異世界への誘い その1
あなたに推しはいるだろうか?
俺にはいる。断言しよう。
俺の人生の半分は、いや、ほぼすべては推しのためにある。
その推しとは──
「ミスティアちゃああああん!!!」
俺、小田タクミ、24歳、独身。
だが魂は『輝星のルミナス』と共にある。
『輝星のルミナス』──人々の願いを光に変え、歌いながら戦う魔法少女たちの物語。
キラキラしたバトル×百合のときめき×熱い友情。尊みの三重奏。俺の生きる意味そのもの。
会場を埋め尽くす同志、空気を震わせるコール、
天井まで揺れるペンライトが、夜空みたいに瞬く。
ステージ中央、スポットが落ち──
「……聞こえる? 今日の光、ぜんぶ受け取るね」
ミスティア・ルミナス(CV:三嶋レナ)の声が、胸骨の奥でパチンと火を点けた。
(来る、来る、来る──!)
ドラムのフィルから一気にメロへ。
BGM:「Twinkle☆Revolution(Live Arrange)」爆走。
「るみたん、最高だよおおお!!」
「うおおおおおお!!」
俺の腕は千切れるまで振られ、喉は今日ここに置いていく覚悟だ。
ステージ後方に投影される星の渦に、ミスティアが滑り込む。
銀髪にひと瞬きの氷光、剣先で空に軌跡を描いて──
「たとえどんなに辛い時でも、私の魔法は希望の光。
みんなの笑顔を守るために、私は戦う!」
……ダメだ。今日も泣く。
クールで儚げな剣士が、仲間のために一歩踏み出す時の、あの細い肩。
守られるべきものじゃなく、守る側に立つその横顔。
(尊い……生きててよかった……)
曲は怒濤のメドレーへ、俺は全身で肯定されていく。
推しは救いで、宗教で、生活。
この瞬間、この空間、俺の中の何かが毎回更新される。
──アンコール。
会場の温度がもう一段階上がる。
三嶋レナさんの最後のMCが、優しくて、涙腺に悪い。
「あなたの願いが、わたしの剣です。今日も、光ってくれてありがとう」
(光ってたのはあんたです……!)
終演。照明がゆるく戻っても、胸の奥はまだライブの中。
汗と涙と幸福でぐったりしながら、俺は会場の外へ出た。
「オタクミ殿〜! 今日はチケット譲ってくれてありがとうでござる〜!」
駆け寄ってきたのは、SNSで知り合ったオタ友──通称オタメガネ。
(ちなみにオタクミは俺の垢名だ。世界に向けてオタクであることを宣言してる。)
「いやー、やっぱ生るみたんは魂の栄養剤だよな! また行こうぜ!」
「是非ともでござる〜! では拙者、帰るでござる!」
妙な口調だが、いいヤツだ。
記念撮影を済ませ、俺は駐車場へ向かう。
待ってろ、俺の相棒──痛車輝。
ボンネットにはミスティアちゃんのドアップ、サイドにはライブ衣装、リアには「☆ルミナス☆」。
世界で一番幸せそうな車だ。
(近所の目? 尊みの前では誤差)
エンジン始動。
推し曲を爆音で流す。スピーカーから再び光がこぼれた気がした。
夜道を滑る。
ライブの残響が車内に残り、俺はそれをそっと舌で味わうように反芻する。
(今日のセトリ、神。映画公開まであと……)
信号が青に変わる。
いつもならここを左に曲がって、コンビニで祝杯の炭酸を買う。
でも今日は余韻を壊したくなくて、そのまま直進した。
「るみたん、最高……」
次の瞬間──
視界の端に、人影。
え?
時間がスローモーションになる。
ブレーキに足を伸ばす。でも間に合わない。
ライトが白く爆ぜて、音がねじれて、遠近感が剥がれ落ちる。
考える間は、ない。
──光が弾けた。
世界が一度だけ、まばたきする。
(……あ、やば)
耳鳴りのその向こうで、ペンライトの星空がふっと消えた。
重力がない。無音。冷たい。
薄い幕を通して、俺の名前を誰かが呼んだ気がする。
オタクミ殿。
──暗転。




