移動式布教計画
バキィィィィィッ!!! ガッシャァァァン!!
盛大な破壊音が、ラザリスの朝の静寂を無慈悲に引き裂いた。
衝撃は空気を震わせ、石畳を伝い、カフェ『KIRABOSHI』の扉をも揺らす。
「な、何事ですか!? 敵襲!? またファンアート軍団の暴走ですか!?」
リアが、お玉と鍋の蓋を盾のように構え、ドタドタと飛び出してきた。
「……チッ。気配はなかったけど。どこ?」
セラは瞬時に腰の刀へ手をかけ、鋭い視線を周囲に走らせる。
「ひぃぃ……! わ、私、また歌ってませんよ!? 天変地異は呼んでませんからね!?」
シエルはセラの背中に隠れ、涙目で必死に弁明する。
だが、彼女たちの前に広がっていた光景は、敵襲でも天変地異でもなかった。
無残に車輪が外れ、車体がひしゃげた黄金のロイヤル・リムジン。
その前で、魂まで真っ白に燃え尽きたように膝をつく、騎士団長レジナルド。
「あ……あぁ……」
彼は震える手で、地面に転がった車輪を撫でる。
「陛下の、御馬車が……国宝級の……車軸が……」
通りが、異様な静けさに包まれる。
通行人たちは足を止め、口を半開きにしたまま凍りついた。
巡回中の騎士は、状況を理解した瞬間、顔面蒼白で敬礼の姿勢のまま固まる。
ロイヤル・リムジンを牽いていた白馬たちは、不安げに鼻を鳴らし、
――そして、視界の端に入った痛馬車を見た瞬間、露骨に目を逸らした。
「あらあら……」
扇で口元を隠しながら、ロザリアが一歩前に出る。
その声音は穏やかで、冷ややかで、そして――どこか楽しげだった。
「レジナルド。あなた……やってしまいましたわね?」
扇が、ゆっくりと閉じられる。
一拍。
朝の空気が、ぴたりと止まる。
「修理費、王都の予算が半年分ほど吹き飛びますし……」
彼女は首を傾げ、柔らかな笑みを浮かべた。
「それに、これでは城へ帰れませんわ。さて……どう責任を取ってくださるのかしら?」
「ひっ……へ、陛下!!」
レジナルドは青ざめ、地面に頭がめり込むほど深く額を打ちつける。
「申し訳ございませぬ!! 万死に値する……!!」
このままでは、彼の首が物理的に飛ぶのは時間の問題だった。
そして、その引き金を作った自分たちも、無傷では済まない。
冷や汗を流すオタクミの視界に、
裏庭で朝日に照らされ、何事もなかったかのように輝く痛馬車が映った。
――その瞬間。
彼の脳内で、悪魔的な計算式が高速展開される。
(……待てよ?)
(これ、逆にチャンスじゃねえか?)
王家の馬車は大破。
移動手段は消失。
ここにあるのは――俺たちの痛馬車だけ。
(つまりこれを使えば、移動時間まるごと「推し布教」タイム!)
(しかも性能とデザインを公式にアピールできる、最高のデビュー戦!)
さらに視線を、絶望に沈む騎士団長へ。
(ここで助け舟を出せば……)
(あの堅物に、でけえ“貸し”を作れる)
計算は、完了した。
オタクミは一歩前に出て、胸を張る。
「へ、陛下! どうかご安心ください!」
「あら?」
ロザリアが扇を持ち直し、視線を向ける。
「何か策がおありで?」
「はい!」
オタクミは、芝居がかった手振りで痛馬車を示した。
「偶然にもここに、王家の馬車にも劣らない――
最新鋭の『公式公認(予定)車両』がございます!」
周囲の通行人が、ざわりと息を呑む。
騎士の一人が「公式……?」と小さく呟き、
白馬の一頭が、露骨に後ずさった。
「内装は最高級ベルベット! 防音・防振完備!」
「外装は、陛下も愛してやまないミスティア様のフルラッピング仕様!」
「王都までの道中、推しに包まれて移動できる――
これぞ、真の王族が乗るに相応しい夢の馬車であります!」
ロザリアは、痛馬車を見つめ――
沈黙。
一瞬。
そして。
「……まあ……!」
その瞳が、きらりと輝いた。
「素晴らしいですわ!」
「まるで推しに抱かれて移動するようなデザイン……」
「これぞ、わたくしが求めていた『公式』の乗り物ですわね!」
「で、ですよねー!?」
オタクミは即座にレジナルドへ向き直り、恩着せがましくウインクする。
「レジナルド団長も、これなら安心ですよね?」
「陛下の“足”をご用意できたんですから……今回の事故は、
まあ、我々の『技術提供』ということで――不問、ってことで?」
「ぐぬぬ……!」
レジナルドは歯を食いしばり、
だが背に腹は代えられず、涙目でオタクミの手を握った。
「……感謝する……! この恩は……いつか……!」
「決まりですね!」
リアがパン、と手を叩く。
「せっかくですし、私たちも一緒に行きましょう!」
「新刊のネタ探し・王城見学ツアーです!」
「えっ、私も行くの? めんどくさ……」
「わぁ! お城! 私、美味しいものたくさん食べたいです!」
セラは渋り、シエルは目を輝かせる。
「左様!」
アーグが胸を張る。
「護衛も必要だ。全員で乗り込むぞ!」
「では、出発進行!」
オタクミが高らかに宣言する。
「レジナルド団長、御者はお任せしますよ!」
「くっ……なぜ私が、このような破廉恥な馬車の手綱を……!」
こうして。
哀れな騎士団長を御者台に据え、
女王、騎士、オタク、芸術家たちを満載した
痛馬車『ミスティア・ルミナス号』は、
王都へ向けて、堂々と走り出すことになったのだった。




