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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第一章:学園
36/67

32話:変革の朝日

姫乃と結が出会ったのは、スタジアムで目にした藍色と桃色の髪をもつ少年たちで__


そして時を同じく、彼方の端末にはあの”鬼の風紀委員”、綾音からの着信が___


人々の出会いと交錯は、世界をどう変えていくのか___!


完結まであと僅か、”Skuld〜時を刻む物語〜”一章”鳳凰の意味”篇、激動のラストまで…あと___


「あ…天城…先輩…ですよね…?」


「…だったら、なんだ?」



見下ろすように視線を送る二葉に、ゆっくりと立ち上がった結が恐る恐る話しかけ、



「ほ……本物だ……」


「……」



見惚れるようにぽかーんと口を半開きにし、その端正な顔立ちに見入っている。



「……」



数秒間、そんな結の視線を真っ向から受け止め、うっすらとため息をついた二葉は視線を隣へと移し、姫乃へと静かに口を開く。



「…そっちの銀髪は、佐倉彼方の妹…だな?」


「…! はい…」



姫乃からの返事を聞き、二葉は再び結へと目を向ける。



「あと…お前は会った事が無い。名は?」


「はっ、はいっ!? 私はこっ、恋羽コノハユイと申しますっ!?」



恐怖から一転、恐縮と尊敬と混乱で無茶苦茶なイントネーションに成り果て、名乗らされる結。



「…そうか。俺は……。…名乗る必要は、無さそうだな」


「はいっ! 天城二葉先輩!」


「……」



学園の生徒に、例え他学年でも顔を知られているの事が日常茶飯事なのか、つまらなさそうにため息をつく二葉。



「あ…あの…」


「…なんだ、佐倉妹」


「わ…私の名前は、姫乃と言います」


「……なんだ、佐倉姫乃」



僅かに、その癖のある口調の間を長くした二葉が、姫乃に鋭い視線を向ける。

その視線に肩をすぼめながらも一歩前に出た姫乃は、意を決して口を開く。



「…訓練中にも関わらず、規律を乱すような行動をとってしまい、申し訳ありませんでした」


「ごっ…ごめんなさいでしたっ!」



姫乃に触発され、二葉に見入っていた結も我に返り同じく頭を下げる。

それを見た二葉は一瞬目を細めるが、次の瞬間、脱力したように肩を落とし、はぁ…とため息混じりに口を開く。



「…何を勘違いしているか知らないが、俺はお前達を叱るために来た訳では無い」


「え…?」


「…言葉が足らなかったか? 俺はこの藪の中に気配を感じたから来たに過ぎない。お前達が何をしていようと俺が下せる罰など無いし、そのつもりも無い。…以上だ」



方や、キャンプを抜け出し自由行動をしていた事を厳格に叱られると覚悟していた少女たち。

そして、方や連れに会いたい人がいるからと連れてこられた挙句、偶然少女達を見つけてしまった少年。



「……」


「「……」」



噛み合わない相互の認識により、何となく気まずい雰囲気が漂う夜更けの森林地帯に。新たな影が、ふらりと姿を見せる。



「つ〜ま〜り、ふーちゃんが言いたいのは、”怒ってないよ!”ってコト。 …ね?そうでしょ?」


「わあっ!?」


「えへへ〜。驚かせてゴメンね〜」


「…来るな、と言ったはずだが?」


「え〜? だって1人じゃ寂しいもん。寒いし〜」



藍色の髪の少年の肩口から顔を出し、悪戯に笑ってみせるその少女は、姫乃と結がスタジアムで目にしたピンク色の髪を持つ少女。

その姿を見て、再び結は感動に身を震わせる。



「つ…月夜つくよ先輩……!」


「私の事知ってるんだ、嬉しいな〜。んっ!? それはそうと…」



流れるような自然な動きで結に近付いた少女__ 童野ワラシノ月夜ツクヨは、そのままの流れで結の目の前に立ち、そして__



「キミ可愛いね〜。そんな子には__」


「ふにゃはあ〜!?」



抵抗という字を忘れた結の身体を、豊かな膨らみのある胸に抱きよせ。まるで身の丈以上のぬいぐるみを抱擁するかのようにぎゅううう〜と抱きしめ、スリスリと頬ずりをする。



「はぁん…可愛い…食べちゃいたい…」


「うむむぅ!?」



結、息吸えてるのかな…と、その様を遠目から見つめる姫乃に、結を虜にした少女は桃色の髪を夜風になびかせながら、



「どうかな〜? あなたも可愛いから、一緒に__」


「わっ!私は遠慮しておきますっ!」


「そっかあ…残念…」



本気で残念そうな顔をするから怖い。

…と、事がそれ以上進む前に、二葉の制止が入る。



「おふざけはその辺にしておけ。この2人にお前のアホが伝染ったら困る」


「ひど〜い! 私あほじゃないもん!」


「すまないな。ド阿呆の間違いだ」



そう言って二葉は月夜の制服の襟首をグイッと引き戻し、自分の小脇まで攫う。



「確かに、俺が言いたいことはコイツが代弁した通りだ。俺はお前達の”監視”ではなく、この辺りの”警備”をしているだけだ。…精々、教職員に見つからん内にテントに入るんだな」


「はい… ありがとうございました…」



その言葉を最後に、天城二葉は2人に背を向け、元居たベンチではなく深緑の闇が広がる林道へと消えて行く。

一方、小脇から落とされたまま放置されていた月夜は、ゆらりと立ち上がると2人へ歩み寄り、先のことがあるため警戒する姫乃を意に感せず、2人の耳元で囁く。



「ゴメンね〜髪の毛ボサボサにしちゃって… あと、今度はスリスリさせてね☆」


「__!?」



無言でブンブンと首を横に振る姫乃に苦笑いを返しながら、去り際。



「そうだ、あの”2人”にもヨロシク伝えておいてね」



そんな言葉を残し、またね〜と手を振りながら二葉と同じく林道へと消えていく。


その背中を見送ってから、姫乃は月夜からの抱擁を解かれてからも、抜け殻のように放心し動かない結の肩を揺する。



「結…? 大丈夫ですか?」


「__した…」


「えっ?」


「無茶苦茶…いい匂い…した…」


「……」



何だかどっと疲れた姫乃と、未だ夢心地の結。そんな2人がテントへ向かおうと藪から出ると、今度は傍に佇む円柱の影から、姫乃と同じくらいの背丈の少女が姿を見せる。



「嵐は去りましたか、御嬢様?」


「はい。…想像していたよりも優しそうな方々でした」


「そうですか…。何事もなく、安心しました」


「……」



テントを抜け出した時から、芽衣が様子を見てくれている事は知っていた。不思議な安心感と温かさを帯びた気配が、背後にあったから。

だが姫乃がそれに気づけたのは、人一倍芽衣と共にいる時間が長いからであり、結はともかく、芽衣の尾行には簡単に気付けないはずなのだ。余程の手練出なければ。



「…御嬢様も、お気づきになりましたか?」


「……」


「あの童野という女、普通ではありません。天城様の手前、手は出すまいと思っておりましたが__」


「芽衣が近くにいることを見抜いていました。…流石__としか…」


「…あの方々から教えを受けているのです。彼方様も、強くなられますよ。きっと」


「…そう…ですね」



数多の星降る夜__


キャンプ場での一幕は、幕を下ろしたのだった。



「……」



白銀と金色の髪を持つ少女達に、少しばかりの違和感を残して。






**********






(………)



この手の作業は、”好き”な部類に入る。

決定的かつ絶対的な証拠を手に入れ、それらの駒を利用し、自分の思惑通りに事を動かす。

推理小説やそれ系のゲームストーリーによくあるリュミレートだが、



(にしても、アレってほとんどリアルでやっちゃあ犯罪になるような事ばっかなんだけどね…)



そう自問自答する幸坂逢里が居るのは、指定された宿舎の1つ下の階__鳳凰学園の理事会メンバーがここ数日寝泊まりしているという一室の、内部・・である。



(なんで僕ってこういう損な役回りを引き受けちゃうんだろうな…)



ゲームや小説では、ルームナンバーから情報端末のセキュリティ一やら、様々なギミックが存在するのがセオリーだが、この糞ゲーは既にそれらが全て解読済みときた。

予め用意された数列を入力すれば、敷かれたレールの上を走るが如くスルスルとセキュリティ一が突破されていく。



(そんな事を考えていたら、あとファイル3つ。早いもんだね〜…)



怪盗なんちゃらじゃあるまいし。…と心の中で悪態をついている間に、更に1つのファイルコピーが終了する。



(………)



こうなるに至った時系列を簡単に説明すると、まず健慈から送られてきた文書は、”3人用”と”逢里用”たる物が存在していた。

初めに見た時は、は?と思ったが、その内容を見るに段々と納得がいった。


3人用の内容は、まずこの宿舎の指定された部屋で明日以降の任務の準備をするという事。その他に各日付の集合場所やら時間割やら色々と書かれていた。


そして__逢里用はと言うと。



(この部屋に泊まってる理事会メンバーのPCファイルから、本部の計画書の情報をコピーしてきて。…確かに、大雑把な彼方じゃ不安だし、綾音は堅物だから犯罪まがいのことはしないだろうし。…ま、消去法で僕ってとこだろうね)



コピー完了の表示を確認し、USBメモリを引き抜く。何個か凍結され表示できないファイルがあったが、どうせ健慈の仲間にこういうの得意なフレンズが居るんだろうな…。と、深くは考えず。



(早いとこおいとましよう。…眠いし)



PCのログ情報の削除は勿論、部屋の調度品や物の配置、その他入室前と何ら変わりのないことを確認し、最後に部屋の外に誰もいないことを確認し、扉を開ける。



「はぁ…」



仕事終わりのサラリーマンって、こんな気持ちになるのかなぁ…と渋い想像をため息と共に吐き出し、自室へ向け足を進める。



(…そう言えば、さっきの悲鳴みたいな声__何だったんだろう…?)



長い廊下の歩く最中、作業中に外から聞こえてきた女性の甲高い悲鳴のことを考えつつも、忍び寄る眠気を抑えるのに気を取られ、考えるのをやめる。



(まあ、取り敢えずコレでお仕事はおしまいって事で__)



「…ただいま」



誰も居ないのを知って尚、部屋にそう呟き。幸坂逢里の長い夜は膜を閉じるのであった。





**********





「…もしもし」


『なによ、その嫌々出ましたみたいな声』


「嫌々っつうか、まさかお前からかかってくると思ってなかっただけだよ…。逢里ならよくあるけど」


『それも…そうね。任務中以外で電話かけたの、一年ぶりぐらいかも』



記憶を辿ってみても、多分そのくらいの期間が開いている。

まあ実際、電話をするより会って話しをした方が早いのだから仕方がないが。



「…で、御要件は?」


『そんなに切って欲しければ切るけど…』


「嘘です冗談です。どうしましたか綾音さん」



わざーとらしく声音を変えてみると、怒り混じりの拗ね、的なボイスが返ってくる。このタイミングで彼女を鬼神にすると後々恐ろしいので、早めに謝っておく。

そんな彼方の焦りを感じ取ったのか、電話口でクスクスと笑い声が聴こえ、遮るように彼方が話しかける。



「てゆうか、こんな時間に起きてて大丈夫なのか? いつも寝てるでしょ、綾音」


『いいの。今日は特別だから』


「……」



それはどういう意味でしょうか…。と咄嗟に聞きそうになるが、気に障らぬよう、それを聞くのはもう少し会話が弾んでからにする。



『ここ最近、ずっと落ち着かなかったでしょ? だから、急に1人になって静かだなあって思って』


「逢里の奴がうるさいだけだろそりゃ…」


『十分彼方もうるさい時あるけど。…セットになると2倍じゃなくて二乗になるから厄介なのよ』


「凄まじいデジベルになるわけね…」



そんな行き先不明の会話を、どれくらいしていただろうか。

女子中高生に流行りのスウィーツだったり、逆に男子生徒の中で流行っている物の話しだったり。

この時ばかりは、”鳳凰学園の生徒”ではなく。ごくありふれた一般の学生としての時間を過ごしていたような気がする。



『それでね、3時間並んであと少しで買えるっ!って所で売り切れちゃったんだって』


「うわぁ…キツイわそれ。俺だったら1週間は隠居できる」


『ふふっ。 彼方も何回かあったよね? 朝イチで並んで、期間限定で復刻するアイスクリーム買おうとしてたこと』


「まさか店側の問題じゃなくて俺の腹のせいで買えなくなるとはね…」



腹痛で待機列を抜けざるをえなくなった時の思い出を語っていた__


その時だった。




『キャアアアァァァァッ_____!』




電話口から、耳を劈くような悲鳴が轟く。



「…なっ!? 綾音っ!?」



綾音の身に何かあったのかと、音量を上げ電話口に叫ぶ。



『ううん、私じゃない…外からっ…!』


「なっ…!」



窓の外を見るも、建物が違うため綾音の泊まる場所近くの状況が確認できない。第一、周りは鬱蒼と茂る森林地帯が広がるのみで、明かり一つない周囲の視認性は極めて悪く、確認のしようがなかった。



「綾音、そっちは何か見えるか!?」


『非常灯がそこら中で点灯いたけど…何が起きているのかはさっぱり…』



カララ…と、綾音が窓を開く音が拾われる。



「とにかく、無闇に動かない方がいい。視界が悪いと危ないし__」


『分かってる…けど…!』



もしも仮に、この騒ぎの発端が異進種であったなら。

現れた異進種が、標的ターゲットであるあの大熊だったなら。


綾音が焦る理由は、彼方にも十分理解出来た。だからこそ、人で無闇に駆け出すのは得策ではない。



「こういう時こそ冷静になれって、いつもお前が言ってんだろ? 俺もそっちに行くから、それまで大人しくしてろって!」


『…分かったわよ… …早く、来なさいよね』


「わーってるって」


『え…?』



電話を切ろうとした、その時__


それは何か、見てはいけないものを見てしまったような___はたまた、絶望に陥れる何かを見てしまったかのような___

”出した”と言うよりは、”溢れた””漏れ出た”と言った方が、表現としては正しいだろうか。

綾音がその瞳に何かを映し、反応する。



『金属のぶつかる音…誰かが戦ってるんだわ! それも1つや2つじゃない、何人かが__』


「1人で相手を出来ないってことは、少なくとも危険度リスクC以上だ! 指定されてんのは__」


『…あの……大熊…!』



危険度リスクCは、安全に討伐する為の最低人数が5人以上と位置付けられている。その上、Bであれば更に危険度は増し、最低人数が一気に2倍__10人以上と記載される。

しかし、こんな夜中に、それも都心から離れた居住区の森に、そんな相手と対等にやりあえるような小隊が駐在しているとは考えにくい。



「戦況が分かるか!? こっちの人数は!?」


『…分からない。まだ音しか……__!? 来たわ!』



彼方は端末の通話モードをオープンにし、耳と口だけで綾音と情報をやり取りしながら、最低限の装備を整える。

…さすがに寝巻きでは防御力も低く、何より武器が装備できない。



『…見えるだけで3人__ううん、4人。森の中から出てきた』


「戦う前に開けた所に出るのが先決ってところか」


『でも、さっきはもっと人が居るような音がしていたんだけど…』



それを聞き、彼方は事態を脳裏で推測する。

数多くの死線を乗り越えてきた歴戦の猛者、という訳ではないが、少なくとも素人よりは”作戦”というものを理解しているつもりだ。


最良は、上手く隙を見て離脱し、森の中、或いは別ルートで戦線から身を引いた、か。…そして、最悪は___



『なに…あれ…』


「どうした!?」


『木が…森が…揺れてる…!?』



電話越しにも伝わる綾音の動揺。

彼女の見た事のない光景、そして感じたことない焦燥が広がっていることは、言わずもがな伝わってくる。



『___!!』


「どうした!? 綾音っ!」



息を呑むような呼吸音が伝わり、支度を終えた彼方は端末を拾い上げ、通話からビデオ通話へとモードを変える。



「綾音、どうなってる!? 外を映すんだ! 綾音っ!」



だが、画面は暗闇を捉えたまま固定され、綾音の見ている光景を目にすることは叶わない。



「くそっ! 綾音っ!」



返事を待たずに端末を胸ポケットに滑り込ませ、支度を済ませた彼方は現地へと移動を開始する。


現地と言っても、彼方がいる部屋からL字に建てられた宿舎の上の部分から、綾音がいるであろう部屋はその下、Lの曲がり角を象る場所にある棟へと移動するだけ。かかる時間は雀の涙だ。



「今行くから待ってろ! 絶対に部屋から出んなよ!」


『か…彼方…』


「あっ?」



靴を履きながら応える彼方の耳に、か細く、怯えた声音が届く。

無論、その声は電話相手である綾音だ。



「どうした?」


『…人が…殺され…… あいつが…… あの…大熊がっ……!』


「な…」



消えそうなほど弱々しいその声は、今にも泣きだしそうで、失われてしまいそうで___



「…落ち着くんだ。今行くから…待ってろ」


『…うん』



その返事を聞き、駆けだした彼方に。


心を抉るような、悲痛な悲鳴が__


今度は真に、湖富綾音そのひとの悲鳴が届く。



『え……きゃああああっっ!!』


「綾音っ!? 綾音ーっ!?」



硝子の割れる音と混ざり合ったその声は___





まるで、あの日の記憶のようだった。





**********





『遂に来たか…この時が…』



蒼い空の下__


湖面に浮かび上がる世界を空色の瞳で見つめる、白髪の少女。



『この試練__乗り越えてみせるのじゃ。…その先に、お主らの未来が待っている。…生きろ!』



小さな手を固く握り締め、少女は呟くのであった。






*********





自分は、何故生きているのだろうか。


実の両親を亡くし、新たな親に育てられ、この学園に入り__



「……」



何をした…?

何がしたい?


分からない。

分からない。


…分からない。



「綾音……」



負けそうな時、挫けそうな時。


彼を見ていると、頑張れた。


声を聞き、瞳を向けられ、熱を感じ。


私は、”生きて”いない。


私は、”生かされて”いる。


この世に生を受けた理由も、その命の使い道も分からないまま、”生かされて”いる。



「………」


「…っ!」



もう、限界だった。


そんな自分に鞭打って、走り続けるのは。


立ち止まりたい。諦めたい。全て忘れて、新たな世界に生まれ変わりたい。


争いも、歴史も、そんな世界を縛る鎖から解き放たれ、何も無い真っ白な世界で、やり直したい。



「なんで…? なんでなの…!?」



”彼”の胸に額を押し付けながら、されるがままに立ち尽くしているその身の胸板を、何度も、何度も、振り上げた拳で叩く。


…あの手帳は、まるでそれを表しているかのようだった。


未来って? 自分って?


分からない。真っ白だ。



「なんで私は……私たちは……っ!」



弱くて消えそうで、誰かに頼ら無くては、生きていけない。


その中で見出したのが、自分という殻を作ることだった。


怒りという感情は、つよがりを演じる上で、とても便利だった。


隠せないなら、出してしまえばいい。


そんな都合のいい解釈で自分を飾り付け、周りを振り回して__



「なんでっ……なんで普通でいられないのよッ__!!」


「……」



こうして、誰かを傷つけて。


これでいい、これすれば、私は弱さを見せずに、自分でいられる___



「どうしてっ…? 私たちが何をしたのっ!? なんでただの学生でいたい私たちがこんな目に会わなくちゃいけないのよ!? ねえ! 教えてよっ__!」


「……」



理不尽な言葉だと、そう思った。


けれど、言わずにはいられなかった。


彼も同じ運命を背負い、避けては通れない茨の道を歩んでいるのだとしても。



「どうしてっ……どうしてよ…………__」



いつの間にか降り出した小雨が光を折る闇夜の森で、2つの影はしばらく寄り添っていた。





**********





「…少しは…落ち着いたか?」


「……」



無言で頷く少女と、その隣に腰掛ける、雨に濡れた黒髪をオールバックもどきにかき上げた少年。



「…ごめんね…私……」


「…やめろって。そんな顔されても、何も出来ないんだからさ、俺」


「……」



足を早めた雨の滴る空を見つめ、少年が呟く。



「…怪我は大丈夫なのか?」


「…うん、平気。任務には…支障が出ないようにするから__」


「…本当に、大丈夫か…?」


「う……」



少女の手が僅かに震えているのを、少年は見逃さなかった。

それが、先の事によって植え付けられた”恐怖”からである事は、既に知れたことだ。



「お前なぁ…こういう時くらい、少しは可愛い女の子になれよ」


「…はあっ!?」


「たまにはしおらしくしろっての。さっきまでのはどこ行っんだよ」


「あっ、雨に流されて行ったわよ…」


「なんて都合のいい…」


「……」



少年から目を逸らしながら、少女__綾音は先までの自分の行動を顧みる。



「……」



まず、なんで自分は彼に電話をかけようと思ったのか。そうしなければ、こんな地雷を踏まずに済んだのではないのか?

こんな事になるとは想像していなかったが、なんでそこで彼に抱きついてしまった!?

…なんで、こうして隣に座っているという状態に、安心感を抱いてしまっている!?



「〜〜〜〜!」



悶えるように自分で自分の肩を抱きながら、回想を終えた綾音は俯き加減にコートの襟に顔を埋める。



「……っ! 返すっ!」


「えっ? ぶわっ!?」



そして、自分が顔を埋めていたコートが”私物”でないのことに気付き、隣に座る持ち主にバサりと放り投げる。



「…寒くないのか?」


「だっ…大丈夫よっ!」



本当に、気付くと彼の優しさの中にいる。


そんな自分が恥ずかしくて、情けなくて___



「どこ行くんだ?」


「…部屋」


「え? だってお前の部屋…」


「…何言ってるのよ、貴方の部屋に決まってるじゃない」


「……」


「…なに?」


「…は?」


「……」



立ち上がった綾音と、ベンチに座る彼方。2人の視線がぶつかり、そして__



「…あ〜〜もう! 早くしてよね!? 上着返しちゃったから寒いのよ! 」


「投げてきたの誰だっけ!?」



その空気に先に音を上げた綾音が、彼方の袖を無理矢理に攫い引っ張り、2人の姿は建物の上層へと消えて行くのであった。






**********






綾音が電話口で言った通り、この施設を囲む深い森の中に現れた異進種というのは、健慈の資料にあった大熊で間違いなかった。


最初の悲鳴は施設の事務員の女性のもので、直接異進種に襲われた訳ではなく、森林から出てきた負傷した戦闘員と、道半ばで倒れた戦闘員の遺体を目の当たりにしたことによる悲鳴だった。


そして、綾音の悲鳴の原因というのが___



「ごめんなさいね、荷物はコレで全部かしら?」


「…はい。ありがとうございます」



彼方の部屋に移動するにあたり、綾音の荷物を移動させなくてはならない、という話に当然なったわけで。



「……」



綾音が付いてきて欲しいと言うので、引っ張られるがままに付いてきた彼方だったが、その部屋の中は目を背けたくなるような光景が広がっていた。


綾音が悲鳴をあげたのは、それこそ異進種に襲われた訳ではなかったのだが、森を抜けた所__丁度部屋の窓の向かい側で行われていた戦闘中、交戦していた戦闘員が大熊の攻撃により投げ飛ばされ、窓を割って部屋に侵入してきた事によるものだった。


それにより、吹き飛ばされた戦闘員が接地した場所は血溜まりができ、窓ガラスは両方共割れ、少なくとも生活が出来るような場所では無くなっている。



「…飛ばされてきた人__運ばれた病院で、意識を取り戻したらしいわ」


「そうか…よかった」


「本当…それだけが救いだわ…。それに…」



背後で荷物を担ぎあげる彼方に、綾音が僅かに振り返る。

どこか遠くの空を見つめてるかのような、静かな光を宿した瞳は、何かを言いたげに揺れ。そして___



「…行きましょうか。ありがと、手伝ってくれて」


「……」


「なによ、黙っちゃって」


「なんか調子狂うんだよな…今のお前見てると…」


「どういう意味よそれ…」



また__少しだけ、いつもに戻ったような会話を弾ませながら、2人の影は北棟の彼方の泊まる部屋へと進んでいく。



「…で、なんだけどさ」


「なに?」


「…お前、そのカッコ、どうすんだ?」


「なんで片言なのよ…」



部屋に着くや否や、部屋の隅に荷物を降ろした彼方が綾音の服装を見て言う。

確かに、寝巻きであろう綾音の着衣は裾に泥が跳ね、右の肩口から腰辺りにかけては飛沫のような跡を残す、赤茶けたシミも所々に見られる。さらには、全身びっしょりと言うほどでもないが、雨に降られた事で湿気も僅かながらに含んでいる事だろう。

そんな格好で、更には真冬の夜を過ごすとなれば、例え毛布の数枚被っていたとしても何かしらの半害が出かねない。



「…でも、確かにシャワーの1つも借してくれると有難いかも。…いい?」


「…そりゃあ…お前が…良いなら…」


「そう。じゃあ、借りるわね」


「……」



ゴソゴソと荷物を漁り、何やら布の塊を取り出す綾音。それと白い大判のタオルを抱え、小走りにバスルームへと消えていく。



「……」



それから、小30分程が経ち。

物音__主に水音が産む淡い想像と文字通りの音に睡眠を妨害され続け、目の下に黒塗りの層を作り出していた彼方の元に、扉を開けるカシャンという音と、何やらふわりと漂う旬な芳香がほぼ同時に襲いくる。



「…彼方は? いいの? 入らなくて」


「…着いた時に入ったよ」


「ならいいんだけど」



バスルームへ続く扉に背を向け、壁と睨めっこをしながら綾音の言葉に返事をする彼方に、再びガサゴソと物音が伝わり、それが止んだと思ったら__



ギシリ。



「んにょわあっ!?」


「なっ…なによ…」


「そそそそそれは俺のセリフじゃあ!」



動いてもいないのに、ベットが勝手に揺れた。


もちろん、そこに1人しか居ないならそれは真にポルターガイストであり、テレビで見るような超能力者も唸るような超常現象であるのだが。



「なっ…なんで入ろうとしてんの!?」


「…だって寒いんだもん。湯冷めしちゃうでしょ?」


「そう言う問題じゃなくて…!」


「じゃあどういう問題よ」


「それは…」



その間も、綾音は毛布を彼方の側から拾い上げ、自らの足元にファサりと広げる。



「もう少し奥行ってよ。2人だと…狭いから…」


「な…なら使っていいよ、このベット。俺は椅子でも寝れるから__」



そう言って、寝具から身を離そうとする彼方を、



「あっ…! 待って…!」


「…!?」



綾音が、離れかけていた手を押さえつけて、その場に留める。



「こっ…これまでだって、同じ布団で寝たことあるんだし…」


「それは…小学生低学年の時の話で…」


「それに! 元々ここは彼方の部屋って事なんだし…」


「それは… …まあ、そうだな」


「でしょ!?」



えっ? ちょっと、強引すぎませんか…?


そんな彼方のツッコミが口から出る前に、



「そっ…それじゃあ! 明日に備えて早く寝なくちゃね! おやすみっ!」



ぐいっ、とすん(彼方が綾音に襟根っこを引っ張られ、ベッド上に転がされる音)


ばささっ(彼方の体に綾音が毛布と羽毛布団を乱雑にかける音)


とっとっとっとっ(綾音が部屋の電気を消しに行く足音)


ぷちっ(綾音が電気のスイッチを押す音)


とっとっとっとっ(綾音が電気を消し、戻ってくる音)


ばささっ(ベットに帰ってきた綾音が、自らに布団をかける音)



「…おい」


「綾音さんはもう寝ました」


「起きてんじゃねえか…」


「おやすみなさ〜い」


「やっぱ起きてんじゃねえか…」


「……」


「……」



有無を言わせぬ圧に屈し、もういいや…ここのままで…と、先と代わりベットの部屋側に体を向け、横たわる。

あと少し進もうものなら淵から落ちるのではなかろうかというほど端に寄ってはいるが、息を殺して静かにしていると、背中のその向こう側から、すぅすぅと

微かな寝息が聞こえてくる。



(よく寝れんな…本当…)



いろんな意味で…と、誰に向けるわけでもなく追記を入れ、彼方は温もりに誘われるがまま、意識を微睡みへと落としていくのであった。





**********





「___た! ちょっと彼方! 時間になっちゃうから! おーい!」


「うにゅむ?」


「も〜! 寝ぼけてないで早く起きなさいって! う〜! こうなったら!」



張り付いたように、開くことを拒む瞼を持ち上げる。

すると、夜中の雨が嘘のような快晴の空を渡りってきた閃光が、彼方の寝ぼけ眼を灼く。加えて、



「とりゃあっ!」



残酷な天使と化した綾音が、彼方の体を包む温もりを宿した毛布を、一思いに引き剥がす。



「うぅおぉぉぉぉ____!」


「いい加減に自分の力で起きなさいよね、もう高校生になるんだから」


「〜〜〜〜〜!」



恨めしげな視線を綾音に送りながらも体を起こした彼方だったが、改めて忍び寄る寒さに身震いをし、早々に出立の準備を始めようと、寝巻きから僅かに首を引き抜こうとし__



「…な、なに? 早く着替えなさいよ!」


「いや…”だから”なんだけど……」


「え…?」



そして、顔の下半分を覆うように脱衣を一時停止した彼方と、腰に手を当てながらそれを真正面から見つめる綾音。

その2人の視線が、数秒間重なり合う。



「えっ? …あっ……!」



そして、忍び装束(脱ぎ掛けのパジャマ)から覗く怪しげな目から何かを理解した綾音が、寒さ故か顔を赤らめ後退し。



「そっ…外で待ってるから! い…急ぎなさいよね!?」



半裸の彼方を残し、小走りに部屋から逃げていのであった。





*****




「…………よっ」


「ふにゃあっっ!?」



装備を整えた彼方が部屋から出ると、扉から少し離れた渡り廊下に1人の少女の姿を見つけた。

どうやら彼女は窓の外の景色にご執心なようで、彼方が出てきた事など全く気付いていないようだった。


そこで彼方は、少しばかりイタズラをしてみようと、そろり、そろりと背後に迫り、キンキンに冷えた指先で、少女の首筋をツンとつついてみる。



「なっ…なっ…!?」


「お待たせ。行くか」



そして、イタズラされた彼女から出た声が、アレだった訳だが。



「何してくれんのよ!? このバカっ!」


「えっ…? ちょっ…なんでそんなに怒…え?」


「悔い改めなさぁぁぁい!!!」


「ぐおほぉぅっ!」



振り向いた綾音の表情に様々なものを見つけてしまい、条件反射で逃走を図ろうとするも。それよりも一”足”早く飛んできた、文字通りの”脚”に横っ腹を抉られ、ぐぁぁぁぁぁぁぁあ! という断末魔を木霊させながら、彼方はゴロゴロと階段を落下していく。



「あっ…」



咄嗟の自分の行動が及ぼした状況をコンマ遅れて理解した綾音も、顛末を目を点にして見つめながら、悲愴な声を漏らす。


____だが。


この物理的な超常現象に一番驚いたのは、2人では無い。



「…え、え? ええええええええ!?!?!?!?」


「よ゛げろ゛あ゛い゛り゛い゛ぃ゛ぃ゛〜〜〜〜!」


「ぎゃあぁぁぁぁぁあ!」



運悪く、彼方と綾音を迎えに行こうとやってきた逢里を巻き添えに、朝の騒動は終息へと向かうのであった。





**********





「…史上最悪の朝だったよ。お陰様で」


「「ごめんなさい」」



今日日珍しい、”逢里に謝る綾音”という光景を目にし、彼方は同じく謝罪する。他でもない、大車輪に巻き込まれてしまった不憫な友人に。



「んでもって怪我がないのが不思議だよね。どんなもん食ってんの?」


「アイスクリーム」


「アイス諸共滅べばいいのに」


「ごめんなさい、反省してます。すんません」


「まったく…」



元はと言えば、綾音に不意打ちをかました自分が悪いんだし。いや…でもまさか回し蹴りが飛んでくるとは__


グルグルと物理的に回る頭で考えるも、やはり、あの表情かおを見せられた後では、何も綾音に言うことは出来ない。



「彼方も…ごめんね。…まさかあんなに飛んでくなんて……」


「いや…蹴られる理由は俺にもあったし…。…ごめん」


「……」


__頬に伝う、輝くものを見てしまった後では。



「それじゃあ行きますか。…あんまり気乗りしないけど」


「ああ」



歩み出す逢里に声を返し、ふと、立ち止まったままの綾音に気付く。



「…綾音?」



目を閉じ、風に髪をとかされるその立ち姿は、まるで戦乙女のようで___



「…ううん。なんでもないよ」



顔を上げ、真っ直ぐな目を向けるその表情は、”あの日の”少女のようで____



「…行こっか?」



確かに聞こえた少女の言葉は、彼方の心どこかに、確かに刻み込まれるのであった。




そして______





***************





「それは…本当か…?」


「ええ。”Skuld”と”NORN”__双方の調査期間からの情報。間違いないわ」


「……」



男___寿健慈は、庭園の芝生のように刈り揃えられた顎髭を右手の親指と人差し指で撫で、無言を持って、左右の者に言伝をする。



「………」



無言。


無言…。



「…………」



そして、各々が計画の為に出立し。自分と、”それ”以外の生命が同じ空間に無くなったことを確認し、僅かに、口元を綻ばす。



「…変わって行く……時代が…歴史が……世界が…!」



綻びを歪みに、そして笑みへと変え。


男は二人ひとり___嗤うのであった。






coming soon…



お読み頂きありがとうございます。


投稿遅れて申し訳ありませんでした。

残りわずかとなりました本年ですが、どうぞ最後までお付き合い下さいませm(_ _)m

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