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物語のその後③

気持ちは28日なんですが。

 ③


「…脚も痺れていないし、立てますから。それにそんな大層なお車で送って戴く程の距離ではありませんから、どうかお気遣いなく」


 慌てた様にそう断るが、


「その判断は私がしますから」

「いや、お待ちなさいジェントル。おかしいから!それおかしいですから‼︎ご覧なさい、この若々しい顔を‼︎アラフィフを迎えるとは思えないあらゆる肉の張りに起因するかもしれない圧倒的なしわの少なさを!練馬大根ねりまだいこん通り越して北海道の甜菜テンサイなんじゃねぇの的な野太い足を‼︎コレでここまで難無く来られているんですから帰りもすんなり帰れます!」

「マダム、どうか我儘わがままを仰らないで下さい」


 心底困ったボルゾイ(高級犬)の顔をして、彼は美しい顔を軽く傾げた。そのくせ断固とした態度で慣れた感じに背中と膝裏ひざうらにすっと腕を差し込んでくる。

 はあああ!やめっ‼︎最近ショウちゃんとこのエステサロンに搾られて平均体重に近づいてはいるが、それでもこちとらまだまだ重い自覚はあるんじゃあ!


「ほわっ⁉︎え?ええ?何故、私が駄々っ子の様な流れにッ⁉︎」

「さ、落ち着いて。騒ぐと血圧が上がりますよ?」


 ひょい、とバーベル並みの人ひとりを軽々抱え上げた紳士は揺るぎない足取りで公園の入り口へと向かう。


「まだお家には帰りたくありませんよ!私は。出不精のコタツムリには久々の外出なんです‼︎夕食は外食で済ませて、夜は映画館で4DXの映画を観る予定なんですから」

「…何方どなたかとお約束ですか?では、そこまでお送りします」

「いや、お一人様ですけど?ああもうっ、分かりましたよ!あの大型商業施設ショッピングモール!ほら、ここからでも見えるでしょう⁉︎映画館併設されてますから、あそこまでお願いします」

「え…旦那様はお仕事ですか?」

「いえ、先立たれて今は気楽な独り者ですので自由にしてるんです。映画や食事くらい一人で平気…「その予定、私がお付き合いしても?」ええッ⁉︎」」


 ガチャリ、と運転手がドアを開けて、公園前に似つかわしくない白くだだ長い高級車に押し込まれ、落ち着かないレザーの座席に鎮座ちんざさせられた。


「お名前も知らない騎士様とご飯も映画もおばちゃんは行きませんよう」

「これは失礼しました。私はエルネスト・アングレールと申します。エルネストでもエルでもお好きな方を呼んで下さい」

「それではアングレールさん」

「エルで」

「ア「エルです」ン…選択の意味をどうお考えで?貴方」

「すみません、我が家の家訓が【直感に従い、ここぞという時の機は逃すに角の方に詰め寄れ】とあるので」

「ふふ(何だそのごっつコワい家訓)、【袖振り合うも多生の縁】とでも仰りたいの?前世からこんなおばちゃんとえにしを感じるなんて…それなんて罰ゲーム?なんでしょうね。まあまあお可哀想に」

「ところでそろそろマダムのお名前を頂戴してよろしいでしょうか?」

「話を聞きましょうよ、ねぇ話を」


 滑り込むように駐車場に滑り込む車に注目が集まる前に降参したのは私の方だった。


「…芹沢です」

「マダム・セリザワ」

「…陽毬ひまりで」

「ひまりさん、ですね」


 うん、そっちの方がいい。何か最初のヤツはどえらく違う。


「ひまりさん、私、映画館は久しぶりです。しかも4DXは初めてなのですがどういった感じですか?」

「…私も久しぶりなんですよ。最近、4DX自体のCMが挟まるんであんな感じかあ、と思って観てたんですが、4DXでそれを観て合わせて椅子が動くんですよね。飛沫も飛ぶし、突風も吹くし。ちょっとお高いんですが、アクション好きなら是非お勧めします。てか、お時間大丈夫なんですか?通りすがりのマダムと一緒に観る映画はアレですよ?」


 チケット売り場で私は大きなパネルをビシィ!と指差す。

 その先に紛う事無く躍動的に()()()()()()のは日本の誇るアニメーションだ。



【死滅の刃】



 動く死体になった人間に噛まれて超常の力に目覚めた尸解ゾンビになってしまった弟を元の人間に戻そうと刀一本で奮闘するお姉ちゃんの話だ。

 どこかで聞いた事のある人は多分気の所為だと思う。実際、探せばよくある設定だし。


「カタナの出てくる話ですか、面白そうですね。日本のアニメーションは有名ですから興味は前からありました。どんなストーリーですか?チケットを買ったらその辺りをどうかそこの焼き肉屋さんで聞かせてくれませんか?肥後牛霜降りって美味しそうですよね。お米も久しぶりです」


 流れるような流暢りゅうちょうな日本語をまくし立てると何故かど真ん中のチケットの夜の部をさっさとカード払いして、向かい合ってお高い夕食を突いていた。


 美味い。蕩ける〜やっぱ日本の肉は高い肉に限る。マジで伊達にお高い訳じゃない。

 そして美形紳士も只者では無かった。実に巧みに話題を操り、こちらの警戒をバンバン解いていくのだ。

 てか、むしろそんな高そうなスーツ着てるのにこんなショッピングモールに出店してるお店の焼肉の匂い付けさせていいのか?

 …もういいや、何か騙し取られる財産も無い事まで話の流れで暴露しちゃったし。おフランス紳士は4DXアニメも殊のほか楽しんでいらっしゃる様だし。流れでポップコーンもコーラも買って貰っちゃったし。終わってもオタクの外国人さながらに喜んでるし、何なら満面の笑顔だし。


「あの【がちりんとう】が欲しいです、ひまりさん」

「売ってますよ、仮面ライダーのベルト並みにおもちゃ屋で。何なら本物そっくりなのも通販で手に入りますし」


 ガチャガチャも小銭なんか持たない癖に欲しがるから、せめてものお返しにおごってあげた。凄い喜んでた。何ならカプセル抱えてご満悦でした。まあ、これくらいの貢ぎでお返しになったのなら逆に良かった。錬金術師の弟の鎧本体で横殴りにされても文句言えない等価交換だったからな。


 よし、休みをエンジョイしたぞ。何故か謎のお供が出来たお陰で財布へのダメージもゼロだしな。

 楽しく先行している漫画の単行本コミックスの話とか映画の感想とかしている内にまたしてもリムジンに積み込まれ、ブルーノートの寮である邸宅の近くまで来た。


「あ、運転手さん。家人が驚くのでこの辺で降ろして下さい」


 そう言うと車は路肩に停止したが、エルたん(萌え)がそっとこちらの手を取って離さない。


「ひまりさん、今日私は久しぶりに凄く楽しかったです」

「…まあ、そんな感じでしたね。色々奢って貰ったので楽しかったなら良かったですよ。次は彼女でも誘って行ってみればいいんじゃないかしら。貴方のデートの肥しにでもなれたなら、今日一日潰したのも悪くはなかったでしょうし」


 ほほほ、と片手を口に当ててわざとらしく笑った。

 やめろ、そんな熱っぽい目で見んな。一回りか下手すると二回り近く上の熟女をつけ上がらせるのは止せ。


「今日は()()()()()()楽しかった、と言っているんですが」

「そうですか、こんなに歳が離れているとやっぱり気楽に付き合えますよね。特に貴方はモテそうだから」

「…モテ?」

「女性に人気がありそう、って事」

「何ですか、それ。私をいい男、とひまりさんも思ってくれたって判断していいんですか」

「グイグイくる〜」

「?とにかく貴女も今日は私が御一緒しても悪くなかったって事で。ハイこれ、私の名刺です。裏に今、個人的な携帯番号書きましたので受け取って下さい」

「何故〜」

「ガチャガチャ、奢って貰ったじゃないですか。お返しをしなければ男子の沽券こけんに関わります」

「それ以上にお金使って貰いました。トントン、と言う言葉に殴り殺されそうですが、相殺にしましょうよ。ナニ進んでオバちゃんに構われようとしてるんですか貴方」

「私は難しい日本語はあんまり理解できません」

「そんな言葉は【男子の沽券】とか使う人が言っても説得力皆無なんじゃああっっ!」


 手品師の様な攻防を拾い車内で繰り広げ、いい加減こんな車を路肩に駐め続けると駐禁取られそうで…後、壁ドンならぬシートどんくらいそうでとうとう勢い負けして四角いカードをバッグにさっさとしまい込む。


「電話、して下さい」

「ハイハイ、日本にどのくらい居るんです?その間に「今、お願いします」え…?」


 バッグを素早く取られて突き出され、美しい眼差しがこちらを鋭く射抜いた。






「────────今、ここで」




 おかしい。厄年なんかでは無かった筈なんだが。

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[良い点] ババアの乙女心にグイグイくる! [気になる点] セリフ回しが高速でシナプス緩んでる身としてはちょっとツラいです。 [一言] いいぞ!もっとやれ!
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