男たちの熱き連結作業
「……さて、どうしたものか」
カフェ『KIRABOSHI』の裏庭に、オタクミの低い声が響いた。
目の前には、二台の馬車が並んでいる。
一台は、朝日に照らされて極彩色に輝く痛馬車『ミスティア・ルミナス号』。
もう一台は、車輪が外れ、車軸を破損した黄金のロイヤル・リムジン。
つい先ほど、レジナルドが見事な体当たりを決めた王家の馬車である。
もっとも、事故現場となった表通りにいつまでも置いておくわけにはいかない。
通行の邪魔にならないよう、護衛の騎士たちにも手を借り、壊れた車体を裏庭へ移したところだった。
その作業だけでも、すでにひと汗かいている。
「痛馬車だけじゃ、全員乗るには狭すぎる。かといって、女王陛下を荷物と一緒に積むわけにもいかねえしな……」
オタクミは腕を組み、二台を交互に見比べた。
ロザリア、リア、セラ、シエル。
そして、自分とアーグ、レジナルド。
そこへ旅の荷物が加わる。
痛馬車には立派な客室があるものの、全員が乗って長距離を移動するには、どう考えても余裕がない。
しかも、布教用の荷物まで載せたいとなれば、なおさらだった。
「……やはり、私が走って並走するしか……」
隣で、レジナルドが魂の抜けたような目をして呟いた。
「いや、団長を徒歩で走らせてどうすんだよ!」
「私は騎士団長だ。陛下の馬車に随行する程度の体力はある」
「そういう問題じゃねえって! 王都までずっと走るつもりか!?」
「……必要とあらば」
「真顔で言うな! 怖えよ!」
アーグが、うむ、と頷いた。
「ならば、私も並走しよう。騎士として、仲間を一人にはできん」
「お前まで乗っかるな!」
オタクミは頭を抱えた。
この二人なら、本当に王都まで走りかねない。
筋肉への信頼が厚すぎる。
「……ったく。もっとこう、スマートな方法はねえのかよ」
オタクミは再び二台の馬車を見た。
綺麗に磨き上げられた痛馬車。
豪華な客室を残したまま、足回りを壊したロイヤル・リムジン。
片方には、使われていない立派な車体がある。
もう片方には、壊れてはいるが、まだ使えそうな客室がある。
(……ん?)
オタクミの思考が止まった。
そして、ゆっくりと動き出す。
(待てよ)
(痛馬車だけじゃ、全員乗れない)
(でも、壊れたリムジンの客室も使えれば……?)
彼の視線が、二台の間を行き来する。
前。
後ろ。
そして、その間の空間。
「……あ」
オタクミの口元が、にやりと歪んだ。
「……よし、閃いた」
その表情を見たレジナルドが、警戒するように眉をひそめた。
「……何だ、その顔は」
「団長。ちょっと聞いてくれ」
「嫌な予感しかしないのだが」
「ないなら、繋げちゃえばいいんだよ!」
「……は?」
オタクミは、二台の馬車を指さした。
「痛馬車を前に置いて、壊れたリムジンの客室を後ろへ連結する!」
勢いよく両手を合わせる。
「馬に牽かせる痛馬車を先頭にして、後ろに客室を追加するんだ! これなら乗る場所も増えるだろ!」
「……二台の馬車を、繋ぐ?」
「そう!」
オタクミは胸を張った。
「名づけて――『痛リムジン・トレーラー化計画』だ!」
「と、とれーらー……?」
レジナルドとアーグが、見事なまでに同じ角度で首を傾げた。
「何だ、その聞き慣れぬ言葉は」
「要は二台を合体させるんだよ!」
「合体……?」
「そう! 合体!」
オタクミは拳を握った。
「男の夢だろ、合体は!」
「……夢なのか?」
「夢だよ!」
「……そうなのか」
レジナルドが真剣に考え始めた。
アーグはというと、すでに目を輝かせていた。
「なるほど! 二つの車体が一つとなり、共に王都を目指す……!」
「そうそう!」
「離れていた二つの存在が、固い絆によって結ばれるのだな!」
「いや、そんな感動的な話じゃねえけど!」
「素晴らしい! まさに騎士の友情ではないか!」
「だから馬車の話だって!」
オタクミは額を押さえた。
だが、悪くない。
少なくとも、アーグのやる気は十分だ。
「問題は、後ろのリムジンだな」
オタクミは破損した車輪と車軸を見た。
「ここを直さないと、繋いだところで動かせねえ」
「当然だ」
レジナルドが腕を組む。
「それに、単に二台を繋げばよいというものではない。曲がる時に車体同士がぶつかっては困るし、止まる時も後ろの客室が勝手に押してきては危険だ」
「おお……!」
オタクミは思わず感心した。
「団長、ちゃんと考えてんじゃん!」
「貴様は私を何だと思っておる!」
「さっき馬車の車軸に突っ込んだ人」
「それを言うなァァァッ!!」
レジナルドの悲痛な叫びが、裏庭に響いた。
「まあまあ!」
オタクミは笑いながら手を叩く。
「そういうところも含めて、ちゃんと準備しようぜ!」
そう言って、作業着代わりのエプロンを締め直した。
「やるぞ、野郎共!」
拳を突き上げる。
「王都までの快適な旅路は、俺たちの筋肉と汗にかかってる!」
「うむ!」
「……私はまだ、賛成したとは」
「工具箱持ってこい!」
「話を聞けェェェッ!!」
◇
「ぐぬぬぬぬ……ッ!!」
しばらくして。
カフェ『KIRABOSHI』の裏庭には、騎士団長の悲痛な呻き声が響いていた。
「なぜ……なぜ私が……王国の騎士団長たるこの私が……」
レジナルドは高級なマントを脱ぎ、袖をまくっていた。
その手には、使い慣れない工具。
服には油汚れ。
そして現在、壊れたリムジンの下へ潜り込んでいる。
「馬車の下で、こんな作業をせねばならんのだ……!」
「文句言うな、団長!」
オタクミが、紙の裏に描いたラフ画を片手に叫ぶ。
「アンタのその無駄に鍛え上げた筋肉は、今この瞬間のためにあるんだよ!」
「無駄とは何だ、無駄とは!」
「いいから、車体をしっかり支えててくれよ! 急に落とすなよ!?」
「分かっておる!」
レジナルドは唸りながら、持ち前の怪力で車体を支えていた。
その間に、オタクミが下回りの状態を確認する。
壊れた車軸は、到底そのまま使える状態ではない。
衝突した箇所の周辺にも、歪みが残っている。
「……やっぱ、ここは駄目だな」
オタクミは眉をひそめた。
「このまま無理やり繋いだら、また車輪が外れそうだ」
「二度と御免だ!」
「俺だって御免だよ!」
まずは破損した部品を取り外し、使える部分と使えない部分を分けていく。
車体の下に残った金具を確かめ、歪みの大きい箇所を避けて、どこに新しい支えが必要か考える。
交換が必要な部品もある。
それをどう揃えるか、どの部分を加工すれば再利用できるか。
三人は作業の途中で何度も手を止め、図面を囲んだ。
「……ここ、少し位置が合わねえな」
「ならば、支える位置を変えるか?」
「いや、それだと後ろの車体が曲がった時に……」
「ふむ。こちらの金具を調整すればよいのではないか?」
「お、それだ!」
オタクミが構想を描き、アーグとレジナルドが実際の車体と照らし合わせる。
単に絵のとおり組み立てればいいわけではなかった。
オタクミの頭にあるのは、かつて見た牽引車両のイメージだ。
だが、その知識だけで実物が安全に組み上がるわけではない。
実際の車体を前にすると、考えなければならないことが次々と出てくる。
そして。
「アーグ! 連結部分の金具、どうだ!?」
「もう少しだ!」
アーグは金具の加工に取りかかっていた。
必要な部分へ熱を加え、形を調整し、冷ましてから合わせ具合を確かめる。
思うように合わなければ、また調整する。
火花が散り、金属を打つ音が裏庭に響いた。
その表情は真剣そのものだった。
「ふむ……ただ繋ぐだけでは美しくない」
「え?」
「この部分の形状も、もっと整えたい」
「いや、まずはちゃんと繋がることが大事だからな!?」
「無論、強度を疎かにするつもりはない!」
アーグは胸を張った。
「だが、ミスティア様の御尊さを損なわぬフォルムでなければ!」
「連結金具にまで尊さを求めんな!」
「オタクミ殿!」
アーグが真剣な顔で振り返る。
「連結部とは、すなわち二つの魂が重なる聖域!」
「ただの金具だよ!」
「適当な仕事は許されん!」
「だから適当には作ってねえって!」
オタクミは頭を抱えた。
「どいつもこいつも面倒くせえな!」
その背後で、レジナルドが低く唸った。
「……しかし」
「ん?」
「ここの構造は、確かに慎重に決めたほうがよい」
「……団長?」
「前の馬車が曲がった時、後ろの客室が無理なくついてこなければならん。固定しすぎれば曲がれぬし、緩すぎれば危険だ」
「……ああ。それはそうだな」
オタクミは頷いた。
「だから、そこが動けるように考えてるんだよ」
「ならば、動く範囲も確かめねばならんな」
「おお……」
オタクミは、思わず笑ってしまった。
「なんか、ちゃんと共同作業してるな、俺たち」
「当然だ」
レジナルドはむすっとした顔で答える。
「陛下をお乗せするものだ。いい加減な仕事などできん」
「……だよな」
アーグも頷いた。
「うむ。推しと人を乗せる以上、安全は何より重要だ!」
「よし!」
オタクミは拳を握った。
「じゃあ、もうひと踏ん張りだ!」
再び作業が始まる。
工具の音。
金属を加工する音。
男たちの掛け声。
そして、時折混ざるレジナルドの悲鳴。
「おい、そこを持て!」
「分かった!」
「違う! そちらではない!」
「どっちだよ!」
「右だ!」
「誰から見て右だ!?」
「貴様の右だ!」
「だったら最初からそう言え!」
「落ち着け、二人とも!」
「お前は金具を持て、アーグ!」
「承知した!」
……実に騒がしい。
だが、不思議と作業は進んでいた。
身分も立場も忘れ、男たちが一つのものを作り上げていく。
そこには、原初的な工作の喜びがあった。
オタクミは、額の汗を拭う。
(……やっぱ、こういうのって楽しいよな)
図面の上にしかなかったものが、目の前で形になる。
うまくいかなければ、考え直す。
仲間に相談し、手を動かし、また確かめる。
その繰り返しだ。
しかも、完成すれば――。
(この馬車で、ミスティアを布教できる!)
その一点だけで、疲労など吹き飛びそうだった。
◇
数時間後。
「……よし!」
オタクミが、ようやく顔を上げた。
「繋がったぞ!」
裏庭には、見慣れない姿の馬車が鎮座していた。
前方には、極彩色の痛馬車『ミスティア・ルミナス号』。
後方には、黄金の客室。
破損した足回りは使える部分を残して補修し、必要な箇所には交換用の部材を取りつけてある。
二つの車体は、連結金具によって一つにつながっていた。
「おおお……!」
オタクミは感嘆の声を漏らした。
「すげえ……本当に繋がった……!」
「うむ!」
アーグも満足げに頷く。
「見事な出来だ!」
レジナルドは、汚れた手を見下ろしてから、連結部分へ目を向けた。
「……まさか、本当に形になるとはな」
「言っただろ? 繋げればいいって!」
「言うほど簡単ではなかったがな!」
「そこは認める!」
オタクミは笑った。
ただし、まだ作業の区切りに過ぎない。
実際に馬を繋いで走らせたわけではなく、曲がる時の動きや、乗員と荷物を載せた時の状態も確かめていない。
「これで車体の連結はできたな。あとはちゃんと動くか、確認しねえと」
「当然だ」
レジナルドは力強く頷いた。
「陛下をお乗せする前に、念入りに確かめるぞ」
「はいはい、分かってますって!」
「返事は一度でよい!」
「一度しかしてねえよ!」
オタクミは笑いながら、連結した車体を見上げた。
そして。
「……あ」
何かに気づいたように、動きを止めた。
「ん?」
アーグが首を傾げる。
「どうした、オタクミ?」
「……ここだな」
オタクミは、二台の車体を繋ぐ連結部分を指さした。
剥き出しの金具。
頑丈そうな接合部。
必要な仕事は、きちんと果たしている。
だが。
「……味気ねえ」
「……は?」
レジナルドが顔をしかめた。
「何を言っておる。連結部分は安全に繋がっていればよいだろう」
「いやいやいや!」
オタクミは首を振った。
「団長、分かってねえな!」
「何がだ!」
「女王陛下が乗るんだぞ!?」
「それがどうした!」
「ただの連結器じゃ駄目なんだよ!」
オタクミは両手を広げた。
「前と後ろが繋がっていることに、『意味』を持たせないと!」
「……意味?」
レジナルドの眉がひそめられた。
「連結器に、か?」
「そう!」
オタクミは拳を握った。
「物語性だよ!」
「何を言っているのか、まるで分からん!」
だが、アーグだけは目を輝かせていた。
「……なるほど!」
「お?」
「ようやく分かったぞ、オタクミ!」
アーグは連結部分を見つめた。
「前と後ろ。二つの存在が、互いに支え合い、一つの道を進む……!」
「そう! それ!」
「つまり、二つの魂が結ばれる瞬間を表現すればよいのだな!」
「話が早え!」
「待て!」
レジナルドが慌てて割って入る。
「何をするつもりだ!?」
しかし、男二人はすでに顔を見合わせていた。
「アーグ、いけるか?」
「承知した」
アーグは力強く頷く。
「陛下の深淵なる御趣味も、存分に反映させよう!」
「よし!」
オタクミは筆を取り出した。
そして、連結部分を覆う装飾用のカバーへと向き直る。
「構図は俺が考える! アーグ、細かいところ頼むぞ!」
「任せよ!」
「お、おい!」
レジナルドが声を上げる。
「何を描くつもりだ!?」
「いいから見てろって!」
「そういう言い方をする時は、決まってろくなことにならん!」
「偏見だろ!」
「実績だ!」
正論だった。
しかし、オタクミは止まらない。
連結器の動きを邪魔しないよう、装飾用カバーの位置を確かめる。
そこへ、筆を走らせた。
オタクミが構図を決め、アーグが細部を描き込んでいく。
その手つきは、さっきまで金具と格闘していた男たちとは思えないほど軽やかだった。
「ここ、もう少し目線を合わせたいな」
「うむ。こちらの表情も柔らかくしたほうがよかろう」
「いいねえ!」
「そして、この手の位置は……」
「そうそう! そこで繋がるんだよ!」
「……美しい!」
レジナルドは、嫌な予感に顔を引きつらせた。
「ま、待て……まさか、貴様ら……!」
「よし、完成!」
オタクミが筆を置いた。
アーグも一歩下がる。
二人の視線の先。
連結部分を飾るカバーには、一枚の美麗なイラストが描かれていた。
痛馬車側には、男装の麗人となったミスティア。
黄金の客室側には、華やかなドレスに身を包んだミスティア。
二人は互いに手を伸ばし、連結部分を挟んで指先を重ねている。
その眼差しには、言葉にできないほどの情感が込められていた。
「こ、これは……!?」
レジナルドが絶句した。
オタクミは両手を広げた。
「名づけて――!」
一拍。
「『運命の結合』!!」
高らかな宣言が、裏庭に響き渡った。
「同一人物同士の禁断のカップリング!」
オタクミは誇らしげに胸を張る。
「これぞ、女王陛下への最高のおもてなしだ!」
「……な」
レジナルドの顔が、みるみる赤くなる。
「な、な、な……!」
「どうよ、団長!」
「自己愛の極みではないかァァァッ!!」
怒号が炸裂した。
「不敬だ! 不敬にも程がある!」
「何でだよ! 綺麗だろ!?」
「綺麗だから問題なのではない!」
「じゃあ何が問題なんだよ!」
「同じ御方が、なぜ二人おられる!」
「そこがいいんだろ!」
「よくないわァァァッ!!」
レジナルドは頭を抱えた。
「技術と画力の無駄遣いにも程があるぞ!」
「いや、そこは褒めてんのか貶してんのか、どっちだよ!」
アーグが満足げに頷く。
「ふむ。完成度は高い」
「お前も反省せんか!」
「何を言う。ミスティア様の魅力を最大限に引き出すため、我らは全力を尽くしたのだ」
「全力を尽くす方向を間違えておる!」
その叫びも、二人には届かない。
オタクミとアーグは、完成した絵を前に腕を組んだ。
「……いいな」
「うむ」
「連結器が、急に特別なものに見えてきた」
「まさに、二つの魂が結ばれた証だ」
「よく分かってんじゃねえか、アーグ!」
「当然だ!」
二人は、がっしりと握手した。
「貴様らァァァッ!!」
レジナルドの怒号が、またしても裏庭に響いた。
◇
夕暮れ時。
カフェ『KIRABOSHI』の裏庭には、二台の車体を繋いだ、異様な存在感の馬車が鎮座していた。
前方には、極彩色の『ミスティア・ルミナス号』。
後方には、黄金の客室。
そして、その間には――男装とドレス姿のミスティアが見つめ合う、禁断の連結カバー。
まるで、異世界に現れた巨大な美術作品だった。
いや。
どちらかといえば、巨大な問題作だった。
「……ふぅ」
オタクミは額の汗を拭った。
「完成したな」
「うむ!」
アーグも満足げに頷いた。
「見事な仕事だった!」
レジナルドは腕を組み、深く息を吐いた。
「……まだ、走行の確認が残っておるがな」
「はいはい! それは分かってるって!」
オタクミは笑った。
「今日のところは、車体の連結ができたんだから上出来だろ!」
男三人の服は、油と泥で汚れていた。
顔には煤。
髪も乱れ、立派だった騎士団長の姿など、見る影もない。
だが。
その表情には、大仕事を終えた者だけが浮かべる、清々しい達成感があった。
「……なあ、団長」
オタクミが声をかけた。
「何だ」
「悪かったな。いろいろ無茶言って」
「……フン」
レジナルドは鼻を鳴らす。
「今さら気づいたのか」
「ははっ。まあな」
オタクミは、連結された馬車を見上げた。
「でもさ。アンタがいなきゃ、あの車体は持ち上がらなかった」
そう言って、手を差し出す。
「助かったよ。ありがとな」
レジナルドは、しばらくその手を見つめていた。
油に汚れた、オタクミの手。
自分の手も、同じように汚れている。
「……勘違いするな」
レジナルドは、ふいと視線を逸らした。
「私はあくまで、陛下の安寧のために動いただけだ」
「分かってるって」
「貴様らのふざけた趣味を認めたわけでもない」
「はいはい」
「ましてや、あの連結部分の絵など……!」
「そこはもういいだろ!」
オタクミが笑う。
レジナルドは、また小さく鼻を鳴らした。
しかし。
「……だが」
その声が、少しだけ柔らかくなった。
「貴様らの指揮と働きは、見事だった」
「……お?」
「この工作における手腕だけは、認めてやろう」
そう言って。
レジナルドは、差し出された手を握り返した。
ガシィッ。
油まみれの手と手が、力強く結ばれる。
「へっ、ありがとよ!」
オタクミが笑った。
レジナルドの口元も、わずかに緩む。
その時。
「私のことも忘れるな!」
アーグが、勢いよく割り込んできた。
「うおっ!?」
「何だ!?」
アーグは、二人の手の上へ自分の手を重ねた。
「我らの『愛』と『筋肉』と『技術』が、今ここに結合したのだ!」
「おい、その言い方やめろ!」
「美しい……!」
アーグは夕日に照らされた三人の手を見つめ、感極まったように叫んだ。
「これぞ、男の友情の輝き!」
「暑苦しいんだよ、お前は!」
「何だと!?」
レジナルドが言い返す。
「貴様こそ、少しは汗を拭け!」
「貴殿こそ、油で顔が真っ黒ではないか!」
「それは作業をしたからだ!」
「私も同じだ!」
「だったら喧嘩すんなよ!」
オタクミのツッコミが響く。
しかし、三人の手は、まだ離れていなかった。
今日の朝まで、彼らは痛馬車の装飾を巡って言い争っていた。
実際、今でも意見は合わない。
レジナルドは、相変わらずミスティアの水着イラストを不敬だと考えている。
アーグは、その美しさを守ることこそ騎士の務めだと思っている。
そしてオタクミは、推しを布教できるなら多少の無茶も楽しんでしまう。
三人は、まるで違う。
だが。
同じ車体を支え、同じ金具を取りつけ、同じ完成品を見上げた。
その時間だけは、確かに共有していた。
「……さて!」
オタクミは、ぱん、と手を叩いた。
「男の仕事は、ひとまずここまで!」
「うむ!」
「明日は残りの確認をせねばならんな」
「分かってるって、団長!」
オタクミは大きく伸びをした。
「とりあえず腹減った! 朝から動きっぱなしだしな!」
「確かに、私も空腹だ」
アーグが頷く。
「では、腹ごしらえとしよう!」
「賛成!」
オタクミは、カフェの建物へ目を向けた。
窓からは、暖かな灯りが漏れている。
女性陣も、そろそろ食事の準備をしている頃だろう。
「さあ、行こうぜ!」
男三人は、並んで歩き始めた。
夕日を背に。
油と泥にまみれたまま。
そして、その後ろには。
極彩色と黄金の連結馬車が、静かに夕日を浴びていた。
まだ、一度も走ってはいない。
それでも。
王都への旅へ向けて、大きな一歩を踏み出したことだけは確かだった。
「……しかし、オタクミ」
歩きながら、レジナルドがぼそりと呟く。
「何だよ?」
「やはり、あの連結部分の絵だけは、何とかならんのか?」
「まだ言ってんのかよ!」
「陛下をお乗せする馬車なのだぞ!」
「だから陛下の趣味に合わせたんだって!」
「合わせすぎだ!」
アーグが、うむ、と頷いた。
「そこがよいのだ」
「貴様は黙っておれ!」
「何だと!?」
「もういいから、飯にしようぜ!!」
オタクミの叫びが、ラザリスの夕空へ響いた。
男たちは、言い合いながらも、女性陣の待つ厨房へと向かっていくのだった。




