似た者同士
ブクマ・評価・感想もありがとうございます……やっとブクマが11人行きました。三桁までまだまだです笑
鑑定スキルの伝承方法は、武技や魔法と違って至ってシンプルだった。老爺と手のひらを合わせ、青白い光が灯ったら完了だ。
ことを終え、外に出てみれば街はすっかり夜の顔をしている。出店には酒が出され、椅子に座る者も酒を酌み交わしている者が多い。活気も昼間とは比べ物にならないぐらい、沸き立っていた。
喧騒がひしめき合っている中で、ヤクモは自分の手首を触りながら口を開く。
「に、しても胸当てと手甲なんか俺、要るのかな?」
約束通り、防具をヤクモは新調。というより、リュカが選んだ訳だが──
彼女は、外を歩きながら両手に腰を当て「あったりまえじゃ」と、自信満々に言った。
「剣士にとって手首は命じゃ。刀鍛冶もそうじゃろ?」
確かに手首を痛めては鉄を打てない。ヤクモは歩きながら頷く。
「毎日のように手首を使うからね。大切だし──でも使い慣れてる。使い方をしっている」
「長年培った経験があれば当然じゃろ。故に、人は本当の意味で限界を超える事は中々ないんじゃ」
「本当の意味で?」
「うぬ。鉄を打ってて手首の神経を痛めた事、あるじゃろ?」
刀鍛冶なら、誰もが経験しなくちゃならない怪我と言っても過言ではない。一日に何百何千と、鉄に金槌を打ち付けるのだ。熱い部屋に籠り、鉄と睨み合い。喉を熱波で乾かしながら、汗を滴らせて一本の剣や刀を作る。
思い出したら喉が渇いてきた気がして、ヤクモは唾を飲み込んだ。
「そりゃああるけど」
「じゃが、手首を壊したことはない。じゃな?」
「うん。休ませるからね」
「そこじゃ。人は越えてはならない一線を、自ら越えようとはせぬ。本能が御するのじゃよ。じゃが……戦いとなれば御した者から死んでゆく。じゃからこそ死ぬ気と言う言葉がある」
「ふむ」
「つまり──じゃ。命のやり取りは簡単に体の限界を超える。相手が強敵であればある程じゃ。故に、手甲などと言ったものも大切なんじゃ」
なるほど。と、ヤクモは納得せざるを得なかった。つい先日経験したからこそ、リュカの言葉は心に響く。
魔獣との戦い。それも【亜種】となれば、苦戦は免れないはずだ。個々でなら戦えるかもしれないが、奴らが必ずしも単体で行動するとは限らない。もし、数体と戦うことになったのなら、それこそ限界を超えない戦い方をしていたのなら、死ぬだろう。
リュカに比べたら、ヤクモは戦闘のど素人。それを十分に理解していた。変なプライドも意地も一切そこには無い。彼女の言葉も戦いにおける理念も、吸収できる部分は吸収したい。そう思っていた。
いつか、ザザンに戻った時に、イーバ達に見せつけるために。
だからこそ、リュカの教訓は有難いと感じていた矢先、ヤクモは彼女の姿を見て立ち止まる。
「おい……」
呆れを混ぜた言葉を放った先に少女の背はあった。
「うひゃあ!! おっちゃんよ! なんじゃこれは!!」
「おお! 嬢ちゃん! これは、貝の酒蒸しだよ!」
「酒蒸しじゃとぉ!!」
「飯は用意されてるって!! 行くぞ!!」
腕を掴み、強引にリュカを引っ張る。
「殺生なぁぁあ!! あの貝が酒蒸しがわっちを待っとるんじゃあ」
「待ってない! 他に予定があるでしょーが!!」
やる事を済ませ、足早に月夜の宿に帰還し、食事をして。後に、ミシュエル達に薬と数日泊まれるだけの金貨を渡して一日を終えた。
「ヤクモさん、リュカさん」と、ミシュエルが再び頭を下げたのは、夜が明けてから少し経った頃。二人がヒューランを出立する時だった。
「大丈夫ですよ。医者の方に聞いたら、記憶も精神が落ち着けば戻ると言ってました。それまでゆっくり休んでください」
「本当に何から何までありがとうございます……」
声を震わせるミシュエルの肩を持って、ヤクモは優しく返した。
「いいんですよ。後悔したくないからやった事です」
「そうじゃぞ! こやつ、そちの事を鼻の下を伸ばして見ておったわ!」
「見てねえーだろ」
軽い手刀で脳天を叩くと「ぶべらっ」と、リュカはよく分からない言葉を発した。
「酷いのじゃあ~」
「こっちのセリフだ」
「ふふふ。御二人は仲が良いのですね」
何故だか、そう言われて悪い気がしなかった。
「まあ、わっちとこやつは似た者同士じゃからの」
「そうなんですね」と笑顔を向けるミシュエルを目の前に、ヤクモは思う。
反逆者の子だと言われ、孤立し。仲間だと思ってた奴等にも裏切られた。
リュカも強制的に魔竜のDNAを組み込まれ、なりたくもない魔人になってしまった。人には忌み嫌われ、処理の対象と見られている。だからこそ、リュカは人と接する時、街にいる時は素顔を見せないようにフードを被ってるのだ。
確かに似た者どうしかもしれない。
「リュカ」
ヤクモが話を掛けたのは、ミシュエル達に別れを告げ、リュカの【換装・エアリア】を用いて飛翔し暫くしてからだった。
「なんじゃ?」
「俺はリュカを怪物だとか思っていない。君は元気で心優しい一人の人間だよ」
「────バカ者め」
吹く風の音に消されそうな、その声音はいつになく弱々しかった。




