9話後編: ”非”日常の始まり/下
見上げる空は透き通るように青く、気分は先程まで命のやり取りをしていたとは思えないほどに気分を清々しくさせる。
クロウヅィ・ルプス。出現数7、内半進体1。体長こそ1.5m程だが、その各足脚には、鋭利かつ超硬な爪が存在する。対峙していて気の休まる暇がないコイツは、佐倉彼方、幸坂逢里、湖富綾音の3人によって掃討された。それ相応の精神的、肉体的疲労と引き換えに。そう感じているのは彼方だけであろうが。
ジャリジャリと小石を踏む音が近付いてくる。そして線路沿いにあった岩にもたれ掛かりながら空を見つめている俺の顔を、ひょいと足音の持ち主が覗き込んでくる。
「…ふむふむ。これは見る限り、君の血じゃ無いみたいだね。安心安心」
そう言って得意げに顎をさするのは、遅れて到着した討伐隊のメンバー。確か名は、広瀬……何とかといったはず。
「……」
しかし。その言葉につられ自らの服に目をくれてみると、朝着た時は染みの一つも無かった制服の3分の1ほどが赤黒く染まっている。更には、乱戦時にやられたであろうか、肩の刺繍は下半分が裂かれている。
しかし、それを見て狼狽えるわけでもなく、ただ無言で眺めているだけの俺に、
「え?無反応?うーんやっぱり荷が重すぎたか……。犠牲者1、と」
「……勝手に殺さないでくれます?」
正直な所、連日の肉体酷使によって相当な疲れが出ている……とでも言っておこうか。
とてもじゃないが、捕獲したルプスを飼い犬の如く撫で回す余裕は無い。あの2人のように。
まああれだ。「子どもは風の子」とは言えど、俺の場合は「馬鹿は風邪ひかない」と混ざり、若干複雑ではある状態らしい故に疲れも風邪も引くが馬鹿、という訳だ。※逢里談※
「本当に死にそうな声だから怖くないね」
どうやら絞り出された俺の声は、掠れに掠れてガラガラだったようだ。
「別に怖さは求めてない……。で、貴方がいるってことはやっぱり……」
「隊長!佐倉君も無事みたいですよー!」
「ですよねぇ……」
ここでようやくため息をつく。なぜなら。
「お、彼方!生きてたか」
顎髭を伸ばしたその男はそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「うーん……」
「……?」
隣で自分と弟にしか聞こえないであろう唸りをあげるのは、ポニーテールを結った少女。自らの主人、守るべき存在であるそれは、全くと言って良いほど抗議が耳に入っていないと思われる。その話し相手になっているメア(弟)も弟だが。
「御嬢様。講義の最中でございます」
「むー……」
駄目だ。こうなってしまってはもはや手の下しようがない。
(少しばかり……兄妹愛が過ぎる……)
毎度のごとくそう思うが、自分達の姿もそう見えているのかもしれない、そう思えば思う程人のことは言えなくなってくる。
「本当に分からないの?任務内容は」
「申し訳ありません御嬢様ぁ。それ以上はデータベースのプロテクトが難くてとてもぉ……」
「うーん……」
その会話に、
(然り気無く……犯罪……カミングアウト……)
まあそれを易々と利用する御嬢様も中々の器だ。と、良い方へと自分の思考へ引っ張る。
(…………)
仕方なく講義へと耳へ向ける。
「うー……」
まだ唸りをあげている姫様の相手をメアに任せ、教師の一言一句逃さず資料に補足として書き写し、滞りなく完成へと導く。
誰でもない、この身を捧げた少女、そして少年、
(とは言え……ご無事を祈っております。彼方様)
兄妹の為に。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
本っ当に面白い顔すんな、こいつ。
そう思った。だからだろうか、自然とニヤけた。
「その顔やめろ。無性に殴りたくなる」
「顔は治らんな。整形でもしねぇと」
「じゃあしてこい」
そういう彼方を鼻で笑う。不満そうなそれを見て、本題へ入る前にもう一度。
「文句があるなら……そうだな。あ、地方の方は人手が足りないみたいなんだがな、どこかに良い人材は……」
「…ぐっ、マジでパワハラだぞお前!」
(やっぱ面白え、こいつ。)
遠回しに左遷勧告すると、露骨に嫌そうな顔をする彼方を見てつくづくそう思う。
「あと『お前』じゃなくて『教官』な」
「断固拒否!」
まあなんと言われようが「生きていれば」良しとしよう。折角拾ってやった命だ。無駄にされたら骨折り損にも程がある。
「んで、やけに赤いが怪我か?まあ死んでなけりゃあ怪我じゃねえが」
「骨折れでもしたら流石に怪我扱いしてやれって……」
「無いのな。分かった」
「何も言ってねぇよ!」
反論に疲れた様子の彼方はともかく、向こうで犬撫でてる奴等もピンピンしてんな。優秀な教え子を持てって何よりだ。
「おい糞ガキ」
敬意を込めてそう呼ぶと、
「何だ糞ヒゲ!」
と、返ってくる。
ドングリの背比べとはこの事だな……。言い出しっぺが自分であることに苦笑し、言葉を続ける。
「あっちの二人に伝えてくれ。お疲れさんってな」
「おう。……って俺は?」
少し考え、こう言ってやる。
「……早く帰って糞して寝ろ餓鬼」
「テメェ!」
殴りかかられる前に逃走する。大人げなく、全力で。
(重いんだよお前……。)
背負った大剣に、そう悪態を着きながら、森を道なりに進んだ、討伐体の車両と共に停めたワゴンへと走り去る。それが見えたところで振り返ると、彼方の姿はない。
(少しだけ、大人になった?……訳ねぇか)
数年前までは意地でも追いかけ回してきた彼方をそう、珍しく褒めかけ、
(どこ行ったんだ?あいつ)
道でも迷ったのか……不自然に姿を消した彼方に疑問を抱いた。
(……まいいや)
決断が早いのが自分の良いところだ、とつくづく思う。が、
「なーんで……モテないのかねぇ……」
ワゴンへと退避しながら、そうポツリと呟いた声は、森のざわめきにかき消された。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「くっそ……どこいきやがった!」
怒りの炎を燃やしながら、俺は元来た道を引き返していた。とゆう か、そうせざるを得なかった。
「ふぇっくし!」
肌寒さに、くしゃみが出る。
忽然と姿を消した健慈に、噂でもされているのだろうか。
(そう言えば姫乃は今ごろ……)
少しばかり脳をクールダウンするべく、日常へと思考を向ける。
(女の子が三人、女子会ってやつか。俺が悪い方向で話題になってなけりゃあ良いけどな……)
くしゃみの理由がどちらかの噂話で無いことを願う。
それはさておき。姫乃、そして双子のメイとメア。後者の二人は取り敢えず女の子、という認識で……
(そうで合ってる……よな……)
自分の思考を信用出来なくなる、という悪循環に囚われかけ、今度は現実へ思考を引き戻す。
(そーいや任務どうなるんだ……。もう昼過ぎたぞ)
道中のアクシデントにより、集合時間である正午はとうに過ぎ去っている。腹の虫がそれを静かに、そして確かに伝えてくる。
(腹減ったな……)
すっかりマイナス思考にしか回らなくなった思考を、無理矢理停止させ、ようやく大型車両の停められた線路沿いに出た、はずだった。
しかし。
「ようやく着い……?」
たった数十メートルだったはずだ。
健慈を追って森、と言うか林に入り、開けた空間に停められた車両を見た。
そして今帰ってきた道は元の通り入り組んでも、獣道でもなく、迷うような場所ではない。ただ道なりに直進しただけだ。
「…………?」
だが景色が明らかに違う。いや正しくは若い、とでも表現しよう。人があれ程いたにもかかわらず、静まり返ったその場所が、瞳に映る。
「どこだ……ここ」
目の前の景色は先程と同じ、傾斜の殆どない線路が先へと繋がっているだけ。
だが敷かれたレールは錆のついていない、昼過ぎの眩い太陽光を弾き返す、真新しいものに換わっている。おまけに対面する向こう側の車線には、先程まで乗っていた列車の姿が無い。
「場所間違える訳無いしなぁ……」
考えてみれば、辻褄が合わないのは先程からだ。真っ直ぐに追いかけていたはずの健慈が瞬きの間に消え、姿が見えなくなる。そして今度はこれだ。
「寝不足……だな……俺」
どこかに過ちがあるはず。ならばと雑草の一本もない、その砂利道から踵を返し林道へ戻ろうとする。が、
「な……!」
体が言うことを聞かない。まるで時間が停まったかのように。
足が、腕が、とてつもなく重い。過去にどんなに疲れようとも酷使できたそれらが。だがそれだけではない
(なん……だよ……!)
瞼までが、重くのし掛かってくる。睡魔ではない、他の何かの力によって。更には残る視界さえ歪み、形を持たなくなる。
(これを閉じたら……もう……戻れない……!)
直感的にそう悟るが、その心とは裏腹に全く抗う事が出来ない。
少しずつ、少しずつ。視野が狭まる。
(………………)
同時に思考すらかき消される。
感覚も無く、思考すら出来ず。静かに、静かに。残り一筋となった光源をぼんやりと感じる。
その時だった。
『……時を刻みし者よ。……ここはお前のいる時刻ではない……消えよ』
声が、響いた。女性の、聞いたことのない美しい声音が。耳ではなく、意思そのものへ届く。
刹那。
視界が突然光を取り戻す。と同時に景色が再び歪む。木々が曲がり、地面でさえ平行を保たなくなる。
「うおっ!」
グルグルと回る視界の中、追い打ちをかけるように視認できない何かの力により、後方へと吹き飛ばされる。その課程で、物凄い速度で木々が前方へ流れていく。
「ぐふっ!」
木の幹に叩き付けられ、苦悶の吐息が漏れる。
「…っ………」
ようやく駆動するようになった関節に力を込める。
「何なんだよ……ったく……」
頭から被った枝や枯葉を払い除けながら辺りを見渡すが、先程までとは大きく違ったそれに、腰と背中に走る鈍い痛みよりも気を削がれる。
「…………」
軽くなった瞼を見開き見た景色は、
「……彼方?」
異変前と同じ錆び付いたレールと、停止した列車。そして、
「綾……音……」
心配そうにこちらを見る、よく知ったその顔であった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「どうしたの?この世の終わりみたいな顔して……」
綾音が、いる。
そして、
「1時間も行方不明って……どこ行ってたの?」
逢里が、いる。
「どこに行ってたって……何て説明すればいいんだか。取り敢えず森の中には居たし……」
「どうせ迷子にでもなってたんでしょ?」
「それもなんか違うんだよなぁ……顔が死んでんのは睡眠不足なだけだけど」
時刻は現在、午後2時を少しすぎた頃か。
遅刻確定であった俺達だが、どうやら異進種の発生によって処分を免れたらしい。まあその内の1時間は俺のせい?だが。
「言って信用されるかが不安でしょうがない」
「するってー、友達でしょー」
「バリバリ棒読みじゃねぇか!」
と、話しているのは手配された移動車両の中。列車こそ動き出したものの、徐行運転に方針転換されてしまった為高速鉄道の意味をなさなくなってしまった。よって、
「んで、突然消えたのは俺を追うのを辞めたから、じゃないと?」
「そ〜なんだよ。って!お前追っかけなきゃあんな目には合わなかったんだよ!」
「んな事言われてもなあ……」
何が悲しゅうて、よりにも寄ってこのワゴンなのか。移動車両とやら。
そう、乗っているのは他でもない、健慈のワゴンである。
「で、何があったって?」
「…………」
押し黙るのも察して頂きたい。ここで下手に発言すれば、3人の格好の的になる。それを知る俺は躊躇せざるを得ないわけだ。
「勿体ぶってないで教えてよ。笑わないから。5割は」
「私3割」
「俺1割」
「…………」
助手席の俺に、四方八方から罵声が浴びせられる未来が見える。
「せめて言うなら逢里だけだな……衰弱する。精神的に」
「それって僕に拡散しろってこと?」
「しなくていいから……」
危うく『#(タグ)拡散希望』を付けられるところであった。もはやこの密室に俺の味方は存在しないことを悟り、全てを諦め真実を語ろうと口を開く。
「はあ……笑うなら笑え。そうだな……」
始まりから終わりまで、事の全てを洗い浚い打ち明ける。途中後部座席から鼻で笑われた様な気がしたが、気にせず話を続ける。
「……とまあここで目を開けたら綾音にあった、って訳だな。ここまでOK?」
「安心して。彼方が相当疲れてるってことは分かったから」
「それ分かってねえだろ絶対!」
振り向こうとするが、シートベルトがそれを阻害する。人口が減りに減ったこの世界ではやけに人命保護が厚く、それに慨する法規が厳しく整備させている。この際敢えて外し健慈を免停にしてやってもいいのだが。
「…………」
だが当の本人、寿健慈は澄ました顔、いやこれは真面目な顔とでも言ってやろうか。そんな顔で前を見据えている。
「お前……まさか聞いて無かったとか……んな訳無いよな……?」
有りそうで怖い現実予想でフラグを立てるが、
「なあお前、途中で体が動かなかった、時が止まったみたいだったって、言ったよな?」
「え?」
漏れた声は感嘆か、驚愕か。どうやら一応聞いてはいた様で安心する。
「言った。確かに」
俺の答えを後押しする形で、綾音が先程の言葉のレパートリーに欠如した俺の説明を復唱する。
「森から抜けようとしたら景色が変わっていて……引き返そうとした、その時よね?」
「ああ。合ってる」
「その後の声って何だったのかしら。彼方の脳内妄想?」
「それは違う」
と、俺の妄想癖はさて置き、そんなものは無いが……、綾音も聞いてくれていたようだ。逢里の感想はこの際割愛する。
「んで、それが何か?健慈さん?」
敢えて敬語。真面目な顔には真面目に、である。
「そんな体験したやつ、他にも居る……みたいなんだよな。割と多めに」
それを皮切りに。一拍起き、
「!!!……マジ?」
「マジ」
車内がざわめいたのは言うまでもない。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「ねーちゃーん」
「…何でしょうか」
「何だっけぇ……あ、スカウターどこぉー?」
ここは鳳凰学園のとある一室。防音設備が整ったこの部屋では外に音が漏れることはほぼ無い。だが室内では、
「自分で探して下さい」
「だってぇ……ねーちゃん物探すの得意じゃん?」
「得意なのは捜し物ではなく、あなたの尻拭いなんですが。…それに、なんです? スカウターとは」
「あ、スキャナーだった」
最近、電子文献に現を抜かしている弟は、現実と仮想が混ざっているらしい。先程まで携帯で読んでいた、何とかボールたる21世紀の漫画作品と、やはり混合している模様だ。
仕方なく自らの支度の手を一旦止め、弟の元へ足を向ける。そこには……
「……」
「ねーちゃん?」
なんと言うか。
「…言葉が出ないとはこのことですね」
文字通り、足の踏み場もない散らかり放題の光景。
「これは何のつもりでしょうか」
「あぅ… ご、ごめんなさい」
そこには衣服などの生活用品と共に、大量の武器弾薬が撒き散らされていた。
「いつか勝手に吹き飛びそうですね。この部屋は」
「うっ……」
武器と一纏めにして言ったが、それは多種多様に存在する。
鞘にこそ収められているが、刃物であったり、なんと言っても、
「早く仕舞いなさい。人を殺してからでは遅いですから」
「でも弾は入ってないよ? …あ、これ入ってる…」
「整理整頓を心掛けることですね。…まあ、貴方にはまだ早いかもしれませんが」
弟の主装備であるそれは、もはや手のつけられないほどそこら中に、かつ無雑作に転がされている。危険。危険すぎる。
「戦闘中の注意力をもう少し私生活でも利用したらどうです」
「あった!」
普通にベットの上に放り投げてあったスキャナーを指さし、ため息をひとつつく。
「あ、ねーちゃんため息つくと幸せが逃げるよ?」
「人のことを気にする暇があるなら、早く弾倉を仕舞うことです」
「はぁーい」
多彩な金属音を放ち身支度をする弟を流し見て、ふと時刻を見る。
おおよそ7に位置する短針を見て、
(そろそろ、御嬢様がいらっしゃるお時間ですね…)
荷物の確認と諸連絡のため、姫乃を部屋にあげて手短な説明をするつもりなのだ。
その為にも、手早く済ませなければならない用事が幾つもある。つまり、弟のもの探しに長々と付き合っている時間は無い。
「早く終わらせるように。分かりましたか?芽愛」
「はーい」
その返事を聞いた数分後、来客を知らせるチャイムの音が部屋に響く。
「ただいま伺います」
インターホン越しに見える銀の髪、そして愛らしい人形のような面影の少女にそう答え、扉へと向かう。
自分を頼り、必要としてくれる者。 そんな存在のために、己の命を燃やす。
佐倉姫乃のカードマン・神道芽衣の一時は、こうして流れてゆくのであった。
coming soon…
お読み頂きありがとうございました。




