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解法暗記の落とし穴

塾の講師、関谷に突き放されたあの日から、俺——佐藤あらたの日常は少しずつ変わり始めていた。

放課後、いつものように一条まあやと並んで歩く。宮崎の夕暮れは穏やかで、遠くに見える山々がオレンジ色に溶けている。本来なら、このままどこかに寄って、アイスでも食べながらダラダラ話していたい。だけど。

「あらた、今日は塾?」

「……おう。ちょっと、あの講師に言われたことが引っかかっててさ」

まあやは少し意外そうに目を細め、それから嬉しそうに笑った。

「そっか。頑張ってるあらた、かっこいいよ。……でも、あんまり無理しないでね?」

その言葉が、今の俺には何よりのガソリンになる。彼女に「実は偏差値50なんだ」なんて口が裂けても言えない。だからこそ、その言葉を嘘にしないために、俺は塾の自習室の椅子に深く座り直した。

だが、現実は残酷だ。

青ペンで必死に書き殴り、問題集の解法を「暗記」したはずなのに、いざ初見の類題を出されると、驚くほど筆が止まる。

「なんでだよ……。解き方は覚えたはずなのに」

そこへ、音もなく関谷が背後に立った。

「佐藤くん。君がやっているのは『解法の丸暗記』であって、『解法の理解』じゃない。」

「同じことじゃないんですか? 覚えなきゃ解けないだろ」

「全然違う。君は『この問題にはこの式』と一対一で対応させているだけだ。それでは、少し数字や条件を変えられただけで崩壊する。模試で点をもぎ取るための、本物の暗記法を教えてあげよう」

【受験応援コラム:あらたのノート術②】

「セルフ講義ラバーダック・デバッグ勉強法」

関谷が教えてくれたのは、覚えた内容を**「誰かに教えるつもりで声に出す」**こと。

1.問題を解き終わったら、白紙を一枚用意する。

2.そこに、自分がどういう思考プロセスでその解法を選んだのか、実況中継するように説明を書き出す(または呟く)。

3.「なぜ、ここでこの公式を使うのか?」という問いに答えられなければ、それは理解していない証拠。

「一条さんに教えるつもりでやってみなさい。自分が理解していない部分は、説明が詰まるはずだ。そこが君の弱点だ」

「一条に、教える……」

想像する。俺が先生役で、まあやが隣で「へー、すごいねあらた!」と感心している姿。……いや、今のままじゃボロが出て赤っ恥をかくだけだ。

俺は自習室で、小声で呟き始めた。

「えー、まずこの二次関数の最大値を求めるために、平方完成をします。なぜなら、頂点の座標が知りたいからです。次に、範囲の定義域が動くから……」

説明しようとすると、自分の知識がいかに「穴だらけ」だったかが浮き彫りになる。

「……あ、ここ。なんで頂点が範囲外の時を考えなきゃいけないんだっけ」

詰まった。そこが俺の「分かったつもり」の正体だった。

その夜、まあやからGoogle Meetの誘いがあった。

画面越しに見る彼女は、部屋着のリラックスした姿で、少し眠そうに教科書を広げている。

「あらた、数学のここ教えてほしいんだけど……」

まあやが指差したのは、まさに今日、俺が「セルフ講義」で格闘した範囲だった。

心臓がドクンと跳ねる。

「……いいよ。ここはさ、まずグラフの形をイメージするのがコツなんだ」

俺は今日学んだばかりの言葉を、自分の言葉として彼女に紡いだ。

「なぜそうなるのか」を丁寧に説明していく。まあやの目がキラキラと輝く。

「わあ、分かりやすい! あらた、教えるの上手だね。やっぱり頭いいんだ」

「……いや、まだまだだよ」

謙遜しながらも、胸の奥が熱くなる。

今までは「本気出せばできる」と自分に嘘をついてきた。だけど、今まあやに向けた言葉は、泥臭くあがいて手に入れた「本物の知識」だった。

劣等感という暗闇に、小さな青い火が灯ったような気がした。

だが、そんな俺たちの前に、最大の試練が訪れる。

それは、志望校判定が「残酷なまでに可視化」される、夏の大規模模試だった。

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