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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
13 「好き」と、譲れないもの

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その絵を描いたのは

「あの絵のことを、聞きたい」


 俺がそう言うと、ケイスケの表情が止まった。


 ほんの一瞬だった。


 すぐにいつもの顔へ戻ったけれど、さっきまで商談の紙へ向いていた目が、俺の手にある包みへ移っている。


「……持ってきたのか」


「うん」


 俺は答えた。


 その言葉だけで、胸の奥が少しざわつく。


 持ってきたことを、ケイスケは不思議がらなかった。


 でも、それだけで何かを決めつけるのは違う。


 俺は包みを机の上へ置いた。


 商談の紙とは重ならない場所へ。


「先に言っとく」


「何だよ」


「これで、さっきの条件を変えてほしいとか、そういう話じゃない」


「……分かってる」


「仕事の話は終わり」


「ああ」


 アーグも紙をまとめたまま、何も言わない。


 セラも俺の横で黙っている。


 ゴルドスまで静かだった。


 俺は包みの端へ指をかけた。


 開けば、中身は分かっている。


 何度も見た。


 最初に見たときより、今の方がずっと重い。


 紙一枚なのに。


 俺はゆっくり包みを開いた。


 大きな眼。


 細かく入った光。


 何色も重なった虹彩。


 そして、見覚えのない服を着たキャラクター。


 机の上へ置くと、ケイスケの視線が絵へ落ちた。


「……これ」


 俺は一度、言葉を切った。


 聞くのが怖いわけじゃない。


 いや。


 少しは怖い。


 でも、聞かずに決める方が、もっと嫌だった。


「あれは、お前が描いたのか?」


 部屋が静かになった。


 ケイスケは絵を見たまま、すぐには答えなかった。


 否定するかもしれない。


 答えないかもしれない。


 そのどちらでも、俺はそこで止めるつもりだった。


 しばらくして、ケイスケが息を吐いた。


「……そうだよ」


 俺の指が動きを止めた。


「俺が描いた」


 それだけだった。


 でも、頭の中で何かがはっきりつながった。


 あの大きな眼。


 裏の言葉。


 昔のことを知っている書き方。


 商館で、ケイスケがあの絵を見たことを知っていた理由。


「……そっか」


 俺はそれしか言えなかった。


 ケイスケがこちらを見る。


「何だよ、その反応」


「いや……もっと何か言うと思ってたんだけど」


「自分で聞いたんだろ」


「そうなんだけど!」


 思わず声が大きくなる。


「本人から『俺が描いた』って言われたら、こう……頭の中で用意してた返事が全部どっか行った!」


「知らねえよ」


「俺も今、知らない!」


 セラが小さく息を吐く。


「二人とも、落ち着きなさい」


「俺は落ち着いてる」


「俺も!」


「片方は嘘ね」


「どっち!?」


「聞くまでもないでしょ」


『拙者には両方に見えるがのう』


「ゴルドス!」


 少しだけ、空気が緩んだ。


 俺はもう一度、絵を見る。


 本人が描いた。


 その事実だけで、さっきまでと同じ線が少し違って見える。


 でも。


 だからといって、急に全部が好きになったわけじゃない。


 大きな眼は、やっぱり大きい。


 俺の好みの絵柄かと言われたら、ミスティアとは全然違う。


 そこを誤魔化して褒めるのは、違うと思った。


 俺は絵を少し自分の方へ寄せた。


「……これさ」


「何だよ」


「眼、でかいよな」


 ケイスケの顔が固まった。


「あ」


 俺の背中を冷たいものが走った。


「違う! 今のは昔みたいに笑ってるんじゃなくて!」


「分かってる」


「本当に!?」


「声で分かる」


「よかった……!」


 俺は胸を押さえた。


「今の一言で全部終わったかと思った!」


「そこまでなら、とっくに終わってる」


 ケイスケはそう言ってから、絵へ目を落とした。


「で?」


「で?」


「聞きたいことがあるんじゃないのか」


「……ある」


 俺は絵を見る。


 大きさのことなら、もう十分だ。


 もっと気になっていたものがある。


「この眼の中」


 俺は紙には触れず、少し上から指を示した。


「色、何個か重ねてるだろ」


 ケイスケの目が、ほんの少し動いた。


「見れば分かるだろ」


「分かるけど、何でそうしたのかは分からない」


「……」


「最初に見たときも、そこ気になったんだよ」


 瞳の中には、小さな光がいくつも入っている。


 虹彩も一色じゃない。


 近い色だけじゃなく、少し違う色が重なって、遠くから見ると一つに見える。


「眼を大きくしたいだけなら、一色でもできるだろ?」


「できる」


「じゃあ、何で重ねた?」


 ケイスケが俺を見る。


 その目が少し細くなる。


「……気を遣ってる?」


「何に?」


「今さら、俺の絵を褒めようとして」


「してない」


 即答した。


 ケイスケの眉が上がる。


「いや、悪い意味じゃなくて!」


「どっちだよ」


「だって、俺、これ見て最初に『眼でかいな』って思ったし」


「今も言ったな」


「うん」


「二回言った」


「数えなくていい!」


 俺は頭を掻いた。


「でも、眼が大きいのと、色が気になるのは別なんだよ」


 ケイスケは何も言わない。


「俺の好みかどうかって話じゃなくて、何でそう描いたかが知りたい」


 口にしてから、少しだけ息を吐いた。


 昔。


 俺は、そこを聞かなかった。


 大きいと思った。


 笑った。


 それで終わった。


 今度は、分からないところをそのまま聞いてみたい。


 ケイスケは、しばらく絵を見ていた。


「……一色だと、平らに見えたから」


 小さな声だった。


「平ら?」


「ああ」


 ケイスケが、絵の瞳を見る。


「眼を大きく描くなら、その分だけ中が目立つ。なのに一色で塗ると、ただ面積が広いだけに見える」


「なるほど」


「だから、色を重ねた」


「奥行きを出すため?」


「それもあるけど」


 ケイスケの指が、机の上で少し動く。


 絵には触れなかった。


「最初に、眼を見てほしかったから」


 俺は黙った。


「……眼を?」


「そう」


「一番最初に?」


「そうだよ」


 ケイスケは少し苛立ったように言った。


「顔を見て、次に服を見るんじゃなくて、最初から眼へ引っ張りたかった。光も色も、そのため」


 俺は絵を見る。


 最初に見たとき。


 俺も、最初に眼を見た。


 セラも、眼を見せたい絵みたいだと言った。


 つまり。


「……成功してるじゃん」


 口から出た。


 ケイスケが顔を上げる。


「何が」


「俺、最初に眼見たぞ」


「……だから?」


「いや、狙ったところに目が行ったなら、成功じゃん」


「お前は単純だな」


「何で!?」


「一個狙いどおりだっただけで成功判定するから」


「大事だろ、一個!」


「全部思いどおりにいくわけじゃない」


「それはそうだけど」


 俺はもう一度、絵を見る。


「でも、俺にはそこ届いた」


 ケイスケが黙った。


 言ってから、俺もそれ以上は続けなかった。


 上手い。


 好き。


 最高。


 そういう言葉を並べればいいわけじゃない。


 俺が実際に見て、実際に気になって、聞いて。


 答えてもらった。


 今日は、それだけでいい気がした。


     *


「……裏も見るか?」


 ケイスケが言った。


「え?」


「持ってきたんだろ」


「ああ」


 俺は絵を裏返した。


 そこにある一文。


『今度は、笑わないんだな』


 何度見ても、胸の奥が少し痛む。


 俺は文字を見たまま言った。


「これも、お前?」


「ああ」


 返事は短かった。


「そっか」


 今度は、それ以上聞かなかった。


 いつ書いたのか。


 どうやって届けたのか。


 あのとき何を考えていたのか。


 聞こうと思えば、いくらでも聞ける。


 でも、今ここで全部を聞く必要はない。


 ケイスケも続けなかった。


 俺は絵を表へ戻す。


 大きな眼が、またこちらを向く。


「……なあ」


「何だよ」


「一個だけ聞いていい?」


「さっきから何個聞いてると思ってる」


「これで最後!」


「信用できない」


「今日は最後!」


「範囲を狭めたな」


 俺は絵を指す。


「このキャラ自体の名前ってある?」


 ケイスケの目が少しだけ変わった。


「……今日は教えない」


「あるんだ!?」


「何でそうなる」


「今の言い方、絶対あるだろ!」


「知らねえよ」


「気になる!」


「今日は終わりだって言ったのお前だろ」


「ぐっ……!」


 自分で言った。


 確かに。


 俺は口を開きかけて、閉じる。


「……分かった。今日はやめる」


「珍しいな」


「俺だって止まれる!」


「それは最近知ってる」


 その言い方に、少しだけ胸が揺れた。


 でも、笑って昔みたいに肩を叩くことはしなかった。


 ケイスケも何も足さない。


 俺は絵を丁寧に包み直した。


     *


 立ち上がる。


 アーグも紙を持ち、セラも席を離れた。


「じゃあ、仕事の返事は待ってる」


 俺が言う。


「ああ」


「絵のことも……答えてくれて、ありがとう」


 ケイスケは少し黙った。


「別に」


 それだけだった。


 許されたわけじゃない。


 昔に戻ったわけでもない。


 カルテルとの話も、不成立のままだ。


 事故のことだって、何一つ分かっていない。


 それでも。


 この絵を描いたのが誰なのか。


 どうして瞳に色を重ねたのか。


 今日は、その二つを本人の口から聞けた。


 俺は包みを抱え直す。


 扉へ向かいかけて、一度だけ振り返った。


 ケイスケはもう、机の上の商談の紙へ目を落としていた。


 俺も、そのまま外へ出る。


 廊下へ出たところで、セラが俺を見る。


「聞けたわね」


「うん」


「どうだった?」


 俺は少し考えた。


 好きになった。


 許された。


 仲直りした。


 どれも違う。


「……知らなかったところを、一個知った」


 それだけ答えた。


 脇の包みの中には、同じ絵がある。


 でも、来たときとは少しだけ違って見える。


 大きな眼。


 細かな光。


 重ねられた色。


 最初に、そこを見てほしかった。


 今度は、その言葉まで一緒に持って帰れる。

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