38話:”セカイ”
大型異進種と対峙した芽衣は、遂にその獣と交戦を開始する。
そして、ウルドの力により姫乃の元へ向かう彼方は世界を知る___
獣の放つ野性的な殺気が、背筋に冷たい戦慄を刻み付ける、張り詰めた空気の中。暗器を手に取り臨戦態勢を整えた芽衣に、二丁の愛銃を両手に下げ、此方も急時に憂いなしの芽愛が問いかける。
「…あの異進種って、やっぱりこの前の___」
「恐らくは。…建物ごと吹き飛ばして尚生きているとは、頑丈さだけが売りのようです」
そう悪態をつきながら目線だけで振り向いた芽衣は、背後の3人の位置を確認し、こう言伝をする。
「…芽愛、貴方は御嬢様と恋羽様の身の安全を確保することを最優先に動きなさい。私の援護は二の次で結構ですから」
「一人で…いいの?」
「……」
芽衣の有無を言わさぬ視線に、静かに頷く芽愛。そして__
「それでは……行きますッ___!」
芽衣が大地を蹴ると同時に、大熊__大型異進種も大気を揺るがす咆哮を響かせる。
「これでも喰らえぇっ!」
先んじて放たれた芽愛の牽制射が、芽衣の背丈の数倍はあろうかという巨躯を持ち上げ、立ち上がった大熊に僅かな隙を生み。
「____ッ!」
大地を駆け抜ける、一陣の風__芽衣の身を目掛け振り下ろされた大熊の攻撃は、狙いから大きく逸れ、その足元の土を大きく抉った。
「は……アアアアッッ___!!!」
巻き上げられた土を微かに頬に受けながらも、靴に備わった仕込み刃により、重力に逆らった立体機動を可能とした芽衣は、地面に埋まったままの異進種の腕を駆け上がり、攻撃動作の報いとしてガラ空きになった首筋に、凶器を突き立てる。…が、しかし。
(やはり刃は通らない……ならば__!)
大熊の背後に降り立った芽衣は、その巨影が振り向く前に次なる攻撃へ入る。
「対人戦のセオリーが通じないとは言え、その弱点だけは隠しようが無いようですねッ___!」
再び繰り出される大熊の攻撃を先程よりも余裕を持って回避した芽衣は、跳躍___そして____
「大人しくしていなさい、獣」
『________!!!!!』
*****
『…聞こえるか、彼方よ』
底なしの空を絶賛降下中の彼方に、風の音や自身の叫びを一切無に帰す、小さな呟きが届く。
「うわあああああああ______あ…? ウルド!?」
『聞こえたようじゃな。あと数分で座標に着く。もう少しの辛抱じゃぞ』
「どっから喋ってんだ? …って言うかお前、人の事落とすの好きだな!? 前に狭間に行った時も落とされて地面にめり込んだだろ!?」
ウルドの姿を探し辺りを見渡すが、辺りは霞に包まれ、数メートル先も視認できないような状態で__
『どうせめり込んだとて、どうせ痛みは感じないのじゃから良かろう? そんな事より___』
「いやいやっ!? 一生消えないトラウマを植え付けるのやめてね!?」
『小さい事を気にするでないわ』
「ちっ…小さっ……!?」
これは小さい事なのか…?と、神の偉大さに心底心酔しながら。…あるいは、ヤケクソになりながら。
彼方はビョウビョウと鳴り続ける風の音に負けないぐらいの溜息をつき、ウルドの声に耳を澄ませる。
『…良いか。佐倉姫乃の居るこのセカイは、わらわの統治する狭間とは異なる。現と地形や環境が酷似した、ほぼ、現のままと言っても過言ではないセカイじゃ』
ウルドの言葉が終わると同時に、薄暗かった身の周りの空間が一瞬にして晴れ渡り、暖かく、眩しい光に包まれる。
『門を通り抜けたようじゃな。…もうすぐ地表に辿り着く。体勢を整えておけ』
「お…おう…」
(つっても、まだ上空何千メートルとかだろ…?この高さ……)
眼下に広がる白い綿____否、すぐさまそれが”雲”であると確信した彼方は、悪態たっぷりに心の中で呟く。
『今から降り立つセカイには、”人間”という存在が存在していない。だが……ただ一つだけ、気になることがある』
「俺を召喚する地点が、予想よりも数千メートル上空だったって事?」
『お主、結構根に持つタイプじゃな…』
分厚い雲の中に突入し、ギラギラと照り付ける太陽光から解放される。
『人間が”居ない”という事は、彼らが開拓し、生活していた痕跡も、無いはずなのじゃ。…だが、このセカイには、その跡が至る所に存在しておる』
「跡……」
『このセカイが”過去”ならば、人間が居なくてはならない。…そしてここが未来であるならば、痕跡だけで無く、完全な遺産として姿を留めているはず。…遥か未来であれば無に帰していても不自然ではないが、一部だけが残っているとなると、その可能性も限りなくゼロに近い___』
「……」
『言うなれば、このセカイは”狭間”の中の”狭間”___どの世界の延長線にも当たらぬ平行世界、わらわの管理下には無いセカイじゃ。何が起きるかは想像もつかん。__故に、門は生物の居らぬ限界高度に繋げさせてもらった』
「…そういう理由なら、まだ納得出来るな」
雲の厚さから想像はしていたが、やはり雲の下の下界は薄暗く、どんよりとした空色。雨が降っていないのが奇跡とまで言えるぐらいの曇天であった。
『お主は佐倉姫乃と合流し、昨晩寝泊まりした建物がある場所へと移動するのじゃ』
「移動したら…どうするんだ?」
『その地点にわらわが現へと繋がる門を開く。それをくぐり抜ければ、全ては元通りじゃ』
「…このまま落ちれば、近くに姫乃が居るんだな?」
『無論。”近く”と言わず、この真下におるぞ』
「なっ…!?」
ウルドの言葉にふと地表を見る彼方だが、距離が離れすぎており鮮明な影は確認できない。
『…剣を取っておけ。…奴らがいる』
「奴ら…? あの木偶人形か?」
『…違う。…お主らが”異進種”と呼ぶ、獣たちじゃ』
「_____!!!」
coming soon…
お読みいただきありがとうございます。
次の更新もお楽しみに!
 




