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その鋭利さは、誰かを護るために

王都アストリアへと続く石畳の街道を、異形の巨体が滑るように進んでいた。

前方は極彩色の痛馬車、後方は黄金の客室。外の民衆が二度見して道を譲るほど悪目立ちする「痛リムジン・トレーラー」であったが、その防音と防振の効いた客室内は、思いのほか快適な空間だった。


あの精神を削る「猟奇的生肉キャラ弁」の昼食タイムをどうにか(オタクミの多大なる犠牲をもって)乗り越えた一行は、食後の穏やかなリラックスタイムを迎えていた。


『(……ふぅ。一時はどうなることかと思ったが、平穏が戻って何よりでござる。拙者、未だにあの血塗れ生首のトラウマが抜けきらぬが……)』

オタクミの腰に帯刀された鞘神ゴルドスが、念話で安堵の溜息を漏らす。


「ふふっ、移動中にこうして絵を描くのも、新鮮で楽しいですね!」

ふかふかのベルベットのソファで、リアが膝の上にスケッチブックを広げていた。


彼女のペン先からさらさらと生み出されていたのは、最近ラザリスの若い女性陣の間で流行っているという「理想の騎士様」のラフ画だった。

大きな瞳に、ふんわりとした柔らかいくせ毛。優しげな微笑みを浮かべ、剣よりも花束が似合いそうな、キラキラとした「今風の丸みを帯びたイケメン騎士」である。


「おお! いいじゃんリア! 線が柔らかくて尊い! これ絶対アクスタにしたら売れるぞ!」

オタクミが身を乗り出して絶賛する。


「あら、可愛いじゃない。私、こういう線の細い男の子、嫌いじゃないわよ」

セラも紅茶のカップを片手に、珍しく素直に褒めた。


「わぁ……おとぎ話の王子様みたいです……!」

シエルに至っては、目を輝かせて両手を組み合わせている。


「まあっ! 素晴らしいですわ、リア先生!」

向かいの席で優雅に脚を組んでいた女王ロザリアが、扇をパチンと閉じて身を乗り出した。


「この憂いを帯びた瞳! 華奢な首筋! 戦場では守ってあげたくなるような『母性本能をくすぐるギャップ』……これぞ現代のトレンド! 次の即売会でタペストリーにすれば、王都の貴族令嬢たちがこぞって買い占めますわよ!」


車内が「尊み」と「商業的成功の予感」に包まれる中。

ロザリアの隣で、腕を組んで目を閉じ、ストイックに護衛任務(という名の休息)をとっていた男が、ピクリと眉を動かした。

騎士団長、レジナルドである。


「……お待ちください、陛下」

野太く、ひどく切実な声が和やかな空気を切り裂いた。

レジナルドはゆっくりと目を開き、リアのスケッチブックを、まるで国を滅ぼす禁書でも見るかのような悲壮な目で睨みつけていた。


「ん? 団長、起きてたのか。どうした?」

オタクミが振り返ると、レジナルドは立ち上がり、ロザリアの前に片膝をついた。


「陛下……斯様かような軟弱な概念に、お心を奪われてはなりませぬ。大きな瞳? 柔らかい髪? 華奢な首筋だと? ……いざという時、そのような丸顔で、魔物の一撃から陛下をお守りできるとお思いか!」

それは、主君を案ずるあまりの、ガチすぎるダメ出しだった。


しかし、オタクミはニヤニヤと笑いながら煽り返した。

「なんだよ団長〜、もしかして嫉妬か? 自分がむさ苦しいゴリマッチョだからって、二次元のイケメンにマジレスすんなって。それともなんだ、アンタならもっと『陛下を守れる理想の騎士』を描けるってのか?」


「……愚問だな」

レジナルドは、カッ!と目を見開いて立ち上がった。

「嫉妬ではない! 私は陛下の御盾! 真の王国騎士が如何なる威容を持ち、如何なる『鋭さ』で陛下とこの国を護るか……リア殿、その紙とペンを貸してみろ。この私が、真の美学を示してご覧に入れよう!」


『な、なんだと!? あの堅物な団長殿が、自ら筆を執るというのか!?』


ゴルドスが驚愕の声を上げる中、リアは圧倒的な圧に押され、「えっ? あ、はい、どうぞ……」とスケッチブックとペンを差し出した。


レジナルドは、分厚い胸板をそびえ立たせ、極めて真剣な表情でスケッチブックに向かい合った。

ゴツゴツとした巨大な手が、繊細なペンを握りしめる。

車内に、ジリッ、ジリッ、という、紙が破れそうなほどの凄まじい筆圧の音が響き始めた。


(おいおい、マジで描いてるよあの堅物……)

オタクミたちは、息を呑んでその様子を見守った。

レジナルドの額には汗が浮かび、その眼差しは、主君への忠誠を一本の線に込めるかのように真剣そのものだった。


「……ふぅ。完成しました」

ドォォォン!! という幻聴が聞こえそうな勢いで、レジナルドがスケッチブックをターン!と裏返して、ロザリアへと提示した。

「ご覧ください、陛下! 刮目して見よ! これが、私の魂が具現化した、国と陛下を護る『真なる騎士』の造形です!!」


そこに描かれていたのは。

確かに、瞳は切れ長で鋭く、肩幅は広く、筋骨隆々だった。


だが――下顎したあごが、おかしかった。

耳の下からエラにかけてのラインが、定規で引いたように真っ直ぐ伸び落ち、そのまま顎の先端部分が、極端な鋭角(およそ15度)を描いて、画面の下へ向かって突き刺さるように伸びきっていたのである。


それはもはや人間の骨格を超越した、特定のゲーム(学園ハ〇サム的な造形)にしか見えない、物理的な凶器ピッケルのようなアゴだった。


「…………」

車内に、数秒の、完全な静寂が落ちた。


「……ええと」

最初に口を開いたのは、ロザリアだった。彼女は扇で口元を隠し、視線を泳がせた。

冷徹なオタク・レビュアーとしての本能が「市場価値ゼロ」と叫んでいたが、主君への純粋な忠誠心でこれを描き上げたレジナルドの真っ直ぐな目を見ると、さすがに無下にはできなかった。


「レジナルド。あなたの……わたくしをお守りしたいという忠義の心は、痛いほど伝わりましたわ。……ただ、その、造形が少々……前衛的アヴァンギャルドすぎましてよ? この『鋭すぎるアゴ』は、特定の一部熱狂的ファンしかつかない、非常にニッチなジャンルですわね……」

ロザリアが、女王としての気遣いとオタクとしての評価を必死にブレンドして言葉を濁した、その時だった。


「ぶっ……! アハハハハハハハハッ!!!」

オタクミが、限界を迎えて腹を抱え、ソファに転げ回った。

「いや、ちょっ、待って!! なんだよこれ!! アゴ!! アゴ長すぎだろ!!www」

「き、貴様……何を笑っている……!」

レジナルドが戸惑ったように目を見開く。


「いやこれ作画崩壊だろwww 骨格どうなってんだよ! 鋭利すぎ!! アゴで人刺せそうじゃねぇか! 陛下守る前に自分が怪我するわ!!ww」

『オタクミ殿の言う通りでござる!! これでは剣を振るう前に、己のアゴで自らの胸部を貫いてしまうではないか!! 』


オタクミの純粋すぎる大爆笑に釣られ、セラも「ふふっ……やだ、なんかジワジワくる……っ」と肩を震わせ、シエルも口元を押さえて必死に笑いを堪えている。

「……っ」


その瞬間。

レジナルドの表情から、一切の感情がスッと抜け落ちた。

現役の騎士団長が、慣れないペンを握り、真面目に、大真面目に、「陛下をお守りする強さ」という己の美学を必死に形にした結果。


それを、ロザリアに困惑され、オタクミからは「作画崩壊」という言葉で、ゲラゲラと笑われたのだ。

オタクミの笑い声は、初めて「自らの内なる美学」を表現した不器用な忠臣のプライドを、鋭利な刃物のようにズタズタに切り裂いていた。


「……先生」

ピシャリと。

車内の空気を一瞬で凍結させるような、極めて低く、冷たい声が響いた。

笑い転げていたオタクミが、ビクッと肩を跳ねさせて顔を上げる。


そこには、普段の温厚な笑顔を完全に消し去った、リアの姿があった。

彼女の瞳の奥には、静かな、しかし明確な怒りの炎が灯っていた。


「……えっ、リ、リア?」

「先生。……それは、笑うところではありません」

リアは、オタクミを真っ直ぐに見据えて、お母さんが子供を本気で叱る時の、あの逃げ場のないトーンで言った。


「レジナルド団長は、真剣に描かれたんです。技術やバランスがどうであれ、誰かが一生懸命に自分の『好き』や『理想』を形にしたものを……それを、頭ごなしに笑って否定するなんて。……先生、言いすぎです」


「あ……」

オタクミの顔から、さーっと血の気が引いた。

リアの言葉が、そして何より、目の前でスケッチブックを握りしめたまま、うつむいて肩を震わせているレジナルドの姿が、オタクミの胸を鋭く突き刺した。


「……貴様には、分からんか」

レジナルドが、絞り出すような、震える声で呟いた。

「この『鋭さ』に込められた、私のソウルが……。ただ丸く愛想を振りまくだけの軟弱な絵の何が尊い……。この鋭さこそが、国を、陛下を護る刃だというのに……っ」


「だ、団長、いや、俺は別に、そういうつもりじゃ……」

オタクミが慌てて弁明しようと手を伸ばすが、レジナルドはバッとスケッチブックを胸に抱え込み、オタクミから顔を背けた。


「……もうよい。所詮、剣の重みを知らぬ民草に、私の美学は理解できん」

彼はそのまま、広い客室の隅の席へと移動し、背中を丸めて座り込んだ。

そして、誰とも目を合わせず、無言でペンを走らせ始めた。


シャッ、シャッ、と……自分の描いた騎士のアゴの線を、黒々と、さらに鋭く修正し続ける、悲痛な音が車内に響く。

ロザリアも気まずそうに扇で顔を覆い、楽しかったお弁当タイムの空気は完全に死滅した。

車内は「解釈違いによる決定的な冷戦状態」という、最悪の気まずさに包まれてしまったのだった。

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