大好きだよ、鏡夜
rose9 抱きしめられた体
僕を抱きしめている鏡夜の腕の力が強くなる。このまま抱き締められたら、心臓の音が聞こえてしまうなんて思い、慌てて鏡夜を引き剥がそうとする。けれど、僕よりもはるかに身長の高い鏡夜の力には敵わない。
「…………鏡夜…………?」
恐る恐る問い掛ける声が震える。鏡夜は問い掛けには答えず、ただ僕を抱き締める。
────鏡夜も迷惑だって言ってる
玉倉さんのその言葉が、頭の中に浮かんで、鏡夜へ「離して」と声を掛ける。それでも鏡夜は黙ったまま、静かに首を振る。
どうして?迷惑なのに。そうしていつも、僕のことを振り回して。
────…………迷惑だって、言ってたわ
「…………っ、離せってば!」
玉倉さんの言葉を思い出して、思わず鏡夜を押し退ける。僅かに驚いた様に身体を離した鏡夜は、傷付いた様な顔をしていて。
────…………そんな表情、ずるい
僕は鏡夜の顔を見る事が出来ずに俯く。好き、なんて感情をこのまま知らずにいられたら良かったのに。そうすれば、もしかしたらきっとこんな感情も抱かずに君と「普通の友人」になれたのかもしれない。
────一目ぼれ、だなんて。そんなの、本当に呪いみたいじゃないか
「………………そんなに、俺の事が嫌いか?」
ぽつり、と零された言葉に、思わず顔を上げる。鏡夜は俯いていて、どんな表情なのかは解らない。
「……っ、俺は……」
鏡夜は何処か苦しげに表情を歪める。けれども、その先に続く言葉は出て来ず、小さく溜息を吐いて背を向ける。
「…………いきなり来て、本当にごめん。…………これ、お前の友達から」
そう言ってプリントを渡される。友達────は、きっと正世の事だろう。
「……今日、アルバイトでどうしても来られないらしくて。プリントを渡して欲しいって、頼まれたから」
住所も教えて貰ったんだけど、と言ってから、気まずそうに鏡夜が俯く。
沈黙が伝えたかった言葉を包んでゆく。隠されてしまったその言葉が何を伝えたかったのかはわからなくて。
「────急に抱き締めて、怖がらせてごめん」
じゃあ、また。お大事に。そう言って背を向ける鏡夜に、思わず駈け寄って腕をまわす。鏡夜の背中が、戸惑った様にぴくりと動く。
「綺流社…………?」
そのどこか優しくて温かい声に、彼女の事も同じように呼んでいるのかなんて思うだけで、酷く苦しくなる。逢いたくて、けれど女といる鏡夜を考えると逢いたくは無くて。それでも彼を思い出さずにはいられなかった気持ちにつけた、小さな名前を。
自分が冷静ではなくなってゆくような感覚だった。些細なことで苦しくなって、悲しくなって、そして誰よりも意地悪になって。だけど、君が笑えば嬉しくて。君が触れてくれれば、心臓は簡単に鼓動を早めて。
────気付いたんだ。
────…………この気持ちが、「恋」だって。
「…………き」
小さく呟けば、「何、聞こえない」と返される。
僕は、深呼吸して、鏡夜へ背中越しに伝える。
「…………………………鏡夜の事が、好き、だよ」
呟いた言葉に、「え」と短く呟いたまま鏡夜が固まる。珍しく言葉に詰まった鏡夜に目を向ければ、首筋が真っ赤に染まっていて、それを見て、僕も顔が火照り出す。
「な……んで、そんな……。不意打ち……」
「格好悪い」と呟く鏡夜を見ているうちに、だんだんと笑いが込み上げて来て。「鏡夜はいつも格好良いよ」なんて言えば、「そうじゃない」と怒られる。
「…………綺流社」
名前を呼ばれて顔を上げれば、頬に柔らかいものがあたる。
「…………!?」
驚いて鏡夜の顔を見ると、「こっちは俺の勝ちだ」なんて言って、笑うから。
つられて僕も笑ってしまった。