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新しい朝と、見慣れない姿

女王ロザリアとの、あまりにも予想外な形で決着した「文化戦争」。

アストリア王国という強力すぎる(そして厄介すぎる)パトロンを得たカフェ『KIRABOSHI』には、嵐が過ぎ去った後のような、それでいてどこか浮足立った奇妙な平和が訪れていた。


その朝。

共同リビングに、オタクミが「んあぁ〜…」と気の抜けた欠伸をしながら姿を現した。

昨夜は、ロザリア女王との今後の連携(という名の、一方的な“推し語り”)に深夜まで付き合わされ、完全に寝不足だ。


「おはよー…」


彼は眠い目をこすりながらソファにどさりと腰を下ろした。

その瞬間、すでに来ていた仲間たちの視線が、一斉にオタクミへ向かう。


ラクケットでの戦いの勢いのまま、自らバッサリ切り落とした金髪。

肩につくかつかないかの長さになった髪は無造作にはね、長い髪に隠れていたうなじや耳元が露わになっている。

顔立ちはこれまでより少年めき、中性的な印象を強めていた。寝起きの気の抜けた表情のせいか、どこか幼く、無防備に見える。


「先生、おはようございます!」

キッチンから顔を出したリアがぱっと笑顔になった。

「あっ、先生、髪、すごいことになってますよ」


彼女は、まるで母親が子どもにするようにごく自然にオタクミの隣へ腰掛け、はねた金髪を手櫛で整えはじめる。


「もう、ちゃんと乾かしてから寝ないとダメですよ?」

「んー? ああ、サンキュー、リア。助かる」


オタクミは、されるがままに目を閉じ、気持ちよさそうにしていた。


その様子を、セラがコーヒーカップを片手にソファの対面から何気なく見ていた。


(……別に)


彼女は心の中でつぶやく。


(前と何も変わらない。ただ髪が短いだけ。それだけよ)


そう言い聞かせる。

だが、リアに髪を直されているオタクミの、少し気の抜けた横顔から視線が離れない。

ほんの一瞬、見とれてしまった自分に気づき、セラは慌ててぷいっと窓の外へ視線を逸らした。


(…ただ、ちょっと…雰囲気が違うだけ。暑苦しさが減って、少しだけマシになっただけ。それだけ)


必死に平静を装いながらも、自分の耳がほんのり熱を帯びているのを感じていた。


「ふむ、しかし随分と印象が変わったな。動きやすそうで何よりだ」

アーグが朝刊(もちろん『ルミナス通信』)から顔を上げ、冷静にコメントする。


『おお! オタクミ殿、その髪型、実にボーイッシュで良いではないか! 新たな属性の開拓でござるな!』


ゴルドスの脳内称賛だけが、誰にも気づかれず木霊している。


当の本人は、自分の見た目の変化など全く気にしていない。


「んー? ああ、これな。切ってみたら案外涼しくて快適だぞ。何より髪乾くの早いしな!」


のんきにそう言って、リアの淹れてくれた熱いお茶をすする。


やがてテーブルには、リアの手による温かい朝食が並んだ。

ふかふかのパン、新鮮な野菜サラダ、具だくさんのスープ、そして完璧な半熟の目玉焼き。

森での生活が長かったシエルは、毎朝これを口にするたびに小さな感動の涙を流している。


「さあ、先生、たくさん食べてくださいね! 今日は商人ギルドとの打ち合わせもあるんですから!」


リアは手際よくオタクミの皿へ料理を取り分けていく。その動きは、もはや熟練の母親の域だ。


「おう、サンキュー」


オタクミは当たり前のように受け取りながら、しかしなぜかサラダの隅の赤い実(少し苦いらしい)だけを器用に避けていた。


見逃さないリアが、優しいが有無を言わせぬ“お母さんスマイル”で、その赤い実をスプーンですくい、オタクミの口元へ差し出す。


「先生。好き嫌いしないで、野菜もちゃんと食べてくださいね!」

「げっ! いや、俺これ苦手で…」

「ダメです。栄養バランスが偏りますよ。ほら、あーん」

「うぐっ…! わかった、わかったから自分で食う!」


結局オタクミは観念して赤い実を渋々口へ運んだ。


その、あまりにも自然な「お世話」と「甘え」の光景。


セラはコーヒーカップを持つ手を止め、じっとその様子を見つめていた。


(……なんなのよ、あいつら。本当に、ただの仲間…なのよね…?)


胸の中に、もやもやとした名前のつかない感情が渦巻き始める。


アーグは、微笑ましげな表情でその光景を眺めながら、どこかずれた感心をしていた。


「リア殿の母性…いや、メンバーの健康管理まで行うとは、実に優れたマネジメント能力だ。私も見習わねばな」


(いや、絶対違うだろ…)

と、ゴルドスが冷静にツッコむ。


食事が終わり、オタクミが打ち合わせに出かけようと立ち上がった時だった。


「あっ、先生、待ってください!」


リアが駆け寄り、彼のシャツを指さす。


「ここのボタン、取れかかってますよ。もう、仕方ないですね」


どこからか小さな裁縫セットを取り出し、その場で手際よくボタンを縫い付け始めた。


「お、おお…。すまん、助かる」


オタクミはされるがまま、無防備な背を見せて立っている。


その背中と、かいがいしく世話を焼くリアの姿──。


セラは、それ以上見ていられなくなり、黙って席を立つと自室へと戻っていった。


「今日はどちらへ? ハンカチ持ちましたか? 転ばないよう気をつけてくださいね」


リアの完璧すぎる“おかんムーブ”は、オタクミがカフェのドアを開けて出ていくその瞬間まで続いた。


戦いの後の穏やかな日常。

──だが、セラの胸には、静かな嵐が吹き始めていた。

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