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時刻神さまの仰せのままに  作者: Mono―
第一章:学園
11/67

9話前編:”非”日常の始まり/上


窓から吹き込む風は、やや乾いているもののこの時期にしては暖かく、ふんわりと髪をとかしていく。



「………」



校舎と一体化した鳳凰学園の生徒寮からは、学園の正門を望むことが出来る。

正門から真っ直ぐと伸びるメインストリートを通り、次から次へと登校する生徒達の姿を窓辺の椅子に座りながら眺め。 佐倉サクラ姫乃ヒメノは朝のひと時を過ごしていた。



「御嬢様、お時間です」



カチャリと扉の開く音のした後、凛としたその声に呼ばれ、ふと我に返る。

声窓の外から視線を戻し声のする方向へ振り向くと、そこには朝日に照らされキラキラと輝く、滑らかな金髪を携えた少女が美しい立ち姿でそこに在った。



「…なにか、おかしな所でもございますでしょうか」



そう、不思議そうに小首を傾げながら問いかけてくる少女に、姫乃は応える。



「ううん、大丈夫。少し考え事をしていただけだから」


「…そうですか。なら、良いのですが」



穏やかな笑を浮かべる金髪の少女__自身の、従者兼ボディーガードである芽衣メイ

彼女はこうして、毎朝規定の時刻になると部屋に迎えに来るのだ。



「今日は来年度から取り入れられる新たな系列の任務について、審議が行われるようです」


「うん。3時からだよね?」


「はい。午前中は学科授業が、午後の1時限は校外学習のミーティングが入っておりますので、お間違い無いようにお願い致します」



朝、迎えに来た芽衣と挨拶をし、先のように1日の予定の確認を済ませる。


そしてもうひとつ、朝の恒例となっているのが…



「今日は、いや…今日も、芽愛メアは来てないの?」


「……っ!?」



姫乃のその問に、音速を超えるかという速度で振り向いた芽衣。

そして、しばしお待ちくださいと言い残し足早に来た道を引き返し、その姿が消えて行った先から、ドスッ! という鈍い音が聞こえる。


そして、その音のわずか後。ぐえぇぇぇ!! …と何ともあからさまな悲鳴が聞こえ、(…あぁ…今日もだったんだ…)と内心思いつつ苦笑いを浮かべる姫乃の前に、文字通り引き摺られるようにして、もうひとりの従者が現れる。


風に吹かれたら飛んでいきそうな、ヨタヨタとした足取りで現れたのは他でもない。芽衣の弟で、同じく姫乃の従者である芽愛メアである。



「ふぁぁ…おはようございますぅ、御嬢様~」


「おはよう、芽愛」



そのやり取りを聞いた姉が、これまた床が抜けるんじゃなかろうかという音を立て、弟の足を踵を落とす。



「ぎゃあっ! 起きてる! もう起きてるからぁ〜!」


「そうは見えませんでしたので」



性格に違いこそあるものの、2人とも立派に仕事をこなしていると姫乃は思う。

仕事に絶対的な誇りを持つ硬派な芽衣と、それを包み込んで尚あまりある優しさを持つ軟派である芽愛。2人の仕事柄連携を求められることが多いのかもしれないが、こんなにも上手く噛み合った凹凸も滅多にあるものではない。

やはり血の繋がりというのは、言葉では説明出来ない不思議な力で結ばれているのかもしれない。



「あ、それはそうと御嬢様。朝ごはんはどうしますかぁ?」



目の前の双生の姿を自分と兄の姿に重ね合わせ、また思慮の世界へと踏み込もうとした意識を、芽愛が現へと引き戻す。



「う…うーん。 時間には余裕があるから…食堂うえでゆっくりしようと思ったんだけど…」


「まさか…御嬢様、またハニートースト食べようとしてるでしょ?」


「えっ…なんでバレて…?」


「ダメですよ〜! あんまり食べ過ぎると太っちゃいますからぁ」


「…問題ありませんよ。御嬢様はどんなに補っても足りないほど糖分を使っていられますから。…どこかの寝坊常習犯と違って」


「うっ…朝は弱くて…」


「問答無用です」



一進一退を繰り返す会話を繰り広げながら、部屋を出た3人は中等部の寮のある一帯を抜け、エレベーターのある踊り場へと出る。



「はぁ…本当にこの弟には困らせられます。 何か良い更生案は無いものでしょうか…?」


「私の御兄様も似たようなものですから…」



その気持ち分かるよ…と曖昧な笑みを浮かべる姫乃。それに芽衣が、更なる悪態を重ねていく。



「彼方様に至っては、その心配が良い方向に進むから良いのです。期待を言い意味で裏切ってくれる、と言った方がいいでしょうか。…中には悪い方に、予想のその更に上を行く無能煩悩な生物がおりますので」


「そういう話って本人が居ないことろでするものなんじゃ…!?」


「私は陰口が嫌いですので」


「ぐふぅっ…余計傷つく…」



満身創痍の体をさらに雷に撃ち据えられたかのようにうなだれる芽愛に、芽衣は一目もくれることなく話を続ける。



「その面では、彼方様には御嬢様のように思ってくれる方がいる。それだけでも支えとなります。誰からも期待されなくなったら、人としての伸び代はそこで止まりますから」


「…えっ? 僕期待されてないの? イラナイ子なの?」



若干涙目になりかけ、何かを訴えるような眼差しで姉を見上げた芽愛に、芽衣が悪戯な微笑みを返す。



「…さあ。 どうでしょうね」



その呟きが鼓膜を震わせた直後、まるで測っていたかのようなタイミングでエレベーターがやって来る。

その扉を芽愛が一番に潜り、続いて乗り込んだ姫乃にあとから芽衣が続き、最上階へ向け昇降機が動き出す。



「…芽愛、知っていますか?」


「へっ?」



密室となったエレベーター、沈黙が流れる空間の中で、ふと芽衣が口を開く。



「 ”愛” の反対語は、”無関心” だそうですよ」


「……」



その言葉が何を示しているのか、それを詮索するのは野暮であろう。

それを理解してか、芽愛の頬が気持ちばかり赤みを帯び。小さな声で呟く。



「…ありがと。ねーちゃん」



そんな、静かなやり取りを聞き。姫乃は、


(結局…この2人は仲良しって事で良いんだよね…?)


不確かな思いを、誰にも悟られることなく胸に秘めるのであった。






************************






学園の最上階にある一際大きなフロアは、大きく分けて4つのゾーンがある。


ひとつは食堂。麺類やカレーライス、日替わりのランチなど、一般的な学校にあるような何の変哲もない食堂である。


そして2つ目は売店。学業には欠かせない文房具を始め、寮生活を送る生徒の為の日用品など、幅広い商品を取り扱っている。

販売員に専用の注文書を渡せば、家具や地方の特産品なんかも取り寄せてくれたりする、ちょっとした百貨店だ。


3つ目は、如何にもと言った感じの休憩処。

値の貼りそうなふかふかのソファーに、勉強や簡単な会議で使える円卓がいくつか置かれており、稀に来客がここでもてなされていたりする。



…そして4つ目。


姫乃たちが今いるこの場所が、それである。



「…相変わらず、私には理解しかねます。なぜ学びの場にこのような施設が必要なのか…」


「まぁまぁ。 たま〜に羽を伸ばすのには丁度いいと思うけどなぁ」


「あなたは常に伸ばしているでしょう? 芽愛」



食堂と調理場を半共有という形で使用しているものの、この鳳凰学園にはカフェが存在する。

ケーキをはじめ様々なスイーツがあり、ドリンクメニューも季節ごとに変わったりと中々充実している。

30人程度の収容人数ではあるが、この雰囲気を求めて息抜きをしに来る生徒も少なくない。



「ふぅ… やっぱりここの紅茶はいい香りですね…」


「再現出来ないか相違工夫を凝らしてはいるのですが… やはり難しいものですね」



定位置__窓際の四人席に腰をかけ、姫乃は2人の従者と共にオリジナルブレンドである紅茶を味わっていた。



「今頃、彼方様は電車の中ですかねぇ~」


「そうですね… 乗る電車を間違えていなければいいのですが…」


「頼りになるご友人が付いているそうですので。問題はないかと」


「そうですが…」



どことなく不安そうな表情を見せる姫乃に、従者の2人が顔を見合わせた、その時。



「あれ… 御兄様が任務に行くと言う話…2人しましたっけ…?」



今度は姫乃の方が、不可思議な顔で2人を見つめ返す。

それにいち早く反応するのは、やはり ”メイ” の方。



「…いいえ。御嬢様の口からは聞いておりません」


「えっ…? では誰から…?」


「……」



何となく広がる不穏な空気に、終始無言を貫く人物に自然と視線が集まる。



「…今日彼方様が任務に出られる、と聞いたのは芽愛からです。 それ以上の詮索は不要かと思い、気に留めておく程度にしておきましたが…」


「…ええっと…これは…そのぉ…」



エレベーターで色を取り戻した芽愛の顔色が、見る見る青白くなっていく。

それを見た芽衣が、ため息をついた後淡々と芽愛へ語りかける。…姫乃の様に見慣れていなければ、刑事ドラマで見るような尋問シーンに見えるのかもしれないが。



「その情報は、どこから入手したのでしょうか?」


「…学園のサーバーです」


「それは、仕事の延長線上で手に入れた情報ですか?」


「い…一応…」



神道シンドウ芽愛メアという人物は、芽衣と同じく姫乃のボディーガード兼従者である。

普段の仕事は姫乃と行動を共にし、その身の安全を守り日々の生活から障害を取り除くことにある。


…そして。芽衣あね同様、もうひとつの顔も存在する。


それが、世界の闇__目には見えない部分の明瞭化であった。

様々なセキュリティーに守られた機密情報であったり、不当な取引や密約の開示を行い、隠れた犯罪を取り締まる。それが、目的である。


しかし、仕事柄このような技術を身に付けているという事は、勿論その技術は日常生活でも使えてしまうわけで。

一昔前、芽愛は好奇心から様々な情報網にアクセスしては機密情報を閲覧し、必要以上の情報を手に入れてしまうという事態が発生した。

ある会社の金融操作だの、勤勉な政治家の裏の顔だの。

知らなくもいい事まで知ってしまった、言わば世間にとって災厄パンドラの箱となってしまったわけだ。



「本来の依頼は、不正アクセスを繰り返すユーザーののリアルを特定する…のはずだったんだけど…」


「…はずだった?」



姫乃の従者である芽愛が、仮にどこかの組織から情報を抜き取ったことが原因で命を狙われたとする。

そうなったとすれば、本人はともかく、近くにいる姫乃にも危険が及ぶのではないか…? そう考えた芽衣に、今後一切仕事以外での情報収集を辞めるように、と厳重注意された、というわけだ。


つまり今日、彼方の任務の情報をハッキングで得たのだとしたら、それは芽衣との約束を破る行為にままならない。



「…そのユーザー、この学園のサーバーにも手を掛けてたんだ。…もう、随分と前から。 …それこそ、僕らが生まれるずっと前から」



始めこそ殺る気満々だった芽衣だったが、芽愛からの話を聞いていくうちに、その煮えたぎったはらわたが少しずつ冷えてくる。



「…その人間は、学園のサーバーでなにを…?」



芽衣の問に、一呼吸置いてから芽愛が答える。



「…所属する生徒、教職員。そのうちの何人かのデータベースが抜き取られてた。…しかも、その元データはすべて削除されてる」



文字通り、言葉を失った姫乃と芽衣に。芽愛は、改めて告げる。



「…いつ言おうかなって。ずっと思ってたんだけど…。…この ”消された人間” たちの中に、”佐倉 彼方” が居たんだ」



流れるように放たれる情報の応酬に、姫乃はただ聞いていることしか、出来なかった。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





異進種それ”は、突如として人の前に現れ。


まるで、増えすぎた人間を罰するかのように。かつて人間が他の生物に対し犯した罪の報いを、一身に返すかのように。


地球上に存在する弱肉強食のピラミッド、その頂点に立つ人間を唯一脅かす、無二の天敵となりえたのだった。



「………」



しかし、そんな時代を乗り越え今や、”異進種” という天敵は、庶民にとって遠い存在になりつつある。


それは何故か。


戦後の日本を背負って立った、Skuldスクルドと呼ばれる組織にによる介入が、行われたからである。


それにより、地上地下問わずこの地球ほしのあらゆる場所を闊歩していた異進種は、その個体数を減らしていったのだ。



(…そもそもなんで異進種なんてものが生まれてきたんだろうな…。突然変異とか…いろんな説は出てるけど…)



宇宙そらから見た地球は青い。それは今でも変わらない。


けれども、それが綺麗かと聞かれたら即答はできない。


一日で何千、何万という命が失われていた時代に比べたら、随分マシにはなったと思う。


しかし結局人間は、”戦い”とは切っても切れない何かで固く結ばれているのだと、感じてならないのだ。



「…大丈夫? 遠い目してるよ?」


「…ん、おぉ…?」


「なんで疑問系?」


「あ…いや。何でもない」



学園を出て二時間程が経過し、彼方たちの乗る列車は任務地である埼玉県に入った。

ホームタウンである東京に比べ、居住区や農耕地区の多いこの一体は、やはり自然が豊かで空気が澄んでいる。



「まー眠くなるのも分かるよ。なんかこう…のんびりした雰囲気と言うか、なんというか。やっぱ田舎はいよね」


「眠いなら今のうちに寝ておいた方がいいわよ。 戦闘中は何が起きるか分からないんだから」


「いや…別に眠いわけではないんだけどな…」



スマートフォンでリズムゲームをする逢里と、移動先での任務内容を記した資料に目を通す綾音が、窓の外を眺めぼんやりと物思いにふける彼方に促す。



「 いつもイベントの前は昂って寝れなーい、とか言ってのはどこのどいつだっけ?」


「寝不足だってのは否定しないけど…」



とは言え、何があるか分からないという綾音の言葉も正論だ。

資料の情報__居住区付近にて危険度リスクBクラスの異進種が確認されたと言うことは、決して油断ならない状況なのだから。



「…じゃあお言葉に甘えて。失礼しますか」



長年人々の体重を支えてきた鉄道のシートは必要以上に柔らかく、体から力を抜くとどこまでも沈んでゆくような感覚にとらわれる。

そして、低周波の揺れにガタンゴトンと揺られるうちに、段々と意識が遠のいていく。



「…………」



それから、どれだけの時間が経ったかはわからない。

しかし、その時は唐突にやってくる。



「きゃっ!」



夢幻の世界から現へ、悲鳴によって一瞬で意識が戻される。

何事かと目を開けてみれば、視界は普段の時計回りに30度ほど回って見えた。


(…なんか…すげー楽な体勢…)


そんな感想がよぎると同時に、更なる叫びが耳元でこだまする。



「ななな…なにしてんのっ! 」


「え…?」


「いいから早く起きなさいっての!」



 状況判断のままならない俺の頭を、何やらそこそこ硬い何かがゴスゴスと突き上げる。



「えっ…!? 痛い痛い! 何!?」


「…まったく」



理不尽な痛みに体を直立に戻した彼方を、横で綾音が怪訝そうな横目で見ていた。

そして、ようやく彼方は理解する。


よりによって、寝落ちした自分は右側に寄りかかってしまったのだと。…そう、綾音に。



「それで? ずいぶん気持ち良さそうに寝てたけど、寝心地どうだったの?」


「痛みで全部忘れた…」


「わっ…私は悪くないもんっ!」



頬を薄紅色に染めた綾音が、ぷいっと拗ねたことを確認して、彼方は逢里と目を会わせ、表情を緩める。

鳳凰学園に入ってから覚悟はしているとは言え、こんな日常をいつまでも過ごせるとは限らない。そんな殺伐とした世界で生きているという事を、真に幸せだと思えた。


そんな、浅はかかつ重厚な思いを振り切り、



「取り敢えず眠気は少し晴れたかな。あ、それ次やらしてくれよ」


 ふと見た逢里が持つ端末の画面上には、恐らくリズムゲームであろうゲームタイトルが表示されていた。気晴らしに少しやってみようかと思い、彼方は逢里に声をかける。



「良いけど、ファーストステージのしかクリア出来ないじゃん、彼方」


「んー、なんか今日は行ける気がする」


「そのセリフも毎回聞いてるって」



根拠のない自信を前面に押し出し、受け取ったそれのスタートボタンをタップ。第1ステージを危なげなくクリアし、第2ステージに突入する。




 「おぉ!」


 「いよっし!」


 本当に一味違うようだ。それに逢里でさえ感嘆の声をあげる。

 無駄に研ぎ澄まされた感覚は、次々に表示される黒いラインを確実に捉えていく。そして、


 「よし、このまま一気に……!」


 複雑なリズムを刻む黒鍵を打つ手。次々に送り込まれる視覚情報の渦にのめり込みそうになる。だが俺は、そうなる前に動きを止めた。いや、止められた。


 「「え?」」


 逢里から、そしていつの間にか画面に目を向けていた綾音からも声が漏れる。その理由は他でもない、好調極まりなく、第2ステージクリア目前であった俺の指が、突然止まったことだ。


 「え?どうしたの?」


 ゲームオーバーの表示と共に、俺の視覚ではない他の感覚が【何か】を捉える。



 「!!!」



 悪寒でもなく、衝撃でもない。何か。これは……



 「どこでもいい!捕まれ!」



 「!」



 浮わついた雰囲気の車内に、俺の叫び声が響き渡った。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 俺の叫びに、反応できたのはいったい何人いたであろうか。


 「ぐっ!」


 逢里、そして


 「っっ!」


 綾音。

 この二人は何とか無事だ。

 

 ギギギギギギ!という猛烈な音と共に、列車が急ブレーキを掛けたのだ。


 「……!」


 その列車の車内。そこには、衝撃に耐えきれず横倒しになるものや、頭部を打ち付けたのであろうか、完全に気を失っているように見えるものもいる。


 「緊急停止?」


 「……彼方」


 無事だった二人は良しとして、あまりにも突然の出来事だった。都内を走る普通線ならともかく、今乗っている列車は中々の高速で運行している。停止時の衝撃は比べ物にならない。よってこのような事態に陥る。


 「おい!なんだってんだ!」

 「どうしたんだ!」

 「車掌を呼べ!」


 等々、聴こえてくる声は大体そんなところだ。しかし


 「くそ!ドアさえ空けばこっちのもんだ!」


 そんな声も混ざっている。しかしドアを開ける、その行為は自殺行為に等しい。その訳は非常にシンプルで……


 「待ってください。今出たら異進種が……」


 そう。ここは既に厚い警備で固められた都会ではないのだ。居住区こそ守られているが、只の線路上でしかないここは危険の一言に尽きる。それを察したスーツに身を包んだ男性が、その男に声をかける。


 「あ!?」


 しかし、そう威圧的な視線をおくられ言葉を濁らせる。


 「なんだ!はっきり言え!」


 「…………」


 押し黙る男性。だがそれを見て耐えかねたのか、俺の隣に座る逢里が立ち上がる。


 「……聞こえませんでしたか?今列車から出たら異進種が寄ってきます。他の人達のためにも、車内での待機が懸命かと」


 適切、かつ正論を述べている筈の逢里とだが、こういう人間もいるものだ。


 「何だお前ら。なんの権限があってそんなことを……」


 そう睨む目に力を込める男に、逢里は全く引くことなく反論する。


 「この際僕らの身分は関係無いでしょう。回りを見てください。こんな怪我人もいる中、異進種に襲われたらひと溜まりもありません。状況をよく見てください」


 「……チッ」


 正論の羅列と周囲の視線に、舌打ちこそしたがすごすごと引き下がる中年の男。まず第一に、強固に作られている扉をこじ開けるなど無理な話だ。

 ドスリと席に戻るオヤジ。体重があってよかったな、と心の中で嘲笑しておこう。そのお陰で吹き飛ばずに済んだのだから。


 そんなとき車内放送が鳴り響く。


 『只今、当列車は緊急停車致しました。次駅への線路上に異進種の集団が確認され、その駆除のためお時間をとらせていただきます。御迷惑をお掛けして申し訳ありません。繰り返します、現在当列車は…………』


 時折姿を表す異進種は、こうして様々な障害を引き起こす。だが列車を緊急停車させる程の事案には暫く出会っていない。


 「びぇぇぇぇぇん!」


 小さい子の泣き声が車内に響き渡る。母親とおぼしき人物も、必死にあやしているようだが、当然効果が無い。


 (そりゃ泣くよ。俺も泣きたいもん。完全に遅刻だもんこれ)


 その泣き声に背を押されたかのように、不穏な空気が車内に蔓延しかける。そんなとき、


 ピピピピピピ!


 俺たち三人の端末が鳴り響く。ポケットから、鞄の中から、そして握りしめられた俺の手のひらの中で。

 

 「なんだなんだ」


まず第一にマナーモードにしているのに鳴るという奇怪な状況に遭遇する。さらにこの後の挙動が、その音を止めるべく手を伸ばした各々をさらに驚愕させる。


 「これ……電話じゃない」


 そんな誰かの言葉は、【特殊回線通知】と表示された画面への咆哮。

赤く点滅するそれは、中等部に入って稀に見る通知記号。ご丁寧に、その部分へのタップにしか反応しない設定の。


 「……」


 仕方なくそれを無言でタップする。メッセージ画面に遷移……と思いきやブラウザに飛ばされ、さらに入れた覚えの無い謎のアプリが勝手に開く。それには同じく赤系の色をした文字列。


 「……臨時指令書、異進種討伐に加担、民間人の安全を確保……って。なんだよそれ」


 突然表示されたその文字列を理解しかねていると、その画面がさらに遷移する。それは今度こそ着信で……


 『おーい彼方。生きてるかー?……だめか、死んだか』


 奴だ。奴の声が聞こえた。少しばかりの沈黙の後、こう切り返す。


 「……言いたいこと無数にあるから言っていい!?なぜスピーカーフォンなの!?指令とかなんちゃらって何!?声でかい!!あと最後に全員健在!」


 圧倒的手数で問いかける。だが返ってきた答えは健慈やつにしては珍しく、落ち着ち付いた物腰、そして簡潔なものだった。


 『この方が聴こえやすいだろ?お前らの無線機安物なんだし。ついでに周りに事態の重要性を伝えられるしな。指令っつうのはあれか、討伐してこいみたいな』

 

 「安物言うな……配給品だろうが。指令は……まあその通りだ。そんな命令形じゃなかったけどな」


誰かさんみたいな。とはここでは割愛する。電話越しでは俺の思考は読めないであろう健慈は、そのまま話を続ける。


 『まあそうだろうよ。今列車が停まった地点から300メートル先に異新種の群れがいるらしい。討伐隊が着くまで時間が掛かるみたいなんだ。足止めしといてくれ』


 「ああ。……は?」


 『用件は以上!データは送ったから。じゃ、怪我すんなよー』


 「おいちょっ、待てって……」

 

 ブツリ。

 少々俺の回りには一方的に電話を切るやつが多すぎる。そして微妙に思考を読まれていた……


 「で、どーするの?」


 もう一人の電話早切り奴である逢里が背中越しに問いかけてきた。


 「聞いた通りだよ。ったく仕事増やしやがって」


 「近くに討伐部隊が居ないんじゃあ仕方ないね」


 と、昼時に資料の束を上司に託されたサラリーマンのような会話。それらしく既に2人は送り付けられたデータを解凍している。


「仕事増やすのは教官たちじゃないでしょ。異新種であって」


確かに、と逢里と2人で頷く。そんな場違い感半端無いやり取りの中、


 「お、お前ら一体……」


 そう声をかけてきたのは先程の文句たらたら中年男だ。

無駄に貫禄のある逢里の説得と、俺たちの身なりや声が駄々漏れの通話内容によって、かなりの疑問を生じさせてしまったのだろう。よく見ると周りの視線も中々の質量を持ち始めている。


 「……只の中学3年生です」


 「子供でもわかる嘘をつく……」


 堂々と胸を張る逢里に、幻滅と言った風な突っ込みを入れる綾音。


 (まあ素性がバレて不味い訳でも無いし……正直に言っても……)


 そう口を開こうとした瞬間、その必要性を打ち砕かれる。


 「あっ!あなた方でしたか!早く現場に……」


 「ほえ?」


 ハアハアと息を切らし、帽子と制服に身を包んだ男性、間違えなくこの列車の車掌か運転手だろう。それがなぜ俺たちを探しているかは大体見当がついた。


 「おっ、おい。この子らは一体……」


 「この方々はSkuldスクルドから派遣された討伐隊です。三方とも、早くこちらへ」


 「なっ……」


 職員の口からでた【Skuld】という単語に、少しばかり車内に感嘆の声が漏れる。

 正直それに、手を降り答えるアーティストのような肝っ玉を持ち合わせていない俺たちは、少しばかり肩をすぼめ苦笑いを浮かべるしかない。

……が、この職員の言葉には、ただ少しばかり語弊が生じている。


 「あの、私たちはSkuldじゃなくて傘下である鳳凰学園の……」


 「さあこちらです!」


 耳を貸している場合ではないのだろうか……。あっさりと抵抗を遮られた綾音は、今年に入ってそろそろ3桁に突入するであろうため息をつく。

 そんな中、かなりの速度で車内を走り抜ける車掌と思わしき人物の後を追う。やはりその間も乗客の視線が痛かったが、この際気にしていられない。


 「車両の扉は御客様の安全上開けられません。なので運転席中央の扉から外へお願いします」


 「わかりました」


 そう返事をする傍ら、


 (運転席!マジか!)


 そう思う。正直運転席に入るのも初めてだ。少しばかりテンションが上がる。だがやはりそれが顔に出る俺に、


 「……小学生かな?」


 「中坊だよ……クソ」


 ここまで来てまだ余裕のある逢里と、軽々しい会話を挟む。


 「こちらです」


 その間中央の扉から梯子が降ろされ道が開かれる。

 それを下り、ゴロゴロと転がる小石が敷き詰められた線路上に降り立つ。


 「どれくらい先だ?群れは」


 「今は250弱って所。もう少し遠ざけてからの方がいいかも」


 「じゃあ彼方。行ってらっしゃい」


 「……取り敢えずお前は道連れにする」


 緊張感の無い会話にしびれを切らしたのだろう。この光景を見ていた車掌とおぼしき人物が、唯一真面目に見えるであろう綾音に、こんなことを問う。


 「あの……こんなこと聞くのも失礼かもしれないけど、本当に君たちで合ってるよね?」


 仮に俺が、彼と立場でも同じことを問いかけていただろう。


 「ああ……はい。一応合ってますね。まあ、この二人はまだ小学生なもので……」


 たぶんこれも同じことを答える。

 

 「まあこう見えてやるときはやる人たちなので」


 「……はは。そうであると信じているよ。それじゃあ後は任せて良いかな?乗客たちの安全はこちらで責任を持つから」


 「分かりました。それでは失礼します」


 「気を付けてくれよ!」


 そう言い最後まで心配そうな目でこちらを見ていた車掌が、無事に車内へと入ったのを確認し、一歩を踏み出そうとしたその刹那。


 「……いつまでもふざけてんじゃないわよ!本っ当に馬鹿なんだから!」


 そう、鬼の形相をした綾音に怒られたのは、言うまでもない。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




個体数7。型式、犬狼ウルフ型。

危険指定種、という分類に属するそれらが、今回の討伐対象である異進種。その影を視認した彼方たちは、今一度装備品の確認をしていた。



 「主武装よし、スキャナー稼働確認。……ええっと、後なんかあるっけ?」


 「いちいち声に出さないとダメなの? それ」


 「うちのお爺ちゃんでもそんな事しないけど」


 「質問に答えてもらっていいでしょうか……?」



声に出す方がより正確になると思うのだが……と思ったりもした彼方だったが、そう思わぬ人が2人ほどいるようなので、もうそれで良しとする。



「はぁ……先が思いやられる」


「そりゃ僕たちのセリフだよ」


「まったく。1から100までホント締まらないわね……」


「わかったから! これ以上俺を責め立てるのやめて!?」


「ドコサヘキサゴン酸? だっけ? 痴呆の予防になるらしいわよ?」


「ボケてねぇよ! ……クソ! やりゃあいいんだろ!」


「お、やる気満々だね。それじゃあ先頭は彼方で」



 そう、言葉で背中を押された。かもしれない。



 「よし、行くぜ!」



 と、そんなことは気にせず、地を蹴り、剣帯から剣を抜き放つ。その刀身が太陽の陽を浴び、眩いまでに輝く。

そして……



 「_____!」



 視線の先、俺たちの存在を認知した獣と、俺の瞳が正面からぶつかり合う。

 獰猛な眼光に気圧されることなく、さらに速度を上げる。


 『グガァ!』


 「ハアッ____!」


 如何にも獣らしい鳴き声と共に繰り出される鋭い爪の一撃に、剣の切っ先をあてがう。同時に、硬質な金属音が森林地帯に木霊こだまする。


 (どんだけ硬いんだよその爪……)


 目の前の理不尽な光景と、冴え渡る聴覚からの情報により、一瞬の交錯の中、置かれた状況を感じとる。


 「……!」


 二本の腕に有らん限りの力を込め押し返す。普通の生物なら人工物である金属の剣で、簡単にその爪や牙を折ることができる。しかし相手は生憎と、そんな生易しいペットではない。だが、


 「硬いだけじゃ……俺には勝てねえぞ!」


 幾ら強力な武装も使いこなせなければ意味がない。押し込まれた力を利用し、後方に受け流す。ズザッと互いに俺は前方へ、狼は後方へ飛び去り、互いに距離をとる。


 「逢里は……よし…!」


 一応相棒であるその存在を視界の隅に確認し、次の動作へと移る。


 「行く…ぜ!」


 同じく犬語でそう叫んだであろう獣も、一撃必殺の双爪そうじょう攻撃を仕掛けるべく駆け出してくる。それに全力で答えるべく、剣を下段で構え、迎撃体勢をとった。


 「は……ぁぁぁぁぁぁあ!」


 下段から繰り出された斬撃、ではなく打撃は、その凶爪が降り下ろされるほんの数コンマ前に、爪ではなく、その肢体を打ち据えた。それにより、攻撃の威力を相殺、かつ痛烈な痛みを味わったであろう犬狼ウルフ型異進種、通称【クロウヅィ・ルプス】は、ギャン!という悲鳴と共に体勢を大きく崩し、ゴロゴロと地表を転がった。


 「ふぅ」


 安堵の声と共に、吹き飛んだ先の獣を見る。するとその背後から、忍び寄る人影が目に入る。


 「いいタイミング!やれば出来んじゃん」


 うっせえ!と口に出さず叫んでおく。

一方、密かにルプスの背後に回っていた逢里は、弱ったそれの首筋に、何かを突き立てる。何か、と言っても腰に差した彼の武器ウェポンである二刀小太刀にとうこだちではなく注射器だ。中身はもちろん即死の毒薬……な訳が無い。


 『キャイン!』


 その見た目と似合わず可愛らしい声を出すルプスだが、徐々にその挙動を弱らせ始める。そして立ち上がろうとしたのか一瞬脚に力を込め、次の瞬間、ドッとその場に崩れ落ちた。


 「……終わった、か?」


 完全に動きを止めたその獣の頭を撫でる逢里に聞く。


 「寝たら可愛いもんだね。薬が切れたらやんちゃだけど」


 注射した薬は毒物ではなく、睡眠薬、兼治療薬とでも言っておこう。何を治療するのかは明白、もちろん異進種から元の原産種に遺伝子を書き換えるのだ。それによって、異進種という存在が元の生態系に入ることにより、世界を大戦元の環境に戻すという偉業への、第一歩になる訳である。


 「うん。確かにやんちゃだったな。爪硬すぎ」


 「はは。この種の爪は量産型の刃物じゃ切断できないからね。まあそれはそうと。ちゃんと無傷でやってくれたみたいでなにより」


 確かにルプスの体には目立った外傷はない。なぜなら剣で、切っていないからだ。剣の峰で殴った、と言うのが正しい。それも全力ではない。


 「まあ傷付けずに済むんなら、それに越したことはないからな」

 

 当然の事ながらやはり保護する側としては無傷の方が扱いやすいわけだ。

所で忘れてはいけない。1体目の無力化を終えた今、残る6体を無力化しなくてはならない。そう思い辺りを見渡す。すると、


 「終わったなら早く来てよー!」


 と、怒りと疲労から、ほぼ怒号と化した声が俺たちの先、先程7体の姿を確認した地点から聞こえた。

 俺と逢里が1体目を無効化するに当たり、必然的に残る6体を相手取っていた綾音は、やはり息を切らし苦戦している。リーチの長い長槍トライデントを使いこなす綾音でも、数相手では少々分が悪いようだ。それでもやはり6体の内、数体を弱体化(負傷)させているのだから流石である。


 「そろそろ危ないかな。彼方、任した」


 「……やっぱそうですよね」


 ハイハイ分かりましたよ。という風な動作で腰をあげる。なぜ俺一人なのか、という疑問は浮かばない。なぜならこの時、必然的に逢里は参戦できないからだ。俺たちの任務は基本異進種の殺害ではなく保護であり、個体の防衛を優先にする為だ。よって誰かが一人保護が完了するまでの間、側で護衛をしなくてはならない。


 「たぶん完全体じゃないのはこの子だけだと思うから。溜まった鬱憤でも晴らしてくれば?」


 溜まってる原因は君なんですけどー、という突っ込みはともかく、早いところ綾音に手を貸さなくてはならない。個体の前に自分達が死んでしまっては元も子もない訳だ。


 「じゃあこいつは任した。半進体がいたらまた合図する」


 完全体、いわば治療不可能なまでに進行した異進化を止めるすべは、文字通り存在しない。しかし逢里の側で眠るルプスのように、まだ完全に異進化していない個体、半進体であるならば治療は可能だ。


 「りょうかーい」


 その返事を背中で聞きながら、劣性の綾音の元に駆けつけるべく、未だ筋肉痛のわずかに残る脚に鞭を打ち、走り出す。その先では、


 「はぁぁぁあ!」


 そう気迫に満ちた声と共に、長槍トライデントを振り回す少女の姿。他でもない、綾音だ。


 「おーおー。やってるねぇ……」


 目視した6体の異進種を目掛け、綾音の後方へと回り込むように移動する。やっとルプス達と距離をとった綾音に、それらの隙を縫って接近する。

 

 「……遅いんだけど!いつまでも放っておいて……今度なんか奢って貰うからね」


 到着と同時に、いきなり舌技ぜつぎで叩かれる。ちょーと無理をさせすぎたか、ご機嫌斜めな綾音を、


 「アイスなら、たらふく食わしてやる」


 「だからカロリーが高いでしょってば!」


 と、軽くいなす。さらりと先日の回答を言っている気がしなくもないが、それを気にする余裕はない。

 そんなやり取りの中、背を合わせ、お互いの死角をカバーし合う。

どうしてこうなったかというと、三人での話し合いの末、近接戦闘型の俺と逢里が半進体の捕縛を、そしてリーチによる高い自衛力、そして強靭なメンタルから、トライデントを操る綾音が残る6体を引きつける役柄、と相成ったわけだ。

そしてここまで来てようやく、野球で言うならば中盤、4回の攻防が始まった。



『『『グルルルルルルルル!!!』』』



幾重にも重なりあうその声は殺意で満ち溢れている。よくこれを一人で捌いていたものだ、と素直に感心する。技にもだが、主にメンタル面で。

その思考と共に、視覚情報を整理する。


 「逢里の言った通りみたいだな」


 「え?」


 目の前にいる6体の獣の瞳は、どれも黒く濁っていた。


 「こっちの奴等は黒目だろうってさ」


 「あ…うん。そう…みたいね」


 俺が参戦する前からルプスと交戦状態にあった綾音は既に気付いていたようだ。逢里が眠らせた個体は茶色の瞳であったが、こちらは既に闇堕ち状態、曰く完全体に成り果ててしまっている。


 「それじゃあ、やりましょうか」


 「了解!後衛…頼むぜ!」


 任せて!という心強い言葉を背耳に、一歩を踏み出す。


 先程と違い、【命を救うため】ではなく、【奪うため】に剣を振るうしかない。どう抗おうと結論は同じ、変わらないのだ。殺さなければ殺され、奪わなければ奪われる。そんな弱肉強食の世界で生きる者の定めである。


 (その命、無駄にはしないからな…)


 そう心で呟き、剣を抜く。


 「絶対に!」


 今度は口に出し呟く。


 シャキン、という軽快な音と共に引き抜かれた刀身が二度にたび陽光を反射させる。


 「シッ!」


 声にならない気迫と共に、1体目、実質2体目のルプスへ向けて刀身を凪ぎ払う。空気の摩擦によりヒュオッ、という擬音が生まれ、次の瞬間、


 ギィィィィィン!


 刀身と凶爪がぶつかり合う。相変わらず硬いその爪の相手を剣に任せ、自由である俺の左手が猛威を振るう。


 「セァッ!」


 ドゴッ、という鈍い音を立て、拳でルプスの顎を下から叩き上げる。

 

 『グゴァ!』


 不意の一撃を食らったルプスは、上体を大きく仰け反らせ特大の隙を作る。そこに間入れず、綾音のトライデントにより一撃が叩き込まれる。これでチェックメイトだ。我等ながらいい連携である。

 胸部からは赤い鮮血が吹き出し、整備された砂利の道を染める。最初こそ、その赤黒さに怖じ気づいた物だが、時と共にその感覚は薄れていくのは事の道理、と言った所だろう。


 基本的に数で劣る人間は、連携行動により討伐を行う。安全性を高め、任務を着実に遂行する為だ。しかしやはり感性の違いなのか、そのむくろを気にも止めず、飛び掛かってくる獣があと5つ。


 「次!」

 

 心の中で足元の遺骸に手を合わせ、体を支える脚に力を込める。そして、前を見据えた瞬間、ほんの一メートルほど前に影が表れる。それを、今度はこちらが身を屈めて避ける。


 「綾音!」


 自分が避けた攻撃が、後方へ逸れる。要するに巻き添え?流れ弾?そんなことを怖れ、後衛者の名を呼ぶ。が、



 「ヤァッ!」



 心配のしようが無いほどの身のこなしで、それを屠ってみせる。流石、S課に進級が決まった生徒と言ったところか。


 (そう言えば俺もそうだったな。嫌だなぁ……S課……)


 そんな思考を廻らせる暇もなく、次の凶爪が襲いかかろうとしている。

 そうならば、俺にもできるはずだ。S課に入る俺ならば。そう自分に言い聞かせ、体が覚えた動きを、その肉体で施行する。その名を……


 天絶アマツ翔命ショウメイ流剣舞_____



 (天空判決スカイ・ジャッジメント!)



 体を捻り、大きく剣を引き戻す。

剣を持つ自らの頭上に、剣線の軌跡が描かれる。全体重、全筋力をかけ突き出された剣先と、知能を本能に割かれた獣の凶器がぶつかり合い、瞬間剣を握る右手に衝撃が走る。だが、それをもろともせず、筋肉・骨、その他全身のバネによって加速された剣と腕は、その進行を止めない。



 「ハァァァァアッ____!」



 ビキッ!


 破砕音。

間違いなく、目の前の爪が砕けた。それを視認することなく、さらに力を込める。そして、腕が振り切られる。

剣の切っ先が地面スレスレで停止し、勢いを利用し更に前へと進む。


 ビシャッ。という擬音。


 それは俺の後ろで、体を左右に切り裂かれ沈黙した骸が、地に横たわった音だった。さぞかし先程とは比べ物にならない出血量だろう。血の海が広がっていく。


 現在7分の4。試合も終盤か。


 「残り、3体……」


 気付けば半減したルプスたちも、まだ敵意を燃やし続けている。


 「やっぱ逃げちゃあくれないか……」


 「次、来る!」


 5、6、7体目に値するそれらは、この種にしては珍しい、高知能型、要するに戦術を用いる個体のようだ。


 「少し後退。分断して叩きましょう」


 闇雲な突撃ではなく、高知能らしい時間差攻撃を試みようとするそれらを見て後衛、綾音が一歩下がるように指示をする。


 「その必要は……ないぜ!」


 「んなっ…!」


 驚きの声も当然だ。なぜなら俺が平然と前へと走り続けているから。


 「ちょ、ちょっと!」


 引き止める綾音の声も虚しく、彼女の想像では3体のルプスの連携により食い殺される……はずの俺は、高く地を蹴り舞い上がった。まあ精々二メートルちょいと言ったところか。まあもちろん、ただ殺されに行ったわけではない。いくら俺でもそこまでやんちゃはしない。いわば高知脳型ガキ大将。


 「これで!終わり……だぁぁぁぁぁあ!」


 着地する予定の座標には、もちろんルプス。だかこちらはまだ、『見られて』いない。

 こちらを探しキョロキョロする、その無防備な頭部へ一撃。


 ドゴッ!


 死ぬ。自分がやられたら完全に逝く。それぐらいの威力だった。頭蓋を砕き脳髄まで侵食した刃を持ち上げ、視線を進める。


 「次ぃ!」


 着地と同時に再び地を蹴り、2度目の飛翔。首まで地面にめり込んだ屍は最早視認しない。

 波状攻撃を試みようと、射程圏内に踏み込んできたもう一匹のルプス。しかしこれも俺を見失い、同じように屠られる。そして、


 「ラストぉ!」


 7体目へと飛翔しようと脚に力を込め、跳ぶ。が、


 「あ、ちょいまち、タンマタンマ!うお!」


 味方にしていた太陽が、雲で陰る。

太陽光を背にし、目眩まし戦法をとっていた卑怯戦士彼方は、ついにその姿を晒した。

 ……よって、空中でバッチリとアイコンタクトを交わす俺とルプス。


 「うおおお!綾音さあぁぁぁん!」


 相方への援助を要請する。が、反応は冷たい。


 「もうそのまま一回、お仕置きされた方が身のためかもね」


 「お仕置きの域飛び越えてますよ!?ヒィィィイ!」


 悲鳴をあげ、死んでなるものかと剣と鞘で防御姿勢をとる。

だが数秒後、繰り出された攻撃との接触に大きく弾かれ、尻餅を着く。相手の体制も上空を攻撃する、という不安定な状態であって幸いであった。


 『グガァ!』


 「うぉ!ちょっ、てい!」


 数十秒前とは打って変わり、吹き飛ばされ受け身をし損ねた、見苦しい体勢で、そしていかにも弱そうな掛け声で繰り出した一手は、嘲笑されるほど呆気なく相殺される。


 「うおぅ!綾音ぇ!」


 ギリギリで掻撃そうげきをかわし完全に逃走状態の俺を、ルプスは執拗に追いかける。まああれだけ仲間をやられたらそうなるだろう。そこまで仲間思いであるとは思えないが。


 「まったく……勝手に突っ込んでくから……」


 完全に呆れられた声ではあー、という声が聞こえた。


 「ああもう!いい加減静まれぇい!」


 そう叫ぶと同時に、後方へ向けて全力疾走する俺へ完全に狙いを定めた獣に向け、振り向き様の横凪ぎ一閃を見舞わせる。

 パキィン!と響きのある軽音をならし、その爪を弾き返す。


 「ほんっと。世話が焼けるんだから……!」


 弾き返されたその先、手負いだった最後の1匹は、後退したその場で生命線である、胸の中心を深々と貫かれた。無論、綾音のトライデントで。


 「さっすが!うぉっ!」


 戦いの行く末を見納めた直後、小石に足を取られ転倒する。それも後ろ向きに。


 「い"ぃ"ッ!」


 後頭部を打つ。昨日と同じ場所を。


 「……鈍臭いんだか、どうなんだか……」


 送られる綾音の視線と共に、唐突に始まった作戦が、終了した。


 空を、見上げる。青い。



 「かーなーたー!」



 そう俺を呼ぶ声は、逢里のその声。どうやら討伐体の面々が、ようやく到着したようだ。先程の半進体のルプスが無事保護されたことを同時に悟る。



 「遅えよ……大人共……」



 そう短く、そして小さく罵倒する。



 「お前らの給料……税金だっけか? 遅刻者に給料たあいいご身分だな……」



 ゆっくりと上体を起こし、握っていたままの剣を、昂りかけていた感情と共に柄へ納めた。


 時刻は午前11時少し前、と言ったところだろうか。中々の高い位置まで陽は昇っている。



 「あぁ……アイス食いてえなぁ……」




既に、ホームシックならぬ「アイスシック」に駆られている彼方を余所に_____


今この時も、時は流れ続けていく。



現在いまも。

過去も。

そして、未来も。




『時は___満ちた___』



そして今。この戦いが、全ての幕開けとなることを____




____誰も、まだ知らない。




coming soon

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