秩序の騎士と文化防衛戦 その3
「見たか! これが、俺たちの総力戦だ!」
オタクミの宣言を合図に、混沌と秩序の軍勢が、ラザリス中央広場で激突した。
「全軍、突撃! あのガラクタどもを一人残らず踏み潰せ!」
騎士団長レジナルドの怒号。完璧に統率されたアストリア騎士団が、銀の津波となって押し寄せる。
「我が愛すべきファンアート軍団よ、行けっ! 理屈じゃない、魂で戦え! お前たちの『推し』への愛を見せてやれ!」
オタクミは召喚ディスクを構え、オーケストラの指揮者のように腕を振った。
戦いは奇妙な様相を呈した。
騎士団は教科書どおりの槍衾。対するファンアート軍団は、統率など欠片もない混沌の動きで応戦する。
「『衛兵のSD騎士』部隊、前へ! 盾役になって敵の進撃を食い止めろ!」
無骨な木彫りの騎士たちが最前線へ。鋭い剣戟が巨大な頭部に叩きつけられるが、「ゴツン!」と鈍い音がするばかりで傷一つ付かない。異様な頑丈さで、突撃を真正面から受け止める。
「よし、敵の足が止まった! いけっ、『主婦の刺繍ぴーちゃん』戦隊! 上空から攪乱!」
色とりどりのぴーちゃんがふわりと宙に舞い、頭上をひらひら。きらめく刺繍糸が視界をさらい、愛らしさで屈強な騎士たちの戦意を文字どおり溶かしていく。
「……なんだか戦う気が……」「もふもふだ……」
「今だ! 『少年のミスティア』小隊、敵陣を切り裂け!」
チョークの質感を宿すミスティアたちは、足の長さが左右で違うせいで予測不能のジグザグ走行。訓練されたはずの隊列を、かつてないほど翻弄した。
指揮を執りながら、オタクミの心はいつしか“司令官”から“運動会を見守る父親”へと変わっていた。召喚した一体一体――不格好だが愛おしいファンアートたち。そのすべてが、彼にとって守るべき『推し』になっていたのだ。
「ああっ! 『少年のミスティア』の腕が消えかけてる! 無理するな、一度下がれ!」
咄嗟にディスクを操作し、傷ついた幻体をカードに戻す。
「そこの騎士! 『衛兵のSD騎士』の兜に傷をつけるな! あれはあの子のチャームポイントなんだぞ!」
――その“慈愛”が、致命の隙になった。
レジナルドは逃さない。
「術者は己の駒に情が移っている! 弱い個体を狙え! 術者の動揺を誘え!」
精鋭部隊が戦線を突破し、一直線に後方へ。狙いはオタクミではない。ブースの壁に飾られた、まだ召喚されていない小さなイラストカード――この街の子供たちの、か弱い初作品だ。
「しまっ……!」
思考より先に体が動く。これは、子供たちが初めて「好き」を形にした宝物だ。こんな形で終わらせてなるものか。
「俺の子供たちに、手を出すなーっ!」
オタクミはブースから飛び出し、壁の前で両腕を広げて立ちはだかる。
だが、生身の美少年(中身オタク)が、重装の突撃を止められるはずもない。
「ぐはっ……!」
強烈な衝撃。身体は石畳に叩きつけられ、左腕の召喚ディスクもはじき飛ぶ。数人の騎士に手足を押さえつけられ、司令塔を欠いたファンアート軍団は目に見えて鈍り始める。
「この小娘が術者か! 捕らえよ!」
勝ち誇るレジナルド。
(くそっ……ここまで、か……)
悔しさに唇を噛んだ、そのとき――
「先生ーっ!」
寝起きのように少し掠れたが、凛とした声が広場に響く。視線が一斉にカフェ『KIRABOSHI』へ向いた。
リアが立っていた。徹夜の疲労から完全覚醒し、異変を察して駆けつけたのだ。その手にはひときわ強いオーラを放つ一枚のカード。
「先生! 完全復活しました! 私も売り子、手伝います! そして、これは……お守りです! 今の全力を込めた一枚!」
彼女は叫ぶや、虹色に輝くレア仕様のカードを、落ちていた召喚ディスクめがけて鋭く投げた。
カードはまるで意思を宿すように騎士の間をすり抜け、回転しながら宙を舞い――寸分の狂いもなくスロットへ、カシャリ。
「……!」
一目でわかった。オタクミは押さえつけられながらも、最後の力でディスクに手を伸ばし、叫ぶ。
「この輝き、このオーラ! 神絵師の魂が宿る一枚! いでよ、俺の新たなる“推し”!!」
召喚ディスクが爆ぜるように輝き、天を貫く光柱が立つ。光が収まったとき、そこにいたのは――
誰もが知るミスティア・ルミナスではない。
銀の髪を風に遊ばせ、ミスティアと同じ鋭い蒼の瞳を湛えた、長身の青年。氷の刃を携えた長剣を握り、クールでミステリアス、そして圧倒的に美しい。
リアが全ての「好き」と「可能性」を詰め込んで描き上げた――男体化ミスティア。
あまりに予想外で、あまりに完璧な“推し”の降臨に、広場の空気が止まる。
そしてオタクミは、騎士に押さえつけられたまま、魂の底から叫んだ。
「……男やんけ!?」
『あの究極レアカードの蒼眼のミスティアとな!? 新たな扉を開いたでござるな、リア殿!』
ゴルドスのツッコミが、虚空に響く。
最強の援軍――しかしそれは、オタクミの想定を遥かに上回る形で、戦場に降臨したのだった。




