36話:木漏れ日の先に
姫乃の姿を探し、施設のキャンプ場へと赴く彼方。
しかし、その先で待ち受けていたものは___
「広…でも、誰も居ねぇ…」
施設の北側__厳密に言えば北東に位置するその場所は、飯盒炊飯を行うための炉を始め、所々に埋め込まれたテントを固定するための金具など。野営をするのにこれ程適した場所は無いという、如何にもな立地にあった。
午後の警備任務を終え、二葉が”姫乃の姿を見た”と言っていた場所へと足を運んだのだが…
「まあ…何日も居るような場所じゃないしな。…寒いし」
風を遮る木々が少ない分、体に直接吹き付ける風に身震いしながら、人っ子一人居ない敷地内を一通り見渡し、ため息混じりに来た道に振り返る。
「…あ、第一村人発見」
すると、どこかで見覚えのある丸眼鏡をかけ、何やら慌てた様子で走り回る女性を発見する。
「せーんせ〜!」
「……」
「あの〜!」
「……」
「深見先生〜!」
「…あひゃいっ!?…あ、彼方くん?」
真面目に無視されてるのかと思い不安になった彼方だったが、きょろきょろと頻りに辺りを見渡す動作から、探し物でもしてたんだろうな…と、勝手に決めつける。
「深見先生ですよね? 姫乃の担任の先生の…」
「はっ、はい! そうです、その深見です!」
「…で、どうしたんです? そんなに慌てて」
「…!? お見苦しい所をお見せしてすみません! 直ぐに視界から消えますから……」
「いやいや!? 消えないで下さいって!」
相変わらず腰が低い__低すぎて座ってるんじゃないかどう思わせる程の低姿勢を貫く教師__ 深見の前に立ち塞がり、逃げ場を無くす。
「あの…今、少し捜し者をしていまして……」
「また眼鏡でも無くしたんですか? …ちゃんとかけてますよ?」
「ちっ、違うんです! …捜しているのは___」
この人は天然なのか不注意なのか、よくものを無くす人だ。この前なんか眼鏡が無い無い言って、ずっと額にかけてたし__
「あの…すごく言い難いんですが…」
「はい…?」
もじもじ、きょろきょろ。
そんな、明らかに挙動不審な動き見せる教師に、容赦なく、生暖かい視線を浴びせる彼方。
その視線を受け、さらに挙動不審を加速させながらも、深見はしどろもどろに口を開く。
「…姫乃さんが、集合時間になってもバスに戻って来ないんです。…お世話係の2人と、お友達の結さんも……」
「なっ…!?」
その言葉に目の色を変えた彼方の眼光に、深見はびくんと肩を震わせる。
「ひいっ…!? 私の監督不行届ですぅっ!ごめんなさい! ちゃんと責任はとりますのでぇ!!」
「…姫乃がどこに行ったか…目星はついているんですか?」
「ふぇ…?」
泣きそうな顔でペコペコと頭を下げる深見に、冷静を装いつつ彼方が言う。
「他の生徒から、散歩道の方に行ったとよ証言があったので、その辺に捜しに行こうと思っていたんですけど……」
「…!」
その言葉が耳に入った瞬間、彼方は走り出す。
わ…私も行きます…! と後に続こうとする深見を天と地の差で引き離し、施設東側の規制線まで辿り着く。
(姫乃…こんな時にっ…!)
異進種の影がチラつく今の時勢を考えても、森に入るのは危険だ。
だが、その生徒の証言が正しいなら、散歩道と名のついた林道はこの先のはず___
いつ戦闘になっても対応できるよう剣帯から刀を取り外し、鞘ごと手に取る。
「さっ…佐倉…くん! まって…! これ……!」
そんな、意を決し森に入ろうとする彼方の視界の端に、へろへろになりながらも手に取ったそれを見せるようにブンブン振り回しながらやってくる、深見の姿が捉えられる。
「…先生は戦闘員じゃないんですから。武装もしてないし、森には入らない方が__」
「こっ…これ! 見てっ!」
「…?」
ずいっと突き出されたのは、携帯端末。その画面には__
「…この連絡網、いつ来たんですか?」
「今です!今!…も〜! こんな危ないところで生徒たちを訓練だなんて! 上の人達は何を考えているんでしょうか!? ……あ、今の言葉は忘れて下さい」
「……」
(…逢里の話では、昨日の時点で既に指定されていたはず…。今頃になってその情報が公開されたのには、何か理由が…? それに__)
ゼェゼェと肩で息をする深見から目を逸らし、彼方は自分の端末を確認する。…しかし。
(俺の端末には連絡が来ないってことは、俺に知らせる必要も無い、ってことか…)
ま、知っていたところで森に入るのを躊躇うか__と聞かれたら、答えは否だ。
「先生は森には入らず、建物の回りを捜して下さい」
「えっ? 彼方くんは…!?」
「俺は先に進みます。…仮にも、戦闘訓練は受けてますから」
「あっ……」
止めようと手を伸ばす深見に脇目も降らず、彼方は森へと入る。
あと一時間もすれば日が落ち始め、森林の奥深くまで言ってしまえば灯りなしでは歩けなくなる。それまでに、何としても姫乃たちを見つけなければ。
「散歩道って言ってたな… こっちか…」
施設を360°囲うように敷かれた小道は、人が3人ほど横に並べば埋まってしまうような狭い道が殆どを占める。キャンプ場へと繋がるルートは後回しにして、先に規制線の張られた区域を通る散歩道へと進む。
「…にしてもドロドロだな。下手すりゃコケるぞ…」
ぬかるんではいるものの、道沿いには何ら異変は見られない。地面に残った足跡や木々に付いた傷など、生物の痕跡は特に見受けられず。
不自然だが自然な光景を目にし、ふと考えが浮かぶ。
(…よく考えてみれば、姫乃が約束の時間に遅刻するなんて事は無いだろうし… あの2人が傍に居るなら尚更__)
小走りに進めていた足の速度を僅かに落としながら、冷静に自らを諭す。
(それに…この道は一本道__途中で方向が狂ったとしても、そのままどっちかの方向に進めば通りに出るはず……)
先程深見先生が言っていた、他の生徒の証言。もしもそれが虚言であり、姫乃たちは他の場所に居るのではないか。
…仮に施設外に出ていた場合、自分がこんな森の中で走り回っていることになんの意味も無い。
「…取り敢えず一周回って見て、それから___うん?」
頭ではそんなことを考えつつ、変わり映えない林道を観察していた時。
自分が立つ僅か先のぬかるみに、何やら人型に見えなくもないような跡が刻まれているのを見つける。
「誰かが…転んだ跡…?」
緩やかなカーブが続くこの場所は、地形的に言うと施設の南東だろう。
道中に点在するマップによれば、綺麗な円形とは程遠いこの散歩道は、四方の角に近付けば近付くほど鋭角なカーブが描かれるのだ。
「確かにここはぬかるみが酷いけど…転ぶ程か…?」
盛大に残されたスリップ痕と、手をついた場所であろう抉られた地面。走ってたんだろうな…と、誰かが転んだその場面を想像しつつ。
(走ってたんなら、この跡は姫乃じゃないかもな。あいつ、運動嫌いだし。…何かに追われてたとか、そんな状況じゃなきゃ___)
昨年の鳳凰祭__まだ姫乃が入学していなかった頃。
在校生の家族として入場が許可され、高等部の演し物にあったお化け屋敷に入った時の話だ。あまりのリアリティーと怖さに、繋いでいた手を離し泣きながら一人で走破してし、出口で先輩達にめちゃくちゃ謝れていた姫乃の姿を思い出す。
(あれ先輩たちは悪くないんだけどな…)
…と、心の中で静かにツッコミを入れる。
しかし。ふと、自分の言葉に気付かされる。
「…何かに、追いかけられて……?___異進種!!」
想像の世界から刹那で帰還した彼方は、再びその跡へと目を向ける。
「この場所まで走って来て、コケて__どう…なったんだ…?」
散歩道に入った時から続く、同じ大きさの靴跡。
しかし、真新しい痕跡を残すそれは、転んだ跡のある地点よりも先には付けられていない。
(逃げきれずに脇に逸れた…もしくは、この場所から動けずに___)
施設側の薮に入れば、小枝とぬかるみに散々な目に遭う事はあれど危機から脱する事は出来る。…だが、もし勢いに身を任せ、施設とは逆___さらに森林の奥深くまで行ってしまえば___
「くそ…なんでこのタイミングで居なくなっちまうだ…姫乃…!」
ギリッと奥歯を噛み締める彼方を嘲笑うように、渇いた風が吹き抜ける。
「”あの約束を”…破る訳にはいかない…! 俺に何があっても…姫乃だけは…!」
握り締めた刀に、鞘が砕けんばかりの力を込め。呟く。
(…森に逃げ込んだような足跡は無い…どこに行ったんだ…? 引き返した…? いや…なら逆向きの足跡があるはず…)
深みにはまる思考の中、宛もなく、道の先を見つめる。
「……」
あの曲がり角の先から、手を振りながら出てきてはくれないか。
あの日のような、無邪気な笑みを浮かべて。お兄様、と。
名前を呼んで、今日もまた、あの約束を守ることが出来たと。
君が生きていることを、喜ばせてはくれないだろうか____
『いい加減、お主を縛るその茨__妾に吐き出してはくれんかの。…彼方』
「……!」
長い、長い道を見つめるその瞳は。
彼方から響く声に惹かれるように、湧き出した木漏れ日のような光の中に、呑み込まれていった。
coming soon…
お読み頂きありがとうございます。
本日中にafterパート1も公開になりますので、そちらもどうぞお楽しみ下さい!
*afterの説明は今後、投稿時に随時行う予定です。
 




