37話:刻談の書
姫乃を探し森へ入った彼方。そして、木漏れ日の照らす道の最中ら彼方の耳に、あの”声”が届く___
光。
それは、未来を照らす希望の光なのか。
それとも、絶望へと誘う魔性の手招きなのか。
「ウル…ド…」
収束した光の先に、純白の髪を風に揺らして佇む、小さな後ろ姿。
__狭間。
そう呼ばれる場所に、彼女は立っていた。遥か彼方の地平線を拝める湖畔を背景に、空を往く真っ白な雲と同じ色の髪をなびかせ、そこに居た。
『…それが、お主を縛る戒めか』
湖を静かに望みながら、ウルドは言う。
『__佐倉姫乃を、護ること。それが、お主と父親との契約じゃな?』
「……」
ウルドの言葉に、彼方はその場に立ちつくしたまま、無言で俯く。
__誰にも話したことの無い、秘密。
姫乃の傍にある2人の従者、そして、当の本人である姫乃ですら知らない、彼方と一吉だけの秘め事。
『…返事をしてはくれんかの。彼方よ』
「返事も何も… なんで知ってるんだよ、お前が…」
『そうじゃの… わらわが”神様”だから、なんて理由はどうじゃ?』
「なるほど…なんて、すぐには納得してやらないからな」
『そう怒るでない。…お主はわらわの願いを聞き入れてくれたからの。その礼も兼ねて、じゃ』
「…?」
『佐倉姫乃の行き先、聞きたいじゃろう?』
「えっ…? 知ってるのか?」
『無論じゃ』
「……」
…よく考えてみれば、この人、神様だった。
…多分、本物の。
そんな単純な思考に辿り着き、お見通しだったのか…と、感服半分、呆れ半分のため息をつきながら。
彼方は、ウルドへと視線を返す。
「まあ…知られて悪いことは…多分無いだろうし。…姫乃に言わないでいてくれれば、構わないよ」
『…そもそも、わらわと佐倉姫乃は面識が無いからの。心配には及ばぬ』
確かに…と納得する彼方を前に、コホン…と咳払いをしたウルドは、再び口を開く。
『…佐倉姫乃は、時の中に居る』
「…ん?」
『……佐倉姫乃は、時の中に居る』
「いや聞こえてるよ!? 言ってる事の意味がわからないだけで!」
『…そういう事か。時の中とは、つまりここと同じ、”狭間”じゃ』
「なっ…!?」
風に流される髪を押さえながら、ウルドは続ける。
『前もって言っておくが、それは勿論わらわが移動させた訳では無いぞ? …先の機会で、この世界にやってくる木偶人形の姿を見たじゃろう?』
「ああ…」
『そやつらと同じ、外部とこの世界とを繋ぐ扉から、この狭間へと入り込んでしまったのじゃ』
「うん…?…あれ、確かこの前…この狭間って空間の環境は、特異点じゃないと生きていけないって___」
『案ずるな。この世界とそのセカイは在り方が異なる。肉体が消えることは無いじゃろう』
「なら良いんだけど。……って!! 良くないっ! 早くその場所に俺を飛ばしてくれよ! そうしたら直ぐに__」
落ち着きが無くなる彼方に、ウルドが静かに手を伸ばす。
『…おい。握ってどうする、握って』
「え? 飛ばしてくれるんじゃないの?」
首を傾げる彼方に、ウルドは呆れたように溜息をつき。
『……まずは落ち着かんか。佐倉姫乃を救いたいのであれば、昨晩預けた手帳を出すのじゃ』
「…あの白紙のやつ?」
『そうじゃ』
何をする気だ…と聞く間もなく彼方が差し出した手帳を、ウルドがすっとさらっていく。
『未来は常に不完全で在り続ける。じゃがそれは少しずつ塗り重ねられた過去により、いずれ形を成し。創り出される。それが世界であり、未来なのじゃ』
手に取った手帳の裏表紙__丁度、教科書やノートの名前を書く辺りをウルドが指でなぞると、そこには彼方の読むことの出来ない文字で、何かが刻まれる。
『さあ、準備は整った。開くがよい』
「う…うん…」
奇妙な術式が加えられた手帳を彼方に返し、ウルドが言う。
そして彼女が言った通り、彼方が手帳の1ページ目を開こうとすると____
『…世界が、共にあらんことを』
「え…?」
同時に、ウルドが呟く。
独り言、ではなく。まるで、何かに話しかけるかのような声音で、はっきりと。
「うおおっ……!?」
すると、途端に紙面に浮き上がった幾重の文字達が彼方の頭上で螺旋を成し、以前ウルドが放った魔法のような陣を描きながら、そのページへと入り込んでいく。
そして____
「なんだ…これ……」
今度は彼方が読める文字で、上部から底部までびっしりと並んだ赤い文字を見て、彼方が呟く。
『刻談の書___生命の終わりを予言する、言わば未来予想図じゃ』
「生命の終わり…? ってことは、この名前は__」
『今日在って、明日無くなる。お主なら、理解できるじゃろう?』
「……」
『恐らく今名が刻まれている者の半数は、既にこの世にはおらんじゃろう。理由は様々だが、それは逃れようのない運命__手出しは出来ぬ。……そして、今この時。もう一人、世界から消えようとしている者がおる』
ウルドが指を鳴らすと、彼方の意志に反し、手帳のページが次々とめくられる。
『佐倉姫乃は___今日、死ぬ』
ウルドの言葉と同時に、手帳は動きを止める。
そして、彼方は見つけてしまった。
__ページの片隅に刻まれた、その名を。
「___!」
『………』
名を刻む文字の色が、明るい朱に近い赤から錆のような赤黒い色に変わっていることに気付き、彼方は静かに手帳を閉じる。
「そんな……死ぬ…?…あいつが……?なんで…?」
彼方口元から溢れ出た声を拾ったウルドが、風に溶けるかのような声音で、呟く。
『それが運命だから、じゃ』
「…なんだよ…それ…そんなのって!」
『落ち着けと言っておろうが。…特異点であるお主は、この世界に順応性がある。それは大きな武器じゃ。…他の人間には出来ぬこと___今を生きる者たちの、運命を変えることが出来る。…今はその力に縋る時じゃろう?』
焦燥を滲ませる彼方へ、対照的に全く動じることのない素振りでウルドは返す。
『お主にとって佐倉姫乃が大切な存在であるというのは百も承知。…だがそれは、わらわにとっても同じこと』
「どういう…意味だ?」
『世界を救うために必要な人間は、お主だけでは無い、ということじゃ。佐倉姫乃も、そして佐倉彼方も。世界には必要な存在なのじゃ。…いくら書の啓示があろうと、その運命を潔く受け止めるほど、わらわは往生際が良くないのでな』
そう言うとウルドは、湖へ向け歩き出す。
「おっ…おい! どこ行くんだよ!」
『言ったはずじゃ。…借りを返すと』
「…なっ?」
そこに立っているわけにも行かず、ウルドの背を追い、彼方も後に続く。
『…ここじゃな』
立ち止まったウルドの先には、風に吹かれ僅かな波を立てる湖面。その水面には、直上の遥か青空が写る。
「何をするんだ…?」
『…お主に問う。…佐倉姫乃を、救いたいか?』
「当たり前だ。おれは、そのために生きてるんだからな」
『…そうか。…ならば成せ。その願いを叶えるため、そして世界を、未来を救うため___』
ウルドの言葉によるものなのか、あるいは自然現象__運命、必然と言うものなのは知らないが。
風が吹き止み、波風立たなくなった穏やかな湖__その湖面が、空を写す巨大な鏡になる。
『____ゆけ! 佐倉彼方よ!』
と同時に振りかざされたウルドの指先から、光が溢れ。
「______!!!」
鏡と化した水面に乱反射し、彼方視界を覆う。
___やがて、その光が晴れ。
「……ん?」
不可思議な浮遊感に苛まれ、白に塗り潰された瞳を、恐る恐る開く。そこは___
「…地獄に繋がる三途の川____じゃないことは確かだな。…だって_____」
浮遊感___下りのエレベーターに乗っている時や、航空機の離着陸時など。それを味わう機会は割と日常でもある。けれども、これほどの浮遊感を味わうことは滅多にない。…いや、無い。ゼロだ。
「まじで落ちてるんですけどコレェえええ____!?!?!?!?」
ビョウビョウと鼓膜を打ち据える風きり音と、全身を突き上げる空気抵抗の渦。
佐倉彼方が舞い降りた___否、絶賛舞っているのは、”そのセカイ”の、地表遥か彼方の上空であった____
「何が時の神だ!? 高所落下を司る神に改名したらどうだ? ウルドォォォォォ〜〜!!!」
その叫びに答えるのは、相変わらず耳元で騒ぎ続ける風の音だけで___
「ああああああああぁぁぁ____!!!」
阿鼻叫喚の叫びを木霊させながら、彼方は灰色の空を飛んで____訂正し、落ちていくのであった。
coming soon…
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