第26話 女神と龍
「ここよ。」
――忘却の森入り口。
「霧が凄いな…」
「しっかり私に着いてきて!」
レイチェルは光の玉を目印に出すと、ゆっくり慎重に前へ進んだ。
「…なんだか怖い…遠いの?」
「遠くはない。けど、近くもない。
ここはそんな所なの。」
「大丈夫だ。レイチェルに着いて行けば。」
そう言った矢先。
ヒュッ!っとテュセのローブを何かが掠めた。
「きゃ!」
「っ!待って!」
レイチェルが声を荒らげる。
「皆動かないで。」
「私よ!わかるでしょ?」
先の見えない、霧の向こうへ話しかける。
「えぇ、わかっていますよ。レイチェル様」
「ですが、人間を連れてくるとは…」
「しかもあの…」
アランの手は固く握られ、俯く。
「書庫に行きたいの。お父様に許可を。
人間を入れてはダメなら私だけでも…」
しばらく沈黙の後。
「わかりました。長に聞いてみますので、ここでお待ちを。」
幾分も経たず、強い光と共にその周りだけ霧が晴れる。
「…お父様!」
「レイチェル。と、人間…――っ!」
娘との再開を喜ぶ長が、弾かれるように視線を逸らす。
「その娘!」
「…私。ですか?」
長とテュセの目が合う。
「何故…コーウェンの魔力が…」
「お父様。テュセは、叔父様のひ孫です。」
「なんと!そうか!生きていたのか!」
「はい。その様に聞いてますが、所在は…」
「…流石に帝国まで、魔力探知は届かないからな…帰ってこないと言うことは、そういう事かとも思っていた。」
「そうですね…」
「テュセと言ったか。ここは其方の故郷でもある。ゆっくりするといい。」
「あ、ありがとうございます。」
「お父様、私、書庫に――」
「あぁ、聞いている。文献だろ?
その、お前が抱えてる者の…」
長の鋭い目に、パニルは憎悪を感じた。
(え?私、嫌われてるの?)
「人間も入るがいい。」
「あ、ありがとうございます。」
小さい声で「お義父さま」と言ったが、耳の良いエルフには筒抜けだった。
長はアランに冷たい視線を送る。
が、振り返る時には、笑みがこぼれていた。
書庫の中は静まり返っていた。
棚に並ぶ無数の書物の中から、一冊を手に取る。
古びた表紙。
パラパラとページをめくる。
「あった!これよ。」
そこにはこう記されていた。
――ある日、龍は世界の3分の2を破壊した。
人、エルフ、魔族は3分の1になった。
思わず息を呑む。
そして、パニルに良く似た龍が…
描かれていた。
「これって…」
一同は確信したが、間違いであってもほしくて、それ以上誰も何も言えなかった。
ページをめくり、読み進めていても、
破壊した理由、経緯も、何も書かれていなかった。
またページをめくる。
そこには、別の筆跡でこう書き加えられていた。
――龍は、元は理を持つ存在であった。
(ことわり…?)
その先はなく、ここで終わっていた。
沈黙が続く。
一人のエルフが来ると、晩餐に呼ばれた。
どことなく重い空気。
長がゆっくり口を開いた。
「私が生まれる前の話。…1万年は超える前。この世界は、人間とエルフ、そして魔族が絶妙なバランスで共存していた。」
一同が長を見る。
「だがある日、人間は魔族の宝を盗んだ。そして魔族は怒り任せに、人間とエルフを殺した。エルフは悲しみで、魔族の知能を魔法で封じた。」
「そんな話、初めて聞いた…」
アランがぽつりと言うと、レイチェルも頷いた。
「もう昔過ぎて、エルフの中でもおとぎ話のようになっている。」
長は、軽く笑いながらワインを口にした。
(文献の話って事かな?)
「ある日突然、空が光ると、龍が舞い降りきて、何が何だかわからないうちに、破壊したと言われている。そしてその傍らに、女神が居たと…」
(――女神!?フェンリルさんが言ってた!?)
「女神って、創造主の!?」
「それこそ、おとぎ話だわ…」
長は目を瞑ると、パニルに手をかざす。
周りに光の粒が集まると、長の手のひらに、濃い紫の玉が出来る。
「……お前は、これを望むのか…。」
「どういう事?お父様。」
「この者の魔力は、人間でもエルフでも、魔物でもない。…この世界には存在しない。」
「それってどういう…」
テュセが心配そうに、パニルの手を握る。
けどそれは、逆にテュセが安心したかったのかしれない。
「…私にもそこまでは…。が、女神は存在する。世界が破壊され、終息した時…生き残った曾お祖父さんが見たそうだ。」
「そんな事、誰からも何も聞いてないわ!」
「そうだな。元々エルフは寿命が長い分、昔の事は気にしない性分だ。」
「…どうすれば、良いのですか?」
アランが堪らず口を開く。
「……それこそ、神のみぞ知る。だ。」
「………。」
ここで晩餐はお開きとなった。
皆がが客室に居る中、アランだけ長の部屋
を尋ねていた。
「すみません…お話を――」
言い切る前に、ドアが開く。
「…ご無沙汰してます。」
一礼して部屋へ入る。
「……。」
「あの、さっきの話なんですけど…」
「その話でいいのか?」
「え?」
長は全てわかっているかのように、アランの目を真っ直ぐ見つめる。
「…はい。パニルは仲間なんです!」
思ってもいない返事。
それでも長は、わかってたのかもしれない。だから、レイチェルが惹かれるこの男を自分も嫌いになれなかった。
「…パニルは、この世界の者ではない。
だから不安定な生物…世界を破壊したその後の行方はわかっておらず、エルフの古い文献にはここまでしか載っていない。」
「パニルは…女神と帰るって事でしょうか?」
「そこまではわからん。本人には言わない方が良いと思ったが…」
長の口元には笑みが零れる。
「レイチェルより先に来るとはな…」
アランが振り向くと、レイチェルが立っていた。
「レイチェル!」
「……それ本当?」
「…あぁ。」
「そんな…。」
「…龍にならなきゃいいんだよ…なぁ。」
アランはレイチェルの肩に、ポンと手を置く。
「お前たちで守ればいい。」
「はい。」
アランとレイチェルが長の部屋を出ていく。
「……女神よ。どうかご加護を…」
その祈りが届いているかは、誰にもわからなかった。
つづく。




