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8.私の物語(了)

 タナカさんの作った新魔法『音声送信』と新魔法道具『ラジオ』は世を席巻した。

 『ラジオ』のスイッチを入れれば、語り手が何やら楽しげなことを常に話していて、耳を傾ければ暇な時間を楽しく過ごすことが出来る。

 音楽だって聞こえてくる。様々な歌手や吟遊詩人が、楽曲を収録したマジックレコード。その『放送権』というものを『放送局』が買い取り、『ラジオ』を通じて音楽を流しているのだ。

 いやあ、知らない単語だらけだ。しかし、知らないままではいられない。なぜなら……私も『番組』を一つ任されることになったからだ。


 タナカさんが作りだした『ラジオ』は、常に人が喋り続けて『番組』を作り続けなくてはならない。録音を流すことも出来るけれど、その録音だって新規で収録しなくちゃいけない。

 『番組』作りに駆り出されたのは声優だ。声優は声を人々に届けるお仕事。適任である。結果起こったのは、声優不足だ。

 『放送局』のある王都では未曾有の人材不足に悩まされることとなったのだ。


 そこで白羽の矢が立ったのは、地方で二人の声優にくっついておまけのようにお仕事をしていた私だ。王都滞在の経験者であり、伯爵令嬢と違ってエライーノ伯爵を離れることに問題のない私は、王都に呼び出すのに恰好の的だったらしい。

 声優を休業したあのときから、王都に呼び出されるまでの期間は、タナカさんが約束したとおりきっかり半年間だった。


 私だってこの半年、ぼんやりと過ごしていたわけじゃない。ビューティ様達のおかげで、ちゃんと声優として力を積めた。

 だから私の声優としての腕前が錆び付いていると言うこともなく、三十分の『番組』を任されるに足ると、放送局とスゴマジ芸能プロダクションの人達に判断されたのだった。


 それからというもの、私は週に一回、三十分の『番組』を声で作り続けている。たった三十分。喋る内容は一部決まっているがほぼ自由。それだというのに、内容を決めるのは難しかった。タナカさんが言うにはそのうち『放送作家』が育つから苦労は少なくなるとのことだけれど……。

 でも、大変なだけじゃない。やっぱり声のお仕事をするのは楽しい。これが天職なんだって思える。

 なによりも、私を応援してくれる聞き手……リスナーの方々が、私にファンレターを送ってきてくれるのだ。これ以上嬉しいものなんてない。

 だから、今日も私はマイクの前から、声をイナカッペ王国の皆に届けるのだ。


「魔術省から通達の明日の天気をお伝えします。オート王都は午前中晴れますが、午後から小雨が降るでしょう。エライーノ領は――」


 淡々とした声で明日の天気を知らせる。こういうときには感情は込めない方が良いようだ。

 田舎娘の私には知らなかったことだが、魔術師というのは魔術を使って未来の天気を占うことが出来るらしい。その占いの結果は今まで一部の軍人や領主達だけが知ることだったのだけれど、今では『ラジオ』を持ってさえいれば誰でも知ることが出来る。


 かつて私を初めて声優に勧誘するとき、タナカさんは言っていた。恋の歌を歌うかもしれない。お祭りの開始を宣言するかもしれない。有名な戯曲を録音するかもしれない。明日の天気を国中の人に伝えるかもしれない、と。

 『ラジオ』がなきゃ明日の天気を国中の人に伝えることなんて出来るはずがない。

 タナカさんはもうその頃から『ラジオ』を発明することを考えていたのだろうか。あの人の頭の中はどうなっていることやら。


「――以上、明日の天気をお伝えしました。さて、続いては、お肉体験談のコーナーです!」


 私は、そんなタナカさんとの、あるやりとりを思い出す。あれは、王都へ呼び出されてすぐの頃、プロダクションの事務所で再会したときのことだった。







 紫の布地に金糸の刺繍の入ったローブを着た男性が、私の目の前にいる。このローブは魔術師の最高峰である一級魔術師の証だ。

 その魔術師さんは……タナカさんであった。いつの間に昇級したのか。すごいことである。

 どんな偉業を成したのか。半年前にタナカさんが言っていた『ラジオ』が関係しているのか。新しく認可された世界を変える魔法『音声送信』の開発によるものなのか……。

 そんなすごいタナカさんが、私に言う。


「ココロさん。僕はね、声優というものは始めから完璧である必要はないと思うんだよ」


「そうですか……?」


 私が半年前に挫折したのは、周りに一芸に秀でた人が揃っていたからだ。その実力差をくつがえせず、私はお仕事にありつけなくなった。

 つまり、私は完璧ではなかったといえる。


「素養はあれど素人同然の拙い技量の子が、仕事と一緒に一つ一つ成長を重ね実績を積み重ねていく。僕の理想の声優像というものはそういうものだったんだ」


 理想、理想か。タナカさんは常にそれを追い求めてばかりだ。

 でも、拡声魔法や録音魔法、『音声送信』を作れちゃうんだから、理想を求めても実現しちゃうだけの実力が伴っているんだろうな。私は前回ダメだったけどね。


「でも、その理想じゃ、私は『声優』を続けられなくなりました。始めから上手い人が居るならそちらに任せてしまえば良いと、私もそう思います」


「そうだね。理想は現実の前に敗れ去るものだ。だから私は現実を拡張した。それはラジオだ。すでに三つ放送局は用意され、発信塔も建設が完了した」


「無茶苦茶ですね。でも、そうであっても、その理想の子が私である必要はあるんですか?」


 そう、それが疑問に思うところだ。

 タナカさんは声優の『プロデュース』がしたい。その対象が私である必要は?


「あるとも。こちらに来てごらん」


 そうして案内されたのは、事務所の倉庫。そこに、人一人すっぽり入りそうな木箱が置かれていた。

 タナカさんが箱の中身を開けてみると……中に入っていたのは封筒の山だ。

 箱一杯の、手紙。まさかこれは――


「全て、君に宛てられたファンレターだ」


「『ファンレター』?」


「貴女の作品に感動して、感謝したい、応援したい気持ちをつづった手紙だよ」


 やっぱり。私はその中から一つ封筒を手に取った。封はすでに切られている。


 ――ココロの童話集感動しました。またココロさんの声で新作をよろしくお願いします。


 ココロの童話集。私が朗読した童話のマジックレコードは、そう銘打って販売されていた。どこにも私の姿絵などは全く書かれていない。購入者さんに伝わるのは私の声だけ。それなのに、私を名指しで応援してくれている。

 手紙を手に取る。そこにも、朗読者ココロ・ココロンを応援する気持ちが書かれていた。

 胸が一杯になって、思わず涙が溢れそうになる。

 そんな私に、タナカさんが語りかけてくる。


「僕の理想ではね……いずれ一流になる声優というのは、成長が約束されているなら、その過程は歌が発展途上でも良い。喋りが拙くても良い」


 半年前は良いとは判断されなかった。でも、どんな職業だって新人が下積みを行い成長して一人前になる期間というものはあるものだ。声優は、あまりにも新しい職業過ぎてそれがおろそかになっていたんだろう。私の未熟を言い訳するつもりはないけどね。

 タナカさんは言葉を続ける。


「ただ……成長の過程であっても人々に愛されているべきだ。なぜなら声優は声で夢を売る、そういう職業だからだ」


 そんなタナカさんの言い分に、また極端なことを言うなあと、今度は笑いがこみ上げてきた。

 愛が無ければ夢は語れない。流行歌みたいなことを言い出すものだ。


「まるで『声優』とは何なのかを知っているかのように言いますね。まだ生まれたばかりの職業なのに」


「僕ほど声優を知っている人間は、この世界にはいないとも」


 それはとても自信に満ちた言葉だった。


「『声優』の生みの親だからですか」


「いや……ただの声オタなだけさ」


「こえおた……?」


「声を使った仕事が、好きで好きで仕方がない人間のことさ。好きが高じて拡声魔法と録音魔法を作り出すくらいのね」


 そんなタナカさんの言葉に、今度こそ私は笑った。







 ラジオドラマ。それは、タナカさんが以前話していたオーディオドラマというものをラジオで流すというものだ。

 朗読とは違う。役柄ごとに担当声優が付き、地の文にもナレーターとなる声優が付く。


 複数の声優が参加するラジオドラマ。世界で初めての、複数の声優を使った試みは、世界で初めて朗読の録音に使われたものと同じ、童話の中指姫が使われた。

 今までにも、声優同士での分業というものはあるにはあった。三剣士の朗読がそうだ。あれは主題歌の担当者と、朗読の担当者が違う。だがそれは全く別の二つの商品を一つに合わせているようなもので、一つの台本で複数の声優を使うのは初めてのことだった。


 ラジオでそれが初めて流れた日。反響はすごかったらしい。さる高名な評論家曰く、演劇の世界が王国庶民の身近な物になった、と。

 それからというもの、ラジオドラマの製作は活発になった。短く終わる童話だけではない。人気小説や歴史書から長編の脚本を起こし、新聞に載っている小説のように、連載方式で放送するようにもなった。


 今日はそんな新作ラジオドラマの一つの収録日。私は役を一つ貰い、ラジオドラマに挑戦することになった。

 私は数週間前に渡された台本を再度チェックしながら、収録開始の時間を待つ。


「貴女と一緒に仕事することになるとは思わなかったわ。ココロンさんよね、よろしく」


「はい、よろしくお願いします!」


 集まった人達には、見知った顔もある。今私に話しかけてきたのは、主題歌と名有りの脇役等の助演を担当するオペラ歌手さん。あの美少女剣士ドリリンガルとして劇場で歌っていた美人さんだ。

 そしてもう一人、私に近づく人がいた。


「以前は仕事を横取りしたようで済まなかったね。でも、こうして大役を獲得出来たようでなによりだ」


「はい、ありがとうございます! 本日はよろしくお願いします」


 そう声をかけてきたのは、ナレーション――語り手を担当する、劇団員さんだ。あの三剣士の劇をやっていたナレーターさんだ。

 他にも見覚えのある面子がちらほらと。まあ当然だ。全員王都では名のある役者や歌手やはなし家で、声優の仕事も負っているスゴマジ芸能プロダクション所属の人達だからだ。


 そんな、そうそうたる面子の中で、私は一際大きな役を演じることになっている。なんと、担当は主演となる女主人公だ。


 ちなみに脚本を書いたのはタナカさん。

 タナカさん、敬語を話すと語尾が気持ち悪くなるから声優には致命的に向いていないけど、それ以外は多才なんだね。


「自分のことが物語になるというのは、どういう気分なのかしら? 私の物語も誰か書いてくれないかしらね」


「あはは……」


 脚本の中身は、肉屋の看板娘である少女が、ある日魔術師に誘われて『声優』を志す物語。

 そう、私の物語だ。台本を渡され、初めてそれを告げられたときは顔から火が出そうだった。


「私も本人役として仕事の依頼が来たときは何事かと思ったわ」


「ああ、俺もだ」


 ビューティ様とゴウリキさんが横から話に入ってきた。二人は本人役と、名前のない脇役の担当だ。演じ分けできるかしら、とビューティ様は不安に思っていたようだけれど、彼女ならやれると私は信じている。ゴウリキさんはどうかなあ。すごく良い声の名無し脇役とかになりそうで大丈夫なんだろうか。信じよう。

 私の物語に、彼らが登場人物として存在したことは、とても誇りに思う。


「では、収録はじめまーす」


 このラジオドラマが完成したら、声優を志す人が増えるかもしれない。現状、声優は足りていない。歌手や役者出身の声優は元の職業と兼業の人が多く、予定がびっちりと埋まっているらしい。それをどうにかするため、このラジオドラマを聞いて声優を志す人が出てくれればという狙いらしい。だからか、脚本は現実とは違い、ずいぶん夢のある内容に出来上がっていると思う。

 私と同じ未熟な少年少女が、声優を夢見るかもしれない。そうしたら、タナカさんの言っていたとおり人を育てる環境になっていたら良いなと思う。私のお仕事は無くならないで欲しいけどね。


 収録準備が進んでいく。マイクが複数用意され、横一列に声優さん達が並ぶ。主演の私は真ん中だ。

 そして、準備が終わると、収録用の魔法道具の前に座ったタナカさんが指を立てる。


「3、2、1……」


 さて、最初のお仕事。みんなで一斉にタイトルコールだ。

 そのタイトルは――


『世界で初めての声優やります!』


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