第9話 使うは異能の力
刀は光に包まれた。右腕の力が少しずつ抜けていく感覚がある。とにかく今は耐え続ける。
「──キキキキ?」
この状況がアヤカシも飲み込めていなかったのか、様子を窺っているような動作をしている。
「勝負だ!」
光が弱まると同時に地面を蹴った。
刀を極限まで鋭くした。これだけでは敵は倒せない。
それでも今はこれで敵を斬るしかないのだ。
アヤカシは刀を警戒してか、一歩後ろに引き下がり、体勢を低くした。
そして、アヤカシに刀を振るった時──
『キィン』という甲高い金属音が鳴り、今まで受けたことのない強い衝撃が両腕にかかった。
アヤカシの鋭い爪が獣士郎の斬撃を受け止めたのだ。
刀からは火花が散り、今にも折れそうなほどたわみ始めている。
「うらあああ!」
気合と同時にさらに下へと全体重をかけるも、小柄な体では刀を下に押すことすらも難しい状況だ。
「──クルルルル」
アヤカシもどこか苦しそうな声を漏らす。
両者一歩も譲らない耐久戦になるだろう。どちらかに限界が来たときに勝負がつく。
体格差はアヤカシの方が獣士郎の何倍も大きい。獣士郎の方が不利だ。
「早く……くたばれ!!」
さらに下へと刀を押し込む。これ以上は下には下げられない。今出せるすべての力を出し切った。
「──ウシシシシ」
先ほどの苦しそうな声とは裏腹に今度は何か笑っているような声を漏らす。
「まずい……」
アヤカシはまだ力が残っている。だからこそ、余裕そうに笑っていられるのだ。
「──キュラララ」
『飛べ』と言っているような気がした。その刹那、アヤカシの力が獣士郎の押し込む力を越し、腕を天高く持ち上げた。
その勢いで獣士郎は空高く打ち上げられた。
「……ここまでか」
死を覚悟した。この世界に来てまだ5年しか経っていないのに、ここでアヤカシに負けて死んでしまうのだろう。
本部で出会った妹子や正蔵には申し訳ないが、先に退場するしかない。
「ごめん」
心で謝った時だった。
『獣士郎、改善の力は道具にしか使えないというわけではない。どんなものにでも使えるのだ』
声の言っていることの意味がわからなかった。改善は文字通り道具を直すというものだ
「どうすればいいの?」
『答えはすぐに見つかるだろう』
空中にいる中、獣士郎は周りを見回す。右手にはもうすぐ折れそうな刀。アヤカシの後ろには大きな杉の木。少し遠くには街が見える。
ヒントになりそうなものは見つからない。
『見えるものにもう少し注意するのだ。そうすれば自ずと道は開ける』
それっきり声は聞こえなくなった。
もう一度見てみる。改善が使えそうなのは刀と獣士郎が身につけている着物だけだ。
「そうか……わかった」
手順はこうだ。まず、着物を改善し翼のようにして着地の衝撃を吸収する。
『どんなものにでも使える』
この言葉に隠されていた意味。それはその気になればどんなモノでも改善をすることができるということだ。それはつまり、アヤカシ自体も改善はできるのではないだろうか。
もし、可能だというのならばアヤカシの特殊な性能を全て剥ぎ取る。
そうすることで斬撃を通すのだ。
「改善!」
着物が光に包まれ、横いっぱいに広げられる。ゆっくりと地面に近づき、着物の形を元に戻す。
「──キイイ?」
何が起きたのか解っていないのかまたも首らしきものを傾げている。
「次はお前だ!」
アヤカシに走って近づき右手で敵の腕を掴む。
「改善!」
「──キイイイイイイ!!」
苦しそうに悶え、一歩、また一歩と後ろに下がる。
「これで……終わりだあああ!!」
上から下へとまっすぐ振り下ろす。刃はアヤカシの胴体をまっすぐに通り、頭から斬ることはできなかったものの、ほぼ真っ二つに斬ることができた。
「──キイ──ウキカカカ!」
アヤカシの体からは黒い血のようなものが撒き散らされる。先ほどとは違い、刀にも手応えはあり、紫色の煙は全く噴き出していない。
アヤカシはその場にばたり倒れ込んだ。体をビクビクと痙攣させながら、黒い血を垂れ流している。
「さよなら」
アヤカシの頭に刀を刺す。それから数秒経って、アヤカシの痙攣が止まり、完全に沈黙した。
「勝った……のか」
倒したアヤカシは真っ黒な液体となり、そのまま地面に吸い込まれていった。
なんとも不気味な体験だが、これで任務は完了となる。
あとは本部に依頼達成の報告をすると、晴れて清明継承団の一員となれるのだ。
戦いが終わり、一気に全身の力が抜け、そのまま地面に座り込んだ。
「これがアヤカシ……この世界の脅威」
そのまま寝転がり、空を仰ぎ見る。青々とした空に幾つかの白い雲が浮かんでいる。
前世ではこんなにゆっくりと見たことがなかったが、改めて見てみると感慨深いものがある。
「ふう」
一息ついて起き上がり、本部に戻ろうとした時だった。
「うわあああ!!」
この丘からさらに南の方から正蔵らしき少年の声が聞こえた。
正蔵の身に何かが起きたのかもしれない。
「正蔵!」
獣士郎は丘を下り声の主の元へと走り出した。