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革命は一本の線から始まる その1

女王ロザリアとの文化戦争が布告された翌朝。

カフェ『KIRABOSHI』の空気は、前日までの絶望が嘘のように、熱気に満ちていた。

それはまるで革命前夜の秘密基地――危険で、それでいてどうしようもなくワクワクする熱気だった。


「よし、みんな! ぐずぐずしている暇はない! 女王のプロパガンダに対抗するため、我々の最初の武器を、今こそ世界に放つぞ〜!」


編集長に就任したオタクミが、カフェの中央で檄を飛ばす。

彼が掲げたのは、徹夜で書き上げた『ルミナス通信』ウィークリー版の第一号、その版下原稿だった。


「この記事で、我々の思想と『尊み』を街中に拡散させる! そして、目玉企画はこれだ!」


彼が自信満々に指さした紙面の中央には、リアの描いた可愛らしいSDミスティアのイラストと共に、こんな見出しが躍っていた。


【緊急開催】リア先生のはじめてのお絵描き教室!

~参加費無料・手ぶらでOK!あなたの『好き』を、形にしてみませんか?~


その見出しを見た瞬間、それまで黙々とイラストの仕上げをしていたリアの手が、ピタリと止まった。


「せ、先生…!」


彼女の声は、期待ではなく、明らかに不安に震えていた。

仲間たちの視線が、一斉に彼女に集まる。


「わ、私なんかが、人に絵を教えるなんて、本当にできるんでしょうか…? もし、誰も来てくれなかったら…? それか、たくさん来てくれたのに、私の教え方が下手だって、みんなに笑われたら…? 私のせいで、皆さんが絵を嫌いになってしまったら、どうしようって…」


その姿は、かつて「魂のレッスン」に怯えていたシエルの姿と、どこか重なって見えた。

計画の中心に据えられた彼女が、そのあまりの重圧に、押しつぶされそうになっていたのだ。


オタクミは、そんな彼女の前にしゃがみ込むと、笑顔で、そして優しい声で言った。


「リア。これは授業じゃない。テストでもないんだ。お前がやるべきことは、ただ一つ」


「……?」


「お前が、誰よりも楽しむことだ。お前が絵を描く時、どれだけワクワクするか、どれだけ『好き』という気持ちで満たされているか、それを、みんなに見せてあげるだけでいい。それは、お前にしかできない、最高の『布教』なんだよ」


その時、これまで輪の中心から少し離れて様子を見ていたシエルが、静かにリアの隣に歩み寄った。

彼女は、まだ人と目を合わせるのは苦手なようだったが、リアの震える手を、そっと自分の冷たい手で包み込んだ。


「……大丈夫ですよ…!」


その声は、小さく、しかし、確かな温もりを持っていた。


「リアさんの絵は、とても温かいですから。きっと、その気持ちは、言葉にしなくても、みんなに伝わります」


かつて、仲間たちに心を救われた歌姫が、今度は仲間を救おうとしていた。


その光景に、セラも、そっぽを向きながら、不器用な言葉を付け加える。

「…まあ、何かあったら、私が黙らせるから、あんたは絵のことだけ考えてなさい」


「えっ、黙らせるって…」


「うるさいわね。生徒が言うこと聞かなかったら、裏庭に呼び出すだけよ!」


物騒な言葉とは裏腹に、その横顔は、本気でリアを心配しているのが分かった。


仲間たちの、それぞれの形で示される不器用な優しさ。

リアの瞳に、じわりと涙が浮かんだ。

しかし、それはもう、不安の涙ではなかった。


窓から差し込む朝日の中で、彼女の顔がふわりと輝く。

「……はいっ!」

彼女は涙を拭うと、これまでで一番力強い笑顔で、仲間たちを見つめ返した。

「私、頑張ります! 私にしかできないやり方で、やってみます!」


オタクミはその横で、カフェの壁に貼られたルミナスのポスターを指差した。

「いいか、リア。お前の“好き”が、この街を救うんだ」


仲間たちは次々に拳を掲げ、声を重ねる。

「「「おおおおお!!!」」」


こうして、革命の最初の狼煙を上げる大役は、一人の、勇気ある女神の手に、確かに託されたのだった。


――一行は完成した『ルミナス通信』の原稿を抱え、待ち構えるアーグのドワーフ印刷工房へと向かう。

石畳を踏みしめる足取りは、かつてないほど力強かった。

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