートは素直に頷く。身に着けた服は木の皮を繊維にしたもの、染付はないが、端々に独特な文様があった。


「その服、コボルトの民族衣装、でいいのか?」

「……みん、なんだ?」

「部族とか、家族とかで、模様が違うとか」


 シェートはすぐに答えなかった。目を丸くし、それからうつむいて、折り目や袖口の形を指し示して説明してくれる。


「これ、おばさん、教わった。コボルト、機織り、女たち、織り方、ちょっと違う」

「じゃあ、家族の模様なのか。もしかして、それ自分で?」

「あ、ああ。俺だ、織ったの」


 そんなやり取りに、不機嫌なシャーナの声が割り込んできた。


「そんなくだらぬ話を聞いてなんになる。さっさと宿に戻り、出立に備えよ」

「くだらなくはないんだけど……ごめん、とりあえず宿に行こう」


 行く道は整理され、兵士たちが群衆を抑えてくれている。こちらに向けて飛ばされる勇者への歓呼の声にまぎれて、それでも聞き逃せない言葉が漏れていた。


『コボルトだと、なんだあいつら』

『なんでも、ヘデギアスで勇者を殺した奴らしい』

『モラニアからこっち、百を超える勇者を喰ったとか、ああ見えて、バケモノだぜ』

『尾鰭がついただけだろ。とはいえ、嫌らしい面だ』


「シェート君! 何か食べたいものとか、あるかい?」

「ああ、俺。なんでも食う。でも」


 そこでコボルトは笑い、肩をすくめた。


「勇者、食べる飯、ちょっと苦手」

「えっと、俺たちの世界の食事、ってこと?」

「コンソメ、こたっこい。味濃い、俺、苦手だ」


 ぺろりと舌を出し、軽く顔をしかめる。犬そっくりの顔は、思う以上に表情が変わるようだった。

 様々な種族に会って話をしてきたが、純粋な獣人はこれが初めてで、こうしているだけでも新しい発見がある。


「ユーリ」


 先を進んでいたシャーナが、不機嫌に睨みつけてくる。そのおかげか、囲んでいた群衆の姿もまばらになり、道の混雑もなくなっていた。


「頼むから、そんな怒らないでくれよ。今はお客様を歓迎する時なんだから」

「言っておくが、そ奴らは敵ぞ? 無論、歯牙にもかからぬ、という但し書き付きだが」

「へー、そりゃ最高だ」


 不機嫌そうだった仔竜の顔が、ものすごく嫌らしい笑みを浮かべる。その視線と言葉から、毒が滴るかと思うほどの。


「好きなだけ、俺たちを雑魚と侮ればいいさ。その分、殺しやすくなるからな」

「フィー」

「おっと悪い! こんな顔しちゃ警戒されるもんな。んじゃ、こういうのはどうだ?」


 そう言った途端、瞳を潤ませ、狼の首に抱き着いて、仔竜は悲鳴を上げた。


「ひぃ~、たすけて―! ボクたちとっても弱くて、ザコザコなコボルトとちびドラゴンなんですぅ~!」

「……フン」


 宿の前に立つと、シャーナは仏頂面のまま告げた。


「吾は宿など入らぬ。外で見守る」

「……そんなに彼らが、嫌いなのか?」

「ああ、そうだ。特にその、気色悪い・・・・仔竜がな」


 その声は不機嫌ではなく警戒。おどけていた仔竜の顔が、歳に合わない真剣な表情に引き締まった。


「今度は第一印象で罵倒かよ。地竜ってのは礼儀知らずの生き物らしいな」

「黙れ。道化の下におぞましき毒孕みし、異形めが。貴様の聲は、癇に障る」

『やれやれ、"英傑神"の勇者殿。フィーの言う通り、躾けはしっかりしていただきたい』


 誰かの天の声だが、今回は少し様子が違っていた。

 フィアクゥルよりも少し大きめの、赤い竜が幻像として現れる。


『お初にお目にかかります。竜洞の責任者代行、ソールと申します。この度は、なにやら同道の方が、我が竜洞の秘蔵っ子へ、大層な無礼を働いてくださったようで』

「す、すいません! ほら、シャーナも謝って!」

「御免被る。そも竜洞とやら、この気色悪いものはなんだ?」


 シャーナの全身から、かすかに湯気が立ち昇る。人間の肌に見えた部分に鱗目が浮き立ち、口が牙をはやして伸びていく。

 このままでは、彼女が本性を顕してしまう。


「シャ――」

『おやめなさい。ここで騒ぎを起こせば、貴方の宝石が傷物となりますよ』

「……吾が背を……したり顔で語るか……無礼者めが」

『いいじゃんか。交渉とかめんどくせーし、ここでやっちまおうぜ』


 今度は黒い饅頭のような塊が現れ、次いで青い竜蛇と白い羽毛の竜が立ちふさがる。


『周囲にも被害出るけど、無礼者が悪いってことで、正当性はあるしなー』

『客人を、嫌悪と侮蔑でもてなすのが地竜の礼儀なら、それに合わせようか』

『フィアクゥル、仔竜。仔竜の成長期、変動性、高い。育児の知識、才覚、ない相手、言っても無駄』


 それまで猛り狂っていたシャーナの顔に、驚愕が浮かんでいた。見かけが人間のそれに戻っていき、四匹の幻像に視線を合わせたまま、ぎこちなく態度を改めた。


「非礼を詫びる。牙も収める。だが、馴れ合わぬぞ」

『それがドラゴンというものですからね。妥当な落としどころです』


 そのまま赤い竜は姿を消し、去り際に他の竜たちが言葉を残していく。


『勇者さんよ、ドラゴンを勘違いしねー方がいいぜ?』

『私たちの思考や情動は、君たちとは違う。あくまで『人のエミュレーション』に過ぎないことを、忠告させてもらうよ』

『契約の再確認。適度な活用、推奨』


 異様な緊張感が終わると、シャーナは足早に立ち去っていく。こちらに一言の断りもないのはいつものことだが、その背中には普段感じたことのない感情が見え隠れしていた。


「ごめん、なんだか妙なことになって」

「気にするな。コボルト、嫌われる、普通」

「周りの野次馬もうっとおしいし、宿に入ろうぜ」


 何でもない顔で、シェート達は宿に入っていく。

 その堂に入った対応を見て、悠里は視線を落とした。


「ぼーっとしてんなよ。俺たち、部屋の場所も知らないんだぞ?」

「ここは貸し切りだよ。好きな場所で休んでくれていい」

「おお、さっすが勇者さま。これで船の件はチャラでもいいかなー」

「船って、船でも何かあったのか?」


 それから悠里は、彼らの船旅について聞きだし、平謝りすることになった。

 同時に、思い知った。

 自分には想像できないほどの、蔑視と困難に付きまとわれていたことを。

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― 新着の感想 ―
[一言] 海を越えるには船しかないけど、それでも人間と関わるのは大変だったろうなぁ ただでさえ嫌われるのに今は魔王の外圧まである ただ今はまだ顔合わせ、地雷が近くにあるし恐ろしや
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