33話:必要な”力”
「………」
ぬかるんだ地面に靴跡を付けながら、少年__天城二葉は足早に歩を進める。
「ねえ、ふーちゃんってば!そんなに急いでどこに行くの〜?」
「……」
「ねえってば〜!」
数歩遅れた位置に続く少女の声を、全く意にする事無く。二葉は黙々と歩いていく。
ある人の呼び出しに、こんなに朝早く。それも、ほぼ徹夜明けの警備任務を終えた体で馳せ参じてやるのだ。さて、どんな報酬を用意させようか。
そんな苛立ち混じりな思想を巡らせつつも歩く二葉の足元では、舗装された道から外れる度、昨晩の雨によりぬかるんだ地面が湿った音を発し、時折その水分が泥をまきあげ、靴と裾を汚していく。
「……」
…が、それさえも気にすること無く。少年は施設の南側__昨夜、異進種との戦闘がった区域へと足を踏み入れる。
「…なるほど。…大きいな」
「例のくまさん?」
「…以外に考えられるか?」
規制線外から見えるなぎ倒された木々の間隔と、その付近に点々と残された足跡。眉を顰めながらそれらを確認した二葉は、深いため息を残し、再びどこかへ歩き始める。
「次はどこに行くの?」
「…黙ってついてこい」
「は〜い」
面倒臭そうに呟く少年と、返事の通り、言葉を発すること無くその背中を追う月夜。
そんな2人が向かう先__施設の北西に広がる駐車場の一角に、その人は居た。
「ケンケーン! おはよ〜!」
「おう、おはようさん。…相変わらず元気だなお前は」
「…馬鹿の間違いだろう」
「ふーんだ。 こう見えても、期末考査の点数、ふーちゃんよりも高かったんだからねっ!」
「知ってるよ。採点したのは俺だからな」
「…たかが1点だろうが。…いいからさっさと本題に入れ。不愉快だ」
お前も変わらねえな…と苦笑いを浮かべる男は、先まで背を預けていた白いバンのトランクを開け、中からスーツケースを取り出す。
「…それは…?」
「すまないが、細かい調整がまだ済んでなくてな。その辺は戦いながら合わせてってくれ」
「…手に合わない道具は使わない主義なんだが」
「まあそう言わず…。とにかく、受け取るだけ受け取ってくれ」
「……」
スーツケースから出てきたのは、二葉の左手に握られた日本刀のそれと同じ形状の物。
「あれ? 私のは〜?」
「お前のは新規で作るとコストが掛かりすぎるってことになってな。…んなわけで、コレ」
「…?」
日本刀が入っていたものより、一回り小さいほど小さいケースを手に取り、男はそれを、まるでプロポーズのような仕草で開けてみせる。
「これ、ふーちゃんにして欲しいな〜」
「…寝言は寝て言え」
二葉の反応を見て、くすくすと笑いながら中身を受け取る。
「さて…と。それじゃ、事前の連絡の通り進めてくれ。礼は弾む」
「…待て。少しばかり、その情報と事実とが噛み合っていない点がある」
「ああ?」
車を施錠し歩きだそうとする男に、二葉が呟く。
「例の異進種、肥大化が進んでいる。…いや、最早巨大化という言葉の方が正しいか」
「あの足跡の大きさだと、体全体で4m位になるんじゃないかな? …ねえふーちゃん、4mってどのくらい?」
「…少し黙れ。話がややこしくなる」
その言葉に、男は待ってましたと言わんばかりに、ああ…それか…と背後からでも分かるほどに笑みを浮かべてみせ、振り向くことなく、並び立つ藍色と桃色の髪を持つ少年少女へ言う。
「何があろうと、”ソレ”があれば問題にはならないさ。…少なくとも、今日の内はな」
二葉が次の一言を発する前に、男__寿健慈の姿は車列の中へと紛れ、消えて行った。
**********
一概に”警備”と言っても、その種類は大きく3種に分けられる。
その場に立ち、建物の入口や道を行く人々の流れを正す、所謂”歩哨タイプ”。そして、夜警や締め観察、チェックなどと言われる、”巡回タイプ”。最後に、室内や車内、様々な機器を使い対象物を監視する、”モニタリングタイプ”。
今回の任務における”警備”とは、二つ目に挙げた”巡回タイプ”。つまり、居住区のある北側を重点的に見て回り、あわよくば例の異進種が何処にいるかを突き止めると言うのが流れだった訳だが。
「そうか…昨日の騒ぎはそれが原因だったわけね。…取り敢えず、綾音が無事で何より」
「あの熊…南の遺跡群側から来たみたいだからな。…俺らの任務が北側になったのは、幸いっちゃ幸いなんだろうけど」
「…でも、今あの熊がどこに行ったかは分からないのよね? もし住宅地なんかに入り込んだら、それこそ非常事態だわ。…そうなる前に、何としても足取りを掴まくちゃ」
午前の任務を終え、夕方から始まる再びの警備に備えるべく小休止を挟む。
…と言っても、学園に居る時のような落ち着ける空間がある訳もなく。昨夜の騒動も相まってピリピリと張り詰める大人達の様子を見ていると、何となく自分たちの存在が浮いているのでは、と思ったりもする。
「現場って、今どうなってるの?」
「綾音がいた部屋は勿論入れないだろうし、熊が出てきた森の近くはフェンスで封鎖されてたぞ」
「厳重だね。…まあ、死傷者が出たなら妥当な所なんだろうけど」
「…やっぱり、”JF”が動く事になるのかしら」
JF___旧自衛隊の現在の姿であるその部隊は、大戦勃発時代、国家の安全を保つため各国が競って勢力を伸ばしていた”軍隊”とは違い、”AFWA”___”全人類永久戦争廃止条約”が結ばれた現在、人類共通の敵となった異進種から人々を守るべく、異進種が出現し始めた当時、”Skuld”が国の力を持って立ち上げた日本の矛でもあり盾でもある組織だ。
「でも、特殊部隊が派遣されたのって”あの時”以来無いんでしょ? それが今になって急に動くもんかね」
殻になったペットボトルをくずかごに入れ、そのままの動作で逢里がう〜…と伸びをしながら言う。
「危険度A以上の異進種は、学生が相手にしちゃいけないことになってる…。…つまり、あの熊がA以上なら___」
もしそうなれば、自分たちは手を引かなくてはならない。
…いや。
ではなぜ、そこまで危険度が高くなった任務を自分たちが請け負うことになってしまったのか。
「……」
誰かのため息が沈黙を呼び、連鎖し。何も無い草原に立っているかのような静寂が、3人の間に広がる。
「…って、ぼーっとしててもなんか暗くなるだけだし。…そうだ彼方、久し振りに手合わせでもどう?」
「はあ?」
壁に寄りかかり、晴れ間の広がる空のどこかに視線を走らせていた逢里が、唐突に言う。
「なんで突然…?」
「いや、暇だし」
「…あんまり騒いじゃダメよ」
「いや綾音!? もっと積極的に止めて!?」
「ほら、あの辺広いし」
元々やる気の逢里はともかく、完全に傍観モードになっている綾音も止めてくれそうにない。
…挙句の果て、双剣持ちの逢里は上着を近場のベンチに掛け、ストレッチまで始める始末。
「…何だこの展開」
「はい、彼方の枝」
はぁ…と諦めのため息と共に。彼方もダラダラと上着を脱ぎ捨て、逢里がうごめく広場へと一歩を踏み出し___
「__!?」
逢里の立つその先の細道から二つの人影が現れ、彼方は咄嗟に足を止める。
「…ん? どうしたの彼__」
目を丸くする逢里も後ろからやってきた存在に気付き、あ…と声が出る。
「悪い逢里、先にアイツを”やって”きたい」
「…えー? 折角準備したのに。…ていうか、”やられて”きたいの間違いでしょ?」
「うっせえ」
そんな彼方と逢里の傍に、2人は静かに近付く。
「かなくーん! 久し振り〜!」
「先週会った気がするんですが…」
「……」
「お前はなんか言えよ!?」
手を振りながら笑顔で話しかける少女と対照的に、目すら合わせようとしない藍色の髪の少年。
「…うるさいんだよ、雑魚」
「ああ!?」
「こ〜ら! デートを邪魔されたからって怒らないの!」
「…そもそも、していないが」
「もう、照れちゃって〜」
「…死ね」
「くっそ…リア充め…!」
そんなやり取りを傍から見ている逢里と綾音はと言うと。
「…既にダメージくらってるよね、アレ」
「出落ちってあの事を言うのよね」
「そこっ!! 聞こえてるからなっ!?」
そんな、実質4vs1に陥る彼方を救うのは、意外な人物。
「…それで、何の用だ? 俺は忙しんだが__」
「そうだよ〜? 私”たち”は、今忙しいんだから〜」
「…少し黙れ」
「月夜さん!? ”たち”を強調しないで下さい”たち”をっ…!」
「彼方に蓄積ダメージ3」
「うっせえ聞こえてんだよっ!」
ガヤガヤと収集のつかなくなった現状に、先程助け舟を出した二葉が、再び本筋へと話を引き戻す。
「…早く用件を言え」
「あ… そうだった。…それじゃあ二葉っ!」
「…ここにいる。叫ぶな、鬱陶しい」
「俺と手合わせをしてくれ!」
「…断る」
「手合わせして下さい!」
「…気乗りしない」
「うっせえぶっ殺すぞ!」
「…やれるものならやってみろ」
きゃ〜ん…と、喧騒から逃れるようにこちらへ逃げてくる月夜に、逢里と綾音が簡単な挨拶を済ませる内に。彼方と二葉は剣術をぶつけ合い始める。
まあ…傍観勢3人は、既に結果を知ってはいるのだが。
「くらいやがれっ!! 俺の必殺技__!」
いつの間にか剣を抜き、お互い刃の付いた真剣で打ち合う2人。
逢里と綾音も、初めこそ実戦でもない手合わせで真剣を使うのは如何なものかと思ったりもした。
しかし、2人の間ではそれが当たり前で、事故らない為の暗黙の了解が存在していることも、犬猿の仲にあっても明確な師弟関係が、そして絶対的な信頼関係が結ばれているのだと分かり、今やこうして”傍観”出来るまでに見慣れた光景となってしまったのだ。
そして、
「俺流!天絶翔命流剣術__二葉絶対殺すマン!」
「…よくそんな名前が瞬時に思いつくな。そこは褒めてやる」
「太刀筋を褒めろォ!」
猪突猛進を絵にした彼方の剣を、無気力な中に宿る正確無慈悲な剣術が打ち砕く。
「なっ…!?」
「…俺も、思い付いたぞ」
彼方の必殺技?を薙ぎ払いで制し、そのまま武器を吹き飛ばした二葉が、次なる動作へと滑らかに移行しながら、唱える。
「…秘剣、雑魚切り…!」
「くっそおおぉぉぉぉ___!!!!」
胴を真っ二つにせんと、彼方の腹部へと迫った二葉の剣術は寸でのところでピタリと止まり、勢いのまま体勢を崩した彼方はドサリと尻餅をつく。
「…お前の太刀筋、止まって見えるぞ。…やはり、雑魚だな」
「〜〜〜〜〜!!!」
煽る二葉を、尻餅ついたそのままの格好で睨み据える彼方。
「……」
「……」
…と。そんな一触即発の空気は、2人が同時に気を収め、決着する。
「速いくせに重いとか… お前の倒し方が分からねぇ…」
「…結論は一つだ。…お前には、無理」
「夜道に気を付けろよテメェ…!」
そんなこんなで、落ち着きを取り戻した?2人の元へ。観客の1人であった月夜が、トコトコとやってくる。
続いて、逢里と綾音も。
「2人ともお疲れ様〜。はい、飲み物」
「あ…どうもありがとうございます…」
「ふーちゃんは、こ〜れ!」
「……」
彼方にスポーツドリンクを差し出した月夜は、二葉にもう片方の飲み物を差し出す。…が。
「…頼む、死んでくれ」
「い〜や♡」
その手には、”夜朗子来”とプリントされたピンク色のラベルが貼られた小瓶。
…それは紛れもなく、ネット通販か”そういう”お店でしか手に入らない、”大人の”、飲み物であった。
「…ねえ、彼方__」
「言うな、綾音。…それを聞くのは……野暮ってもんだ」
「…そうね。…世の中には…いろんな人が居るもんね…」
人目を憚らず二葉に絡みつく、月夜を見て。
その手に握る、年齢不相応な物体を見て。
「彼方、すごい人たちを師匠にしてるんだね」
「やめろ逢里。今言われても煽り文句にしか聞こえない…」
中等部の3人は、揃って曖昧な笑みを浮かべるのであった。
coming soon…




