このエッセイは、なんだ?
今からする話は、『反応が見えない他人への嫌がらせが自己完結しないのはなぜ?』というエッセイに通ずるものがある。
私のこの連載は「情報の共有」を目的として書いている。しかし、その思いは一方通行であり、読者に情報が共有されているかは、投稿者である私には分からない。
なら、なぜ私は書いているのか?
「届いている」と勘違いできていたからだ。
ついさっきまでは、「まぁ⋯⋯誰か見てるだろう」と思って書いていたが、この状況は、共有された痕跡が見えない非対称な環境であることに気づいたため、今後、このエッセイの執筆に時間を割くのは意味のない行動だと感じた。
そのため、このエッセイの連載を終了する。
あ、何個かリアクションがあったから、リアクションがあれば「受け取り済み」といった意思表示になったか?
――いや、終了する以上、この問題はどうでもいいか。
追記 2026/07/27
【あとがき】
本文を読んで「読者から反応が欲しかったのか」と思う人がいるかもしれないから、もう少し説明する。
この共有エッセイを止めた理由は、頭の中で「何もない空間に向かって喋り続けているのに、『誰かが聞いている』と思っている自分」を鮮明に想像してしまったからだ。
ホラーでも、宙に向かって話す人間が恐怖のパーツとして描かれている。その姿は、頭の中で世界が完結しており、自分(=一般的の人)たちとは違うルールや考えで生きているように見えて不気味だ。
私はそんな行動をとっている自分を怖いと思った。
だから、このエッセイを止めることにした。




