第50話 ユックとイコルアとキノコ屋さん
▼26.08.13誤字修正
ユックはアンバーボルト教授の巨大ウィンドアローを難なく避けた。それどころか、他人の魔法に自分の聖火魔法を混ぜて被害を拡大させるっていう、けっこう難しい嫌がらせをやってのけた。
結果、白い炎を纏った風の矢はヤバい破壊音を鳴らして研究室とその向こうの廊下の壁に大きな穴を空けた。特に廊下の壁はハンモルシア石っていう物理にも魔法にも強い素材でできてるのに、積み木を崩したみたいにバラバラ……破片や穴の縁で燃え続ける炎のせいであっという間に大火災。
「ほわぁ……」
ユックは放火癖があるのかな。だとしたら激ヤバだね。聖火属性って特殊属性で消火がとっても面倒なんだもん。
現に消火の協力要請をあちこちへ飛ばしつつ、穴から外へ出た僕らを逃すまいとばんばん魔法を撃ち込んでくるアンバーボルト教授の激怒っぷりが凄まじい。
「どうする? 謝る?」
「はんっ、バカ言うなよ。先に手を出したのはあっちだろ。町行くぞ町。ほとぼりが冷めるまで宿に泊まろうぜ」
飛び去りながらユックは「酒の旨い店探すぞ」って笑う。
若人の学舎に放火しといてこの悪びれなさ。そのうちここへ戻って来こようと考えてるのも凄い。頑張って理解を試みても思考回路がショート寸前になるだけで、ちっともわからない。解析してるのにね。不良もここまでいくとある意味感心しちゃうよ。
というわけで、考えるのを止めてユックにぶら下がりながら町の商店通りへ来た。
牢獄からの帰りに通りはしたけど、実際に町を歩くのは初めて。活気がわいわいで、なんだか楽しくなる。
「見てみてユック! そこの焼きキノコすごく美味しそうだよ、凄い行列! お手伝いしてる世界一ヒトを殺してるキノコ型魔物みたいな従魔も可愛いね! あ、向こうの何かよくわかんないカチカチの塊屋さんもヒトがいっぱい! 美味しいのかなぁ、ねぇどう思う?」
「早口でうるっせぇなぁ。買わねぇぞ」
僕の遠回しなおねだりをバッサリ切り捨てて、ユックは街並みが綺麗な方へ歩いていく。「知らねぇ町のボロい屋台で買い食いとか自殺願望でもあんのかよ」とか呟いてるけど、僕がキノコごときで壊れるわけないってわかってるでしょ。
それにさ、僕、お金は持ってるけど取り出せないからユックに買ってもらうしかないのに……むぅ。
「僕の面倒見てくれるんだよね?」
ユックの服を掴んで抵抗してみる。
「俺は他人に厳しい男だ。面倒はみてやるが甘やかさねぇ」
すげなく手を叩かれちゃった。でも僕は諦めないよ。
「僕だけなら食べないよ。ユックと一緒だから食べたいの。一緒に食べて、美味しかったねとか死にかけたねって思い出を作りたいんだよ。ねぇ、いいでしょ〜」
「駄目だ」
腕を掴んでゆさゆさしてみたけど無意味だった。うぬぬ、そこまで拒否するなら僕だって考えがあるからね。
「――っ!? おい、今、勝手に記憶を連結しやがったな。そういうのは止めろって言っただろ」
少し頭がズキッとしたらしいユックが僕にガン飛ばしてくる。
「だってだって、僕はユックの全部が知りたいし、ユックにも僕の全部を知って欲しいんだもん!」
大きな声でそう言うと、狙いどおり僕らに視線が集まった。
すぐ近くに性別問わず恋人を作りまくるアンドロミカ教授と、絶滅を避けるために性別どころか種族も既婚の事実さえも無視してよいと大陸法で認められてるメキザパッド学長が住んでるんだもん。町のヒトは絶対に勘違いしてくれるはずだよ。
「ユックは違うの!? 僕たちってその程度の仲だったの!? 一生面倒見てくれるって言ったくせにキノコも買ってくれないなんて酷いよ!!」
「てめっ、この野郎――」
僕の思惑に気付いたユックが蹴りを入れようとする。でもそれすら僕の思惑どおり。考えがちょっぴり足りなかったようだね、ユック。
「おい兄ちゃん、歳下の恋人に暴力ってぇのは感心しねぇな」
「あ゛ん!? 歳下!? つか恋人じゃねぇし!」
そらきた。焼きキノコ屋に並んでた厳ついおじさんがユックを窘めたのをきっかけに、続々とユックを非難する声が上がりだす。
特に女の人はガラの悪い返事をしたユックに軽蔑の眼差しを向けながらひそひそ、時には憐れみの眼差しでもって僕を慰めてくれる。まあ僕の方が歳下ってのは想定外だけど。ユックよりもずいぶんお兄さんなんだけどなぁ僕って。
「キノコくらい買ってやれよ〜」
「自分の以外は嫌ってかぁ〜?」
「キィ、キキキィ〜」
「さぞ立派なんだろうぜ。ぎゃははは」
あの従魔、可愛い見た目に反して品がないな。伝わらないと思ってか下品なヤジに思くそ便乗してる。とびっきりの笑顔で。
そしてついには焼きキノコ屋のお姉さんが「一本あげるから痴話喧嘩なら他所でやってくれる?」って肩をすくめた。
ここまで言われては、さすがのユックも買わないわけにはいかないよね。
「むふぅ」
「クソッ、覚えてろよ……」
勝ち誇る僕にそう耳打ちすると、ユックは当たり前のように順番を抜かして先頭へ。お姉さんをキッと睨みながらピティナ小金貨を一枚、懐から取り出した。
「ニ本もらう。釣りはいらねぇ」
ユックのあまりにも不貞腐れた声にお姉さんは呆れ顔になりつつも、すぐに「太っ腹ね」ってニコッと笑う。従魔の方は相変わらず品のないことを言ってケラケラ笑ってるけど……笑いすぎて傘からぽわぽわ胞子が出てるけどあれはいいのかな? 安全なやつ? まあ主のお姉さんが放ってるんだから安全なんだろうね。
「ほらよ」
さっきと違って何故か黄色味のある声の混ざったヤジの飛ぶ中、ユックが苦々しそうな顔でずいっと串に刺さった焼きキノコを差し出してきた。
焦がし醤油と風味付けにまぶされた砂浜大蟻の卵の潮香が最高だ。
「わぁ〜い!」
――ふぇ!?
受け取ろうとした瞬間、ユックが手を引っ込めてシュバッと浮き上がった。
「食えると思ったか? ぶぅわ〜か!」
そう叫ぶやいなや、ユックが焼きキノコにかぶりつく。
「ああ〜! 僕のキノコ〜!!」
「どっちも俺のだ!」
ユックはこれ見よがしに残りの焼きキノコも頬張ってごくんと飲み込む。それから「これでも食っとけ! 文無しポンコツが!」って串を投げて寄越すと、不良丸出しの高笑いを残して飛び去っていった。
「……あなた、友達は選んだ方がいいわよ」
「キィ」
新しい焼きキノコをくれながらそう言ったお姉さんは真顔だった。過去に友達で苦労したんだろうね。さっきまで笑いっぱなしだった従魔も神妙な顔で頷いてる。
う〜ん、一応選びに選び抜いた友達なんだけどなぁ……。




