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65. (最終話)繋いだ手の約束

11月の終わり。

山の上にある国立魔術学園には秋も終わりに近づき、冬の訪れを感じさせる風が吹き抜けています。


この季節、高等部の3年生は4つの科のいずれも卒業に向けて本格的な準備に入りつつありました。

魔道具科は卒業製作が課されます。


私も石を前に座って、見つめます。

この石の力はどんなものだろう。

どういう魔道具に仕立てれば、石の力を一番引き出せるだろう。

どういう魔道具を作れば、使い手の力を一番引き出してくれるだろう。


何を作ろうか考えている時、担任の先生が皆に声をかけました。


「今年度も現役の戦闘魔術師の方達が模擬戦闘に来てくれる。3年生の作品は全員分使ってもらえるから気合を入れてけよ」


ああ、あれからもう2年になるんだ……。


風祭さんと初めて会ったのは1年生の模擬戦闘の時でした。

沢山のことがありすぎて、もう遥か昔のように感じます。


思い出となつかしさに胸がキュッとなるけれど……首筋はもう熱を持つことはなく、痛むこともありません。


「秋月。午後は出るんだろう?適当に片づけて準備しろ」

「はい」


先生の言う通り、私は今日の午後は魔術庁から呼び出しを受けているのです。




魔術庁で強大な敵を祓ってからもう2ヶ月半。

そして強大な敵であった華岡さんが空へと旅立ってから、2ヶ月が経とうとしていました。


華岡さんが強大な敵となってしまったことは緘口令が敷かれましたが、魔術庁に全国から主要魔術師100人以上が集まり何らかの動きをしたことは隠し通せるものではありません。

その日を境に番と目されていた2人が日常生活に戻ったということもあり、様々な憶測が飛んでいるようです。


そのため今回の禍及び如月の戦いについて、早急に検証し記録に残す作業が進められています。

何を公表し何を公表しないかを精査し、禍の終結の宣言をせねばならないのです。


そういう事情で私はこの2ヶ月半の間、頻繁に魔術庁に呼び出されて詳細な聞き取りをされていました。


番に気付いたきっかけ。

どういう変化があったか。

魔道具師として戦闘魔術師と組むためにどんなことを訓練したか。

どんな魔道具を作ったか。

そして祓いの場ではどう動いたか──。


学園の授業もありますから、主に放課後、場合によっては土曜などに呼び出されて証言をしてきました。最初の数回は風祭さんとタイミングが合って同席しましたが、その後はそれぞれのスケジュールが合わず顔を合わせていません。



そう……私達2人の間は、本当にプツリと関係が途絶えてしまいました。



もう番の紋は消えてしまったため、首筋に触れて語り掛けてもそこは何の熱も持ちません。

そのことに心を痛めても、それを思いやるようなあたたかみも感じません。


そうすると、私達はもう番ではないんだ、風祭さんにとってたった一人の存在ではなくなってしまったんだということが静かに実感されて。

毎晩のようにかけていた電話をかけたくても、それが許されるのか分からなくて。


風祭さんの画面を表示してはそのままベッドの上で蹲る──そんな毎日を私は過ごしています。


会いたいな。

声を聞きたいな。

風祭さんも、少しは同じように思ってくれてるのかな……。


そんな思いは、私の中にもうずっと積もり続けているのですけれど。

でも私はもう番でも、そして恋人でもありません。

風祭さんの時間を割いてくれと、どうか私に心を向けてくれと願える立場ではないのです……。


だから魔術庁で証言をする日は、風祭さんと会えるかもしれない貴重な日。

でもそれも、今日で終わりです。

今日の午後の聞き取りが最後になると告げられているので。

今日会えなければ、現場に出ることのない魔道具師の私が彼に会うことはもうないでしょう。


会えると良いな……秋も深まる山の木々を見上げそう願いながら、私は転移の魔道装置がある中央棟へ向かいました。


* * *


「秋月さん、記録へのご協力を長らくありがとう。これが後世のいつの日か、きっと役に立ちます」


記録係の研究魔術師の声に、私はマイクを外し目の前のテーブルに置いて、そして深く一礼しました。


終わった──。

2ヶ月あまりの証言を録り終わり、これで2年近くにわたる番としての私の役割が完全に終わりました。


「風祭くんが間に合わなくて残念だったね」

その言葉に「仕方ないです」と微笑みます。


今日は最終日ということで2人共に集まるよう予定を組んでくれていたのですが、第6本部の現場の1つがてこずっているらしく、風祭さんが応援に呼ばれたと事務員さんから連絡がありました。


間に合うか分からないとのことで取り合えずは先に進めていましたけれど、結局全ての証言は録り終えてしまったのです。


お礼を言って、魔術庁の建物を出ます。

普段は転移の魔道装置で一瞬で学園に帰るのですけれど、今日はすぐに学園に跳ぶ気にはなれませんでした。


番の紋が現れてから2年弱。

その終わりを納得させるために、時間をかけて学園に戻ろうと思ったのです。

歩いて、電車に揺られて、自分の足で進むことで、気持ちに区切りをつけようと。

そうしないと、この悲しい気持ちをこれからも続く学園の日常までひきずってしまうと思ったから。


本庁舎の外に出たら真っ赤な夕焼けが目の前に飛び込んできました。


1年前の秋も夕焼けを見た……あの時は、秋の海だったけれど。

あの時は番であることをお互いに受け入れられなくて、苦しくて、離れることを選んで。


そして今、最後に会えるかもしれなかった日に私達は会えず、離れていく。


一度交わった人生が、重ねた心が離れていくことを私は知っています。

今はつらくても悲しくても、いつか平気になる日がきっと来る。

だから、私は大丈夫。


そう思って、この悲しい気持ちは今日この場所に置いていこうと最後に振り返って魔術庁の建物を仰いだその時──。


転移の魔道装置がある棟と本庁舎を結ぶガラス張りの渡り廊下を、走る人影が見えました。



──あれは……!



もう、こんな時間なのに……。

今から記録を録る時間じゃないのに。

応援に呼ばれるくらいの現場だったなら、きっと疲れているのに。


でも……もしも、もしも。

時間なんて関係ないと、疲れなんて関係ないと、それでも今日なんとか会いたいとあの人も思ってくれていたのなら──!


私は本庁舎に向かって走り出しました。


今まで私は自分の身に流れてくる出来事を、時に仕方ないと受け入れ、時に諦めて生きてきました。

辛いことがあっても、大丈夫だと自分に言い聞かせて。


でも、もしも手を伸ばして掴むことを……欲しいものを欲しいと望むことが許されるのなら──!



「紗良……!!!」



入口からスーツ姿の風祭さんが走り出てきました。

どれだけ走ったのでしょう。ネクタイは緩んで、髪は乱れています。

そんな風祭さんは、走って向かっている私を見つけて、立ち止まると手を広げてくれました。


走って、走って……足がもつれそう……。

でも、走れ!

もっと、頑張って……!

諦めちゃだめ……!

ただ流れに身を委ねるだけじゃなくて、自分の手で、足で、未来を掴むの……!



──私は風祭さんの腕の中に飛び込みました。



「風祭さん……風祭さん……!」

しがみついた途端に泣き出した私を、風祭さんは息もできないほどに抱きしめます。


「紗良……」

風祭さんも泣いています。

顔を見なくたって分かる。分かるんです。

だって、ずっとこの人と一緒にいたのだもの。


「ごめん、ずっと連絡できなくて。紋がなくなってからお前の気配を感じられなくなって、俺から動いて良いのか迷ってたら動けなくなって……」


風祭さんの腕の中、首を振ります。

考えすぎて動けなくなっていたのは私も一緒なのです。

紋がなくなった途端に自信がなくなってしまって……。


「ごめんなさい、私もなんです。私から連絡して良いのか、迷惑じゃないかって考えて……! 

……でも、でも、会いたいんです、いっぱい会いたい。用事がなくても声が聞きたい。 

番じゃなくなっても、つながりがなくても、それでも私は風祭さんに会いたいです……!」


もう涙でぐちゃぐちゃで同じことを繰り返すことしかできなかったのですけれど、私は必死に自分の気持ちを伝えました。

そんな私の顔を風祭さんは両手で包んで、優しく上を向かせました。


「この2ヶ月半、ずっとずっと、お前のことを考えてた。

泣いていないか、元気でいるか。 

俺のことを、少しは思ってくれているか……。 

番だった時よりも考えているかもしれない。 

番じゃなくなっても、お前は、俺の唯一なんだ」


私が、今も、風祭さんの唯一……!


「もし紗良も同じ気持ちでいてくれるなら。一緒にいよう。離れずに」


その言葉は、私の左の首筋を暖かくしました。

もうそこに番の紋はないはずなのに。

番ではなくなっても、それでも確かに残ったものがあったのです……。


「一緒に、いたいです……大切な、人なんです。あなたは、私の唯一です……!」


強く抱きしめられて、私も抱きしめ返します。


たまたま学園で出会って。

番であることが分かって。

どうしても存在を認めることができずに離れて。

また一緒にいることを選んで、大局に向き合って。

そして番という関係が終わりそこで全てが終わるかと思ったけれど。


私達はこれからも手を繋いで生きていく。

繋ぐ紋がなくてもお互いを唯一の存在だと信じて。


もう、離れません。

様々なことをきっと2人でなら乗り越えていけます。


だから私達は大丈夫──。


自分の胸に、目の前の人の瞳に、そして空で眠る大切な人達に語り掛けて。

鮮やかな夕焼けに照らされながら、私達は繋いだ手のぬくもりを心に刻んだのでした。


[完]

紗良と風祭の2人が番として出会い、その紋が消えるまでの物語を共に歩いていただきまして、ありがとうございました。


2人はお互いの喜怒哀楽を伝えてくれた番の紋を失いました。

これからは相手が目の前にいるのに心は見えなくなり、気持ちを探り合うところから始めなければいけません。

時にはすれ違いや誤解を経験するかもしれません。

運命とはまた違った困難をこれからは乗り越えていくことになります。

それでもこの2人は、お互いの手を決して離さずに歩いていくでしょう。

その日々に光を見出すと思います。


改めて、この物語を読んでくださいましてありがとうございました。

皆さまの日々が、良きものでありますように。


(6/21 : 活動報告により詳しいあとがきを書きました。この話を書いたきっかけや、入れようか迷い削ったエピソードのことなど書いています。もしお時間がありましたらお読みいただけると幸いです)


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