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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 ラクケット開幕編

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『R』の契約

 好きなものを守る。


 言葉にするのは簡単だ。


 でも、そのための仕組みを作るとなると、話は別だった。


 ロザリア女王は、俺に問いかけた。


『あなたが言う方法で、本当に名もない作品を守れるのですか?』


 ……正直、あのときは答えられなかった。


 だから、考えた。


 俺一人で。


 ……いや、もちろん途中で諦めた。


『早いのう!?』


「違う! 一人で考えるのをやめたんだ!」


『同じことではないのか?』


「全然違うわ!」


 俺は、《タクミ・ブレイザー》を机に置いた。


 向かいにはアーグ。


 隣にはリアとセラ。


 シエルも椅子に座り、俺たちの話を聞いている。


 机の上には、ラクケットの記録が広がっていた。


 来場者が描いた絵。


 ミニカード。


 売れた作品と、まだ買い手がつかなかった作品。


 そして、偽物商品の問題をまとめた資料。


「……なあ、アーグ」


「何だ」


「俺たち、何が足りなかったんだろうな」


 アーグは、すぐには答えなかった。


 資料を一枚持ち上げる。


「作る力、だろうな」


「……え?」


「正確には、作り続けて、必要な人に届ける力だ」


 アーグは、机を指で叩いた。


「一度だけなら、皆で頑張れば何とかなる。だが、次も同じようにできるかは別だ」


 ……。


「材料を集める。人を雇う。商品を運ぶ。売れ残れば、その負担も誰かが引き受ける」


「……うん」


「偽物が出れば、対応にも手間がかかる」


 それは、ラクケットで嫌というほど思い知らされたことだった。


 好きなものを作るだけでは、守れない。


 でも。


「……だったらさ」


 俺は、あることを思いついた。


「作る力が足りないなら、もう持ってる人の力を借りればいいんじゃないか?」


 アーグが、こちらを見た。


「……誰の力を?」


 俺は、偽物商品の記録を指さした。


「……これを作った人たちだ」


     ◇


「……お前、正気か?」


 アーグが、真顔で聞いてきた。


「正気だよ!」


「偽物を作っていた側に、協力を求めると?」


「そう!」


「そう! じゃない!」


 うん。


 まあ、そうなるよね!


 セラも眉を寄せた。


「こっちの作品を勝手に使ってた相手でしょ? また同じことされたらどうするの?」


「……そこは、ちゃんと止めないといけない」


 俺は頷いた。


「偽物を作るのは駄目だ。描いた人に無断で売るのも駄目。そこは絶対に変えない」


「じゃあ、どうするの?」


「許可を取って作ればいいんじゃないか?」


 ……。


 アーグが、少しだけ目を細めた。


「……続けろ」


 俺は、勢いよく立ち上がった。


「俺たちが一から全部作るんじゃなくて、ちゃんと作れる人に、正式に作ってもらうんだ!」


 リアが、小さく首を傾げた。


「……私たちの絵を、ですか?」


「そう! でも、リアが嫌なら使わない」


「……!」


「どの絵を使うか。どういう商品にするか。そこは作った人の気持ちを一番大事にしたいんだ」


 俺は、机の上のミニカードを見た。


 飛べないドラゴン。


 四角い鳥。


 巨大な花。


 好き勝手に描かれた、自由な絵。


「そもそも、全部の絵を商品にする必要だってないしな」


 リアが、顔を上げた。


「……そうなんですか?」


「もちろん!」


 俺は、頷いた。


「誰かに見てもらうためだけに描いた絵だっていい。売りたくないものは売らなくていいんだ」


 ……。


「でも、描いた人が『これを誰かに届けたい』って思ったときに、ちゃんと届けられる道があったらいいと思う」


 リアは、少し考えてから頷いた。


「……はい。でも、自分が知らないところで絵を変えられるのは、ちょっと怖いです」


「だよな」


 俺は頷いた。


「だから、勝手に変えたり使ったりしないってことも大事だ」


 アーグが腕を組んだ。


「……なるほど」


「どう?」


「悪くはない」


 ……!


「ただし、問題はある」


「ですよね!」


「許可を取ったことを、買う側がどうやって見分ける?」


 ……。


 あ。


 そうか。


 正式に作ったものと、勝手に作ったもの。


 見た目が似ていたら、区別できない。


 ……だったら。


「目印をつければいいんじゃないか?」


     ◇


「目印?」


 セラが首を傾げた。


「そう! ちゃんと許可をもらって作った商品だって分かる印!」


 俺は、紙を引き寄せた。


 そこに、丸を描く。


 その中に、大きな文字を書こうとして――止まった。


「……何て書けばいいんだ?」


『そこで止まるのか!?』


「いや、こういうのって大事だろ!」


 すると。


 ふと、現実世界で見慣れた記号が頭に浮かんだ。


「あっ!」


『何じゃ』


「そうだよ! こういうのがあったじゃん!」


 俺は、紙に勢いよく書いた。


 ®


「じゃじゃーん!」


 ……。


 みんなが、紙を見つめた。


 沈黙。


「……何だ、これは?」


 アーグが尋ねた。


「ふっふっふ。これはな、俺がいた世界で使われてたマークなんだ!」


『……待て、オタクミ』


「何だよ!」


『お主、それの意味を分かって使っておるのか?』


「もちろん!」


 俺は胸を張った。


「こう、なんか……ちゃんとした商品の横についてる、すごく公式っぽいマーク!」


『説明がふわふわしすぎじゃろ!!』


「細かいことはいいんだよ!」


『よくないわ! それは現実世界で、登録された商標を示すために使われる記号じゃ!』


「……え?」


『お主が今考えておる、創作者の許可を確認するための印とは意味が違う!』


 ……。


 俺は、紙に書いた®を見た。


「……じゃあ、これをつければ勝手に公式になるわけじゃないの?」


『なるわけなかろう!!』


「マジかよ!?」


『当たり前じゃ!! 印をつけるだけで公式になれるなら、偽物を作る連中が一番喜ぶわ!!』


 ……。


 あ。


 確かに。


「……ゴルドス」


『何じゃ』


「今、ものすごく大事なことを教えてくれた気がする」


『最初から大事なことしか言っておらん!』


 アーグが、俺の描いた記号をじっと見つめた。


「……つまり、その印そのものに力があるわけではないんだな?」


「……うん」


 俺は頷いた。


「印を使っていいって認める仕組みが、先に必要なんだ」


 アーグが、小さく頷いた。


「それなら話が通る」


 ……。


「誰でも勝手につけられる印では意味がない。誰が、何を根拠に認めたのか。それが分かることに価値がある」


 ……!


 俺は、顔を上げた。


 誰が認めるのか。


 それが分かる印。


 そして、それを支える人。


「……いるじゃないか」


 アーグが、こちらを見る。


「誰が?」


「すごい人が」


 俺は、にやりと笑った。


「……女王陛下だ!」


     ◇


 ラザリスの冒険者ギルド。


 貴賓室。


 ロザリア女王は、俺たちの話を最後まで聞いた。


 隣には、レジナルドさんが控えている。


 机の上には、アーグが整理した資料。


 そして、俺が描いた、ものすごく雑な目印の案。


 ……ちなみに、さっきの®はアーグによって却下された。


 解せぬ。


『当然じゃ!』


「まだ何も言ってないだろ!」


「……オタクミ?」


 ロザリアが、少しだけ首を傾げた。


「あっ、いえ! 何でもありません!」


 危ない。


 女王陛下の前だった!


「……なるほど」


 ロザリアが、静かに口を開いた。


「無断で製造された商品を認めるのではなく、正式な許可を得た商品を作る仕組みに変える、と」


「はい!」


「そして、そのために、既に存在する製造や流通の力を利用したい」


「そうです!」


 俺は、勢いよく頷いた。


「偽物を作ってたからって、その人たちの技術まで全部悪いわけじゃないと思うんです」


 ロザリアの紫の瞳が、俺を見つめる。


「……随分と考え方が変わりましたね」


「……そうかもしれません」


 俺は、少しだけ笑った。


「前なら、偽物なんて全部なくなればいいって思ってたかもしれません」


「今は違うのですか?」


「偽物を売るのは駄目です。でも、物を作れる人や、遠くに届けられる仕組みまでなくす必要はないと思うんです」


 ……。


「その力を、ちゃんと作った人のために使えたら」


 ロザリアは、黙って聞いていた。


「もっとたくさんの人に、好きなものを届けられるんじゃないかって」


     ◇


「……ですが」


 ロザリアが扇を閉じた。


「それで、これまでの問題がなかったことになるわけではありませんね」


「……はい」


 俺は、まっすぐ頷いた。


「無断で作品を使ったことは、間違ってたと思います」


 ロザリアは、静かに目を伏せた。


「……私も、考え直さなければならないのでしょう」


 ……。


「優れた製造技術と流通経路があれば、価値ある商品を広く届けられる。私は、その力を重視してきました」


「……はい」


「ですが、それだけでは足りなかった」


 ロザリアは、リアへ視線を向けた。


「作った人が望まない形で作品が扱われれば、たとえ売れたとしても、その人の大切なものを傷つけてしまう」


 リアは、少し驚いたように顔を上げた。


「……はい」


「そのことを、軽く考えるべきではありませんでした」


 ……。


 俺は、何も言えなかった。


 女王陛下が。


 自分の考えに、足りなかった部分があったと認めている。


 でも。


 だからって、全部を間違いだったとは言わない。


 そこが、何だかロザリアらしかった。


「……女王陛下」


「何でしょう」


「俺も、全部を分かってたわけじゃありません」


 ロザリアが、こちらを見る。


「作る人の気持ちだけ考えて、どうやって届けるかまでは、ちゃんと考えられてなかったんです」


 アーグが、小さく頷いた。


 ……そうだ。


 俺たちは、違うところを見ていた。


 でも。


 どっちも、必要だったんだ。


     ◇


「……問題は、そこからです」


 ロザリアが、静かに続けた。


「正式な許可を得ると言いましたね」


「はい」


「では、その許可を誰が管理するのですか?」


 ……!


 来た。


 女王陛下の質問攻撃!


「えっと……作った人と、商品を作る人で……」


「双方が合意したことを、第三者がどう確認するのです?」


「……」


「問題が起きた場合、誰が責任を持つのですか?」


「……」


「それに、あなたたちの活動が広がれば、必要な費用も増えるでしょう」


 ……ぐっ。


 正論が痛い。


 いつものことだけど!


『先ほど印の意味を教えたばかりじゃろうが』


「分かってるよ!」


 俺が固まっていると、アーグが一歩前へ出た。


「その点については、私から説明させてください」


 ……アーグ!


 頼んだ!


 アーグは、用意していた資料を広げた。


「製作する品物と許可を得た相手を記録し、確認できる形にする必要があります」


 ロザリアが頷く。


「ええ」


「ただし、我々だけでは、広い流通経路を管理する力が足りません」


「……そうでしょうね」


「そこで、女王陛下のお力を借りたいのです」


 ……!


 ロザリアは、少しだけ微笑んだ。


「ようやく、具体的な話になりましたね」


     ◇


「しかし」


 ロザリアは、静かに続けた。


「私が協力する理由は、何でしょう?」


 ……。


 俺は、息を呑んだ。


 そうだ。


 女王陛下は、ただの協力者じゃない。


 国を預かる人だ。


 好きだから。


 面白そうだから。


 それだけでは、動けない。


「……あります」


 俺は、口を開いた。


「理由なら、あります!」


 ロザリアが、こちらを見た。


「聞きましょう」


「ラザリスには、今、絵を描く人が増えています」


 リアを見る。


「リアみたいに、自分の絵を誰かに見てもらいたい人もいる」


 シエルを見る。


「歌いたい人もいます」


 アーグを見る。


「作ったものを届けるために、頑張ってる人もいます」


 ……。


「そういう人たちが増えたら、この街はもっと賑やかになります」


 ロザリアは、静かに頷いた。


「……続けなさい」


「商品が売れれば、材料を作る人にも仕事ができます。運ぶ人にも、売る人にも」


 アーグが、小さく頷いた。


 これは、何度も教えてもらったことだ。


「みんなが好きなものを作って、ちゃんと届けて、買った人も喜ぶ」


 俺は、ロザリアを見た。


「そういう場所を、続けていきたいんです」


 ……。


「値段がつかない絵を、無理やり商品にしたいわけじゃありません」


 リアが、俺を見る。


「作った人が売りたくないなら、売らなくていい。でも、届けたいと思ったときに、ちゃんと守られながら広められる道を作りたい」


 ……。


 ロザリアは、しばらく黙っていた。


     ◇


「……レジナルド」


 女王が呼んだ。


「はい、陛下」


「あなたは、どう考えますか?」


 レジナルドさんは、少しだけ姿勢を正した。


「私は、彼らの活動を実際に見ました」


 ……。


「初めは、無秩序なものだと考えておりました」


 ですよね!


 まあ、あれだけ自由な絵が並んでたら、そう思うよね!


「ですが、自由であることと、無責任であることは同じではありません」


 ……!


「彼らは、自分たちが起こした問題にも向き合おうとしています」


 レジナルドさんが、俺を見る。


「無論、まだ未熟な部分はあります」


「うっ!」


「ですが、その未熟さだけを理由に退けるべきではないと、私は考えます」


 ……。


 胸が、熱くなった。


 あのレジナルドさんが。


 俺たちのことを。


 ちゃんと見て、そう言ってくれている。


 ロザリアは、静かに頷いた。


「……分かりました」


     ◇


「オタクミ」


「はい!」


「あなたは、私に協力を求めていますね」


「……はい」


「では、こちらからも提案があります」


 ……!


 ロザリアは、机の上の資料へ目を落とした。


「正式に認められた商品であると示す、公認の印を設けましょう」


「……え?」


「作り手の意思を確かめ、認められた形で製造・流通される商品に、その印を用いるのです」


 ……!


 俺は、思わず身を乗り出した。


「それって!」


「ただし、印をつければ何でも許されるという意味ではありません」


 ロザリアは、きっぱりと言った。


「許可のない使用や、購入者を欺く販売は認めません」


「はい!」


「また、正式な商品であっても、問題が起きれば対応が必要です」


「もちろんです!」


「そして、あなたたちにも責任を負ってもらいます」


 ……。


 俺は、一度息を吸った。


 そして、頷いた。


「……はい」


 好きなものを守る。


 そのために、責任を持つ。


 EP070で答えられなかった問いに、少しだけ近づけた気がした。


     ◇


「印には、私の名を示す文字を用いましょう」


 ロザリアが、静かに言った。


「……文字?」


「『R』です」


 ……!


 R。


 ロザリア。


 女王陛下の名を示す文字。


 その瞬間。


 俺の頭の中に、さっきの記号が浮かんだ。


 ®


「……あっ!」


 思わず声が出た。


 ロザリアが、こちらを見る。


「どうしました?」


「い、いえ! ちょっと、現実世界で見たものを思い出して!」


『……まさか、お主』


 ゴルドスの嫌な予感が伝わってきた。


「なあ、ゴルドス」


『何じゃ』


「Rを丸で囲んだら、もっとそれっぽくない?」


『やめい!!』


「何でだよ! 見た目も公式っぽいだろ!?」


『さっき説明したばかりじゃろうが! あの®は登録商標の記号じゃ! ロザリア女王公認の印ではない!』


「でも、Rだぞ!?」


『世の中のRを全部ロザリアのものにする気か、お主は!!』


「……確かに、それはちょっと大変そうだな」


『大変とかいう問題ではない!!』


 ……。


 俺は、改めて女王陛下を見た。


「……女王陛下」


「何でしょう?」


「印の形は、ちゃんと考えた方がよさそうです!」


「……ええ。そのつもりですが」


 ですよね!


 アーグが、深いため息をついた。


「……お前、また何か変なことを考えていたな?」


「ち、違う! ちょっと現実世界の知識が暴走しただけ!」


「それを変なことと言うんだ!」


 ぐうの音も出ない!


 ロザリアは、扇の陰で小さく笑った。


「ふふ。印の形については、後ほど適切なものを定めましょう」


 ……。


「大切なのは、形よりも、その印に何を約束するかです」


 ……!


 俺は、顔を上げた。


 そうだ。


 記号そのものが偉いわけじゃない。


 その印を見た人が、安心できること。


 作った人が、自分の作品を大切に扱ってもらえること。


 それが大事なんだ。


     ◇


 アーグが、すぐに口を開いた。


「陛下。公認印の使用条件については、書面で確認させていただけますか」


 ……さすがアーグ!


 こういうときに冷静なの、本当に助かる!


「もちろんです」


 ロザリアは頷いた。


「口約束だけで、これほど重要な仕組みを始めるわけにはいきません」


 ……ですよね!


 俺は、思わず背筋を伸ばした。


「こちらも、作った人の許可を大切にします!」


 リアが、小さく頷いた。


「……私も、自分の絵を大事にしたいです」


 ロザリアの視線が、リアへ向いた。


「ええ。それでよいのです」


 ……。


「あなたが何を描き、どのように扱ってほしいのか。それを伝えることも、作品を守るために必要でしょう」


「……はい!」


 リアは、まっすぐ顔を上げた。


 セラが腕を組む。


「でも、偽物を作ってた人たちが、すぐに言うことを聞くとは限らないわよ」


「……うん」


 俺は頷いた。


「だから、そこはちゃんと確認しないといけない」


 ロザリアも頷いた。


「協力する者がいるとしても、過去の行為を無条件に認めることにはなりません」


 ……。


「使える技術と、許されない行為は、分けて考えるべきでしょう」


 俺は、その言葉を聞いて、少しだけ嬉しくなった。


 ああ。


 この人は、分かってくれたんだ。


 いや。


 違うな。


 俺も、この人の考えを少しだけ理解できたんだ。


     ◇


 ロザリアは、改めて俺を見た。


「オタクミ」


「はい」


「これで、すべての作品を守れるとは限りません」


 ……。


「価格のつかない作品もあるでしょう。作り手と買い手の意見が一致しないこともあります」


「……はい」


「偽物を売ろうとする者も、すぐにはいなくならないでしょう」


「……そうですね」


「それでも、始めるのですか?」


 ……。


 俺は、少し考えた。


 完璧な仕組みじゃない。


 これで全部解決、なんて言えない。


 でも。


 何もなかった頃より、ずっといい。


「……はい」


 俺は、まっすぐ答えた。


「始めたいです」


 ……。


「まだ足りないところがあったら、みんなで直していきたい」


 ロザリアは、長い間、俺を見つめていた。


 その紫の瞳に、何が映っていたのかは分からない。


 でも。


 あの人が、大切にしていた一枚の絵。


 守れなかった絵。


 その話を聞いたことだけは、忘れない。


 ロザリアは、ゆっくりと扇を閉じた。


「……よいでしょう」


 静かに、そう言った。


「では、契約を結びましょう」


     ◇


 差し出された書面。


 そこには、俺たちが話し合った協力の内容が記されていた。


 アーグが慎重に目を通す。


 俺も、一つひとつ確認した。


 ……いや、こういうときこそ勢いだけで進んじゃ駄目だ。


『ほう。少しは学んだようじゃのう』


「俺だって成長するんだよ!」


『それをもっと早く覚えておればのう』


「今それ言う!?」


 ……まったく。


 でも、今日くらいは許してやろう。


 書面を確認し終えると、アーグが頷いた。


「……少なくとも、今ここで確認すべき内容については、双方の認識が一致しています」


 ロザリアが頷く。


「では、進めましょう」


 俺は、書面を見つめた。


 そこに示された、公認の印。


 『R』。


 その文字が、妙に大きく見えた。


 最初にラザリスへ来たとき。


 この街に、オタク文化を広めたいと思った。


 ミスティア様の魅力を伝えたい。


 誰かの好きなものを、誰かに届けたい。


 それだけだった。


 でも。


 今は、俺一人じゃない。


 リアがいる。


 アーグがいる。


 セラがいる。


 シエルがいる。


 そして。


 かつて対立していた女王陛下まで、同じ方向を見ようとしている。


 俺は、自分の意思を確かめるように、ゆっくりと契約へ同意を示した。


 ロザリアも、女王として協力する意思を明らかにする。


 ……。


 その瞬間。


 俺たちは、ただの対立相手ではなくなった。


 ――『R』の契約が、成立した。


     ◇


「……女王陛下」


「何でしょう」


「ありがとうございます」


 ロザリアは、静かに首を横に振った。


「礼は、まだ早いですよ」


 ……。


「これから、形にしていかなければならないのですから」


 俺は、頷いた。


「……はい!」


 そうだ。


 これは、終わりじゃない。


 好きなものを守るための、新しい始まりだ。


 リアが、胸の前で両手を握っていた。


 セラは、少しだけ肩の力を抜いている。


 アーグは、もう次の仕事を考えている顔だった。


 ……早いよ!


 でも。


 たぶん、俺も同じだ。


 やりたいことが、また増えてしまった。


     ◇


 面会を終えたあと。


 俺は、ラザリスの街を見渡した。


 通りには、今日も人がいる。


 店先には商品が並び、誰かが笑っている。


 少し前までは、こんな街になるなんて思わなかった。


『……満足かのう?』


 ゴルドスが、静かに尋ねた。


「……まだまだ」


『ほう?』


「だって、始まったばっかりだろ?」


 俺は、《タクミ・ブレイザー》を持ち上げた。


 ピンクメタリックの刀身。


 ミスティア様のお姿。


 俺の好きが詰まった、世界で一つの痛武器。


「……でもさ」


『何じゃ』


「ちょっとだけ、嬉しいんだ」


 ……。


「好きなものを守りたいって言ったら、ちゃんと一緒に考えてくれる人がいた」


 ゴルドスは、少しだけ黙っていた。


『……よいことじゃな』


「だろ?」


 俺は、笑った。


 ロザリアは、かつて大切な絵を守れなかった。


 その経験が、彼女を変えた。


 でも。


 今は、違う。


 価値を証明するための力を、好きなものを守るためにも使える。


 俺たちが、その方法を考えていけばいい。


 好きなものを好きだと言える。


 作りたいものを作れる。


 それを、誰かに届けられる。


 そんな場所を、これからも増やしていきたい。


「……よし!」


『何じゃ、急に』


「次は、何を作ろうかな!」


『もう少し余韻に浸れんのか、お主は!』


「だって、やりたいことがいっぱいあるんだよ!」


 ……そうだ。


 まだまだ、終わらない。


 俺たちの『好き』は。


 この世界で、もっともっと広がっていく。


 ――『R』の契約。


 それは、ラザリスの創作文化が、次の一歩を踏み出した証だった。


 ……ちなみに。


「なあ、ゴルドス」


『……何じゃ』


「やっぱり、Rを丸で囲んだデザインって格好よくない?」


『まだ言うかぁぁぁ!!』


 俺の新たなデザイン案は、残念ながら即座に却下された。


 ……解せぬ。

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