17話:幸か、不幸か
12月のことを人は、「師走」と呼んだりもする。
師__曰く身分の高い人物すらすら走り回り、慌ただしく忙しいひと時を過ごす月。だから師走。
……じゃあ今は? 1月の事は、何という?
そう……睦月だ。
俺は決して身分が高いわけでもなければ、何か役に立つ能力があるわけでない。師、と敬われる立場には早々ないと思われる。……というか、そんなはずは無い。
無い……はずなのだが……。
(なぜこうも……次から次へと問題が……)
 
ようやく、ようやく帰還した……!____と思うのもつかの間。コンビニからの道を駆け抜け、やっとの思いで到着した宿屋で俺を待っていたのは、安息とは程遠い状況であった。
「…………!」
ロビーに知った顔の人間が居ないことを確認し、昨晩泊まるはずだった部屋を目指して、階段を駆け上がる。だが、
(あれ……扉……空いてる……?)
不自然に開いた、部屋の扉。
まさか___こんなにもタイミング良く、あの2人が出て来るのであろうか……?
「おーい! 逢里、綾音!」
そう名を呼びながら、半開きの扉を開け、室内をのぞき込む。
もちろん中からは、綾音の怒りに満ちた怒号と、逢里の蔑みが練り込まれた笑い声が聞こえて____
「どうか……されはりましたか?」
「うひ?」
 
来ない。
 
……その代わりに、聞き覚えのある方言が耳をつつく。
「あれ……女将さん?」
「あら。なんや昨日止まっていかれたあんさんやないですか。忘れ物か何か?」
間違いない。昨晩、夜中にも関わらず丁重なもてなしを提供してくれた、この宿___緑禅の女将さんである。
「いや……忘れ物と言うか、……うーん。忘れ人って所でしょうか……」
「忘れ人?」
「あ……その、この部屋に泊まってた……他の人、どこに行ったか分かりますか?」
最初からそう言えよ___というツッコミは、やはり大人な女将さんのこと、発生しなかった。
……これが逢里やら綾音なら、間違いなく生み出されていたことだろう。
 
「なんや、お連れさんとはぐれてもうたんか。せやなぁ、1時間ぐらい前……物凄~く急いでチェックアウトされて行かれましたけど?」
「……その人たち、どこに行ったか、分かりますか?」
それに、一瞬首をひねり、女将が答える。
                                   
「そう言えば、なんや病院に行く言うてましたわ。あの3人、遅刻や遅刻言うてどんちゃん騒ぎして。微笑ましい光景やわぁ」
「…………」
間違いなく、あの3人である___と、確信する。
   
……ん? 3…人?
 
「最寄りの病院やと北総合だと思うんやけど……。詳しく分からんでごめんなぁ……」
「えっ、ちょっ女将さん!?」
「はいはい?」
「3人って、茶髪の濃い方の男と、淡い方の女の子…あとは…?」
逢里と、綾音と……あと1人、誰だ……?
……もしや____
 
「…あの、もしかしてその3人の最後の一人って…大人…でしたか?」
その返答は、想像通り。
「そうやよ。うーん…夜中の3時ぐらいに駆け込んで来はった、お髭のおっちゃん! 茶髪の坊ちゃんは 教官、呼んではったけど」
「やっぱり…」
 
この際、紛れ込んで来るのは……奴しかいない。
髭のおっちゃんこと、間違いなく___健慈の野郎である。
「やっぱりお連れさんやったんか。出てかれる時あんさん居らへんかったから、てっきり1晩で老け込んでしもうたと思うてたんよ~」
「はは……」
やっぱり健慈は、老けて見られているらしい。
あの髭さえ剃れば、それなりの人相にはなると思うのだが……。
「突然上がり込んですいませんでした。北総合病院……でしたっけ? 教えて貰ってありがとうございます……」
「ふふっ。なんや、えらい真面目な子やなぁ。……あっ、そうや。今から車出すんやけど、ここいらの病院回りましょか? お連れさん、どこかにおるやも知れんし」
「なっ!」
マジですか! ……という雄叫びをあげそうになり、思わず口を噤む。
しかし……
「遠慮せんときや! これでも万年ゴールド免許で突っ走っとるんやで?」
 
そんな、どこか瞳を輝かせるように言う女将さんに気圧され。
 
「是非とも……お願いします」
そう……真顔で呟くのに。
数秒と、かからなかった。
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「……ホントに……何から何まで……すいません」
よくよく考えてみれば……昨晩から、失礼極まりない客である。
深夜2時のチェックイン。それに加え、数時間前まで居たという、健慈御一行の騒音公害。
……挙句の果てに、送迎車をタクシー代わりにするこの始末。
「まあまあ。困った時はお互い様や。……その代わり、うちが暖簾畳みそうになったら、10年ぐらい泊まってってや!」
「そうなったら最早住んだ方がいい気が……」
「うふふ。冗談やで、冗談!」
「…………」
女将さんは終始笑顔であったが、その笑みに、どこか裏があるようで落ち着けなかった。
普段優しい人ほど、怒ったら怖いって言うし。
……今年は運が付いるんだか、付いてないんだろうか……。
もう、考えるのをやめよう。
深々とため息をつく俺に、女将さんから、言葉がかかる。
 
「偶然やったなぁ。隣の居住区まで向かいに来てくれー言うお客さんが居たもんでなぁ。ちょうど、車出すとこやったんよ」
「……本当に良かったんですか? その……方向とか……」
「大丈夫やって。北総合は通り道やさかいに。気にせんといて!」
「……はい」
とにかく、これ以上の非礼は許されまい。
仏の顔も三度まで……という言葉が、頭に浮かぶ。
初対面の人間に頼む事じゃないだろ。タクシーしてくれ、なんて。
もはや悪循環にしか回らなくなった思考を、ため息と共に吐き出し。ふと、車内のデジタル時計へと目を向ける。
「2317 / 1/4 / 13:13」
時を告げるその数列を、何の関心もなくただ見つめ。
鼻歌交じりにハンドルを切る女将さんを他所に、視界に白い巨塔が姿を見せるまで、意識を窓の向こうへと傾けていた。
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「兄さん、ここが北総合病院言う所です。ここで待っとるさかい、中にお連れさん居らへんかったら、戻って来はってな」
「はい。ありがとうございます……じゃなくて、……本当に……すいませんでした」
「もう謝るのはええって。……はよう行きや。きっとお連れさん、待っとるで?」
「……はい。それじゃあ……行ってきます」
白い巨塔。要するに、大病院を意味する言葉の通り。この北総合病院は、このエリア内で一番の大きさを誇る病院らしい。
その甲斐あってか、玄関も立派であり、そこには警備員まで立っている……?
……警備員?
「ここって病院だよな? なんであんなに警備員が……?」
異様なまでの頭数を揃えた警棒使い達が、そこら中をうろうろしている。はっきり言って、不気味である。
1人や2人ならまだしも……パッと見、入口だけで10は下らない数の警備員が配置されている。
重役的な人が入院でもしたのか?
とも思ったが、だったら東京の国立病院に行ったほうが最先端治療を受けられるのでは? という思念にかき消される。
……まあいい。とにかく、逢里、綾音……そして恐らく健慈も共にいると考えるとして、その足取りを掴み、早々に合流しなければ、遥々ここまで来た意味が無くなる。
「なーんか……。また面倒に巻き込まれる気がしてならないな……」
そう、誰にも届かない愚痴をこぼし、正面玄関へ颯爽と突入を試みる。
「……ですよね」
すると、やはり。
「君! ちょっと待ちたまえ!」
付近の警備員が、飴に集る蟻の如く押し寄せてくる。文字通り、わらわらと。
……と言っても、ただの子どもに危険性は無いと判断したのか。結局関心を削がれた様子の大半は抜け落ち。俺の元へと駆け寄って来るのは数人に留まる。
そして、その1人が開口一番。20代前半であろう警備員が、俺に向け口を開く。
「すまんな。ここは今、立ち入りが制限されていて一般人は入れないんだ。……もし知り合いの見舞か何かなら、別館の待合室で待っていてくれないか?」
「いや……そういうんじゃ無くてですね。中にクラスメイトと担任が居るかもしれなくて……」
「面会かい? 急いでるところ悪いんだけど、今関係者と急患以外中に入れることは出来ないんだ」
……なるほど。そりゃあよっぽど厳重な情報管理だな。
___と、納得出来るわけもなく。なるべく怪しまれないよう、探りを入れることにする。
「……何か、あったんですか?」
「うーん。何か会議をしているらしくてね。そのせいで警備が固く……おっと! これ以上は言えないな。……まあとにかく、病院に用があるならもう少し待っていてくれ。あと1時間もすれば入れると思うから」
「…………」
怪しいなぁ……。もうテンプレだろ、このフレーズ……。
「じゃあ……病院の中にこの人が居るか、調べてもらうことはできますか?」
立ち入り禁止なら……俺が入らない方法で内部を探る他あるまい。
我ながら……今日は頭が回るらしい。
「よしよし。僕が分かる範囲で調べてくるよ。探している人の名前と……あと、顔写真か何かあるかい? 確か同級生と先生……だったよね?」
「はい。そうなんです……けど、なかなか写真写りが悪くてですね……」
 
そう言うと、おもむろに携帯端末を取り出し、ある機会に撮った集合写真的なものを見せる。
「この茶髪の2人、幸坂逢里と、湖富綾音。それと……多分、その人この2人を連れ回しているであろうヒゲオヤジ……あ、寿健慈って人です」
ヒゲオヤジ、と言った瞬間空気が凍った気がしたが……。まあ、この際無視しても構わないだろう。
……しかし。
「ふむ。どれどれ…………ん? ……な……こっ、この人は……!」
「……どうか……しました?」
その写真を見た瞬間、警備員の目が変わる。驚愕の表情のまま、俺へと問いかけてくる。
「……この写真、どこで?」
「ん? どこって……学校の先生って言ったろ?学校に決まって……」
「…………」
俺の言葉に答えを無くしたかのように黙る、若手警備員。
「……そう言えば、聞き忘れていたね。君の……名前は?」
「佐倉、彼方です」
「…………!」
 
さっきから分かり易い反応で助かる___と、口には出さず呟く。
一連の流れから考えるに、恐らく。
この警備員は、健慈を知っている。
そして___
 
佐倉彼方の事も。
「君っ……ちょっとこっちに……!」
俺の肩へと手が伸び、触れる。
___その、僅かに前。
「……アンタ、うちのお客さんに手荒い真似したら……ただじゃ済ましまへんで?」
和服の裾をたなびかせる____
かの……関西弁ドライバーが、現れたのであった。
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。
 
 




