26話:心とココロ
大歓声とともに登場したのは、姫乃の兄_彼方とも面識のある人物で__
思いと思いが交差する一章中盤、いよいよ本格始動__!
ぶつかり合う斬撃が空気を震わせ、会場を熱狂の渦中へと誘う。
客席の最前列とは言え、フィールドとの距離はかなりあるはずなのだが、彼らが打ち合う木刀の打撃音だけは、様々な音が場を支配する中でもはっきりと響き渡っている。
一体そこで、どんな熾烈な戦いが繰り広げられているのか。見ている人々は、想像もできないでいた。
「あ、そうだ! それでね、相手の女の人もすぅっごく有名な人なんだよ!」
会場の色に染め上げられ弁に熱がこもる結が、再び詩織をぱらぱらとめくり始め、
「あの…ピンク色の髪の人?」
あったあった!と、先ほどの天城さんと同じく顔写真の乗ったページを開き、膝の上に広げながら言う。
「そうそうっ! 天城先輩と同じくらい強くて、髪の色がピンクってだけでも珍しいのにすっごく強くて。 しかも、美人!」
わー!きゃー!と抑えきれない感情を全身の各所から溢れさせながら、結が言う。
「その二人が同時に出るんじゃ、こんなに盛り上がるのも当たり前だね」
姫乃の悩みを、一時とはいえ薄れさせるほどの圧巻の演武。会場が一体となり、その世界を固唾をのんで見守っている。
「……」
天城 二葉。
それは、兄である彼方に剣術を説く、師匠とも言える存在。親友である結でさえ知らない、複雑な関係で結ばれた人の力を、こんな形で見る機会が来ようとは。
兄を、剣の道__戦いの道へと誘った存在。その人の在り方、姿を、この目に焼き付けておこう。そうすれば、兄の目指すものが少しでもわかるかもしれない___
そんな思いで姫乃は、隣で熱い声援を送る結とともに、フィールドに意識を集中するのであった。
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大歓声の中時間は過ぎ。競技の進行も中盤に差し掛かったころ。
フィールドから、バキィッ! という破砕音と、
「あ…」
客席のどこからか、そんな間の抜けた声が上がる。
熱狂を生んでいた少年と少女の打ち合いが、誰しもが予想だにしない結末をもって、幕を閉じたのだ。
「あ…あの剣って、簡単に折れちゃうものなの…?」
それは、想像しえないことが起きたことへの驚愕か。将又、眼前で起きた事態を飲み込めないことへの焦りなのか。
恐らく、彼女のそれは前者であろう。目をまん丸にして振り向いた結が、震えた声で聞いてくる。
「確かに、競技用に軽量化されてはいると思うけど…」
鳳凰学園という組織は、言わずと知れた国の核組織である。そんな巨大な組織が、16、7歳の生徒がたった5分かそこいらの時間打ち合っただけで壊れるような武器を、はたして採用するであろうか。
…答えは、否である。
「あの二人の技の威力が、それだけ規格外ってことだと思う」
「戦場の白い悪魔__いや、黒とピンクの悪魔ってわけだね」
「よ…よくわからないけど、確かに相手取りたくはないね…」
この競技のルールとして、競技出場者の服の急所付近に内臓されたセンサーが反応し、戦闘継続不可と判断された場合。そして、使用している装備が著しく損壊、または機能が失われたとき、その選手は継戦能力がないとされ、失格となるのだ。
…つまり後者の条件が適用され、天城二葉、そして相手である女生徒は”両者とも失格”ということになる。
『……』『……』
両者の失格を告げるアナウンスとともに、前方の巨大スクリーンには中ほどから先を失った模擬刀を恨めしげに眺める黒髪の青年と、笑顔でその背を、無言で愛しそうに見つめる女生徒が映し出される。
「うわぁ… 二人とも、すごく整った顔立ちだね」
「だよねー! 相変わらず、あの二人の美男美女ぶりはたゆまないな~」
異性からだけでなく、同性から見ても魅力的な顔立ち。そして何より、言葉では言い表せない独特のオーラというか、そんな風格が彼らからは漂っていた。
誘導員の指示に従い場を後にする二人に、会場中から称賛と喝采が贈られる中、寄り添う会うように肩を並べるその姿に、どこか納得したような落ち着きをもって、結が言う。
「う~ん。まさに文句なしのカップルだ。うんうん」
 
「えっ? あの二人、お付き合いしてるの?」
「そうなんだよねー。…手が届かない存在って、ああいうことを言うのかな…なんつって」
そう、打って変わって珍しく残念そうな顔でおどけてみせる結の髪を、姫乃は優しく撫でるのであった。
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「いや~楽しかったね! やっぱりバトルは白熱でなきゃね!」
「結って本当にバトル物好きだよね。ジャンル関係はなしに、映画とかアニメも」
「テンション上げるには最高でしょ! それにっ、生で見れるってのも最高だよね~!」
「帰るまでが遠足なんだから、はしゃぎすぎないようにね?」
「わかってるわかってる!」
三日間続く鳳凰祭の初日は、どうやら大成功___大盛況の内に幕を閉じたらしい。会場の雰囲気を最高潮まで盛り上げた模擬戦もも、大きな事故なく、無事終了したようだ。
「それにしても、やっぱり広い会場だね。移動するのも迷路みたいで一苦労だし」
「でも、うちにはひめのんというナビがついてるから迷わないんだよね」
「なんで地図通りに歩いて元の場所にもどっちゃうんだろう…」
「方向音痴は親からの遺伝なのです!」
観戦できる全ての競技が終了し、機能的に設計された競技場の見学の意味も込めてのんびりと集合場所のエントランスを目指すことにした二人。途中、結に導かれるまま目的地に向かったはずが、元居た観客入り口に戻ったりもしたが…… それでも何とか、フロアの外周にたどり着くことができた。
「ね、そう言えばひめのん。あの双子のかわい子ちゃんたちは? 珍しく一緒にいないけど」
「あ…えぇっとね、それが…」
そう。姫乃の従者である、金髪の姉弟。彼女たち__芽衣と芽愛は、午前中の学科授業の合間、用事が出来たと席を外してしまった。
芽衣曰く、「結が居れば危険はないでしょう」とのことだったが、外出するとき基本的に行動を共にしていたこともあり、少し隣がさみしい感じもする。…それを補って、尚お釣りがくるのが結だったりするのだが…。
「夕方には合流できるって言ってたから… もしかしたら、エントランスかどこで会えるかも」
「そっかぁ… むふふ…芽衣ちゃんと芽愛ちゃんだっけ? 2人とも可愛いよね…お人形さんみたいで……むふ……むふふふふふ……」
「ひとりは男の子だけどね…」
ニマニマと不気味な笑みを浮かべる結。頭の中でどんな妄想をしているか分からないが、あの2人なら、きっと許してくれるだろう。
そして、そんな他愛もない話をしながら足を進めること数分。パッと道が開けたと思うと、アートなデザインの広々としたエントランスホールが現れる。そこには、クラスごとに定められた集合時間まではかなりの余裕があるためか誰の姿もなく、姫乃と結の貸し切り状態であった。
「おぉ…! 朝は人でごった返してたのに! ソファーダイブし放題っ!!!」
それを良しとして、疲れを知らない結は近場の椅子に荷物をほっぽり、無人のソファーに顔から突っ込む。
「ひめのんもおいでー!」
「もう、早速はしゃいでるし…」
そうとは言え、これだけ広いエントランスを占領できる機会など滅多にないので、結と同じく勢いよくダイブする。 …おしりから、ではあるが。
「うわっ!」
すると、触れたと思った瞬間、ズブッと体が吸い込まれるようにして沈み込む。
「むふぅ…想像以上に柔らくて驚いておるな?」
「このソファー、相当良いものなんじゃ…」
そりゃ顔から着地しても居たくないわけだ…と感心しつつ、待ち時間の間何をしようかと考える。
結が退屈しないよう、一人で勉強するわけにもいかないし、だからと言って騒ぐのも気が引ける。
そして、そんな考えが頭をよぎり、少しずつ、少しずつ。これまでの出来事が頭の中で整理されていく。
今日、昨日、一昨日。楽しかったことも、嫌だったことも思い出され、”記憶”の世界に少しずつ入っていく。
私は、何をしてるんだろう。
人の目を気にして、人に言われるがまま行動して。
…私の中の”ワタシ”は、何がしたいんだろう。
私は、何のために生きているんだろう…?
人のことなんて気にするな、自分を磨け、とお父さんは言うけれど。
けれど、自分を思ってくれる人。その人の気持ちに、応えなくてはいけない。
でも自分には、その人の力になれるような”チカラ”がない。
私には、あの人が必要。けれど、あの人にとって”ワタシ”は必要…?
ぼんやりと高い天井を見上げ__思いを馳せ__
ポフッと、自分の膝に何かが落ち着く。
何事かと、刹那で戻った意識を制御し、ふと目を向ける。すると、
「なーに考えてるの?」
そこには、いつの間にか隣まで擦り寄って来ていたらしい結が、腿に頭を乗せ、仰向けで寝そべっていた。
こちらを真っ直ぐに捉える、上品な黒みを帯びたブラウンの瞳と目が合う。
「……」
彼女のその純粋無垢な視線に見惚れ、言葉を失う。両者共々、無言のまま時間が過ぎる。
「…えっ?」
すると、唐突にうなじのあたりに暖かいものが触れ、次の瞬間。
「…っ!?」
結の瞳が、幼さの残る顔が、そして唇が、互いの息遣いが分かるほどまで近づく。
「え…?え…?」
そして、困惑する姫乃に、
「ね、ひめのん」
「…は、はい」
「私が、気付いてないと思った?」
「…!」
その言葉に、姫乃が小さく肩を震わせたのを感じ取ったのか、結は真面目な顔ながら笑みを作り、
「少し前から__先輩たちの競技見てるときも、ずっと心ここに在らずって感じだったし。何か嫌なことでもあった?」
「……」
「ひめのんは、我慢しすぎるから。…あるなら、私、何でも聞いてあげるから」
「……」
「私とひめのんの仲でしょ? 隠し事は…ナシ、ね?」
作り物でも、まがい物でもない。
彼女の心からの愛に、姫乃はただ甘えることしかできなかった。
それ以外の選択肢は存在しない。拒否も拒絶も、彼女の前ではすべて無力だった。
「……結」
抱き寄せられた、その格好のまま。
姫乃は、その温もりを決して離さないよう、結の身体を包むように抱きしめるのであった。
coming soon…
投稿遅くなって申し訳ありませんでした。
次回の最新話投稿は三月の始めになります。(活動報告欄で後日詳細を掲載します)
 




