第14章-1 内緒の話
「いよっしゃぁーーー! 食うぞ! 飲むぞ!」
「焼いて焼いて、焼きまくれーーー!」
ジンとガラットが、大声を上げながらワイバーンの肉を網に乗せている。それに負けじと、リオンやテイマーズギルドの面々も肉を置き始めた。
「あいつら、遠慮というものを知らないな……」
「まあ、それが許される状況だと判断しての事だろう」
焼けた肉を奪い合うように食べている奴らを見ながら呟くと、離れたところで食べていたアグリが呆れながらやってきた……が、そのアグリも、しっかりと自分の皿に焼けたワイバーンの肉を大盛で確保していた。
何故焼肉大会が行われているかというと、セイゲンに着いてまずは知り合いにあいさつを、と思って最初にカリナさんのところへ向かい少し話していたところ、そこにジン達『暁の剣』がやってきたのだった。タイミングが良すぎると怪しんでいると、ギルドに行く途中で俺達が来ているという話を聞き、俺達を探しにやってきたとの事だった。なんでも、相談したい事があるのだとか。
それなら場所を移して話そうという事になり、ギルドで個室でも借りようしたところ、ギルドではテイマーズギルドの面々がたむろしていたのだった。ジン達の相談の前に、テイマーズギルドの面々とあいさつを交わしていると、その中でワイバーン討伐の話題が出て、大量にあるのなら肉を食わせろと言う話になり、相談があると言っていたジン達も肉の話が先だと言い出した為、セイゲンの外で焼肉大会が行われる事になったのだった。
「ワイバーンの肉って、一応高級品なんだけどな……」
「おう、ありがたくいただいてるよ」
「ええ、感謝しながら食べてます」
アグリに続いて俺の呟きに言葉を返したのは、メナスとリーナだった。二人とも、アグリと同じように自分の皿に焼肉の山を築いている。
「まあ、感謝しているのは本当だって、そのお返しというわけじゃないけど、ダンジョンの最新情報を教えるから、勘弁してくれよ」
「ギルドも知らない、最新情報ですよ」
「そういえば、最下層まで到達したんだったな。でも、ギルドにも知らせていない情報を勝手に教えていいのか?」
「冒険者が単独で得た情報は、その冒険者の財産だ。緊急性の高い情報なら問題になるかもしれないが、ダンジョンの情報をギルドが知らなくても、大した問題にはならない」
「ギルドが売ってくれと言うのならともかく、何も言ってこない以上は、私達が気を使う必要はありませんしね」
売ればかなりの金額になるだろうが、それをすると他の冒険者が『暁の剣』より先にダンジョンを攻略してしまうかもしれない。もっとも、『暁の剣』の次に潜っている冒険者はすでに引退しており、その次も引退目前と言われているくらいの年齢なので、あまり心配していないようだが……
「俺も結構、深く潜っているんだが……それでもいいのか?」
現在、俺は六十階層辺りまで潜っているので、情報次第では一気にジン達に追いつく可能性がある。ちなみに、ジン達がいる場所は九十八階層らしく、ギルドでは最下層近くなのに、攻略速度が早すぎると話題になったのだ。
「まあ、そこは嘘は言わないけど、全てを教えるわけじゃないから大丈夫だろ。それに、たとえ追いついたとしても、苦戦している私達を横目に抜け駆けする程性格は悪く……ないよな?」
「ですよ……ね?」
「ワイバーン肉の相場は、いったいいくらだったかな?」
そういうと、二人はすぐに「調子に乗りました!」とか言って頭を下げていたが……いくらワイバーンの肉が高級品とはいえ、『暁の剣』くらいのレベルになれば楽に払えるはずである。なので、実際には反省していないという事である。まあ、俺もふざけているのでお相子ではあるが。
「まあ、ふざけるのはここまでにして……確かにそんな事をするつもりはないが、されても文句は言えないと思うぞ」
「そこは相手を見てやっているから大丈夫さ!」
「信用できない人には、それこそ命取りになる可能性もありますからね」
そういうわけで、遠慮なく情報を頂戴する事にした。まあ、基本的にどの階にどんな魔物がいて、どういった鉱物があったとかどんな雰囲気だったとかで、下の階への道などは聞かなかったので、これで追いついたら笑い話になるだろう。
「それで、ここからが本題なんだが……てか、その前に、ジン! ガラット! いい加減こっちに来い! 私達が、何の為にテンマを探していたのか忘れたのかい!」
メナスに怒られたジンとガラットが、アムールとの大食い競争を中断して俺達のところへやってきた。
「すまん……ワイバーンがうますぎて、つい夢中になった」
ジンとガラットは、メナスとリーナに謝ってから俺の方に向き直った。
「実は……俺達がテンマを探していたのは、相談したい事があったからなんだ」
ジンが真面目な顔でそういうが、
「うん、知ってる……アパートの前であった時に、ジンが最初に言っていただろ?」
「……そうだったな」
ジンのまじボケにガラット達は必死に笑いをこらえていたが、俺がじいちゃんを呼ぶとすぐに気持ちを切り替えていた。
「それで、わし達に相談となんじゃ?」
「相談っていうのは、最下層にいるボスの事なんです」
ジンの話によると、最下層にいたボスと思われる魔物はヒドラだそうで、何度か挑んでみたものの突破口が見つけられず、早期撤退を繰り返しているのだそうだ。しかも厄介な事に、ヒドラの回復力が高すぎるせいで、ジン達のダメージが抜ける前にヒドラの方が完全回復しているのだとか。
「ヒドラか……懐かしいのう。それで、そのヒドラの首は何本じゃ?」
「九本です」
九本という答えに、じいちゃんは驚いていた。何せ、じいちゃんが昔倒した事のあるヒドラの最高が八本首で、その個体が確認されている中では最高と言われているからだ。
「九本か……わしが倒した八本首でも苦労したというのに」
「なので、八本首を倒した事のあるマーリン様と、非常識な戦い方に定評のあるテンマに、何かヒントになるような話が聞けないかと思いまして」
ジンの話の中で、納得のいかないところがあったので抗議したのだが、ジン達どころかじいちゃんまで不思議そうな顔をした。
「まあ、その話は置いといて……わしの場合は、魔法による力押しと魔道具に頼って勝ったのじゃが……一番の勝因は、『運がよかったから』じゃからな。魔法がいいところに当たりまくったり、魔道具が思った以上の働きをしたりと、今思い返してみても、よく勝てたものじゃ……と思うくらいじゃからのう……」
「その時使ったという魔道具は……」
「今はほとんど見かけないのう。それにその魔道具は、前にテンマが大会で戦った……何と言う名だったかは忘れたが、そ奴が使った『爆発するナイフ』の威力を増したような物だったのじゃ。あれですら珍しい魔道具だったのに、それ以上の威力が込められる物はナイフ以上に珍しいしからの。その上わしが使ったのは改造されたもので、今では禁止されておるからのう」
じいちゃんの言葉に、ジン達はがっくりと肩を落としていた。じいちゃんが言った『爆発するナイフ』は、ケイオスが使って自分の腕を吹き飛ばしたやつだろう。あれは状況と使い方によっては、かなり便利な道具だとは思うが、あの程度の威力なら十本二十本当てたとしても、九本首のヒドラに対して効果的とは言い難いだろう。
じいちゃんの話の中で、『今では禁止されている』というところに引っ掛かりを覚えたので聞いてみると、その理由は二つあり、大きさの割に威力が高いので、要人の暗殺に使われる危険性が高いのと、改造などで無理に威力を出せるようにすると、小さな衝撃でもいきなり爆発する恐れがあるからだそうだ。じいちゃんの場合は運がよかったのと、ほとんどマジックバッグに入れていたから無事だったそうで、その事を知った時は冷や汗が止まらなかったそうだ。
「逆に言えば、マジックバッグに入れっぱなしにしていれば、爆発する恐れは極めて低くなるという事か」
「じゃからと言って、作ってはならんぞ!」
思った事を呟いたところ、じいちゃんに強い口調で釘を刺されてしまった。
「わかったよ。それで、魔道具が駄目なら、ゴーレムによる物量作戦はどうだ?」
「それなりの代金を頂くが、必要な数を用意するぞ」……と提案したが、それだと自分達の力で攻略したと言えないからと断られた。
「まあ、確かにそうか……」
「ありがたい話ではあるけど、それをしたら周りも……と言うか、自分達が納得できないと思うからな」
ジンの言葉に、ガラット達も頷いていた。確かに自分達が納得できないのなら、冒険者などやる意味がない。余計な事を言ってしまったと、心の中で反省しながら他の方法を考えていると、
「回復力が高いという話じゃが、どれくらいなのじゃ?」
「例えば、一時間くらい頑張って抉った傷が、一時間くらいで塞がる感じですね」
「それは、確かに厄介じゃな」
一時間頑張っても、頑張った時間と同じくらいで塞がってしまったら、確かに倒すのは難しいだろう。ヒドラとて、体力や回復力には上限があるだろうが、ジン達の攻撃力と同等かそれ以上の回復力があるという事は、疑似的に無限の体力と回復力を持っているのと変わりがない。しかし、
「それなら、継続的にダメージを与えればいいんじゃないか? ジン達が休んでいる間も、ヒドラにダメージを与え続ける事が出来たら、いくら九本首のヒドラでも死ぬだろう」
「それが出来たら苦労しねぇって!」
ジンは俺がふざけているとでも思ったのか、キレ気味に怒鳴ったが、
「ジン、ちょっと待て! テンマがそんなふざけた事を言い出したという事は、何か思いついたのかもしれない! 何せ、非常識には定評のあるテンマだぞ!」
「そうだよ! こんな時にふざける程、テンマは鬼畜じゃないはずだ!」
「そうですよ! そこまでテンマさんは、腐っていません!」
「お前らこそ、ちょっと待て!」
聞き捨てならないといった感じで怒鳴ると、三人は自分達の失言に気付き、ものすごく慌てだした。
「テンマ! こいつらの事は終わった後でどんな目に合わせてもいいから、何か思いついたのなら教えてくれ!」
ジンは、三人のフォローをする事なく、俺の両肩をつかんで激しく揺らした。
「わかったから落ち着け……俺が思いついたのは、ヒドラの体に銛のようなものをいくつも打ち込む事だ。打ち込んだ銛が抜けない間は、ヒドラにダメージを与え続ける事が可能なんじゃないかな?」
例えば人であっても、指先に小さくい棘が刺さって肉に食い込み、継続的な痛みを感じる事がある。そういった感じで、太くて殺傷力の高い銛のような武器で意図的に行えば、ヒドラに継続的なダメージを与える事も可能ではないかと考えたのだ。
「確かにその理屈だと、継続的なダメージを与える事も可能だな」
「もしかすると、回復する過程で銛が抜けるかもしれないが、工夫次第では体内に残す事もできるだろうし、何もやらないよりはましだろ」
「確かにそうだね。もともと攻めあぐねているんだ。やってみて駄目なら、その時に違う方法を考えればいい」
これまで何度か戦ってみて、その都度逃げ出す事に成功しているのだ。俺の考えた方法を、一度試してみるのも悪くはないだろう。
「そうなると、刺さった後で抜けない、もしくは穂先だけが残るようにする工夫がいるな」
「銛に限らず、刺さるのなら弓矢を使ってもいい。その方が遠くから攻撃できるしな」
その他にも、素潜り漁などで使う『チョッキ銛』の存在も教えた。これは刺さると穂先が外れ、大きな返しになる仕組みだ。この仕掛けは、穂先と本体を紐でつなげる事で刺さった獲物を逃がさないようにする為だが、穂先と本体の紐の結びを緩くし、本体に別の長い紐をつければ、投げた後でも回収しやすくなる。あとは、予備の穂先を装着すれば、何度でも攻撃する事が可能だろう。
「よしっ! まずは武器の調達だな!」
「おお!」
ジンとガラットは、興奮気味に武器を探しに行こうとしたが……ニ三歩足を進めたところで焼肉の匂いに体の自由を奪われ、回れ右で最初に焼肉を食べていた場所へと駆け出して行った。
「さて、私達も戻ろうか」
「そうですね。ワイバーンの肉を思いっきり食べられるなんて、滅多にない事ですからね」
メナスとリーナも、ワイバーンの肉を求めて元の場所へと戻って行った。
「テンマ、わし達も早く戻らんと、肉を食いつくされてしまうぞ!」
「いや、まだまだワイバーンはあるから……」
とは言いつつも、その可能性は捨てきれないと思えるくらいの食事風景が広がっているので、今出している分を食べ終えたら、次はオーク肉を出そうと決めたのだった。
「そういえば、王都に帰ったらすぐに王様達と打ち合わせしないとね」
「そうじゃのう」
実は、相談をしてきたのはジン達だけではなかったのだ。それは、カリナさんとアリエさんで、その内容はエイミィに関するものだった。何でも近々、王都の学園で授業参観を兼ねたパーティーがあるとの事だった。その招待状がカリナさん達にも届いたのだそうだが、参加するとなると移動時間を含め、半月近く留守にしなければならず、かなり難しいとの事だ。それ以外にも、貴族だらけのところへ行く事に気が引けるそうで、どうしたらいいのかという話だった。
そこで、学園の卒業生であるクリスさんと三馬鹿に話を聞いたところ、エイミィの王都における保護者はオオトリ家となっているので、代わりに出席しても問題ない……と言うか、出なければならないだろうとの事だった。
普通のパーティーなら出なくても問題はないが、今回のものは中等部全体のパーティーであり、その中でも三年生が主役となるものらしい。三年生の中には、高等部に上がらずに学園を去る生徒、もしくは、高等部の入試試験に落ちる生徒もいる為、卒業パーティーという側面があるのだ。まあ、去ったり落ちたりするのは基本的に平民の生徒なので、貴族の生徒にはあまり卒業といった意識はない。しかし、その代わりに貴族の生徒は、このパーティーで婚約者を見つけようと考える者もいるのだとか。
「わしの時代にも、そういう側面があったのう……昔過ぎて、参考にならんとは思うが」
そういうじいちゃんは、学生時代は優秀だという評価は受けていても、子爵家の三男で継承の可能性が低かった上に、その頃から変人という評価を受けていた為、全くモテなかったそうだ。ちなみに、同学年の中で一番モテたのはアーネスト様だったらしい。
「あ奴も変人と言われておったが、腐っても王族で、金を持っておったからの」
今思い出しても、アーネスト様がモテていたというのが気に食わないのか、かなり不機嫌になっていた。
「まあ、そんな事は置いといて……クリスさんと三馬鹿の予想だと、貴族の生徒にとって、今回一番の目玉はエイミィだろうという話だけど……確かに俺達や三馬鹿との関係を考えれば、平民という事を踏まえても、旨味の多い相手だよな」
エイミィを落とす事ができれば、もれなくオオトリ家に三馬鹿達と縁ができるのだ。もっとも、俺達と縁を持てたとしても、王家……というか、ティーダとの関係が悪くなるとは思うが……ティーダもフラれたからと言って、エイミィの相手に対して手を出す事は出来ないだろうし、そもそもそんな事をすれば、今の地位を失う可能性がある。
「こうなってくると、エイミィはティーダとくっついてくれた方が、色々と助かるという事なのかも……」
「テンマがそれを言ったら、色々なところから突っ込まれるじゃろうから、他所では言わんようにの」
「とにかく、無理にでもエイミィに近づこうとする生徒もいるだろうから、その辺りをマリア様と話さないとね」
これ以上話していると、俺にダメージが来そうだったので、多少強引だったがこの話を打ち切る事にした。
「それもそうじゃが……先にエイミィの家族に話さんとな。それが筋というものじゃし、何よりエイミィの家族の方にてを回そうとする輩が現れんとも限らんからのう」
じいちゃんの言う通り、カリナさん達を無視して進めていい話ではないので、すぐに相談に行く事にした……相談に行く前に、ジン達からお肉のお代わりの要求があったので、当初の予定通りオーク肉を出したところ……ブーイングの嵐が巻き起こった。まあ、「文句を言うのなら、出す分と食べた分を合わせた代金を請求するぞ」と脅すと素直にオーク肉を焼きだしたので、その様子を見てからアパートへと向かった。
そしてアパートでは、俺の話にカリナさん達はかなり驚いていたが、それ以上に、「エイミィが王族の方と仲がいいのは聞いていましたが、最後にはテンマさんのところに嫁ぐと思ってました」というカリナさんとアリエさんの言葉に、俺の方が驚かされてしまった。
なんでも、稼ぎのいい冒険者が複数の女性と結婚する事は珍しい話ではないし、何よりも身分的に、王族よりは俺の方が可能性が高いと思っていたのだとか。
エイミィに対し、そういった考えを持った事がないと言うと今度は、「身近にきれいな人が、大勢いますものね」と返されてしまった……皆に知られてはいけない話ができた瞬間であった。