第18話 藤寅の稽古2日目2〜藤寅のアヤカシ講習〜
アヤカシの生態が、今明らかになる!
「それでは講義を始める。寝るやつは……いないだろうがいたらその時は覚えておけ」
「はい!」
藤寅は頷いてから黒板に体を向け、黒板に何か字を書き始めた。
『アヤカシの生態と種類』
「まずはアヤカシの生態からだ。獣士郎、アヤカシとは何だ?」
いきなり難しい質問をしてきた。獣士郎は、どう答えればいいのか腕を組んで考え、絞り出した答えを口にする。
「僕たち人間の敵です」
「そうだ。だが、それ以外の敵でもあることを忘れるな。奴らがまき散らす体液には周りのものを腐食させるという性質がある。それはつまり、この世界の生態系を丸ごと壊してしまうことを意味する」
「周りのものを腐食……ですか?」
妹子や柳次郎も不思議そうにしている。
藤寅は懐から一つの小包を取り出した。その中に入っていたのは紫色をした液体が入った小瓶だ。
「これがアヤカシから採取された体液だ」
「なんか、禍々しい……ですね」
妹子はアヤカシの体液に興味津々のようだ。
「……うっぷ」
対する柳次郎はアヤカシの体液を見た瞬間に気分が悪くなったのか、口元を手で覆っている。
「今からこの中身を出すが気分が悪くなる者もいるから注意しろ」
藤寅は小瓶の栓を取り、それを机に置く。その瞬間に液体の匂いが部屋中に広がった。
「なんなの……この匂いは」
液体の匂いは卵が腐ったような匂いを出している。
「硫化……水素」
「何……それ」
妹子が匂いに苦しみながら獣士郎に聞くが、獣士郎はかぶりを振った。
「な、なんでもない」
「ふ、藤寅さん、少しだけ休んできてもいいですか? そろそろ……吐きそうです」
柳次郎の顔は真っ青になり、頬は何かを抑えるかのように膨らんでいる。
「休んでこい。その間にこれのことは終わらせておく。あとから獣士郎達に聞くように」
「わ、わかりました」
勢いよく扉をあけて、バタバタと走る音が廊下に響き渡った。
「柳次郎が戻ってくるまでにこいつは済ませるぞ。ここに折れた刀がある。そいつにこの体液を垂らすぞ」
小瓶を傾け、刀に一滴だけ体液をかけた。その瞬間から刀から煙が発生し、体液と同じ匂いを発しながら徐々に茶色に変色していった。
「……腐ってる」
「妹子の言うとおり、この刀はもう腐りきった。試しに刀を振ってみるぞ」
藤寅は刀を持ち上げ、一気に振り下げた。刀はその力に耐えられずにぽろぽろと鉄屑となり残ったのは柄の部分だけとなった。
「す、すごい」
「これがこいつの力だ。鉄をも腐食させるが故に、晴明継承団では特殊な加工をした刀を使っている」
「刀が腐らないように……ですか?」
獣士郎の質問に藤寅はかぶりを振る。
「いいや、違う。腐食を遅らせているだけだ。それでも半年に一回は交換をしないといけないがな」
「半年しかもたない……」
妹子はあまりの衝撃に言葉を失い、目をぱちくりとさせている。
「もう……いいですか?」
すっきりした顔で部屋に戻ってきた柳次郎は、部屋の様子を確認してから恐る恐る入り、自席に着席する。
「ああ、次はアヤカシの種類についてだ」
「アヤカシに種類が?」
柳次郎は首を傾げ、腕を組む。
「そうだ。ここからは黒板に書くから、少しだけ待っていろ」
黒板に字を書く音だけが部屋に響く。
「アヤカシには大きく分けて三つの種類がある。まずは基本的な物理種から説明する。こいつは人前に現れては、殴り、蹴りなどの攻撃を無差別に行うある意味一番凶暴な種類だ」
「私が入団試験で戦ったのは多分こいつです」
「そうだな。妹子が受けた依頼は物理種の討伐だ。獣士郎もそうだったのではないか?」
「はい。僕も物理種でした」
「俺が戦ったのは違う。あいつは自在に空を飛んでいやがった」
「そう早まるな。柳次郎が戦ったのはまた別の種類、おそらく浮遊種だろう。浮遊種は空を飛ぶことができ、主に空中からの攻撃を好む」
「空を……飛ぶ?」
妹子は首を傾げている。それもそうだろう。妹子が戦ったのは物理種だ。空を自由に飛ぶ存在などいないと思っていてもおかしくないはずだ。
「僕も……戦いました」
「え?」
「獣士郎、お前何言ってるんだ? 俺は戦ったが、お前はさっき物理種と戦ったって言ってなかったか?」
「ううん、正蔵が戦っていたところに加勢した」
「正蔵……か。確か獣士郎と共に戦って勝ったが惜しくもその後に殺されてしまった者か。すまなかった」
藤寅は頭を下げる。
突然のことに驚いた獣士郎が手を振って藤寅に直るように促した。
「どうして謝るんですか? あれは僕がもっと早く倒すことができていたら……」
「その後のことだ。もう一つの一番厄介なアヤカシを俺は感知していたが間に合わなかった」
「もう一つの……アヤカシですか?」
「憑依種だ。奴は人の目には見えず、人間を乗っ取り人を殺す」
「人を……乗っ取る!? そんなのいるわけないだろ!」
柳次郎は信じたくないのか、大声をあげた。
「柳次郎くん、それが事実なんだよ」
「獣士郎、すまなかった。間に合わなかったせいで大事な友達を殺してしまった」
「いいんです。正蔵も後悔していなかったみたいですし」
首から下げている木箱を強く握りしめ、目を閉じる。
「ならいいのだが……話を戻そう。憑依種は人の目には見えないが、安倍晴久さまから力を受け取ることで見えるようになる。今からはその儀式をやるからついてこい」
獣士郎達は晴明継承団本部の中で一番広いであろう広間へと藤寅に案内されて向かうことになった。
そこで行われる儀式はどんなものなのか、獣士郎はまだ知らないのであった。