16話︰夢物語
現世へと帰還した彼方が、宿屋「緑禅」へと歩みを進めている、その頃。
1月4日、午後1時すぎ。居住区第54区、首都接続道・バスターミナル。
そこへ、1台の大型バスが停車した。
そのバス内での事____
時間を少し、遡る。
心身を覆う冷たさに肩を丸め。流れる昼の寒空を、ただ眺めていた。
「…………」
その心中は、どこか雲が掛かったように濁り、曇りきっていた。
『あと1時間ほどで、目的地に到着します。各自、忘れ物の無いように_____』
広くも狭くもないこのバス内。その前方の席から、教師が何やらマイクを握り、話し出した。
『皆さん知っての通り、これは観光でも、社会見学でもなく。学習の一貫です。気を抜かず、3日間、真面目に取り組むように』
それを聞いた自分が、珍しく、「反感」を抱いていることに気付く。
(そんなこと……言われなくても……分かって……)
と、隠しきれない感情を心の中で弾けさせ。今に至る経緯を、そして自分の苛立ちの原因を省みる。
「…………」
窓の外を見つめ、無機質な記憶を辿る。
そうだ、原因は___
「…………」
事は、昨日のこと。
突然かかってきた父親からの電話で、養子である彼方への扱いと理不尽な物言いを巡り口論となった、あの会話。
2人の仲が悪いと言うなら、その原因を探ろう___と、思い立った姫乃だったが、まず探りを入れた生徒管理基地内から、不自然に削除された、兄___佐倉彼方の情報に気付く。
……それは、無くてはならないもの、であったはずだ。
しかし、その不変たる情報のひとつ残らずが、欠片1つ残さず抹消されていた。
(お兄ちゃんの履歴だけが……消されて……。システムのエラーならそんな断片的には起こらない……。誰かが意図的に消さなければ……そうはならない……)
データベースに登録された情報は、人の出生から終生まで、こと細かく記録されている。
鳳凰学園に籍を置く、曰く国家機関に携わるということは、それほど厳重な情報管理の中で生活を送る、という事に他ならない。
よって、それが無いということは____彼方の存在が、誰かしらの手によって意図的に消されようとしている、という事である。
(お兄ちゃんは人から恨みを買うような人じゃない……なら……身内……お父さんが……? でも……なんで……?)
怪訝そうに眉を寄せる、窓に写った自分の顔。
するとその奥で、窓ガラス越しにこちらを心配そうに見ていた瞳と、その射線が交錯する。
「……御嬢様。御加減が、悪いようですが……?」
その瞳の持ち主、自らの従者である芽衣に、こう答える。
「大丈夫です……。少し、考え事をしていただけで……」
しかし、長年の主従関係が生み出した思考の読み合いを制すのは、従者側であった。
「……昨夜の、出来事……ですか?」
「……!」
完全に思考回路を解読され。それには、言葉を濁さざるを得なかった。
「確かにそう……ですけど……」
目を逸らすが、それを全く気にしない様子で、芽衣が言う。
「……彼方様の事ですから。上手くやっておられると思います。それに_____」
続く言葉に、核心を突かれる。
「代表が、なんと仰ろうとも。あの方は御二人を、大事に思っておられます。……それだけは、決して間違ったものでは御座いません」
蘇る、父の言葉。
彼方の事など、心配していない。……そう、冷たく言い放った、あの声音が。
「なんで……そう……思うの……?」
自分の気持ちと裏腹のその言葉に、疑問を返す。
「芽愛から、御嬢様は代表____ 佐倉一吉様に、彼方様の事で何か言われた……と聞きましたが……?」
「……はい」
「なんと…言われたのですか?」
「……」
ひと時の沈黙の後、答える。
「お父様に、御兄様の事……気に留めているのか、心配しているのか……って聞いたんです。そうしたら……」
心に込み上げる何かを遮り、言葉を、無理やり続ける。
「御兄様の事は……全く心配していない……って……」
「……その理由などは……お聞きになりましたか?」
「いいえ……直ぐに……切られてしまって……」
その答えに、息をつき。そして再び話し出す、芽衣。
「……恐らく、今は話せない事情がおありなのでしょう。……彼方様の消えたデータの件も含め、調べは進めておきます。何かあれば、即事後報告を……」
半ばで、その言葉が途切れる。
それは、芽衣が。話を聞く姫乃の異変に、気付いたから。
「私は……お父様が、御兄様の事……嫌いなんじゃないかって。……前から……ずっと。……思っていました」
「…………」
電話口から聞いた、父の、無機質で、冷徹な言葉。その1つ1つからは、芽衣の言うような、思いやりに満ち溢れた暖かさ、人徳を、一切感じることは出来なかった。
「もう……御兄様が家に来てから……ずっと……。そう思わずには……居られませんでした……」
なぜ父は、兄との接触を拒み、避け続けているのか。
それが、姫乃には理解出来なかった。
姫乃にとって、彼方は。最良の兄であり、何でも話せる大切な家族だった。
なのに、いつも避けられ。拒まれ。冷たくあしらわれ。何故、何故同じ家族同士で、壁が出来上がってしまっているのか。
ただ、同じ目線でものを見て、同じ景色を見て、ただ一緒に、過ごしていたいだけなのに。
なのに……なぜ?
「御嬢様……」
「おかしいよ……こんなの……」
なんでこうも、扱われ方が違うのか。
同じ人であるはずの彼方と自分に、何故こんなにも「差」があるのか。
「…………」
自分で言うのもなんであるが、姫乃は、自分が過保護に育てられている___と、自覚があった。
神童芽衣と、芽愛。
この2人の存在が、それを大きく物語っている。
自分と同じく、名家である佐倉家に名を連ねているのにも関わらず。自分には護衛が付き、兄には付かない。
明確な、「差」である。
「なん……で……? お兄ちゃん……」
そう零した言葉が、彼方に届くはずもなく。
「御嬢……様……」
静かに抱き寄せられた、従者の胸に顔を埋めながら。
少しづつ、意識が温もりの中に落ちていった。
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人間から零れ落ちるものは、多々存在する。
しかし、瞳から零れ落ちる、輝く透明な液体。それは、ただ1つしか存在しない。
そう……涙だ。
「御嬢様……」
平時は大人顔負けの意志力を見せる主人だが、この時ばかりは計り知れない感情の奔流に巻かれ、静かに雫を流した。
それを見て、私情を挟んではならない__と、分かってはいても、彼女には、考えずにはいられない事があった。
いつの世も、どんな偽装の平和を繕っても生まれてくるもの、「差」。
そんな、理不尽な世の理に異議を唱える、自らの主人__姫乃と。その兄__彼方と。そして……2人の親、一吉の関係である。
自分の知っている情報を整理すると____
彼方は、今から9年前。あの事件の数日後に、佐倉家に養子として編入した。編入当初は、至って普通に会話していた彼方と一吉だったが、その6年後。中等部への進学をきっかけに、ギクシャクし始めた印象を持つ。
ある日から会話が無くなり、食事すら共に取ることすら無くなった両者。そんな関係が、今の今まで続いている。
___そのせいで、主人が悲しむハメになっている……
と、憤りすら込み上げる実態だが……。もし借りに、その険悪な関係が更に破綻するのならば、そうなるだけの理由が必要である。
しかし。
(……ここ最近の彼方様の御活躍は……技能大会での個人技部門優勝、それに加え、S科への選抜推薦も決定……)
と、思考を凝らす。
……この条件ならば、佐倉彼方が、現代表取締役、佐倉一吉の怒りを買い、一家から勘当___という事は、まず有り得ないはずである。いくら劣悪とは言え、それは唯の横暴である。
世で成功した自分。その子どもを、将来有望・才能豊穣と思い込み、過ぎた教育がその子の未来を潰す__と言った話も、僅かながら小耳に挟んだりする。
しかしこの親子は、その真逆を行く心理を貫いている、と言っても良く、ほぼ全くと言っていいほど互いに干渉していない。
稀に交わす会話と言えば、社交辞令的な世間話や、同じくそんな惚気話の類い。
そんな、不自然な関係を目にし。
(表立って会話しない……不仲を世間に知らしめようとしている……?)
と、無粋ながら疑念し、会話に聞き耳を立てたこともあった。
しかし。結局、その結論は覆らず。
(世間体に向けての事なのか……それともただ単に仲違いが過ぎるだけなのか……)
と、不可思議な現実を見極めきれずにいた。
その延長線上だろうか。
芽愛から小耳に挟んだ、昨昼あったという、姫乃と一吉の言い争い。
それを要約するならば、兄である彼方が。養子であるが故に受ける「扱いの差」に対する、抗議である。
姫乃が、兄である彼方を慕っているのは目に見えて分かる事だ。
養子であるが故、当然とも言える扱い。と、言ってしまえばそれまでである。が、それは姫乃にとって耐え難い事である事に変わりはない。
その姫乃の思いを想起させる、あの言葉。
(心配していない___か……)
心配。
「心」を「配る」と書く、その単語。
(私は……持っているのでしょうか……? 配るべく……その心を……)
重みを増す、胸に抱く銀色の髪をそっと撫で。
過去を。記憶を。 深く、蘇らせる______
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影の衆。
過去に、そう呼ばれる一族がいた。
『闇に生き、闇に死す』
いつからか、その生き方を比喩する語句までもが生まれ。古今語られる、「伝説」とまでなった、その一族。
その、忍の血を引くのが、自分。
神道の名を、その血を受け継ぎ、一族の発祥から今まで、そしてこれからも途絶えること無く、その在り方を全うし続ける。
それが、自らに与えられた生き方___人生だと。
そう……思っていた。
(今……こうして、佐倉姫乃という人物に付き従うのは……そうしろ、と……命令されているから、なのでしょうか……? 全て……作りもの……偽物の感情なのでしょうか……?)
どれだけの間、物思いに耽っていたのか。
いつの間にか、緑に囲まれた高速道から、住宅が建ち並ぶ居住区内へと景色が一変していた。
……ふと、胸の中の温もりへと視線を向ける。
(久し振りに……御嬢様の熱を感じた……)
常識的に考え、13才の少女が学校の経営、しかも国家が絡む重要機関への干渉権限を握っているという現実は、普通ではありえないことである。___この御時世、「普通」が示す範疇がどこまでかは分からないが。
しかし。
(何があっても……この命、燃え尽きるまでお供いたします。御嬢様……!)
そう、心に秘め。
あの時、あの瞬間。この少女に出会い、隣に居続けると誓った、あの奇跡の日を。
静かに、そっと胸に抱くのであった。
___そして時は、今に至る。
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「う……むにゅ……」
体を揺する度、そんな間の抜けた声が耳へと入る。
___もう1度、試みる。
「みゅ……ぅ……う?」
やはり。このなんとも言えない御褒美感に、自分は酔っているのであろう。
今1度、その声を聞こうと。その肩に手を伸ばし……
と、そこで___
「う……芽……衣…? あれ……私……寝ちゃって……」
どうやら、目を覚ましてしまったようだ。
「もう……着きましたか……?」
その問いにも、澄まして答えてみせる。
「先ほど、居住区内にチェックインしたようです。お目覚めから程なく失礼致しますが……どうかご支度の方をお願い致します」
「……はい」
その返答には、あの……無邪気な笑みは無く。
悲しげに……憂いていた。
「…………」
それを見て、より一層。あの思いを、強く、深く。心に留めた。
「御嬢様」
「……はい?」
名を呼ばれ、顔を上げる姫乃。その瞳をじっと見つめ、言う。
「御嬢様は……夢を、お持ちですか?」
「……え?」
そう聞く自分には、夢がある。
いつか、目の前の少女が、心から微笑んでくれる事。幸せになってくれること。
その時の、満面の笑みを見るのが、自分の夢である。
そう夢を持つことで、力が___明日を生きようと思う意志が、どこまでも湧いてくる。
だから、夢を持つことは大事なことなのだ、と。自分は思う。
それを、伝えたかった。
「夢……」
問われた姫乃は、俯き、小さく呟く。
そして、確かに。こう言った。
「……お兄ちゃんと、本当の家族になりたい……お父さんとも仲良くして……みんなで笑っていられる……家族でいたい……」
「…………」
「一緒にいるだけじゃ……家族とは言えない。だから……」
そう顔を上げた姫乃は、数秒前まで影で染まっていた瞳に、強く光が宿っているように感じた。
「だから……ただ生きているなんて出来ません。少しでも……少しでも力になれるように……努力します……!」
こんなに苦悩し、悲しんでも。大事な人が粗末に扱われようとも。
それを救いたいと、共に在りたいと願う。
そんな心は、どこか自分と似ているな……と、芽衣は思っていた。
あの日を再び、思い出しながら。
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出会いは突然に、とは……よく言ったものだ。
……いや。
恐らく、言わざるを得ないのであろう。
あの日だって、突然訪れたのだから。
そう____
あの日だって____
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。




