15話︰帰還
(今年……絶対厄年だ。……うん。間違いない)
この事態に、佐倉彼方は……。
そう……確信した。
自身に向けられた銃口__ウルドの魔法陣は、淡い光を放ち彼方の体を包み込んだ。
そして____
「またかぁぁぁぁぁぁあ!!!」
目を開けた時___彼方は既に、常闇の中を落下していた。
……と言っても、上も下も判断出来ないため落ちているかどうかは不明瞭であるが。
しかし。取り敢えず、絶叫しながら高速で移動していることは間違いない。
そんな時だった。
『彼方よ、聞こえるか?』
つい数秒前まで対峙していた___この落下を引き起こした元凶である___そう、
「あ゛あぁぁぁぁぁあ……!? ウルドぉ!?」
落下中の悲鳴が、その名でかき消される。
「急に俺に向かって、魔法!? ぶっぱなすな! 消し炭にされるかと思っただろ!」
『おぉ。聞こえているのなら話は早い。1つ、言い忘れた事があっての』
「なんじゃあぁぁぁぁ! (無視すんなぁぁあ!)」
そんな呑気な受け答えに、若干口ぶりが賢者化する彼方。
「てか! さっきの奴らはどうなったんだよ! 倒したのか!?」
『うん? 今も焼いている最中じゃが……?』
「ならなんでそんな余裕ぶっこいてられんだよ! その余力こっちに回せぇ!」
『くだらんことをぬかすでない。さっさと本題に入るぞ』
「少なくとも俺にとっては最重要事項だからね!?」
どうやら、こちらへの配慮は望めないらしく。大人しく、落下に身を任せることにする。……もちろん、本望ではないが。
それにしても、視界がないだけでここまでの恐怖感があるとは……。絶叫系娯楽施設が、とても可愛く見えるレベルだ。
……と。無駄な抵抗を止めた彼方に、
『……さて、本題じゃが____』
こちらも冷静。ウルドが話し出す。
『__先程の話は、なるべく外には出さぬ方が良い。いつ何処に、良からぬ事を考える輩がいるとも限らん。真に信頼できる者にのみ、協力を求めるのが最善であろう』
「……だろうな。誰が敵かなんて分かったもんじゃないし……。でもなぁ……」
冷静___というか虚無感に占拠された彼方が、無気力に言う。
「まず俺の話をまともに聞く奴がいるか、ってところだけどな……」
『……先も言ったが、お前の身分は家畜かなにかか? ……まあいい。話は以上じゃ。何かあったら助言しよう』
「今まさに緊急事態なんですけど……」
毒にも薬にもならない、そんな心配めいた言葉に、この際適切であろうツッコミを入れる。
……だが、それには返答がなかった。
(そんな都合良くはねぇか……)
来た時のように、着地=地面に突貫……とならない事を祈りつつ……
(厄年なぁ……)
そう……もう何度目かわからない感想を、漏らすのであった。
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「あぁぁあ! 全く! いつまでもグタグダしてるから……!」
「んな事言ってもなぁ……」
「いいから走りなさいっての!」
「へいへい……」
1月4日__時刻、12︰07。
居住区第52区には、少女1人、少年1人、そして……
「あーちなみに、ゲートにはもう誰もいねえぞ? ……北総合病院とやらに移動済みだそうだ。連絡は入れてあるから、安心して遅刻できるぞ」
遅刻をなんとも思っていないのかこの男は……。
そう綾音に嫌気を起こさせる、社会人の姿がある。
「何を呑気に言って……!」
「まあまあ。怒っても時間が戻るわけじゃないし……」
「そうだけど……」
もう何を言っても、急ぐ気は無いらしい。だから自由人なんて言われるのよ! ……というツッコミは、既に喉奥で消散した。
「何処だぁ〜?俺のかわいい白バンちゃ〜ん?」
昨夜__と言っても日付の変わった後だが、健慈が乗ってきたワゴンが駐車めてあるパーキングへ向かった一行。
地球全体から見ても国土面積が小さく。更には、大戦の影響で人が踏み込める場所が限られている、今のこの御時世。
だからこそ、「横」ではなく「縦」に活動範囲を広げ、使用面積を増やそうと考えた人間は、中々頭が回る者だったらしい。
この際利用者に代わり、謝辞の1つも唱えておこう。
と。それと同時に、
「車ごと、どっか田舎に左遷ばされないかしら……」
「なんで左遷ないのか……僕には分からない」
利用者へ向け___誹謗中傷を吐き捨てる、少女と少年。
「おぉう……今日も1段と……美肌が麗しいなァ……」
見つけた愛車に。遅刻確定の状況も忘れ、誘い文句を謳う健慈。それには、かの2人によって行われる中傷も、より深く、残虐に謳われる事となる。
「……あれ車に言ってるの!? 病気!?」
「あはは。大の大人が15才に本気顔で引かれてる」
そんな事を一切耳に入れていない健慈は、その2人に向け、こう……笑顔で言うのであった。
「さあ! 我が愛車___クリスティーナ号に乗るがいい!」
無論、綾音から一定の距離を置かれるようになったのは、言うまでもない。
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「随分と……遅かったな」
「いやぁ……昨晩の授業が長引きましてね」
「言い訳は要らんのだよ。申し訳ないと思うなら、さっさと席に着きたまえ」
「はいはい……っと」
居住区第52区、北区画総合病院。
それが、この重々しい雰囲気を醸し出す、会議室のある場所である。
部屋の入口から見て最深部__重役席の、完全な対面。そこに位置する席に腰掛けた健慈を見て、何故こんなにも余裕があるのだろうか……と、そう考えるのは愚策であろう。
(人間性の問題……だね。……そういう事にしとこう)
幸坂逢里はそう簡潔な理由をつけ、思考を取りやめる。
「お前らも、ほれ」
「しっ、失礼します!」
健慈に誘導され、如何にも堅苦しく___あからさまに緊張した様子の綾音が席に付く。続いて逢里も軽く会釈し、同じく動作する。
すると、
「うん……? 人数はお前と……生徒3人と聞いていたが?」
恐らくこの場の最高権限者、であろう人間が、疑問に喉を震わせる。
「あぁ、1人は腹を下して、トイレに籠ってます。後から伝えておきますので、お気になさらず」
「……そういうわけにも行かんだろう? この話は人数を欠いて進める事は出来ん案件だ。あと1人、待たせてもらう」
「…………」
即興で吐いたであろう嘘が、早くも窮地を招く。
隣に座る綾音は、アワアワと事の運びを歯痒そうに見ている。
(……さて、どうしたものか)
昨夜、健慈は言っていた。
計画____ Evolution。
その筋書きは「機密」であり……恐らく、簡単に口外していいものではない。
無論、それにまつわる「タイムマシン」・「魔神」、その他重要事項。その全てが、世界の行く末を担うものであるという事も、重々承知した。
(この場で……健慈が真実を吐かない____それが、この席での定義____なら……)
逢里は考える。
果たして___この場にいる人間の内。「誰が知って良い人間」で、「誰が知られてはならない人間」なのか。
……もしくは、全員「知っている」のか。それを踏まえ、あえて公共の場でも発言を控えているのか……?
……結論は、後者であった。
「非常に、言い難いことなんですがねぇ……」
「……なんだね?」
健慈が、語り出した。
「プロジェクトに必要な駒が1つ。完全に、この世界から姿を消した」
「……!」
「GPSは反応なし。その原因は不明。……今の科学力では解明できない理由だと推測し、恐らく。呑まれたかと」
その発言に。場の空気が、より一層張り詰めたものとなる。
しかし。1人だけ、違う意味で気を張り詰めた者がいた。
それは___
(すごいなぁ……)
幸坂 逢里。
彼は、「この人のどこに、こんな文才が有ったのだろうか?」と、真面目に考えていた。
なぜなら。
今の説明。そこに出てきた言葉、その1つ1つが、全てが。
「あの資料を見ていなければ理解できない単語」の、羅列だったから。
実際___
「駒」は、自分たち。プロジェクトに尽力する人材を指し。
「GPSの反応が無い・今の科学力では解明できない」は、文字通り。「現代」の科学力では実現出来ない、タイムマシン___時間を渡る技術とその応用……要するに、
「未来基準の科学力ならば、全て解明されている」
そう、遠回しに指し示している。
そして最後に……「呑まれた」は、そのまま。「狭間」に呑み込まれた事を暗示している____
……と、言った具合に。
必然的に、この場の人間全てが 『「計画の賛同者」である事を認めさせられた』 訳だ。
「それで……帰還の可能性は……?」
(へぇ……。Skuldの創始者が選別者だって事も……皆さんご存知な様子で)
またもや、資料内からの単語抜粋によって始まる会話。
どうやらこの会の大人たちは、自分たち3人___今は2人だが、それらには蚊帳の外から眺めていて欲しかったらしい。
__ただ1人の大人、を除いて。
「帰還……ですか……。……これも推測ではありますが、皆様方ご存知の通り。彼ら3人は、あの事件の生存者です。普通の人間とは、経験が違います」
「……だから、帰ってくると?」
「そうです。……必ず、帰ってくると。この2人も信じているでしょう」
綾音は終始黙りこくっているが、彼女の記憶力ならば、この会話に登場した単語がほぼ全て、クリスティーナ号___面倒臭いので改名、健慈の白バンで移動中に目を通した、あの資料に出てくることが分かったことだろう。
「……事態は把握した。上層部に伝えておこう」
「そりゃどうも。手間が省けて大いに結構」
(……うん。やっぱり健慈は、健慈だった)
それが、逢里が抱いた、一連の会話の結論であった。
そして、その安寧と裏腹に。真の結論、とでも言いたげに、対面した幹部が口を開く。
「では……もし仮に、「佐倉彼方」が帰還した場合。そこの2人と共に、Skuld直轄の研究施設まで出頭する様に、と伝えてくれ」
「……アイアイサ」
そう会話を締めくくる健慈と、上層部の幹部。
しかし。
(…………!?)
幹部が視線を手元に戻すその寸前___初老の顔に浮かんだ、薄笑いが。
再び、逢里の脳を、思考を。大いに活性化させる。
1つ目の疑念。
(今の……笑みは……?)
少し遅れ、
(……ん? 出頭?)
2つ目の疑念。
他に言い方はなかったのか? 「顔を出せ」とか。「来るように」とか。
まるで、犯罪者が自首するような言い草じゃないか。
と、逢里は考える。
薄っぺらな理論では無く。事の根を踏まえ、奥深くまで浸透し、現実を侵食する___文字通り、思考を全て直結させる、極限の神経伝達。
題して___「思考直結」。
(そこの2人って言うのは……僕と綾音の事。それと彼方の3人の共通点となると……)
共通点は、確かに存在する。
自身と綾音は、自慢じゃないがクラス1、2を常時争う座学成績の持ち主である。……対して彼方は、悪く言えば底辺。ド底辺中のド底辺である。毎回自分たちや妹の姫乃に頼み込み、家庭教師まがいのことをさせ、何とか留年……退学を回避している状況である。
と、それは唯一の大きな違い。
共通する事の代名詞を言うなら、年齢、籍を置く学校、クラス等。もっと切り詰めて言えば、身体能力もほぼ変わりがない。彼方が若干耐久力があるぐらいだ。
(後は……ある事件に巻き込まれた……それも生存者だった、って事かな)
そう思念を巡らせる間にも、作戦会議は着実に進んでいる。
まあ、話している内容が先刻見た資料の復唱の様なものだったが故、殆ど聞いてはいなかったが。
(彼方……君は、帰ってくるよね……? 君の事だから……心配はしてないけど。……って言ったら、嘘になるけど)
「個体識別番号599。四足大型異進種、ダウニーベアー。51〜56区の何処かを根城とし、人里を蹂躙しては、我が物顔で地を踏み鳴らす……。この凶悪な個体によって、死傷者は多数出ている。悪い芽は若いうちに摘んでおかなくてはならん。……もう、若くは無いがな」
(もう……異進種とか、どうでもいいよ)
「この個体が発見され、はや3ヶ月。被害は留まることを知らん。この度編成される討伐隊には、そこの3人……改め2人も加わって貰う。異論は無いな?」
誰しもが無言で頷く中、逢里も形だけの動作で同意した素振りを見せ。尚も、思考だけに労力を注ぎ込む。
(……ほら。もう君は、死んだことにされかけてる。世界は非情なんだ。だからさ、早く___)
しかし。
ビ―――――――――――――!!!ビ―――――――――――――!!! ビ―――――――――――――!!!
(これは……非常……か……?)
そこまで根付いた思考は、呆気なく。容赦なく。
騒々しい警報音によって、見る影もなく、相殺された。
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この暗闇は、いつまで続くのだろうか。
地に足は着かず、だからと言って空に手も届かない。
そんな不可思議な空間を、落下___否、高速移動中だった彼方は、無意識に手を後頭部で組み、「昼寝のポーズ」を取っていた。
某、未来の世界のなんちゃら型ロボット〜! が、キャッチフレーズの、20~21世紀に存在したアニメの駄目駄目主人公の様な。あれだ。
(取り敢えず……起きたら全部夢だったオチ? 期待してもいいよな……?)
ようやく訪れた、ひと時の安寧。安らぎ。
目を閉じただけで、その瞼が再び開くのを嫌がるかの様に、のしかかってくる。
それが、眠気だと気付き。それに全てを任せ、落ちる……
その時。
「お客様……?」
「うーん……」
「お客様?」
「うーん……」
「お客様!」
「うーん?」
開けた瞳に写るのは、無機質な天井と。節電の為か半数ほどが消された蛍光灯と。そして___
「お客様……。そこで横になられていると困るのですが?」
「……え?」
よく見る縞模様が刻まれた制服を着てこちらを覗き込む、若い男性店員の顔があった。
「……あれ?」
「取り敢えず……起きて頂けますか?」
「あ、ハイ……」
ちょっと待て。
色々……おかしいだろ……?
さっきまで見ていたはずの景色は?
黒くて__渦巻いてて___やたら広くて_____落ちてて_______
そして________
「あぁ……帰ってきたんだ……」
吐息と共に。今年一番の安堵に満ち溢れた一言を漏らしたのであった。
「あの……」
しかし。
その気持ちに同情の欠片も見せない(してくれる訳が無い)店員は___
「救急車、呼びましょうか?」
「……いや、結構でございます」
丁重に、お断りさせて頂いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「…………」
そのに出ると____怪奇、であった。
謎の世界___狭間。
そこに行ったのは、昨晩。
恐らく日付は変わっていたから、今日の超早朝とでも言っておこうか。
なのに……
「なんで陽が登ってるんですかね……昼の1時ってマジ……? 誰が教えて!? プリーズ!」
目に入った店の時計を見て、ブツブツなにかを呟きながら白昼の街並みを歩くのは、中々勇気のいるものであった。
(もう視線も気にしてられねぇ……!)
実際、身の回りに一定の間隔__恐らく余裕で、ラジオ体操・ハードモード、をこなせるぐらいの間があることが。それを物語っている。
「あいつらに会ったら……どこから説明すればいいんだ……?」
昨日、既に迷子を体験___事実はウルドの時間鑑賞によって生まれた狭間に一時的に入り込んでしまっただけだったようだが、2度目の迷子__と銘打ち、そんな言い訳が通用するだろうか。
「全部正直に話して……相手にされるとも思えないしなぁ……」
これも事実。迷子の理由を「時間停止」と説明した時は、大いに中二病扱いされた訳で。
「……考えたら負けだな。うん。そういう事にしといて……」
寒々しい、アスファルトの地面から目をあげる。
____ただ、前へと進む。
そう心に決め、現実へと帰還した彼方は。
昨晩泊まるはずだった宿___ 「緑禅」へ向け、脚を進めるのであった。
coming soon……
お読み頂きありがとうございました。




